海を渡った「未来のヒーロー」 、古川頌久

誰にでも「地元のヒーロー」というのがいると思う。自分の出身地の近くから誕生した有名人というやつだ。
僕の場合、サッカー選手に限って言えば「地元のヒーロー」は中村俊輔である。ちなみにカッコよく言ってしまったけれど、サッカー選手以外の地元のヒーローは特にいない。
ただし、俊輔は地元とは言っても車で30分ほど離れた地区に住んでいたようなので、地元感はやや薄かったりもする。
もっと近場のヒーローと言うとマリノスの坂田大輔になる。坂田の場合は高校が同じ学区だったので、これはガッツリ地元だと言い切れる。…たぶん。
しかしこのたび、もしかしたらこの2人を凌ぐほどの、僕にとっての究極の「地元のヒーロー」が誕生するかもしれない。

未来の「地元のヒーロー」、古川頌久

彼の名前は古川頌久(ふるかわのぶひさ)。
現在 15歳のフットボーラーである。
名前を聞いて「だれ?」と思った方も多いだろう。ちなみに僕も最近名前を知った。
この古川選手が、先日イタリア・セリエBブレシアのユースチームへの入団が決まったのだ。
ブレシアと言えば、かつてイタリアのスーパースター、ロベルト・バッジョや現バルセロナ監督のジョゼップ・グアルディオラらが所属したチームとして知られる。現在セリエBで2位につけており、来季のセリエA昇格も期待されるチームだ。
そのチームのプロ育成組織で、日本の古川選手がプレーすることになったのだ。もちろん、期待通りに育てば数年後のセリエAデビューもあり得る。
ちなみに古川選手のプレーはこんな感じ。
http://www.youtube.com/watch?v=9VM9UN3SwCM
現時点で 184cmと、15歳にしてはかなりの大柄ながら、足技も巧みなのが分かる。海外のスカウトが目をつけるのもうなずけるところだろう。
この古川頌久選手が現在所属しているのが、横浜を拠点に活動する市民クラブ「エスペランサ」である。まだ歴史の浅い若いクラブだけれど、このクラブを元アルゼンチン代表の肩書きを持つホルヘ・アルベルト・オルテガ氏(ちなみにワールドカップに出場したアリエル・オルテガとは別人)が指導をしたことからメキメキと力をつけ、多くの有望選手を育成。そしてこのたび、イタリアに挑戦する古川くんのような選手を輩出したわけである。
そして、このエスペランサというクラブが練習場として使っているグラウンドがある。これが何と僕の実家の至近距離なのだ。10年ほど前までは空き地だったこのグラウンドで、僕もしょっちゅう友達と草サッカーに興じていたような場所なんである。そんな場所からイタリアに渡る選手が育ったと言うではないか。
古川選手がもしイタリアで成功すれば、これは間違いなく僕にとって最も身近から誕生した「地元のヒーロー」となる。日本代表となってワールドカップにでも出た日には、それを話のネタに、コンパ…いや職場でもちょっとした自慢話ができるかもしれない。いやー、これを応援せずして、何を応援しろという感じだろうか。ぜひとも古川選手には頑張ってほしいものである。

苦戦する「海外挑戦した日本人」たち

ただ、心配な部分も無いことはない。なぜならこれまで、10代でJリーグを経験せずに直接海外に挑戦した日本人選手は、そのほとんどが大成せずに終わっているからだ。
ざっと例を挙げてみたい。
●玉乃淳 →ヴェルディJrユースからアトレチコ・マドリードのユースに加入。フェルナンド・トーレスと2トップを組むなど活躍を見せたものの、フィジカル面で伸び悩んだことからトップには上がれず帰国。ヴェルディに戻って以降はJ1・J2のチームを渡り歩き、2009年に25歳の若さで引退。
●篠田悠輔、高野一也 →清水エスパルスJrユースからエスパニョールのユースに入団。2年半ほどでエスパルスユースに復帰し、その後はトップに昇格できず大学に進学。おそらくプロは断念。
●宮川類 →2007年から5年契約でアトレチコ・マドリードの下部組織に所属中。現在13歳。
●高校卒業後、直接ヨーロッパへ渡った例 →内田将志(アトレチコ・マドリード)、松永祥兵(シャルケ04)、伊藤翔(グルノーブル)、指宿洋史(ジローナ)らはいずれも現状ではトップチームに定着できず。
まだ挑戦中の選手もいるものの、大半は成功とは言い難い。唯一の成功例と言えそうなのは三浦知良くらいだけども、カズがブラジルに渡ったのはもう30年近くも前の話である。平山相太や森本貴幸も若くして海外に渡って一定の結果を残したけれども、2人とも日本代表ではワールドカップメンバーの当落線上にいる。10代の頃「怪物」と呼ばれたその期待値からすれば、順調に伸びているとは言い難いだろう。
それだけ育成とは難しいと言うことなのだろうけども、そういう理由もあって、個人的にはJリーグをすっ飛ばして海外挑戦するのは、実はあまり好きではなかったりもする。
Jで通用しなければしょせん海外でも通用しない気もするし、中田英寿にしろ中村俊輔・小野伸二・稲本潤一・高原直泰・松井大輔・本田圭佑らにせよ、ヨーロッパで活躍した選手はみな、Jリーグで3年ほどプレーして実績を残してから海を渡った選手たちばかりだ。
だから古川頌久選手にも、過度の期待は禁物かなと思っている。

海外と日本、育成現場の最大の違いとは

実際、日本のユースの指導者もレベルが低いわけではないし、海外の指導のレベルが日本より著しく高いということもない。
海外に行ったからといって有望選手が順調に成長する保証はどこにも無いということだ。
ただ、海外の育成組織が明らかに日本よりも優っている部分がある。それは「競争意識」である。
海外のユースは世界中から有望選手たちを集め、彼らを一斉にふるいにかける。そして、伸びる見込みが少ないと判断された選手たちは次々と淘汰されていく。
実際のところ、若くて才能のある選手というのは世界中にはごまんといるはずだ。しかし、彼らがプロとして大成するかどうかは、フィジカルであったりハングリー精神だったりといった、技術や才能ではカバーできない部分によるところが大きい。
海外の指導者たちは経験上それを熟知しているから、フィジカルやメンタルに課題のある選手たちを落選させることを厭わない。必然的に海外のユース組織には厳しい競争が生まれ、サバイブできなかった選手たちは容赦なくそこから立ち去るはめになるのである。
では日本の場合はどうだろうか。日本のクラブユースなどでは、選手たちにハードなフィジカルトレーニング等を課したくても、それに耐えられなくて辞められてしまうことを恐れて二の足を踏んでしまっている、というような例も少なからず存在すると聞く。
しかし当然ながら、そういう「ぬるい」環境では闘争心のある選手というのは育ちにくい。結果的に、才能のある選手たちでもそれを開花させられずに年齢だけを重ねてしまうのである。
しかしこれでは本末転倒ではないだろうか。
そう考えると、海外で厳しい世界を目の当たりにするのもマイナス面ばかりとは言えない。
若い頃の海外渡航はギャンブルには違いないと思うけども、それに打ち勝つことができれば、日本の育成組織では生まれないスケールの選手が育つ可能性はある。
古川選手が3年後、5年後にどうなっているのかは全く予想がつかない。
ただ、そのとき彼が本物の「地元のヒーロー」になってくれているのであれば、僕にとってこれほど誇らしいことはないだろう。

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