ウズベキスタンは、旧ソビエト連邦から独立してから、まだ丁度20年という若い国である。

しかしアジアのサッカーの中で、その存在感は決して小さいものではない。

ウズベキスタン代表の国際舞台へのデビューは華々しいものだった。

初めて参戦した国際大会である1994年の広島アジア大会。
当時はフル代表による真剣勝負だったこの大会で、ウズベキスタンはいきなり初優勝を飾り、アジアの頂点に立つ。

今よりもさらに世界との差が大きかったアジアの中で、新興国とは言え、代表選手の大半が旧ソ連リーグを経験していたウズベキスタンの存在は、まさに「旋風」と呼ぶにふさわしいものだった。

しかしサッカーの面で言えば、ウズベキスタン代表は、このあと一度「永い眠りの時」を迎えることになる。

AFCアジアカップでは1996年、2000年と2大会連続でグループリーグで敗退。
国民の期待を背負ったワールドカップ出場も、今日に至るまで一度も実現していない。
ヨーロッパからの新風を吹き込み、アジアのライバルたちに恐れられた「中央アジアの雄」は、いつしかアジアのサッカー界でその存在を忘れられた国となりつつあった。

しかし2000年代も後半に入ると、その状況は大きく変化する。

その変化は、まず若年層の代表チームから現れた。

U-20ワールドカップの予選を兼ねたAFC U-19選手権で、ウズベキスタンは2004年、2008年、2010年の3大会でグループリーグを突破。
同じくU-17ワールドカップの予選となるAFC U-16選手権でも、2008年と2010年に2大会連続して決勝トーナメントに進出している。

そのうちの2008年のU-19と2010年のU-16では決勝戦にまで進出してアジアで準優勝に輝き、翌年のワールドカップへの出場を果たした。
しかも今年2011年のU-17ワールドカップでは、結果的に準優勝したウルグアイに敗れたものの、日本と同じベスト8にまで進出。
世界の列強と肩を並べる快挙を成し遂げたのである。

そして、この若年層の強化はA代表のレベルアップにも着実に繋がってきている。

アジアの強豪が覇を競うAFCアジアカップでは2004年、2007年大会と連続してベスト8の壁を突破し、続く今年2011年大会では同国史上初のベスト4に進出。

さらに、その成長は代表チームの枠だけに収まらない。

国内リーグで2009シーズンに無敗優勝を達成した最強チーム、FCブニョドコルは選手としてリバウド、監督としてジーコやルイス・フェリペ・スコラーリといった超大物を次々と獲得し、2008年にはAFCチャンピオンズリーグでベスト4にまで進出を果たした。

このように代表とクラブの両面から、近年のウズベキスタンサッカーは急成長を見せている。

この背景にあるのが、ウズベキスタン経済の好調ぶりだ。
そしてそれを支えているのは、天然ガスや鉱物資源に代表される天然資源である。
その経済成長を武器に強化に力を注いだ結果、ウズベキスタンのサッカーはいま、目覚しいほどの飛躍を遂げつつあるのだ。

ちなみに1994年のアジア大会優勝当時のウズベキスタンのサッカーは、ゴール前にガッチリと堅陣を築き、そこからエースストライカーのイーゴリ・シュクイリンのスピードを活かすスタイルの、いかにも東欧の香り漂うカウンターサッカーだったように記憶している。

しかし現在のウズベキスタンのスタイルは、ブラジルなどの影響の強い、より中盤でのパスを重視するテクニカルなサッカーに変貌を遂げている。

そういった意味でも現在のウズベキスタン代表は、’94年の栄光の後「空白の10年間」を経て生まれ変わった、 “新生ウズベキスタン” なのだと言えるだろう。

そしてそのウズベキスタンが日本を苦しめる日が、ついにやってきたのだ。

ザッケローニのとった「奇策」

ウズベキスタンの首都・タシュケントにあるパフタコール・マルカジイ・スタジアム。

同国内屈指の競技場であるこのスタジアムはしばしば国際試合の舞台となってきたけれども、僕はこれまでこのスタジアムが満員になった姿を観たことがなかった。

しかしこの日、パフタコール・スタジアムのスタンドは超満員の観客で溢れかえっていた。
「ワールドカップ出場」という夢が、ウズベキスタン国内でどれほどのリアリティを持って期待されているのかを、僕はこの映像から伺い知ることができたのである。

ウズベキスタンに乗り込んだ日本代表は、この日ひとつの課題を抱えていた。

「本田圭佑の穴を、どう埋めるのか?」

攻撃の要として欠かせない存在になった本田圭佑を、前節の北朝鮮戦に続いてケガで欠く格好となった日本。
代役としてトップ下に入った柏木陽介は充分に機能できず、後半に香川真司をトップ下に回したことでようやく攻撃のリズムを取り戻したのが北朝鮮戦だった。

しかしアルベルト・ザッケローニ監督はこのウズベキスタン戦でも、「サイドから香川をスタートさせる」ことにこだわったのである。

そしてこの日、本田の代わりにトップ下を任されたのは長谷部誠。
長谷部の本来のポジションであるボランチには阿部勇樹が入り、日本は練習でもあまり試したことのないこの布陣で、ウズベキスタンとのアウェーゲームに臨んだのだった。

しかしその賭けが完全に裏目にでる形で、日本はこのゲームのスタートを切ってしまうことになる。

日本の陥った「機能不全」

前半立ち上がりの7分。

日本はボランチに入った阿部勇樹のマークがズれ、フリーにさせてしまった韓国・仁川ユナイテッド所属のティムル・カパーゼに、バイタルエリアからのミドルシュートを許してしまう。
このシュートはかろうじてポストに当たり、ディフェンスがクリアしてスローインに。

しかしそのリスタートの流れから、こちらも韓国・水原三星ブルーウイングスでプレーするアレクサンドル・ゲインリフに巧みな切り返しからのクロスを上げられ、そのこぼれ球を最後は2008年のアジア年間最優秀選手、現在はサウジアラビアのアルシャバブ・リヤドでプレーするセルヴェル・ジェパロフにボレーで押し込まれてしまった。

「オオオオオオーーーーーー!!!」

ウズベキスタンはイスラム教国家であるため、観客の大半は男性だっただろう。
先制点の瞬間、スタジアムを埋め尽くした50,000人を超えるサポーターの、地鳴りのような歓声がこだました。

アジア最強の日本から奪った、いきなりの1点。
ウズベキスタンサポーターにとっては、ワールドカップ最終予選への道が大きく開けた瞬間だった。

そして日本は、そのウズベキスタンの勢いに、序盤は完全に呑まれてしまうことになる。

ウズベキスタンはバックラインも技術が高く、チーム全体でボールを繋ぐ意識が徹底されていた。
ボールを奪うとジェパロフ、カパーゼ、オディル・アフメドフらを中心に攻撃を組み立て、ヴィタリー・デニソフとヴィクトール・カルペンコの両サイドバックも積極的に絡み、サイドから起点をつくってくるウズベキスタン。
サイドをえぐるその攻撃に、日本は次第に押し込まれていってしまう。

またウズベキスタンはディフェンスも堅く、特に両センターバックのイスロム・トゥフタフジャエフとシャフカト・ムラジャノフ、そしてボランチのアフメドフの読みが鋭く、李忠成、長谷部誠の日本のセンターラインは、このウズベキスタンのディフェンス陣の前に機能不全に陥らされてしまった。

長谷部もこの日は惜しいミドルシュートを放つ場面があったものの、全体的な出来という意味では、やはり本田圭佑と比べるのは酷だった。
浦和レッズ時代はトップ下の経験もある長谷部だけれども、ヴォルフスブルクに移籍してからはサイドハーフ、ボランチ、サイドバックなど、どちらかと言えば守備的なポジションで使われることが多い。
強さという面では本田に引けは取らないものの、キープ力、イマジネーションの点ではどうしても差が感じられてしまう。

李忠成、駒野友一も枠内にシュートを放つチャンスがあったけれども、前半の日本にとって、ウズベキスタンのゴールは遠い存在となってしまった。

対するウズベキスタンは、特にボランチのオディル・アフメドフの印象が強烈だった。

鋭い読みからのボールカットを見せたと思えば、中盤の底からの展開力、またはドリブルで前線に持ち上がる力も持ち合わせるオールラウンダーで、まさにウズベキスタンの好守の要。
まだ23歳ながら、あのロベルト・カルロスやサミュエル・エトーといったワールドクラスの選手が所属するロシアの新興チーム、FCアンジ・マハチカラでレギュラーとしてプレーしている。

個人的にはエースのジェバロフよりも強い印象を受けたけれども、このアフメドフのような若手が2人3人と育ってくれば、ウズベキスタンは日本にとってもさらに厄介な相手となりそうだ。

そしてこのアフメドフやジェパロフに苦しめられ、不完全燃焼のまま日本は前半を折り返すことになってしまう。

日本が何か、手を打たなければならないことは明白だった。

息を吹き返した日本代表

そして後半開始から、ザッケローニ監督は動いた。

まずは阿部勇樹に代えて清武弘嗣を投入。
長谷部を本来のボランチの位置に下げ、香川真司を左サイドからトップ下に移す。
そして右サイドハーフだった岡崎慎司を左に回し、清武を右のサイドハーフに入れた。
つまり中盤から後ろを、機能した北朝鮮戦の後半の布陣に変更したのである。

この効果はすぐに現れた。

香川を頂点としたトライアングルがいくつも生まれ、日本の攻撃の連動性は見違えるように向上する。
また清武もサイドから得意のドリブルでかき回して、チャンスメイクに貢献。
日本の攻撃のスピード感は、前半に比べて格段に増していった。

しかしホームのウズベキスタンも、簡単にゴールは割らせない。
粘り強い守りからジェバロフ、アフメドフ、カバーゼを中心に時折チャンスをつくり日本に対抗するウズベキスタン。

その守りの前に、1点の遠い日本。

しかし、ついに牙城が崩される時が訪れた。

65分、日本は中盤で遠藤保仁→長谷部誠と繋いで、そこから右サイドを駆け上がった内田篤人にパスが出る。
そして内田からのピンポイントのクロスを、ファーサイドに走りこんだ岡崎慎司がダイビングヘッドで押し込んで、ついに同点。

岡崎の “伝家の宝刀” ダイビングヘッドが火を噴き、ようやく日本が待望の同点弾をマークしたのである。

その後はハーフナー・マイクも投入し、高さを活かして逆転を狙いにいく日本。
しかしウズベキスタンのディフェンスラインも安定感が高く、なかなか決定機をつくることができない。

逆に残り15分ごろからは、ホームのウズベキスタンが勝利を目指して再び押し込む展開に。
しかし川島永嗣のファインセーブもあって、日本もこれ以上ゴールマウスを割らせることはなかった。

けっきょく試合は同点のままタイムアップ。

両者ともに勝利を見据えたこのゲームはしかし、結果的に「痛み分け」の格好のまま、勝ち点1を分け合う形となったのである。

暗中模索の中の「チャレンジ」

FIFAランキングでは、日本の15位に対してウズベキスタンは82位である。
これだけで見れば日本が完全に “格上” ということになるのだけれども、実際のゲームでは、それほど大きな力の差は感じられなかった。

ウズベキスタンは、近年のその成長ぶりが如実に伝わってくるような好プレーを見せていた。
特に中盤とディフェンスラインは強力で、ここに得点力のあるストライカーが加われば、将来的には日本にとっても大きな脅威となりそうだ。

対する日本からすれば、前半の出遅れを、何とか後半に帳尻を合わせたようなゲームだった。

改めて本田圭佑の穴の大きさを痛感したけれども、同時に香川真司をトップ下に回すことで、その穴を埋められることも再確認できた試合だったと言えるだろう。

ただそうすると、「はじめから香川を使っとけば良かったのに…。」という疑問が湧いてくる。
それは僕も思ったのだけれども、それでもザッケローニが香川の左サイドにこだわったのは、本田が復帰した際の布陣を重視したからではないだろうか。

つまり、ベストメンバーが揃ったときのザック・ジャパンにおいて、香川真司はあくまでも左サイドのレギュラーという位置付けであって、ザックはできることなら、そこをいじりたくはないと考えているのではないだろうか。

理想を言えばレギュラーの誰が欠けても、そこをバックアップの選手が埋めるだけで同じように機能するチームを作りたい。
そう考えているからこそ、ザックは香川の左サイドにこだわったのではないかと僕は感じた。
裏を返せばそれだけ、本田&香川のコンビが、ザック・ジャパンにおいては絶対的な存在だということにも繋がってくるだろう。

いずれにしても、日本はまたひとつ勝ち点を積み上げた。
難敵とのアウェーゲームに苦しみながらも、一歩ずつワールドカップに向けて前進していく日本代表。

暗中模索を続けながらも、そのチャレンジは続いていく。

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