蘇る「白の若さ」と、「黒の円熟」/UEFAチャンピオンズリーグ@アヤックス・アムステルダム 1-1 ACミラン


Photo by Peter π

ACミランの通称は “ロッソ・ネロ”。
日本語に訳すと「赤と黒」。

何だかものすごく「ワル」な感じを連想させるニックネームだ。

僕がサッカー観戦に目覚めた 90年代前半、世界のサッカー界を席巻していたのが ACミランだった。

ルート・フリット、マルコ・ファンバステン、フランク・ライカールトの “オランダトリオ” を軸に、フランコ・バレージ、パオロ・マルディーニ、デメトリオ・アルベルティーニらのイタリア代表の主力をズラリと揃えた陣容はまさに「世界最強」と呼ぶにふさわしく、当時のミランはセリエAを無敗で制するなど、国内とヨーロッパであらゆるタイトルを総ナメにしていた。

そして生まれつき判官びいきの気がある僕は、いわゆる “王者” というものがあまり好きではない。

ミランに何の恨みもないけれど、勝負事はライバルがいるほうが燃えるのは世の常だ。
無敵を誇った ACミランは、僕にとっては常に、倒すべき好敵手と言える存在だった。

それに対して同じ 90年代、僕にとってヒーロー的な存在だったチームが、アヤックス・アムステルダムである。

旋風を巻き起こした 90年代のアヤックス

アヤックスのチームカラーは赤と白。

同じく赤を基調にしながらも、ミランとは違って年末の歌合戦を彷彿とさせるような、ある種おめでた感の感じられるカラーである。

しかし僕がアヤックスを好きになった理由は、もちろん自分が五木ひろしのファンだったからというわけではではない。

アヤックスといえば忘れられないのが、何と言っても 94/95シーズンの UEFAチャンピオンズリーグ優勝だろう。

当時のアヤックスは、まだ無名な若手選手たちが集まった “雑草集団” だった。

しかし現バイエルン・ミュンヘン監督、かつてはバルセロナも率いたルイス・ファンハールが、その雑草集団を “戦う集団” へと変貌させる。
ファンハールはその手腕で若手たちの才能を開花させ、チームに高度な組織戦術を植えつけた。

そしてこのシーズン、アヤックスはヨーロッパの舞台で破竹の快進撃を見せる。

あれよあれよという間にチャンピオンズリーグの決勝まで昇りつめると、そのままファイナルも制して、ヨハン・クライフの率いた 72/73シーズン以来、実に 22年ぶりのヨーロッパチャンピオンに輝いた。

そしてこの時のチームから、パトリック・クライファート、クラレンス・セードルフ、ヤリ・リトマネン、エドガー・ダービッツ、フランク&ロナルド・デブール兄弟、エドウィン・ファンデルサール、マルク・オーフェルマルスなど、その後ワールドクラスとなる数々の名選手たちが巣立っていたのである。

当時のアヤックスのスタイルは、現在のバルセロナの原型の一部を担っていたとも言える、高度に組織化されたアタッキング・フットボールだった。

無名の若手集団は、その近未来的なサッカースタイルでもヨーロッパ全土に衝撃を与え、この時のアヤックスはある意味で、90年代を代表するチームの一つになった。

無名チームが素晴らしいサッカーを見せながら欧州の列強をなぎ倒し、ヨーロッパの頂点に立つ。
まさにアメリカンドリームならぬヨーロピアン・ドリーム。
アヤックスの快進撃には、そんな古き良き時代のロマンがあった。
う〜ん、そのうちクリント・イーストウッドあたりが映画化してはくれないだろうか。

それはともかく、センセーショナルな活躍を見せたアヤックスに、当時ティーンエージャーだった僕が心を打たれたのは言うまでもない。

お陰さまで僕が生まれて初めて買ったレプリカユニフォームも、当時のアヤックスのものとなった。
まあ実際に着る機会は、2回くらいしかなかったけど…。

そんなわけでアヤックスは僕にとって、思い出のヒーローたちなのである。

そしてアヤックスが4度目のヨーロッパの頂点に立ったその時、決勝で対戦したのが、ほかでもない ACミランだった。

時代は巡り、あれから 15年が経った今週火曜日。

そのアヤックスと ACミランの両雄が、再びチャンピオンズリーグの舞台で相まみえることとなった。

ミランを圧倒した、アヤックスの「勢い」

「十年ひと昔」というけれども、15年の月日は両チームの力関係に、残酷なまでの格差を生んでいた。

2000年代にも2度のヨーロッパチャンピオンに輝いたミランに対して、アヤックスは 90年代半ば以降は、国際タイトルとは無縁の時代が続いている。

アヤックスは前節でもレアル・マドリード相手に、全く反撃の糸口も見られないまま、計 35本のシュートを浴びて完敗を喫する。

その姿に、もはや往年のヒーローたちの面影は残っていなかった。

ところがこのミラン戦でのアヤックスは、レアル戦とは全く別のチームであるかのように躍動する。

舞台がホームのアムステルダム・アレーナだったからだろうか。
アヤックスは立ち上がりから、見違えるような激しいプレーを随所に披露。

欧州の “巨人” ミラン相手にも全く物怖じすることなく、次々とその陣内へと突入していった。

特に攻撃面では、ルイス・スアレス、ムニル・エルハムダウィ、ウルビー・エマヌエルソンの3トップが躍動。
サイド→中、というワイドな攻撃でミラン DF陣を切り裂く一方、ディフェンスではセントラル MFのエヨング・エノー、デミー・デゼーウ、CBのヤン・ベルトンゲンらが極めて速いプレッシャーをかけて、ミランからボールを強奪して回る。

立ち上がりはむしろ、アヤックスがミランを圧倒するような展開が続いた。

そして 23分、アヤックスのその積極性が成果へと結びつく。

左サイド、エマヌエルソンからスアレスへとボールが渡る。
しかしマークにつくのは “イタリアの壁”、アレッサンドロ・ネスタ。
普通に突破を図っただけでは、その壁の前に行く手を遮られるのは目に見えていた。

ところがスアレスはこの場面で、イタリアを代表するディフェンダーすら予想していなかったビッグプレーを見せる。

瞬間、スアレスの感性が電撃となって脳裏を走った。

突破が難しいと感じるやいなや、スアレスが狙ったのは、ネスタの体の真下。
スアレスは何と、トラップひとつでネスタの股抜きを成功させてしまう。

そのままネスタを抜き去ると、カバーリングに入った DFをあざ笑うかのように、右足アウトサイドでちょこんとパスを流した。
その先に待っていたのは、ゴール正面で待ち受けていたエルハムダウィ。

このモロッコ人のストライカーは、DFを背にしながらルーレットのように体を反転させると、その遠心力をボールに乗せながら右足を振り抜く。

ギュン、と風を切る音が伝わってくるようなこの圧巻のゴールが決まって、見事にアヤックスが1点を先制したのである。

たぶん今週のサッカー番組で、たびたび取り上げられるだろうスーパーゴール。

それを生んだのはエルハムダウィの素晴らしい技術もさることながら、その前のチャンスを創り出した、ルイス・スアレスの天才的な閃きだった。

スアレスはこの試合、その他の場面でもドリブルにシュートにと縦横無尽の活躍を見せる。

ウルグアイ代表として、ワールドカップでも大活躍したルイス・スアレス。
レアル戦では出場停止だったこの絶対エースの存在が、いまのアヤックスの生命線なのは間違いないだろう。

この得点でさらに勢いづいたアヤックスは、追加点を狙って怒涛の波状攻撃を見せる。

しかし、かつて世界のサッカーシーンを支配した “赤と黒” の皇帝たちは、勢いに乗る紅白の若武者たちに、ここからその格の違いを見せつけるのだった。

「流れ」を打ち砕いたミランの「剛腕」

サッカーにおいて “流れ” はとても重要なものだと言われている。

「◯◯の時間帯」というような言い方もするけども、チーム全体のテンションのアップダウンは、ゲーム中のパフォーマンスにも直結する、試合の重要なファクターになる。

この時、まさにゲームは「アヤックスの時間帯」だった。
普通に考えれば、アヤックスに2点目が生まれていても全くおかしくはない展開。

しかし “ロッソ・ネロ” の底力は、そんなゲームの “流れ” を、その剛腕で叩っ斬ったのである。

その刺客となったのは、15年前には逆に「赤と白」のユニフォームを着てヨーロッパチャンピオンになっていた天才MF、クラレンス・セードルフだった。

ミラン劣勢で迎えた 37分。
中盤の底から、アンドレア・ピルロのロングパスが前線に通る。

DFラインの裏に抜け出してこれを受けたのが、セードルフだった。

場所はペナルティエリアの外付近。
並の選手ならワントラップして、そこから次のプレーを探すような場面。

しかしセードルフには、既にゴールまでの道筋が見えていた。

セードルフはこのボールの落下点に走りこむと、ノートラップでボールの勢いを殺し、フワリとした浮き球のパスをゴール前に送る。

ここに走りこんでいたのは、こちらもかつてアヤックスで活躍したストライカー、ズラタン・イブラヒモビッチだった。

イブラヒモビッチにボールが通った時には、すでに GKと1対1の状態に。

イブラヒモビッチがこれを難なく押し込んで、ミランが同点に追いつく。

劣勢の流れの中、その嫌な空気をあっさりと吹き飛ばしたワンゴール。

それを生んだのは、近年のアヤックスユースが育てた最高傑作の一人、クラレンス・セードルフの創造力だった。

試合はこのまま同点で後半に突入。

しかし、勢いをそがれたアヤックスに前半ほどの爆発力はなく、後半はミランが余裕を持ってこれを受け止める展開が続く。

そしてスコアは動かず、試合はこのままタイムアップ。

両チームが1点ずつを奪い、勝ち点1を分け合う結果となった。

群雄割拠のグループGの展望は?

かつてはヨーロッパの頂点に立った両チーム。

しかし現在は、その置かれている立場は大きく異なる。

15年前ほどの迫力はないけれども、変わらない若さと溌剌さで、洗練されたアタッキングフットボールを見せたアヤックス。

それに対してミランの試合運びと同点ゴールの内容は、まさに円熟した「大人のチーム」のそれだった。

そしてそれを分けた最大の要因は、その両チームに在籍した経験を持つベテラン MF、クラレンス・セードルフの存在だったように僕には思えた。

ドローに終わったけれども、その結果は明暗を分けたように思えたこのゲーム。

レアル・マドリードと同居するこの困難なグループを突破するのは ACミランなのか、アヤックスなのか。

群雄割拠のグループGからは、今後も目が離せない。

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