「終わりではなく、始まりにしないといけないと僕は思う。遺志を受け継いで、松田さんがやり遂げたかったことをやり遂げれば、報われると思う。」
「宿命の対決」をひかえたキックオフ前。
超満員で埋まった札幌ドームでは、松田直樹に対する黙祷が捧げられていた。
国際Aマッチ出場40試合。
日韓ワールドカップでもレギュラーとして活躍した英雄の、早過ぎる死。
本田圭佑の冒頭の言葉のように、現役の代表選手たちの中にも、この試合にかける特別な想いはあったのだろう。
しかし、それがこの日の代表のパフォーマンスの要因かと言われれば、それはたぶん違う。
日本は高いモチベーションに背中を押されながら、現在の持てる力を正しく発揮した。
そのことがきっと、この「快心の勝利」を生んだのである。
帰ってきた “軽業師”、香川真司
それはまるで、”ニンジャ” のようなステップだった。
高い位置でのプレスからボールを奪った遠藤保仁は、ディフェンスを充分に引きつけた後、トップの李忠成にクサビのパスを出す。
これを李がヒールで落としたところに、待ち構えていたのが香川真司だ。
そして次の瞬間、香川の周囲の空間は数秒間、時間が止まった。
あえて密集地帯にドリブルを仕掛けた香川は、一回、二回と、小刻みなステップワークで韓国の壁の間をすり抜けていく。
その職人芸に、ドイツでさらに磨きをかけた “軽業師”。
そびえる赤い壁たちを突破した後、香川が対角に流し込んだシュートは、見事に韓国ゴールへと吸い込まれていく。
35分のこのゴールに続いて、日本の2点目が決まったのは52分。
左サイドをオーバーラップした駒野友一が、ディフェンスを突破してシュートを放つ。
これを韓国GKチョン・ソンリョンが弾いた時、そのこぼれ球の先にいたのは、この試合がAマッチデビューとなった清武弘嗣。
清武はデビュー戦とは思えない落ち着きでこれを落とすと、ボールは中央に走りこんだ本田圭佑の元へ。
本田がこれをゴール左隅へと巧みに流し込み、日本は2-0とそのリードを広げた。
そしてトドメの3点目が飛び出したのは、それからわずか2分後のことである。
カウンターから本田→香川と繋ぎ、香川が右のオープンスペースに走りこんだ清武へとボールを送る。
これに追いついた清武は一瞬のルックアップの後、ゴール前に走りこんだ香川へと冷静にリターンパス。
これを香川がキッチリと押しこんで、決定的な3点目が生まれる。
韓国を相手に3点を奪ったのは、実に37年ぶりの快挙。
札幌の夜空に上がった3発の花火によって、この歴史的勝利は彩られることになった。
「史上最強」を証明したザック・ジャパン
「札幌の恥辱」。
「史上最悪の韓日戦」。
翌日の韓国国内のメディアでは、こんなヒステリックな見出しが踊ったそうだ。
しかし僕はもし韓国の人と話す機会があったとしたら、”上から目線” を承知でこう伝えたい。
「韓国は決して悪いチームではなかったよ。ただ、日本が強すぎただけなんだ。」
事実、今の日本代表はおそらく、国内史上最強のチームである。
それは先発メンバーのうち海外組が7人という、「個の力」のレベルアップだけが理由ではない。
そこにザッケローニ監督が植えつけた戦術、そして集団としての「結束」の強さが加わって、日本に揺るぎないパワーが生まれているように思える。
立ち上がりこそ互角の勝負を見せていた韓国も、
「中央からサイド、そしてまた中央、またサイド」
または「サイドから逆サイド、そして中央」
と目まぐるしくボールが動く日本の展開力に、徐々に翻弄されていくことになった。
韓国がプレスをかけても、日本は巧みなボールキープとパスワークで、その包囲網を打ち破っていく。
徐々にプレーでもメンタル面でも受け身に立つようになった韓国は、日本の個人技とテンポの速いパスを警戒してディフェンスが飛び込めなくなり、終盤には全員がボールウォッチャーと化した。
攻撃に転じても日本が築いたブロックを突き崩せず、ことごとく弾き返されていく韓国。
それでも何度か決定機をつくり、底力を見せつけはしたものの、日本とはプレーの完成度、特に中盤のクオリティーに大きな差があった。
そして日本にその “違い” を生み出していたのが、我らがサムライ・ブルーの誇る二枚看板、本田圭佑と香川真司だったのである。
“ゴールデンコンビ” の萌芽
香川真司にとってこの試合は、およそ半年ぶりの代表戦となった。
その半年間のブランクのきっかけとなったのが、同じ韓国と戦ったアジアカップの準決勝。
ここで負った骨折が原因で、香川はしばらくの間、表舞台から姿を消すことになる。
香川にとっての「失われた半年間」。
その香川が再び青いユニフォームに袖を通したとき、相手が因縁の韓国だったことは、単なる偶然なのだろう。
しかし僕は、どこかアジアカップの続編を見ているような錯覚に襲われたのだ。
“軽業師” のキレは、半年前から全く失われてはいない。
むしろ、一段と増しているようにすら思える。
まるで半年前からタイムスリップしたかのような “タイムトラベラー” 香川真司は、再び日本のファンの前にその姿を現したのである。
その香川のボールタッチが増えた前半20分過ぎから、日本の攻撃はリズムを増し始める。
左サイドからのドリブル、クロス、サイドチェンジ。そしてシュート。
その背番号にふさわしい活躍で、香川真司は日本の攻撃をリードした。
ただそれでも、香川に主役の座を譲らなかった男がいる。
2ゴールの香川よりも、2アシストの清武よりも長く、90分間ピッチに立ち続けた男。
本田圭佑は試合を通じて、まさに日本の「王様」とも言える大活躍を見せた。
持ち前の「強さ」を活かしたキープから、右へ左へとボールを散らす展開力を見せ、中盤を制圧した本田圭佑。
ゴールネットを揺らした数では香川に劣ったものの、自身も1ゴールを決めて結果も残す。
そして特筆すべきは、本田圭佑と香川真司、この2人のエースが、見事なコンビネーションを見せていたことである。
南アフリカで中村俊輔と本田圭佑が並び立たなかったように、2人のエース級のプレーヤーが共存できないということは、サッカーの世界では珍しくはない。
しかし本田圭佑と香川真司は、そのハードルをついにクリアしたように思える。
ともにトップ下でのプレーで評価を高めた選手同士。
どちらがサイドに回り、どちらが中央に張るのか?
アジアカップではまだ模索中だったそのクエスチョンに、この試合ではひとつの答えが出たのではないだろうか。
香川がナイフのような切れ味のドリブルでサイドの起点となれば、本田は強靭なキープ力とトリッキーなパスで中央からゲームを創る。
後半には2人だけのコンビネーションから決定的チャンスも生み出した。
そして、2人で3点というアベック弾。
この2人が「共存できる」どころか「相乗効果」を生み出す目処が立ったことの意味は、日本にとっては計り知れないほど大きい。
もしこのコンビネーションを今後も毎試合見らるようであれば、この2人は日本が世界に誇る “ゴールデンコンビ” になり得るだろう。
宿命のライバルを相手に見せた、3-0の快勝劇。
しかし終盤には韓国に何度も決定機を許すなど、決して課題の残らない試合ではなかったように思う。
しかし着実に高まり続けている日本代表チームの完成度に、この “ゴールデンコンビ” のブレイクが加われば。
9月からのワールドカップ予選で僕たちは、きっと「無敵の日本」の姿を観ることができるだろう。
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