日本サッカーの歴史の中で、2011年ほど “波乱のシーズン” として記憶されるシーズンは無いだろう。

元日の鹿島アントラーズの天皇杯優勝、そしてザック・ジャパンのアジアカップ優勝で幕を開けたこの一年。
3月5日のJリーグ開幕までは順風満帆だったサッカー界の風景が、あの3月11日以降、一変してしまう。

Jリーグは中断を余儀なくされ、日本代表のコパ・アメリカ参戦は幻となった。

そして迎えたJリーグ最終節では、柏レイソルがJ1昇格初年度での優勝という史上初の快挙を成し遂げる。

そんな2011年も残るところあと2日。

シーズンカレンダー的にはまだ元日の天皇杯決勝を残しているけれども、2011年内のプロサッカーの試合は全てが終了した格好となる。

そしてその2011年最後のゲームも、この一年を象徴するような、波乱に満ちた激戦となった。

京都サンガの見せた「小さなサプライズ」

京都サンガの今シーズンの最終順位は、「J2で7位」。

1年でのJ1復帰が叶わなかったばかりか、シーズン最初の9試合を1勝2分6敗という散々たる成績でスタートし、一時は19位にまで低迷。
その後も34節までは2ケタ台の順位を低空飛行し、シーズンを通じて上位に顔を出した時期は一度もなかった。

それだけに、サンガが天皇杯でここまで勝ち上がってきたことは、小さな驚きだったと言えるだろう。

とは言っても、サンガがここまで倒してきた相手はJFLの佐川印刷、同じJ2の湘南ベルマーレ、J1最下位で来季のJ
2降格が決まったモンテディオ山形といった、比較的くみしやすい面々。
唯一、ディフェンディングチャンピオンの鹿島アントラーズを相手に「金星」と言える勝利を挙げてはいたものの、一発勝負のトーナメントでは充分起こり得ることでもあった。

それだけに戦前は、サンガが今季J1で5位の横浜マリノスを相手に、鹿島戦の再現をすることは難しいだろうという見方が強かった。

しかしキックオフの直後から、京都サンガは観衆を驚かせるようなプレーを見せたのである。

京都サンガのこの日の出場選手の平均年齢は23.5歳。

その若さもさる事ながら、メンバーのうち代表経験のある選手は皆無である。
J1でのプレー経験が豊富な工藤浩平、中山博貴、水谷雄一や、2008年にJリーグ史上2番目に若いデビューを記録して注目された宮吉拓実あたりを除けば、ほぼ無名に近い “雑草集団” だと言っていい。

しかしそんなサンガが序盤から披露したのは、流麗なパスワークと組織的な守備で中盤を制圧する「モダンサッカー」だったのだ。

そのシステマティックなサッカーは、格上のマリノスを慌てさせるに充分なものだった。

雑草軍団のサンガがこれほど高いクオリティのサッカーを実践できているのは、監督の力量による部分が大きい。

かつてヴァンフォーレ甲府でも攻撃志向のモダンサッカーを展開し、チームを初のJ1昇格に導いた大木武監督。
イビチャ・オシムのジェフ千葉がJリーグで旋風を起こし、オシムが日本代表監督に就任した頃、オシムの提唱する「人もボールも動くサッカー」が盛んにメディアで取り上げられたけれども、その時期に「うちはずっと前から、人もボールも動くサッカーをやっている」と豪語したのが、当時ヴァンフォーレを率いていた大木武その人だった。

その後は岡田ジャパンでコーチを務めるなど指導経験を積んだ大木は、今シーズンから京都サンガの監督に就任。

モダンサッカーを浸透させるのには多少時間がかかったけれども、試合をこなすごとにチームは調子を上げ、J2のラスト10試合を8勝2敗という好成績でフィニッシュする。
そしてその勢いを、そのまま天皇杯まで持ちこんできた。

中盤でパスサッカーのキーマンとなる工藤浩平、中山博貴。
そして前線の要となる “カカー2世” ドゥトラと、常にゴールを狙う動きで危険なプレーを繰り返す宮吉拓実。
さらに後方を固める水谷雄一や秋本倫孝。

これらの選手を軸にしつつ、チーム全体が見事に連動したプレーを見せるのが、大木武の率いる京都サンガのスタイルである。

そしてその組織サッカーで試合を優勢に進めたサンガは、37分には一連のプレーから3度の決定的シュートを放つなど、マリノスを相手に主導権を握っていった。

順位的には格下となるサンガの、鹿島戦に続く金星もあり得るか ーー。

しかしそう思われた直後、マリノスの「あの男」が、試合の風向きを180度変えてしまう。

42分、中盤でボールを奪ったマリノスは、ショートカウンターからエース・中村俊輔が必殺のスルーパスを送る。
このパスに反応し、完璧に裏に抜け出したのは渡辺千真。
渡辺はそのままキーパーも抜いて、無人のゴールへとシュートを流し込んだ。

1-0。

劣勢だったマリノスが、中村俊輔の1本のパスで、形成を逆転してしまったのである。

トリコロールの軍団が見せた、J1の意地。

しかしこのゴールは、波乱のゲームの序章に過ぎなかった。

後半に待っていたドラマ

後半、試合はあっけないほど簡単に動いた。

後半開始から間もない50分。
カウンターから京都サンガの工藤浩平がドリブルで持ち上がる。
そして、マリノスの守備が整わない隙を突いて左足を一閃。

この工藤の見事なミドルが決まって1-1。
京都サンガがすぐさま同点に追いついたのだ。

これでゲームは振り出しに。
そして同時に、試合の展開も拮抗したものとなっていく。

時間を追うごとに、マリノスは劣勢だった流れを引き戻しつつあった。
その牽引車となったのは、やはりあの天才・中村俊輔である。

卓越したボールキープからのクロス、スルーパスで、ゴール前で危険な存在であり続けた中村俊輔。
その変幻自在のプレーはサンガのファウルを誘発し、そこで得たフリーキックでは、また中村の左足が脅威となる。

セットプレーから何度となくサンガを脅かす中村の存在が、マリノスを勢いづけていった。

しかしこの試合に限っては、試合の「風向きの変化」は全く予想がつかない。

マリノス優勢の時間帯の中、追加点を奪ったのは何と京都サンガだったのである。
72分、ドゥトラの直接FKが決まって、サンガが逆転に成功したのだ。

残るは18分。

虎の子の1点を守って、京都サンガは逃げ切りを図る。
そうはさせまいと、一気呵成の猛攻を仕掛ける横浜マリノス。

両チームの気迫がぶつかり合う、ハイテンションな攻防が続く試合終盤。
しかしそうした中でも時計の針は、非情にも刻一刻と時を刻んでいく。

気がつけばサンガの逆転弾から20分近くが過ぎ、試合は後半ロスタイムに突入。

それでも集中力を保ち続けるサンガの守備は、綻びの可能性を感じさせない。
いよいよサンガが、金星を手にするのか!?

しかし残り1分、そこにドラマは待っていた。

左サイドでボールを受けたマリノスの中村俊輔。
その中村の左足からのクロスを、ファーサイドで栗原勇蔵が落とす。
ここに走りこんだのが、中澤佑二である。

しかし中澤の放ったシュートは、サンガGK水谷雄一がセーブ。
それでもマリノスの気迫が、2度目のチャンスを呼び込んだ。

水谷の弾いたボールの先に滑り込んだのは、マリノスのストライカー・大黒将志。
大黒は倒れこみながらこのこぼれ球を押し込んで、最後の最後でその執念を実らせる。
これが決まって 2-2。

マリノスが土壇場で、試合を振り出しに戻したのである。

うなだれる京都サンガのイレブン。
対象的に、歓喜のガッツポーズを繰り返す大黒将志。

歓喜と嬌声が入り混じった喧騒の中、波乱のゲームは延長戦へと突入していった。

中村俊輔の見せた輝き

延長戦が始まった時点で、スコアはもちろん同点だった。
しかし両チームの雰囲気には、明らかな差があった。

敗北間近だったゲームを土壇場で追いついた横浜マリノスと、十中八九手にしていた勝利を寸前で取りこぼした京都サンガ。

サンガはまるで試合に負けた後かのような暗いムードで延長戦に突入。
対するマリノスには、チーム全体から「いける」という自信がみなぎっていた。

そしてその勢いの差は、そのままゲームの展開へと直結してしまう。

延長戦の序盤から、圧倒的にペースを握ったのは横浜マリノス。
そしてその中心にいたのは、中村俊輔である。

マリノスの木村和司監督は、延長戦のスタート時点からそれまでの4バックをやめ、3-5-2へとフォーメーションを変化させていた。
そして2トップの後方、トップ下のポジションに入ったのが中村俊輔。

それまでのサイドハーフのポジションからより中央のポジションに移動したことで、中村のゲームメイクはさらに凄みを増すことになる。

ドリブル・パス・そしてセットプレー。

まさに「王様」と呼ぶにふさわしいプレーの数々でマリノスを牽引した中村は、ピッチ上の22人の中でも「別格」と言えるほどの輝きを放っていた。

サンガはそのプレーに翻弄され、中村俊輔を全く捕まえることができない。

そして試合は、時間を追うごとにワンサイドゲームの様相を帯びていく。

マリノスに欠けていたのは唯一、ゴールだけだった。

しかし、その肝心の “ゴール” が生まれない。

大黒将志のヘディングシュートがクロスバーを叩くような場面もあったけれども、マリノスのシュートはサンガのゴールを捕らえることのないまま、時間だけが過ぎていく。

この先に待っているのはPK戦か、それとも横浜マリノスの勝利か。

しかし、そんなマリノス圧倒的有利な流れの中、サンガの大木監督は逆転の望みを懸けて、1つの種を蒔いていた。

延長前半14分。

そこで投入された選手の名前は、久保裕也である。

現れた “ワンダーボーイ”、久保裕也

ストライカーにとって、「(リーグ戦で)1シーズン10ゴール」という数字はひとつの目標とされる。

今シーズンの京都サンガのリーグ成績は芳しいものではなかったけれども、この「シーズン10ゴール」を達成した選手が、サンガには1人だけ存在していた。

それはドゥトラでも宮吉でもなく、まだ現役高校3年生の18歳、久保裕也である。

「怪物」と呼ばれた宇佐美貴史は、久保と同じ年齢だった昨シーズン、ガンバ大阪でリーグ戦5ゴールを挙げている。
当時の宇佐美の年齢を考えれば、この数字でも「上出来だ」という評価の声が強かった。

久保裕也は宇佐美よりも下位のリーグであるJ2での記録なので単純比較はできないけれども、それでも10ゴールという記録は、宇佐美にもそう引けを取らない数字だと言っていいのではないだろうか。

しかも12月24日生まれの久保は、つい数日前に18歳になったばかり。
リーグ戦終了時には、まだ17歳だったのである。

しかしそんな久保裕也も、昨シーズンまではほぼ無名の存在だった。

京都サンガF.C.U-18から今シーズンよりトップチームに昇格。
トレーニングマッチのジュビロ磐田戦でハットトリックを挙げて注目されると、リーグデビュー戦となったファジアーノ岡山戦で初出場初ゴールを決める勝負強さを見せつける。

その後も先発あるいはスーパーサブとしてシーズンを通じてゴール数を増やし、得点数を2ケタの大台に乗せた。

ただし、それでもまだ全国的な知名度は高くはなかったこの少年が、天皇杯準決勝というこの舞台で、決定的な仕事をやってのけた。

PK戦突入までは残り5分を切っていた。

延長後半の11分。
ここまで防戦一方だった京都サンガが中盤でボールを奪い、ショートカウンターを仕掛ける。

そして工藤浩平からのスルーパスに抜け出したのが18歳のワンダーボーイ、久保裕也だ。

前がかりになっていたマリノス守備陣の間を抜けだした “一陣の風”。

次の瞬間、GK飯倉大樹と1対1になった久保裕也。
その右足から、狙いすましたシュートが放たれる。

そして久保のシュートが飯倉の右脇を抜けゴールに吸い込まれた瞬間、京都サンガに「まさか」の勝ち越し弾が生まれた。

これで3-2。

突然、降って湧いたように幕を開けた「久保劇場」。
しかしそのパフォーマンスはまだ終わらない。

続く延長終了間際の後半15分。

予想外のリードを許し、決死のパワープレーを仕掛けるマリノス。

しかしその裏をかくように、カウンターから左サイドを抜けだしたのは、またしても久保裕也。

久保はその勢いのままドリブル突破でマリノスDFをかわすと、そこからグラウンダーのクロスを送る。

これに駒井善成が合わせて、ダメ押しの4点目。
これで勝負は完全に決した。

そして直後、寒空に試合終了のホイッスルが鳴る。

この瞬間、京都サンガの9年ぶりの元日決勝進出、そして天皇杯史上初のJ2勢同士による決勝が決まったのである。

“波乱の2011年”の終わりに

押し込んでいたはずのチームが先制を許し、そこからの逆転劇、さらに後半ロスタイムの同点弾、そして延長残り5分での勝ち越し点。

ドラマチックな熱戦は、波乱に満ちた2011年を締めくくるにふさわしいものだった。

そして日本サッカー界はまた1人、久保裕也というダイヤの原石を発見した。

そのスピードとドリブルテクニック、裏へ抜ける動きの質もさる事ながら、大舞台の「ここぞ」という場面でゴールを決める嗅覚とメンタル、勝負強さ、強運ぶりは、単なる有望株の域を超えた「大器」を感じさせる。

試合後のインタビューを見ても、とても18歳とは思えない(失礼!)精悍な面構えと、意思の強さを感じさせる声色は、今後のいっそうの成長を予感させるものだった。

久保はきっと元日の決勝戦でも出番があると思われるけれど、そこでも全国のサッカーファンを驚かせるようなプレーを見せてくれるのではないだろうか。

また久保裕也以外にも京都サンガには、宮吉拓実、駒井善成、中村充孝などの、知名度は低いけれども有望な若手が揃っている。

イキの良い若手と組織力が噛み合った京都サンガのプレーは元日だけでなく、来シーズンに向けても大きな期待が持てるだろう。

一方で、横浜マリノスはこの敗戦をきっかけに、木村和司監督が解任されることとなった。

木村和司の現役時代からのファンである身としては寂しい限りである。

それを差し引いても監督就任1年目だった昨シーズンよりは、成績もプレー内容も向上を見せていただけに残念だけれども、タイトルを現実的に狙う立場のチームであるマリノスにとっては、リーグ5位で無冠という結果は、充分に監督交代の理由になるというのも理解できる。

そしてこの日の試合も延長までもつれ込んだとは言え、チーム全体のサッカーの質で比べれば、明らかにサンガがマリノスを上回っていた。

中村俊輔、中澤佑二をはじめとするタレントの質で優っていたのはマリノスだったけれども、最後はマリノスの個人技がサンガの組織力に屈したような格好である。

現役時代は自身も日本を代表する名選手だった木村和司監督だけに、個々のタレントのクオリティーを活かしたサッカーを目指したのかもしれないけれど、この試合でその限界が見えてしまったようにも感じられた。

“タレント軍団” を “雑草軍団” が打ち破る。

J2上がりの柏レイソルがJ1を制覇し、天皇杯決勝をJ2のチーム同士が戦うことになった “波乱の2011年”。

その裏には、日本サッカーがひとつの「転換期」を迎えているという、ひとつのメッセージが隠されているのかもしれない。

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