『(サッカー選手は、)2-2とか3-3のミニゲームを子供の頃ずーっとやってたと思うんですよ、いわゆる、ミニサッカーみたいなのを。
そういう、子供の時にやってたプレーって、Jリーガーになるとできなくなるんですよ。』
『遊び感覚で、技の見せ合いみたいなところがフットサルって、あると思うんですね。
だから、みんな好きだと思うんです。そういうことをするのが。』
『(ファンが)期待してるのは参加することだけじゃなくて、いいプレーを見たいと思っていると思うので、
自分の技術と経験でね、そのいいプレーを出せるようにしっかりとしたコンディションをつくって、
1月15日、(コートに)立ちたいと思います。』
カズこと三浦知良はこの日、フットサル・Fリーグの舞台にデビューした。
エスポラーダ北海道の本拠地、「北海きたえーる」に集まった観客の数は、1試合での動員数としてはリーグ史上最多となる5,368人。
サッカー界で数々の伝説を築いた “キング” が、今度はフットサルという新しいステージで、つかの間の主役となったのである。
「観るスポーツ」として苦戦するフットサル
ちなみにフットサルの現在の競技人口は、国内でおよそ370万人に達したと言われている。
このように「やるスポーツ」としてはすっかり市民権を得たけども、「観るスポーツ」としては定着しきれていない。
それが日本のフットサルの現在地だと言えるだろう。
Fリーグの2009-2010シーズンの平均観客動員数は1,572人。
2011年のJ1の平均観客動員数が15,797人だから、FはJの約10分の1の観客数となる計算だ。
これは屋内のアリーナと屋外のスタジアムという会場のキャパの違いも影響しているけれども、単純比較すればFリーグは人気という点でJリーグに10倍の差をつけられているとも表現できる。
ちなみにその前年となる2008-2009シーズンのFリーグの平均観客動員数は1,576人だったから、ほぼ横ばい、もしくは微減というのが、最近のFリーグの置かれている状況だった。
なお、フットサルが集客に苦しんでいるのは日本に限った話ではなくて、ほぼ世界的な傾向である。
唯一、世界最高峰のプロリーグを持つスペインだけは動員も堅調で、人気チームは5,000人程度の観客を集めると聞くけれども、これは世界的に見てもレアなケースだと言える。
実力ではスペインと双璧を成すブラジルですら観戦スポーツとしてのフットサル人気は高くなく、自国で開催された2008年のワールドカップでも、地元ブラジル代表の試合でさえスタンドには空席が目立つほどだった。
国内の強豪だったサントス(サッカー部門は南米チャンピオンとなり昨年のクラブワールドカップに出場)も、サッカーへの投資がかさみ、先日フットサル部門の閉鎖が決定されてしまったばかりである。
そんな閉塞感が漂っていたフットサル界だけれども、今後「観るスポーツ」としてブレイクする可能性も、もちろんゼロではない。
一番わかりやすい例は女子サッカーで、一昨年まではフットサルと同じ「マイナースポーツ仲間」だったけれども、昨年のワールドカップ優勝でいきなり人気に火がついた。
今年もすでに代表がオリンピック出場を決めているし、今後もなでしこリーグはともかく、なでしこジャパンの試合では一定の集客・テレビ視聴率が期待できる人気コンテンツとして定着する可能性は大いにあるだろう。
そして同じようにフットサルの日本代表がワールドカップで優勝するようなことがあれば、なでしこ並みの人気を獲得することも決して夢ではないはずだ。
もちろん、その「ワールドカップ優勝」というのが簡単なことではないのだけれども、なでしこジャパンもワールドカップ前までは、優勝するとは夢にも思われていなかった。
それを考えれば、フットサルの代表がワールドカップで優勝する可能性は、少なくとも男子サッカーがワールドカップで優勝するよりは可能性があるのではないか、と僕は考えている。
ただしその夢を実現させるには当然、代表とリーグのレベルアップが不可欠なわけで、そのためには何かしらのきっかけが必要なのも事実だった。
そこで今回ひとつ投入されたのが、「カズ参戦」という起爆剤だったのである。
Fリーグに投入された起爆剤「カズ参戦」。
Jリーグ時代の象徴的存在であり、日本代表の歴史に名を残す稀代のストライカー。
アジア人選手として初めて、当時の世界最高峰リーグだったセリエAに挑戦し、そこでゴールという記録を残した男。
日本のサッカーファンで知らない人は居ないであろう「カズ」というアイコンが参戦することは、Fリーグにとっては非常に大きな意味があることだった。
ちなみに街中で「フットサルの選手と言えば誰?」と聞かれたとして、1人でも名前を挙げられる一般人はかなり少ないと思われる。
マイナーと言われるスポーツであっても、例えばハンドボールの宮崎大輔だったりとか、ソフトボールの上野由岐子だったりとか、1人は一般的にも知名度のある「アイコン」が居る場合もあるけれど、フットサルの日本代表には現状、そういったズバ抜けたスター選手は居ない。
1人でもそういう選手がいればそこを突破口に人気が広がる可能性もあるけれど、フットサルでは今のところそれも期待できない。
しかも国内リーグのFリーグは名古屋オーシャンズの強さが圧倒的で、リーグ戦の興味も年を追うごとに薄れつつある。
そんな昨今のフットサル界に漂っていた閉塞感・危機感はかなりのものだった。
そこで実現した「カズ参戦」である。
これで少なくとも、普段なら全く話題にのぼることもないフットサルが、一時的にせよメディアで取り上げられることになる。
世間ではエスポラーダ北海道というチームはおろか、Fリーグというリーグの存在すら知らない人もゴマンと居ただろうけれども、これで一度は名前と存在を知ってもらえる。
さらに、ここで面白い試合を観せれば、そこから何人かはまた試合に足を運んでくれるかもしれない。
そんな事情から、たとえ1試合だけのスポット参戦だったとしても、前日にたった1日チーム練習をしただけであったとしても、フットサル関係者からカズは拍手喝采で迎えられたのだった。
そして実際にこの試合は、Fリーグでは初となるテレビ生中継も組まれ、大きな注目を集める一戦となった。
白熱のシーソーゲーム
ちなみにカズが今回ユニフォームを着ることになったエスポラーダ北海道は、北海道札幌市をホームタウンとするチームである。
カズがこのエスポラーダ北海道の一員として試合に出ることになったのは、本来所属している横浜FCと同じ、株式会社LEOCがスポンサーについているという背景がある。
雪が多くて外でプレーできるシーズンが限られる北海道は、もともと屋内スポーツが盛んということもあって、国内でも有数の「フットサルどころ」のひとつである。
ただし、Fリーグでのエスポラーダは今季、10チーム中の9位と低迷していた。
対する府中アスレティックFCは、前節まで10チーム中5位と中位につけている。
それでもメンバー的には、現役日本代表の上澤貴憲、完山徹一に、昨シーズンのリーグ得点王の山田ラファエル・ユウゴ、元代表で2004年のワールドカップメンバーでもあった小野大輔などの駒が揃っている。
ホームとは言え、エスポラーダにとっては格上の難敵との対戦、という構図だったのだ。
ただし、多くの観客にとっての一番の楽しみは、サッカー界のレジェンドであるカズが、フットサルという新しいステージでどこまでのプレーを見せてくれるのか、という点に集約されていたと言っていいだろう。
そして渦中のカズは、この試合で先発メンバーに抜擢される。
迎えたキックオフ。
カズは立ち上がりからシュートを放つなど積極的なプレーを見せた。
その後も自身の代名詞とも言えるまたぎのフェイント「シザーズ」を披露するなど、自分に求められていることを理解しているな、と感じられるプレーを随所に見せていた。
そんなカズのプレーに背中を押されたか、エスポラーダ北海道の選手たちもハイテンションなプレーを見せ、カズがいったん交代で退いた直後(フットサルは交代の回数が無制限)の6分、カウンターから見事に先制点を奪う。
しかし対する府中も負けじと8分、宮田義人のゴールですぐさま同点に追いついた。
府中アスレティックFCは、代表選手の上澤貴憲と完山徹一がやはり要所要所で好プレーを見せてチームを牽引。
山田ラファエル ユウゴ、小野大輔もさすがの存在感を見せ、宮田義人、ソロカーバなどもキレのある動きが目立った。
「個」の力ではやっぱり府中のほうが一枚上手という印象で、ゲームもどちらかと言えば府中優勢の時間帯が続いた。
そんな中でも、エスポラーダ北海道の見せた武器は「若さ」だった。
中でも光ったのが、昨シーズンに現役高校生ながらも6得点を挙げ、日本代表候補にも選出された19歳のドリブラー、室田祐希。
そしてその室田の実兄である23歳の室田翔伍や、この日はファインセーブを連発した20歳のゴレイロ(GK)関口優志などもハツラツとしたプレーを見せる。
そして、この日のエスポラーダで最も活躍したのは、エースストライカー・水上玄太だろう。
地元・札幌の出身で日本代表歴もあるチームの象徴、水上玄太。
この水上が14分、室田翔伍のロングパスから見事なバックヘッドでのゴールを決めて、エスポラーダ北海道が再び1点をリードする。
しかし前半終了間際の20分、府中アスレティックFCもセットプレーからボールをつないでつないで、最後は小山剛史の豪快なミドルシュートで2-2。
試合を再び振り出しに戻し、ゲームは後半戦へと突入していった。
フットサルとサッカーに見る違い
ところで、この試合で最大の注目選手だったカズのプレーはどうだったのだろうか。
立ち上がりこそ積極的なプレーを見せたカズだったものの、府中の選手たちが「様子見」をやめてエンジンがかかってくると、だんだんと封じられるシーンが多くなっていく。
また相手のディフェンスだけでなく、味方とのコンビネーションという点でも、試合がヒートアップしてテンポが上がってくるに連れて、カズが苦しむ場面が増えていった。
フットサルと言うと、世間的にはどうしても「ミニサッカー」というイメージが根強いけれど、フットサル選手たちはこういうイメージを持たれることを嫌う。
フットサルは確かにサッカーをベースに派生した競技であり、サッカーと共通する部分も多いのだけれども、同時に相違点も少なくない。
特に戦術に関して言えば、サッカーとは全く違った動きを求められる場面も多いのがフットサルというスポーツだ。
広いピッチ上でのワイドな展開が有効なサッカーに対して、フットサルはよりショートパスを多用したリズミカルなパスワークが重要だとされる。
そういった動きはチーム内での反復練習を得てある程度オートメーション化されている場面も多いそうで、それだけに、普段一緒にプレーしていない選手同士がコンビネーションを合わせることは、サッカー以上に難しいと言われている。
この日、本格的なフットサルの試合は初めてだったカズは、やはり周りの選手と比べるとどうしても「サッカーの動き」になってしまっている部分が多かった。
基本的にシンプルにさばく場面の多いフットサルで、ついボールを「持って」しまうカズ。
試合が熱を帯びてくると、フットサルはサッカー以上に速いテンポでのパス回しが頻発することになるけれど、初参戦のカズはそのスピード感から一人取り残されるような場面が目立ってきてしまう。
ただしそんな戦術の違いに戸惑いながらも、「さすがカズ」と思わせる場面も見せてくれるのが、キングのキングたる所以だろう。
ディフェンスに関しては試合を通じていい動きを見せていたけれども、ゴール前でもまた、ストライカーの嗅覚を随所に披露するカズ。
僕が認識した限りでも前半に2本、後半には4本のシュートを放っていて、特に後半にはゴールを予感させるような惜しいシュートもあった。
結果的にノーゴールに終わったけれども、フットサルとサッカーは「似て非なるスポーツ」だという競技性の違いを踏まえて考えれば、「思った以上にやれたんではないか」というのが個人的な感想である。
そしてエスポラーダ北海道にとっては何と言っても、この試合を勝利で飾れたことが大きい。
2-2の同点で迎えた30分、エース・水上玄太のゴールで三たび勝ち越したエスポラーダは、そのまま逃げ切りに成功してホームの大観衆の期待に応えた。
カズ自身も勝利に貢献できたことで、それなりの満足感を得られた試合となったのではないだろうか。
サッカーとフットサル、共存への期待
この試合を観戦に訪れていた日本サッカー協会の小倉純二会長は試合後、
「カズ、最高。彼が出てくれれば何かが起きる。」
とカズを絶賛したそうだけれども、確かにカズの参戦によって、フットサル界にも久しぶりに明るい話題が振りまかれたことは間違いない。
Fリーグにもいい選手、上手い選手というのは(知られていないだけで)実はたくさんいるのだけれども、それでもカズほどのスター性、「華」のある選手はと言えば、やはり現状では見当たらない。
カズの存在感が今回、世間の注目をFリーグに集めさせた。
試合自体も面白いゲームだったので、多少なりともフットサル界にポジティブな影響を与えたことだろうと思う。
エスポラーダ北海道はすでに、来季もカズに参戦してほしいとのラブコールを送っているようだ。
2得点を挙げて勝利の立役者となった水上玄太も、「試合に挑む姿勢とかすごく勉強になった。もう1度一緒にやりたい」と語るなど、トッププロとしてのキャリアを持つカズの参戦は選手たちに大きな刺激を与えている。
またカズ参戦という話題性で集まった大観衆の存在が、エスポラーダの選手たちのモチベーションを高めた効果もあっただろう。
ピッチの内外において、今回カズが与えた影響力はかなりの大きさだったと思われる。
そして個人的に期待しているのは、これをきっかけに、「JリーガーがFリーグに挑戦」という流れが生まれることだ。
実際はこれまでも元JリーガーがFリーグに参戦した例は少なからずあるのだけれども、その大半が、Jでは大きな活躍ができなかった選手たちである。
「大物Jリーガー」の参戦という意味では、今回のカズが本当に初めてのケースとなったわけだけれども、ぜひ今後はカズ以外の日本代表経験者たちもFのコートに立ってくれれば面白いなぁと思うのだ。
例えば中村俊輔や小野伸二がたとえ1試合だけでもFリーグに参戦してくれれば、今回のカズと同じくらい注目を浴びることになるだろう。
そして次第に、フットサルに適正のあるJリーガーのセカンドキャリアの舞台としてFリーグが機能するような流れができれば、サッカー界にとってもフットサル界にとってもメリットがあることではないだろうか。
ただしそのためにはJリーガー側もある程度のフットサル経験を積んでおく必要が出てくるけれども、このあたりに関してはサッカー協会が若年層の育成現場でのフットサルの導入を検討しているそうなので、それに期待したい。
実際に本場ブラジルでは、ロマーリオ、ロナウド、ロナウジーニョ、ネイマールなど、歴代のスーパースターたちが少年時代にフットサルをやっていたという例は多い。
サッカー以上に狭いスペースでの足技を要求されるフットサルでの経験が、彼らのテクニックの向上に一役買ったことは間違い無いだろう。
ちなみにブラジルのサッカーやフットサルには「ジンガ」という言葉があるそうだ。
日本風に訳すと「ボディバランス」というような意味合いなのだけれども、実際にはここに「しなやかさ」や「リズム感」のようなニュアンスが加わった言葉らしい。
そしてブラジルの選手たちはこの「ジンガ」を非常に大切にしていて、一流の選手たちはほぼ例外なくこの「ジンガ」を身につけていると考えられている。
ただし、このジンガはとても感覚的なものなので、少年時代までに身につけなければ、その後に身につけることは難しいと言われている。
そしてそのジンガを身につけるために最適なスポーツが、ブラジルではフットサルだと考えられているのだ。
育成年代でフットサルが導入されれば、日本のサッカー少年たちのテクニックの向上にも大きくプラスになることだろう。
そしてそれは、サッカーでのキャリアを終えた選手たちに第2のステージを与えることにも繋がっていく。
フットサルとサッカーは「似て非なる競技」ではあるけれども、同時に兄弟のような関係でもある。
その両者が発展し、WIN-WINの関係を築くことが、今後のサッカーファミリーにとっても大きなプラス材料になると僕は考えている。
その意味でも、今回のカズのFリーグ参戦は非常にエポック・メイキングな出来事だった。
生きる伝説、キング・カズ
そして僕は、このオファーを受けてくれたカズに、心から感謝したい。
本来、フットサル挑戦はカズにとってあまりメリットのある話ではなかったはずだ。
仮に活躍できたとしても、それで本業のサッカー選手としての評価が上がるわけではない。
逆に全く通用しなければ、醜態をさらして名声に傷をつけてしまうかもしれない。
最悪の場合、怪我をしてサッカーに悪い影響を与えてしまう可能性もあった。
それでもカズがこのオファーを受けたのは、話題性に乏しかったフットサル界の人気向上に、自分が少しでも貢献できるなら…という気持ちが大きかったからではないだろうか。
アイコンとしての自分の価値を自覚し、それを必要とされている場所で発揮する。
そのサッカーに対する姿勢が、結果的にはカズの名声をさらに高めることになったのである。
今回僕は改めて、カズという選手の偉大さを認識させてもらったように思った。
カズも今年でもう45歳。
プレイヤーとして一つのピークを過ぎたことは事実かもしれないけれど、もはやカズはそんな尺度で評価できるレベルを超えた存在だろう。
カズは日本サッカー界の “生きる伝説” である。
そして特筆すべきは今もまだ、新しい伝説を創り続けていることだ。
そんな選手は他にはいない。
だからこそ彼は、唯一無二の存在、”キング・カズ” なのである。
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