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昔は関東に住んでいたこともあって、正月には高校サッカーを観に行くのが僕の習慣だった。

高校サッカー界に旋風を巻き起こした静岡学園や、超高校級のスーパースターだった柳沢敦、平山相太などを生で観戦した経験は、いまでもいい思い出になっている。

時は流れて、ユース年代も大きな変化を遂げている。

ほんの 10年くらい前までは、ユース年代の中核を担う存在は、間違いなく高校サッカーだった。
それに対してクラブユースは、読売クラブなど一部のチームを除いては、高校チームほどの存在感を示せていなかったのが現実だ。

しかしJリーグが生まれ、J傘下のユースチームに徐々に人材が流れはじめると、その構図に変化が生じ始める。
Jが生まれて 10年を過ぎた頃には、ユース年代の中心的存在はクラブユースへと移行をしていく。

相対的に、冬の高校選手権の重要性は徐々に薄れていった。

そしていま、国内のユース年代の大会でもっとも重要な大会となりつつあるのが、高校チームとクラブユースチームとが「真の日本一」を決める、高円宮杯全日本ユースサッカー選手権である。

主導権を握った FC東京U-18

祝日だった 10月11日、高円宮杯の決勝戦が、サンフレッチェ広島ユースと FC東京U-18というカードで行なわれた。

ともに近年では、この年代を代表する実績を誇る両チーム。
真の日本一を決めるのに、まさにふさわしい好カードとなった。

序盤は出足の速いサンフレッチェユースが、巧みなパス交換からペースを握る。
Jのユースチームの中でもピカイチの育成能力を誇るサンフレッチェユースが、持ち前の組織力と個人能力で、まずは試合を優位に展開した。

しかし対する FC東京U-18も、その後はサンフレッチェを上回る激しいプレッシングを仕掛け、徐々に主導権を握り返す。
次第にサンフレッチェは持ち味のボール回しを見せられなくなっていき、FC東京にゲームを支配される時間帯が続いた。

そして先制点が生まれたのは前半 29分。

FC東京のカウンターから1本のロングボールが、10番の佐々木陽次へと通る。
この1発で DFラインの裏へと抜けだした佐々木は GKと1対1になって、これを冷静にゲット。

主導権を握っていた FC東京が、その流れの通りの先制ゴールをマークした。

1点を奪った後も、FC東京の勢いは止まらない。
サンフレッチェを押しこんでは、何度も決定的チャンスを掴む時間帯が続く。

しかし、追加点は生まれなかった。

そして結果的にここで引き離しておけなかったことが、その後の FC東京の命運を左右することになる。

迎えた前半ロスタイム。
ここまで圧倒的に押し込まれていたサンフレッチェに、ワンチャンスが訪れる。

左サイドを突破した浅香健太郎のクロスに、飛び込んだのはオーバーラップした3バックの一角、越智翔太。

越智がこれをヘッドで押し込んで、サンフレッチェが起死回生の同点ゴールをゲットした。

完全な FC東京ペースの中、最高の時間帯に生まれた同点ゴール。

この1点が、結果的に試合の趨勢を大きく動かすこととなった。

試合をひっくり返したサンフレッチェ広島ユース

迎えた後半。

FC東京は前半終了間際に与えてしまった失点のショックもあってか、運動量が低下。
打って変わって試合はサンフレッチェのペースになる。

サンフレッチェは、全員が連動する組織サッカーで FC東京を翻弄。

そして 59分、CKの混戦の流れから、またもや越智翔太がこぼれ球を押しこんで、2-1と逆転。
その後もサンフレッチェが主導権を握る展開が続いた。

しかし対する FC東京も、終盤はパワープレーでペースを握り返しにかかる。
後半ロスタイムには、全員攻撃で猛攻を仕掛ける FC東京。

しかしサンフレッチェも、集中した守りでゴールを割らせない。
得点は生まれないまま、時間が刻一刻と過ぎていく。

そしてラストワンプレーとなった、FC東京のフリーキック。

これがサンフレッチェに跳ね返されたところで、タイムアップのホイッスル。

2-1のスコアで、サンフレッチェ広島ユースが FC東京U-18とのユース年代頂上決戦を制し、6年ぶりのチャンピオンに輝いたのである。

「育成」と「勝利」を両立させた両チーム

この両チームの見せたサッカーの質の高さは、まさに日本一を決めるにふさわしいものだった。

それぞれ高い位置からのプレッシングをベースとした、組織的なサッカーを持ち味としている。

その上でサンフレッチェは、DFの越智翔太が2得点を挙げたことに象徴されるように、前線からバックラインまで全員が連動して休みなく動きまわる「トータルフットボール」を実践している。

対する FC東京は組織的なパスワークを主体としつつも、チャンスと見るや両サイドの選手が果敢に1対1を仕掛け、局面では個人技を活かすサッカー。

両チームともが質の高いプレーを見せていたのは間違いないけれども、賞賛するべきは、どちらもトップチームのサッカースタイルに近しいサッカーを見事に実践していたことだった。

つまり両チームは、トップチームに繋がる選手を育てる「育成」と、コンペティションで結果を出すという「勝負」とを両立させていたチームだということになる。

この年代のチームは、どうしてもその天秤のバランスが、どちらか一方に偏りがちだ。

ひと昔前は、例えば高校チームは勝利に重きを置きすぎで、ユースチームは育成に比重を置きすぎだもと言われていた。

しかし今や、その両者を両立させられるチームが、日本一を争う時代になったのである。

成長を続けるクラブユースのサッカー

高円宮杯の歴史を振り返ると、この大会が始まったのは 1989年。

当初は高校チームの強さが圧倒的で、冬の高校選手権というさらに上位の大会がある高校チームからしてみれば、この高円宮杯はプライオリティの高い大会ではなかった。

しかしそんな中の 1992年、ヴェルディユースの前身の読売日本SCユースがこの大会で準優勝を遂げると、徐々に高校チーム優位の状況に変化が生じるようになる。

その後もタイトルには届かないものの、読売日本SCユース、横浜マリノスユース、ガンバ大阪ユースらが高円宮杯で決勝まで進出。

特に 98年のガンバ大阪ユースは、その後に日本代表となる大黒将志や二川孝広たちが抜群のスキルを見せつけて、ユースサッカー界に衝撃を与えたチームだった。

そして翌年の 99年には、ジュビロ磐田ユースとベルマーレ平塚ユースという、初のユースチーム同士の決勝戦となり、ジュビロ磐田ユースがクラブユース勢として初優勝に輝く。

しかしその後はまた4年間に渡って、清水商業、国見、市立船橋といった、高校サッカー界の名門チームたちが栄冠を手にする時代が続いた。

そして本格的なクラブユースの時代が到来したのが、サンフレッチェ広島ユースが初優勝に輝いた2004年のことだった。

この年、前田俊介、高柳一誠、柏木陽介、槙野智章、平繁龍一、森脇良太ら、その後にプロとなる金の卵たちを擁して伝説的な強さを誇ったサンフレッチェ広島ユース。

サンフレッチェユースは全寮制を敷いていて、選手たちが全員、提携した地元の高校に通うなどの一貫指導体制を採用している。

それまでも駒野友一や森崎兄弟など、日本代表クラスの選手たちを輩出してきたサンフレッチェの育成法に、日本中からより一層の注目が集まった。
日本サッカー協会が運営する JFAアカデミーなども、このサンフレッチェユースの指導方法を参考にしたと言われている。

そしてこのサンフレッチェ広島ユースの優勝以降7大会のうち、クラブユースが5回の優勝と、近年では完全にユースチームが高校チームを凌ぐ成績を残すようになったのだ。

高円宮杯が迎える「変革の時」

このように、年を追うごとにその価値が高まり続けて、いまでは真の日本一を決めるにふさわしい大会へと発展した高円宮杯。

しかし、その人気や知名度が、真価に見合うものだとは言いがたいだろう。

この日の高円宮杯決勝戦の入場者数は 6,860人。
下手なJ2の試合よりも多いくらいなので、少ない観客数だったとは言えないのかもしれない。

しかし、冬の高校選手権の決勝の観客数が毎年3万〜4万人を数えていることと比べると、あまりにも少ないという見方もできるだろう。

僕はもう 10年以上も前から、冬の高校選手権と高円宮杯とを統合してほしいという希望を持っているのだけど、高体連とのしがらみもあってか、この部分の改革は遅々として進んでいない。

そんな中、高円宮杯自体を来年から変革するプランが浮上しているようである。

現状、ユース年代の高校チーム・ユースチームが一同に競うプリンスリーグは、関東や関西のように地域別のリーグで実施されている。

これを、その上にさらに東日本・西日本という2つのリーグを創設して、そのチャンピオン同士が冬に一発勝負で日本一を決する、という形式に変更しようという動きがあるようだ。

つまり高円宮杯は、今のようなトーナメント方式ではなくなり、以前のJリーグのチャンピオンシップのような方式になるということだ。

確かにリーグ戦を主体にするこのシステムは、真の日本一を決めるという意味では、よりその目的に沿ったものになるだろう。

しかし反面、人気や盛り上がりという点では、全国のチームが参加するトーナメント方式の高校選手権には、今後も追いつけないことも考えられる。

何か一種の妥協案のように感じられなくもないけれど、現状ではそれも仕方ないのかもしれない。

ただ、もし新方式が採用されるのであれば、個人的には一つだけお願いしたいことがある。

それは、高円宮杯のチャンピオンシップは、高校選手権の決勝よりも盛り上がる大会に育ててほしいということだ。

高校選手権の決勝が3万人を集めるのなら、高円宮杯のチャンピオンシップは5万人を集める。

それでこそ、名実ともに日本一を決める大会にふさわしいのではないかと思う。

もちろん高校選手権は伝統のある大会だし、ユース年代の改革には慎重にならざるを得ない部分もあるだろう。

ただ、今後の日本サッカー界の発展のためには、若年層の育成が不可欠なのは間違いない。

高校もユースも別け隔てなく、この年代の選手たちが一つの頂点を目指して切磋琢磨する。

そんな状態こそが、ユース年代の強化において最も健全な形ではないのかと、僕は思うのだ。

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