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そこで観られたのは、まさに「熱戦」だった。

アジアナンバーワンのクラブを決める、AFCチャンピオンズリーグ。

そのファイナルで対戦したのは、韓国の城南一和天馬(ソンナム・イルファ・チョンマ)と、イランのゾブ・アハン。

この両チームが繰り広げた決勝戦は、その観客もまばらなスタンドの光景とは裏腹に、アジアチャンピオンを決めるにふさわしい「激闘」となったのである。

地味なカードとなった、アジアのファイナル

この日、ファイナルの舞台となった東京・国立霞ヶ丘競技場を埋めた観客数は、27,308人。

Jリーグの平均的な試合と比べれば多い方とも言えなくもないけれども、5万人収容の国立ではおよそ半分の入りに過ぎない。

当日の国立競技場では上層階を封鎖するなどの措置が取られて、スタンドには空席も目立っていた。

この微妙な入りになった背景には、決勝戦が城南とゾブ・アハンという渋いカードになったことも、少なからず影響していただろう。

城南一和天馬は、もともとはソウルを本拠地として 1989年に創設された。

韓国・Kリーグの中では比較的古い歴史を誇っていて、国内リーグで 1993年〜1995年、2001年〜2003年の2度に渡って3連覇を達成したこともある、いわゆる名門チームである。

1996年にいったん天安市にホームタウンを移したあと、2000年からは現在の城南市を本拠地としている。

城南市は韓国の首都・ソウルの南に隣接する衛星都市で、日本で言うとさいたま市や川崎市のような「首都のベットタウン」として、近年人口が増加傾向にある。
単体でも約 100万人の人口を抱える大都市だ。

と、これだけの条件が揃っていながら、城南はKリーグでもとりわけ不人気なチームとして知られている。
今季のKリーグでのホームゲームはそのほとんどが 5,000人行くか行かないかという程度の観客動員数で、2,000人台や 1,000人台という試合も少なくなかった。

対するゾブ・アハンも、おそらく国際的にはほぼ無名のチームと言っていいだろう。

イランのチームと言えば、首都テヘランを本拠地とするペルセポリスFC(通称ピルズィ・テヘラン)と、エステグラル・テヘランの2チームが、アジア圏でも高い知名度を誇っている。

その他では 2007年の AFCチャンピオンズリーグで決勝に進出して、浦和レッズと熱戦を繰り広げたセパハンFCと、2006年にイランの英雄、アリ・ダエイを選手兼監督として招聘して、イランリーグで優勝を果たしたサイパFCあたりがかろうじて知られているくらいではないだろうか。

ちなみにサッカーオタクを自認する僕であっても、ゾブ・アハンという何やら色っぽい名前を持つイランのチームのことは、つい最近まで知らなかったりもしたのである。

ゾブ・アハンはイラン第3の都市、人口約 160万人のエスファハーンを本拠地とするサッカークラブ。

今季に至るまで1度もリーグ優勝の経験はなくて、昨シーズンのリーグで上位に入って、この AFCチャンピオンズリーグの出場権を掴んできた、いわば新興チームだ。

そんな国際的ビッグクラブとは言えない両チームが、しかも中立国である日本で決勝戦を戦うということで、この試合は戦前から観客動員数が不安視されていたきらいもある。

そして実際、大陸のチャンピオンを決める大会としては、寂しいお客さんの入りになってしまったとも言えるだろう。

そして僕はそのスタンドの光景を眺めながら、試合内容もスタンド同様、お寒い内容になるのではないかと危惧していた。

しかしキックオフのホイッスルが鳴るやいなや、そこには嬉しい「サプライズ」が待ち受けていた。

両チームのこの試合に賭ける意気込みは、地味に思えた決勝戦を、ものの見事に名勝負へと変えてしまったのである。

城南一和の “ジョーカー”、マウリシオ・モリーナ

試合は序盤から両チームがハイプレッシャーをかけ合う、ハイテンションなムードで幕を開けた。

ゾブ・アハンの攻撃の中心は、イラン代表の小兵 MF、モハンマド・レザ・ハラトバリと、ブラジル人助っ人のイゴール・カストロ。

序盤からこの2人は目立つ動きを披露して、城南の DFラインを何度かヒヤリとさせる。

対する城南一和は、本来のレギュラーである巨漢センターフォワード、ジェナン・ラドンチッチを出場停止で欠く布陣。

攻撃力の低下が懸念されたけれども、実際にその代役に入ったチョ・ドンゴンはチャンスにはあまり絡めず、ラドンチッチの不在を感じさせる展開になった。

しかし、それでも城南は序盤から互角の戦いぶりを見せる。

その立役者となったのが、コロンビアからやって来た助っ人 FW、マウリシオ・モリーナである。

マウリシオ・モリーナはコロンビア代表経験を持つアタッカーで、優勝した 2001年のコパ・アメリカのメンバーでもあった選手だ。

母国コロンビアのクラブで活躍したあと、UAEのアル・アイン、アルゼンチンのサンロレンソ、パラグアイのオリンピア、セルビアのツルヴェナ・ズヴェズダ(レッドスター・ベオグラード)などの名門クラブを渡り歩いて、2008年にはブラジルのサントスでプレーする。

サントスでは、かの “キング・ペレ” がつけた栄光の 10番を背負ったほど、その才能を認められた選手だった。

そしてモリーナはその後に加入した城南一和でも、持てるポテンシャルを存分に発揮することになる。

今季の AFCチャンピオンズリーグでは7得点を挙げて、決勝トーナメント1回戦ではガンバ大阪を沈める2ゴールも挙げているモリーナは、このファイナルでもずば抜けた攻撃性能を見せつけた。

そのスピードと、ナイフのような切れ味のドリブル突破、そして鋭い弾道を描くプレースキックで、城南一和の攻撃を牽引したマウリシオ・モリーナ。

そして城南の1点目は、そのモリーナのドリブルを起点として生まれることになる。

29分、モリーナの鋭いドリブル突破から、城南一和はスローインを得る。

そしてこのロングスローから生まれた混戦から、城南一和のササ・ オグネノフスキーが押しこんで、城南に待望の1点目が生まれた。

これはオグネノフスキーにとっては、アデレード・ユナイテッドの一員としてガンバ大阪に敗れた2年前のファイナルの雪辱を晴らす、渾身の一発でもあった。

東京の夜を燃やした「熱戦」

これで一気にペースを掴んだ城南は、その後も試合をリードする。

そして後半に入った 53分、再びモリーナのコーナキックから、チョ・ビングクが頭で押しこんで、城南が 2-0とリードを広げた。

しかし、追い込まれたゾブ・アハンも必死の反撃を試みる。

57分にはハラトバリがゴールキーパーと1対1のチャンスを作るものの、これは城南の韓国代表ゴールキーパー、チョン・ソンリョンがファインセーブ。

反対に城南一和も 64分と 65分に立て続けにキーパーと1対1のチャンスを作ったけれども、ここでは逆にゾブ・アハンのイラン代表ゴールキーパー、シャハブ・ゴルダンが連続してスーパーセーブを披露する。

手負のゾブ・アハンも、執念の攻守で城南に食らいついていった。

そして直後の 67分、その執念が実ることになる。

ゾブ・アハンのカウンターから、モハマド・ガジがスルーパスを通す。

これに反応して中央を抜けだしたイゴール・カストロのシュートを GKチョ・ソンリョンが弾いたところを、詰めていたのがハラトバリだった。

ハラトバリがこれを頭で押し込んで、ついにゾブ・アハンが、1点差に詰め寄るゴールをゲットしたのである。

この瞬間、歓喜を爆発させたゾブ・アハンの選手たち。

そして国立競技場のボルテージも、最大値にまでヒートアップすることになる。

この得点を契機に、会場の熱気はピークに達する。

割れんばかりの歓声がスタジアムを包みこみ、ピッチ上では選手たちの、激しい身体と身体のぶつかり合いが展開される。

「絶対に負けたくない」

そんな両チームの選手たちの意地・プライド・執念が激しい摩擦熱を生み出して、国立競技場の舞台に火をつけた。

まさに「死闘」。

わずか3万人足らずの観衆しかいないことが信じられなくなったほど、場内には激しい熱狂が渦をまく。

そして、そんな名勝負にピリオドを打ったのは、やはりこの男だった。

83分、城南一和の “ジョーカー”、マウリシオ・モリーナが、左から中央に切れ込んで右足を一閃。

これが DFに当たったこぼれ球をキム・チョルホが押しこんで、城南に決定的な3点目が生まれたのである。

この得点に、歓喜を爆発させる城南一和の選手とサポーターたち。

対照的に、ゾブ・アハンの選手たちの目線は、呆然と虚空を切った。

その後も反撃を続けたゾブ・アハンだったけれども、けっきょくスコアは動かないまま試合終了のホイッスル。

東京の夜を熱くさせた熱戦は、城南一和の優勝という形で、その幕を降ろしたのである。

AFCチャンピオンズリーグ、ファイナルの改革案

試合直後のピッチの上には、まったく異なる2つの表情がコントラストを描いていた。

喜びを爆発させ絶叫する城南の選手たちと、人目もはばからずに号泣するゾブ・アハンの選手たち。

その光景からは、この試合に賭ける両チームの意気込みがどれほどのものだったのかが、ヒシヒシと伝わってきたように思えた。

AFCチャンピオンズリーグの前身となったアジアクラブ選手権自体は 1985年から始まっていて、既に 25年の歴史を誇る。

しかし以前のアジアクラブ選手権は人気も権威もサッパリで、遠征費用だけがかかる大会として各クラブにもまったく重視されていないような大会だった。

そんな大会に変化が訪れたのは、20世紀も末になってから。

この大会のチャンピオンに、クラブワールドカップの前身となる世界クラブ選手権の出場権が与えられるようになると、大会のプライオリティは一気に向上することになる。

そして 2002年から、アジアクラブ選手権は現在の 「AFCチャンピオンズリーグ」へと発展を遂げて、その後は年を追うごとに大会の重要度を増し続けていった。

そして今では、アジアのクラブにとっての「世界に通じる大会」として、この AFCチャンピオンズリーグは絶大な存在感を持つまでに成長したのである。

ファイナル直後の両チームの選手たちの表情が、それを如実に物語っていたと僕は思った。

しかしこれだけ権威があり、そして熱狂的な大会のファイナルが、わずか3万人足らずの観客の前で行われたことが、返す返すも残念である。

実際に来年以降は、ファイナルに出場したチームのホームで決勝戦を開催するプランも浮上しているそうだ。
その場合はリベルタドーレス杯のように、ホーム&アウェーの2試合で決勝を戦うことになるのだろうか。

ただ個人的には、決勝戦だけは1試合での一発勝負で戦ったほうが、記憶に残る名勝負が生まれるような気もする。

私案だけれども、決勝戦は現行のとおり一発勝負のままで、開催地を変更してはどうだろうか。

日本のサッカーファンはワールドカップやクラブワールドカップ(トヨタカップ)、そしてテレビでの海外リーグなど、ハイレベルな試合を1年中観ている環境下にある。

目の肥えた日本のサッカーファンからすると、自国のチームが出場していない地味なカードの AFCチャンピオンズリーグ決勝戦は、どうしても魅力のあるものには映りにくいのではないだろうか。

そこで代わりに、中国やインド、東南アジア、中央アジアなどの発展途上国で決勝戦を開催すれば、現地ではそれなりの盛り上がりが期待できるように思う。

もちろん、スポンサーの獲得など難しい問題もあるのだろうけれども、大会の盛り上がりとサッカー発展途上国への投資という両方の意味で、このファイナルを日本以外で開催するほうが、アジア全体としてみればメリットが大きいのではないかと僕は思った。

高まりを見せる「アジアの熱狂」

ともかく、素晴らしい 90分の末に、今年のアジアチャンピオンは決まった。

優秀な代表クラスの韓国人選手たちに、マウリシオ・モリーナという切り札を抱えて、さらにラドンチッチが復帰する城南一和天馬は、来月のクラブワールドカップでの戦いぶりも大いに期待が持てるのではないだろうか。

普段は絶対に負けたくないライバルの隣国だけれども、この時ばかりは、僕も城南一和を応援しようと思う。

年々高まりを見せる「アジアの熱狂」。

そしてその熱気がいつの日か、「世界の壁」を突き破ってくれることを、僕は願うのである。

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