いま、女子サッカーが面白い/なでしこリーグ@アルビレックス新潟レディース 1-2 INAC神戸レオネッサ

[Girl next to barn with chicken] (LOC)[Girl next to barn with chicken] (LOC) / The Library of Congress

時計の針は 56分を指していた。

アルビレックス新潟レディースの左コーナーキック。
キッカーは、今シーズンに東京電力から移籍したばかりの上辻佑実。

大型の選手を擁する新潟だけに、ここはハイボールを入れてくるのか ーー?

しかし僕のこの予想は見事に裏切られる。
上辻が蹴ったボールは宙空ではなく、緑の芝生の上を滑るように転がったのだ。

そしてそのボールは、ペナルティエリア外の中央付近まで、糸をひくように白い軌道を描いていく。

その先に待っていたのは、新潟の10番・日本代表の上尾野辺めぐみだった。

上尾野辺はこのボールをめがけて猛然と走りこむと、ボールが足元に届いた瞬間、得意の左足を振り抜いた。

「おおっ!!!」

思わずテレビの前で声を上げた僕。

上尾野辺の放ったシュートは日本代表の守護神・海堀あゆみが守る、INAC神戸のゴールマウスを目がけて空気を引き裂いた。

そして海堀の指先をすり抜け、対角となるゴール右のネットを、見事に揺らしたのである。

ーー ワァッ ーー!!!

一瞬の静寂の後、このスーパーゴールにどっと湧く場内。

これを目撃したファンの数は、リーグ新記録となる24,546人にものぼっていた。

これでチームが勝っていれば文句なしの展開だったのかもしれない。

しかしそれを差し引いたとしても、この素晴らしいゴールは、スタンドを埋めた大観衆を満足させるに足るものだったはずだった。

INACを止める「最後の刺客」

「ストップ・ザ・INAC」は、今シーズンのなでしこリーグの暗黙のスローガンである。

昨シーズンのチャンピオン、日テレ・ベレーザから日本代表4人を引き抜き、さらに韓国代表2人を補強。
ワールドカップにも7人を送り込んだINAC神戸レオネッサは、開幕当初からダントツの優勝候補筆頭との呼び声が高かった。

そしてその前評判通り、INACは7節終了時点で2位に勝ち点7の差をつけ独走態勢に入っている。

一昨シーズンのチャンピオン・浦和レッズレディースを破り、昨年の女王・ベレーザに完勝し、ワールドカップ後もジェフ市原・千葉レディース、岡山湯郷ベルと、その時点で3位につけていた強豪を立て続けに撃破したINAC神戸レオネッサ。

そして今節に対峙したのは、「最後の刺客」とも言うべき2位・アルビレックス新潟レディースである。

INACが完全独走態勢に入るのか、それとも新潟が再び混戦に持ち込むのか ーー?
その命運が決まる前半戦の「天王山」だ。

ちなみにこの日のゲームは、男子のアルビレックス新潟の前座試合として開催された。
その効果もあってか、キックオフの後も場内では続々と観客が席を埋めていく。
これまで男子にしか興味が無かった地元のファンたちが「なでしこ見たさ」に足を運んだ結果、2万4千人を超える大観衆が集まったのだ。

僕は2万人を動員した先週のINAC x 岡山湯郷の試合が当面のなでしこリーグの動員記録を保持すると予想していたんだけど、わずか一週間でそれはアッサリと塗り替えられることになった。
まあ何と言うか、嬉しい誤算である。

またなでしこフィーバーのお陰で、この試合はスカパー!でテレビ中継もされた。
ついこの前までは、なでしこリーグがテレビ中継されることは年間でも数えるほどしか無く、それ以外の試合は生観戦を除けば、ただスタンドからホームビデオでボールを追っただけ(のように見える)ネット映像でしか観ることができなかったのだから、女子サッカーファンにとってはそれだけでも劇的な変化である。

むしろ2シーズン前まではそのネット中継すら無かったわけで、そう考えるとまるで夢のような時代が訪れたと言うもんだ。

そして新潟の2万4千人のファンと全国の視聴者が観戦したこの試合で、両チームは期待通りの面白いゲームを披露してくれた。

試合は序盤、ほぼ互角の立ち上がりを迎える。

相変わらずのスロースターターぶりで、序盤は調子の上がってこないINAC。
それを横目に、前半は新潟の健闘ぶりが光った。

新潟の “心臓” とも言える存在は、なでしこジャパンでも活躍する阪口夢穂と上尾野辺めぐみの2枚看板である。
この2人に上辻佑実を加えた3人を軸に、新潟は小気味良いパスとドリブルで攻撃を組み立てていく。
そしてその中盤から、前線のターゲットマン・菅澤優衣香を狙うというのが新潟のスタイルだ。

対するINACは、前節と同じように南山千明をワントップに据える布陣でスタートを切った。

しかし本来はミッドフィルダー、しかもどちらかと言うと好守のバランスを取るポジションのセントラルミッドフィルダータイプである南山のワントップは、お世辞にも機能したとは言えず、前半は新潟に主導権を握られる時間帯も作ってしまう。

ただ、それでも勝ち切るのが「真の強者」たる所以である。

苦戦を強いられながらもINACは41分、コーナーキックからの澤穂希のゴールで先制。
その後、冒頭の上尾野辺のゴールでいったんは追いつかれたけれども、70分に再び澤のゴールで突き放した。

ちなみにこの澤の2点目は、フリーキックが壁に当たったこぼれ球に即座に反応すると、ワントラップのあと、ゴール対角のサイドネットギリギリにループシュートを蹴り込むという芸術的な一発である。

まさにフィニッシャーとしての澤穂希の才能を見せつけるかのようなシュート。
ワールドカップ決勝のゴールもフロックではないことが良く分かる、本当に見事な一撃だった。

そして今シーズンのINACは、一度リードをしたらもう追いつけない。

終盤はバテバテの新潟を尻目に、悠々と走りまわるINAC。
こんな「いつもの光景」が繰り返されて、けっきょくそのままINACが開幕8連勝。
2位との直接対決を制して、勝ち点差を10と広げたのだった。

勝負は何が起こるかは分からないとは言っても、今シーズンの優勝をなかば確定したと言ってもいいくらい、これは大きな勝利となった。

「若い力」の台頭

しかし敗れたとは言っても、新潟の大観衆にとっては、それなりに満足感を得られた試合だったのではないだろうか。

チームのエース・上尾野辺めぐみと、代表のエース・澤穂希の2本のスーパーゴールが見られたし、女子サッカーも充分に見応えのあるコンテンツなんだということを改めて認識したファンも多かったように思う。

そして2位の新潟は、さすがにしっかりとした組み立てのできる、質の高いサッカーのできる好チームだった。
その新潟とINACとの首位攻防戦は、順位に違わず「内容の濃い」ゲームだったと僕は感じた。

ちなみにその新潟の中では前述の上尾野辺、阪口、上辻と、ゴールキーパーの大友麻衣子あたりが印象に残ったけれども、個人的に特に印象深かった選手が、右サイドバックに入っていた小原由梨愛である。

小原と言えば、女子サッカーファンの間では昨年のU-20ワールドカップでのプレーも記憶に新しいだろう。

本来はドリブルを得意とするアタッカータイプの選手だけれども、このU-20では佐々木則夫監督に将来性を見込まれ、サイドバックで起用されていた。

しかし本職のサイドバックではない小原はディフェンス面での不安定さを随所に露呈してしまう。
ナイジェリア戦では相手選手の爆発的なスピードと身体能力に翻弄されて何度となく突破を許し、たまらず交代を命じられた際には号泣しながらピッチを去るなど、本人にとっても非常に辛い経験になってしまった。

しかしあれから1年。
なでしこリーグのピッチの上で観た小原由梨愛は、まるで別人のように成長を遂げた姿を見せてくれる。

この日の小原は、日本代表の川澄奈穂美とトイメンでマッチアップ。
川澄はなでしこリーグでは別格のスピードと技術を持ち、前節の岡山湯郷戦でも何度もサイドからチャンスを創りだしていたINACのキーマンの一人である。

しかしこの川澄を、この日の小原はほぼ完璧に封じ込めた。

もともとスピードのない選手ではない上に、ディフェンス時の間合いの取り方が格段に修正されていた小原。
この日は後半に川澄がポジションを変えるまでの間、小原のサイドではほぼ仕事をさせることはなかった。

この小原の成長ぶりに、佐々木則夫監督も日本代表入りをほのめかす発言をしたそうである。
その後、発表されたオリンピック予選に向けた代表チームの中に小原の名前は無かったけれども、代表監督の視界の中に入っていることは間違いないだろう。

元々攻撃力に定評がある上に、ディフェンス面でも急成長を見せ、さらに新潟では右、U-20では左のサイドバックをやっていたように、両サイドをこなせる柔軟性がある。
順調に行けば、近い将来に小原由梨愛が代表に選出される可能性も充分にありそうだ。

日本がワールドカップに優勝したとは言っても、なでしこジャパンも新しい血を入れていかなければ、今後も勝ち続けることは難しいだろう。

特に比較的層の薄いサイドバックのようなポジションに、小原のような若い力が台頭してくることはとても大きな意味がある。

また小原に限らず、なでしこリーグには次の代表の座を狙う若い才能が、まだまだたくさん眠っている。

9月のアジア予選を勝ち抜ければ、オリンピックの本大会まではおよそ1年。

それまでに頭角を現す「若い才能」を発見することも、なでしこリーグの大きな楽しみのひとつになるだろう。

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