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僕が初めて北朝鮮というチームを認識したのは、1993年のワールドカップ最終予選の頃だった。
日本が最終戦ロスタイムでワールドカップ出場の機会を逃し、のちに『ドーハの悲劇』として記憶されることになるこの大会。
6チーム総当りで行なわれた最終予選で、日本が3試合目に戦ったのが北朝鮮代表だった。
この時、日本は北朝鮮に 3-0と快勝。
この予選での初勝利を飾り、不調だった日本が復活のきっかけを掴んだ一戦だった。
そしてこのスコアからも分かるように、当時の北朝鮮は、まだプロの産声を挙げたばかりの日本から見ても、それほど脅威となる存在ではなかったのである。
しかしあれから 17年。
北朝鮮はいつの間にか、アジアの中でも異彩を放つ強豪国へと変貌しようとしている。
躍進を見せる北朝鮮サッカー
今年の南アフリカワールドカップで、北朝鮮が 44年ぶりとなる出場を果たしたのは記憶に新しい。
しかしブラジル、ポルトガル、コートジボワールとの「死のグループ」に組み込まれた北朝鮮は、あえなく3戦全敗。
しかも本大会出場はチョン・テセやアン・ヨンハら、日本で生まれ育ってJリーグで技を磨いた在日朝鮮人選手の活躍によるところが大きく、今回のワールドカップ出場は、偶然が重なった上での単発的な成績だろうと僕は考えていた。
しかしよく見てみると、ここ数年の北朝鮮の、若年層での活躍ぶりには目覚しいものがある。
まずジュニアユース年代では、2004年と 2006年に連続して AFC U-16選手権で準優勝に輝き、翌年の U-17ワールドカップに出場。
2005年 U-17ワールドカップでは、グループリーグを突破してベスト8進出を果たした。
そしてユース年代でも、2006年と、今年 2010年の AFC U-19選手権でアジアチャンピオンに輝く。
さらに女子にまで目を向ければ、まず 2008年の U-17女子ワールドカップでは優勝を果たし、世界の頂点に立った。
今年の同大会でも準決勝で日本に敗れたけれども、世界でベスト4入りを達成している。
また U-20女子ワールドカップでも、 2006年に世界チャンピオン。続く 2008年には準優勝。
今年の同大会でも、優勝したドイツに敗れたもののベスト8入りを果たしている。
そしていま行われている男子の AFC U-16選手権でもベスト4に進出。
来年の U-17ワールドカップの出場を決めた。
実際、ここ5年間の若年層での実績を比べたら、その成績は日本を凌駕していると言ってもいい。
それだけ北朝鮮が、国を挙げてサッカーの強化に取り組んでいることの現れなのだろう。
そんな「アジアの強豪」に育ちつつある北朝鮮と、日本は AFC U-16選手権の準決勝で激突することとなった。
北朝鮮の見せた「ワールドスタンダード」
日本の吉武博文監督は戦前から、北朝鮮を「ワールドスタンダードなチーム」だと評していた。
既にアジアの枠を超えた、世界基準の強さを持つチームだということである。
そしてこの試合で僕たちは、その評価が的確だということを目の当たりにすることになる。
試合は開始早々の 4分、いきなり動いた。
北朝鮮のフリーキックを日本の GK、中村航輔がパンチングミス。
そのこぼれを押し込んで、北朝鮮があっさりと先制点を奪取する。
立ち上がりから激しい攻撃を仕掛けてきた北朝鮮は、これでさらに勢いづいた。
ボールを持てば、強いフィジカルと鋭いドリブル突破でゴールへと突進してくる北朝鮮。
しかもそれだけではなく、中盤では巧みなワンタッチでのパスも繋いでくる。
そして日本がボールを持てば、素早くハードなプレッシャーをかけてきた。
その勢いに圧倒される日本。
そして 12分、ドリブルとワンツーパスで右サイドを突破され、北朝鮮にクロスを上げられる。
このボールを中央で竸ったこぼれ球を再び押し込まれて、日本はわずか 10分あまりで 0-2とリードを許してしまった。
予想以上に強かった北朝鮮の前に、前半はほとんど攻撃の形を作れない日本。
前線にボールを運んでもシュートまで持ち込むことができず、日本はゲーム内容でも完全に遅れをとっていた。
この日、日本は中盤に深井一希と吉野恭平という2人の守備的ボランチを並べてきたけれども、結果的にはそれが裏目に出た格好とも言える。
この試合に限らず、日本は今大会で試合ごとにスタメンを大きく変えてきたけれども、これはどうなのだろうか。
その煽りを受けて神田夢実や楠美圭史といった、前の試合で活躍を見せていた選手たちがスタメンを外れることもあった。
監督としては色々な選手に国際舞台を経験させたい、という考えもあったのかもしれないけれども、結果的に日本は、大会を通じて固定されないスタメンに苦しんだようにも感じられた。
しかし皮肉にも、日本はそのスタメンを交代されたことから、流れを掴むようになる。
日本は前半のうちに、動きの悪かった鈴木隆雅と菅嶋弘希を下げて、望月嶺臣と松本昌也を投入。
これがきっかけとなって、後半から日本は見違えるような動きを見せるようになる。
パスが繋がるようになり、後半はほとんどの時間で攻勢に回るようになった日本。
そして 60分、パス回しの流れから、交代で出場した望月嶺臣が縦パスを入れる。
それを、こちらも交代で出場した松本昌也が後ろ向きで受けると、松本は次の瞬間、身体を反転させながら左足を一閃。
このシュートが見事に決まって、日本が 1-2と1点差に追いついた。
これでさらに勢いづいた日本は、ここから怒涛の猛攻を見せる。
一方的にボールを支配して、北朝鮮陣内に攻め込み続ける日本。
その流れから、同点弾が生まれるのは時間の問題かと思われた。
しかし北朝鮮の本当の勝負強さは、ここから発揮されることになる。
攻められ続けながらも、最終ラインは割らせない北朝鮮。
次第に日本にも焦りの色が見え始めた。
攻めども攻めども、ゴールの割れない日本。
迎えた後半ロスタイムには、望月嶺臣のゴールが直前のハンドで取り消しになる、惜しいシーンも見られた。
しかし追加点は生まれず、けっきょく試合はこのままタイムアップ。
日本は準決勝で敗退して、アジアの頂点への切符を逃すこととなったのである。
日本が絶たれた「アジアチャンピオンへの夢」
日本は既に、来年のワールドカップへの出場権は獲得していた。
それだけに、この敗戦から大きなダメージを受けることはないだろう。
ただし、東アジアのライバルを相手に敗北を喫したことには、やはり悔いも残る。
そして驚かされたのが、北朝鮮サッカーの急速な進歩だ。
ちょっと前の北朝鮮のイメージはと言えば、ロングボールとカウンター一辺倒の、走力に頼った前近代的なサッカーという印象だった。
しかしこの試合での北朝鮮は、ヨーロッパスタイルのモダンサッカーをかなりのレベルで実践していたように思う。
若年層からの育成に目をつけた北朝鮮の方針は、現在のところかなりの成果を上げている。
今後はA代表も含めて、アジアの中でも強力なライバルとして、日本の前に立ちはだかるようになるのではないだろうか。
とにかくこのライバル対決で、日本は敗れた。
しかし彼らにはまだ、来年の U-17ワールドカップというリベンジの舞台が残されている。
選手個人を見ても、僕が今大会の日本の MVPだと思っているセンターバックの植田直通をはじめ、南野拓実、神田夢実、早川史哉、秋野央樹、岩波拓也、鈴木隆雅、菅嶋弘希、高木大輔ら、将来が楽しみな逸材が揃う。
ここにさらに、本来のエースストライカーである鈴木武蔵が加われば、日本は世界でも好成績を残す力を持っているのではないだろうか。
今回は惜しくも、アジアチャンピオンへの夢は絶たれた日本。
しかし1年後、より逞しくなった彼らが世界の舞台で再び暴れてくれることを、僕は期待しているのだ。
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