「女子サッカーの歴史」が変わった瞬間(とき)/キリンチャレンジカップ@日本女子代表 1-1 アメリカ女子代表

Women's Soccer: Cerritos vs Long Beach

いやしかし、いったい、いつの間にこんなに強くなったのか!

今からほんの9ヶ月前、ワールドカップ決勝でのアメリカ戦で、日本はその圧力の前に圧倒されていた。
結果的にPK戦で勝利はしたものの、ゲーム内容は一方的に押し込まれたと言えるもの。
2度許したリードを2回追いつき、何とか120分間アメリカに食らいついた末に掴んだ、まさに “薄氷の勝利” だった。

ところがその8ヶ月後。
3月のアルガルヴェ・カップでは、同じアメリカと互角以上に渡り合って、ついに90分間での初勝利を手に入れる。

続いて迎えたこのキリンチャレンジカップ。
日本はアメリカを終始翻弄するようなプレーでゲームを支配。
結果的に引き分けに終わったけれども、内容ではなでしこジャパンの圧勝だった。

世界ランク1位のアメリカに対して見せた「横綱相撲」。

なでしこジャパンは今、間違いなく世界をリードする存在になっている。

歴史を変えたなでしこジャパン

なでしこジャパンとアメリカ代表との力関係が逆転した背景には、やはり「ワールドカップ優勝」が大きく影響しているだろう。
ここで日本が手にした「自信」と「自分たちのスタイルに対する確信」が、彼女たちの潜在力を飛躍的に引き出したのではないだろうか。

なでしこのワールドカップ制覇は、長い間フィジカル優勢の時代が続いてきた女子サッカー界にとっては、本当に歴史を変えるだけのインパクトを持った出来事だった。

これまでワールドカップ、オリンピックの2大大会を制してきた国々を見ると、アメリカ、ドイツ、ノルウェーといったフィジカル自慢の国の名前が並ぶ。
現在、なでしこジャパンで最長身なのは171cmの熊谷紗希だけれど、アメリカは180cmのアビー・ワンバックを筆頭に170cmオーバーの大型選手を多数揃え、体格差だけを見ればまさに「大人と子供」。

その圧倒的なフィジカルの前に、日本のようなチームは技術を封殺されてきたのが、これまでの女子サッカーの歴史だったのだ。

しかし、技巧派の日本が世界の頂点に立ったことで、女子サッカー界にもとうとう新時代が訪れた。
これは、男子サッカーでFCバルセロナが、あるいはスペイン代表が圧倒的なパスサッカーで世界を制した状況とよく似ている。
男子の舞台でバルサが世界中のチームのモデルロールとなっているように、女子サッカー界ではなでしこジャパンが、いま世界のトレンドの最先端となっているのだ。

実際、アメリカ代表を率いるピア・スンドハーゲ監督も、ワールドカップ決勝で日本に敗れた後は日本のパスサッカーの要素を取り入れて、より技巧的なスタイルへとチームをモデルチェンジしていく方針を示していた。

そしてアルガルヴェ・カップとキリンチャレンジで、なでしこジャパンはテクニックが女子の世界でも強力なアドバンテージになることを、改めて証明してみせたのである。

しかしアメリカがなでしこをコピーしようと考えたところで、それは一朝一夕に達成されるものではない。
それを実現するためには、アメリカのサッカー界に横たわる、ある「乗り越えなければいけない障害」があるのだった。

アメリカの女子サッカーが強い理由(わけ)

アメリカは世界トップクラスのスポーツ大国ではあるけれど、男子のサッカー界では強豪だとは言いがたい。

それなのに、なぜ女子サッカーでは世界ランク1位に君臨しているのだろうか?
その背景には、アメリカ特有のスポーツ事情が関係していた。

アメリカ合衆国はもともと15世紀にヨーロッパ人によって発見され、その後イギリスやイタリア、フランスなどヨーロッパからの入植により開拓されていった国である。
当然ヨーロッパ文化との繋がりも深く、サッカーが国内に輸入されたのも比較的早い時期だった。
意外だけれども男子のアメリカ代表チームは、1930年の第1回ワールドカップに出場し、ここで3位に入る健闘を見せている。

しかし、アメリカがそのまますんなりと、サッカー界の強豪国になることはなかった。
これは一つには、アメリカ人が旧大陸の文化に対して排他的であったことが理由として考えられている。

建国されてからの歴史がまだ浅いアメリカは自国のアイデンティティーを確立するために、ヨーロッパの文化をそのまま受け容れるのではなく、独自の「アメリカ産の文化」を産み出そうとする気風が強かったとされている。
スポーツもその対象となり、クリケットはベースボールに、ラグビーはアメリカンフットボールへとリニューアルされ、「アメリカンスポーツ」として人気競技となっていった。
そして対照的に、サッカーなどのヨーロッパ人の文化は歴史の隅に追いやられていくことになる。

そんなアメリカで、なぜ女子サッカーだけが花開いたのか?
それは、アメリカで最も人気のあるスポーツとの関係性がキーとなっていた。

現在、アメリカにはいわゆる「4大スポーツ」と呼ばれる4つのメジャー競技(野球、アメリカンフットボール、バスケットボール、アイスホッケー)がある。
そして、その4大スポーツの中でもズバ抜けて人気が高いのがアメリカンフットボールだ。

アメフトのプロリーグ、NFLのチャンピオンを決める1戦「スーパーボール」のテレビ視聴率は毎回40%を超え、今年の2月に行われた中継ではアメリカのテレビ史上最高の視聴者数を記録した。

また、アメリカの「フォーブス」誌が発表している世界のスポーツチームの資産価値順リストでも、トップ20位中でNFLのチームが実に14チームを占めている(ちなみに1位はマンチェスター・ユナイテッド、2位タイがニューヨーク・ヤンキース。それを含めたサッカーチーム4チームと野球チーム2チーム以外は、全てアメフトのチーム)。
アメフトは全米では圧倒的人気を誇っている、超・メジャーなスポーツなのだ。

そしてそれだけの人気スポーツだけに、当然「アメフトの選手になりたい」と憧れる全米のキッズは多い。
学校でアメフト部のエースなんかになった日には、金髪ギャルたちから引っ張りだこになること間違いなしだろう(このへんの詳細は、DVD『ビバリーヒルズ青春白書』を参照してください)。

ただし、アメフトは見ての通り体と体を激しくぶつけ合う危険なスポーツなため、女性や子供がプレーすることは推奨されてこなかった。

そこで、「アメフトをやりたいけれどできない」女性や子供たちがアメフトの代わりにプレーし始めたのが、アメフトほど激しいフィジカルコンタクトは無いけれど、キックやフェイント、ボディコンタクトなどアメフトに似た部分も多い競技=「サッカー」だったのである。

こうして、アメリカにおけるサッカーは、主に女性や子供たちの間で広く普及していった。

男子の選手たちはある程度の年齢になるとアメフトや他のメジャー競技に流れるため、なかなかサッカーの一流選手が生まれにくいのだけれども、女子選手たちは他の受け皿も多くはないため、そのままサッカーを続けるパターンが多かった。

そしてアメリカでは才能のある女子選手がサッカープレイヤーになることが増え、自然と世界トップクラスの競技力を備えるようになったのだ。

このように、これまでは競技人口と身体能力を武器に世界に君臨してきたアメリカの女子サッカー界。
しかしそのアメリカも、なでしこジャパンに敗れたことで「テクニック」の習得という、新たな進化の必要性に迫られている。

ただし、その障害となる要因が、アメリカのスポーツ文化の中には存在しているのだった。

アメリカサッカー界に横たわる「障害」

なでしこジャパンのボール扱いのスキルレベルは、おそらくいま世界でもナンバーワンだろう。
ただしもちろん、日本の女子サッカー選手たちも、生まれながらに技術が高かったわけではない。

男子のほうを見ても、30年ほど前までの日本は、アジアの中でも取り立ててスキルの高い国ではなかったのだ。

そんな日本に革命をもたらしたのは読売クラブの存在である。
体育会系の「スポ根サッカー」が全盛の時代に突如現れた異端児は、ブラジル流のスキルフルなスタイルで日本リーグを席巻し、日本のサッカー界に意識改革をもたらした。

そして、その影響力は女子サッカー界にも波及していく。

読売クラブの女子部門として1981年に誕生したベレーザは、現在のなでしこリーグの前身となるJLSLで初年度に2位となると、翌シーズンからはリーグ4連覇を達成。
女子サッカー界でも、ヨミウリが主役の座を射止めることになる。

そして男子でもそうだったように、ベレーザは優秀な下部組織からテクニックに優れた選手たちを次々と輩出していく。
その中から、野田朱美、大竹奈美といった代表の中核を担う選手たちが生まれ、さらには澤穂希、大野忍、永里優季のような現在のなでしこジャパンの中心選手たちが育っていった。

このベレーザを中心とした「育成」の力がなくては、いまのなでしこジャパンの技巧的なサッカーも実現しなかったことだろう。

しかしアメリカはこの「育成」という面で、日本とは事情が大きく異なるのだ。

日本では、例えば学校の部活に入った場合、ひとつの競技に専念するのが普通である。
複数の部活を掛け持ちするパターンというのも無いわけではないだろうけど、レアケースだろう。

しかしアメリカの場合、子供の頃はいろいろなスポーツを掛け持ちするのが一般的なのだ。
観戦するスポーツも、日本の場合はサッカーファンならサッカーファン、野球ファンなら野球ファンとある程度の棲み分けがされていることが少なくないように思うけれども、アメリカのスポーツファンは野球・アメフト・バスケなど、複数の競技にまたがって地元のチームを応援するスタイルが定着している。
それを意識して、各競技もリーグ戦のシーズンがお互いにあまりかぶらないようなスケジュールを組むなど、複数のプロスポーツが共存共栄しているという文化的背景があるのだ。

こうしてアメリカの選手たちは、日本で言う中学生年代くらいまではいろいろなスポーツを掛け持ちして、高校生くらいから初めて一本の競技に専念するようになっていく。

それでも、中にはそのまま掛け持ちを続ける選手もいる。
日本では考えられないけれども、以前には野球とアメフトの両方でプロ選手になって、さらにその両方でオールスターゲームに出場したような選手も存在した。
女子サッカーでも、アメリカ代表のアレックス・モーガンは学生時代まで陸上にも取り組んでいたそうだけど、こういう例はアメリカではそう珍しくもないと思われる。

しかし、このアメリカ特有の「掛け持ち文化」が、サッカープレイヤーにとっては弊害をもたらしている場面が多いのである。

サッカーというのは、他の競技と比べると独特なスキルを要求されるスポーツだ。
他の競技であれば、例えば野球とゴルフの動きが似ていたり、バスケとハンドボールの動きが似ていたりなど、ほかの競技との共通点が多い=「他競技でもスキルが活かされる」ことも少なくはないけれど、サッカーは少し事情が違う。

サッカーのボールテクニック、特にトラップなどの細やかなボールタッチに関しては、他のスポーツで類似しているものは極めて少ない。
つまり、「サッカーは、サッカーをやることでしか上達しない」のである。

さらにサッカーのボールテクニックは、およそ15歳くらいまでの間にかなりの部分が完成してしまうと言われている。
要するに、サッカーのテクニックを身に付けたければ、15歳頃までにどれだけボールに多く触ったかが大きなウエイトを占めてくるのだ。

ベレーザやJリーグなどのクラブチームのアカデミーでは、この年代までに徹底的にボールテクニックを磨く指導を行なうことで、基礎技術を身に付けさせているのである。

しかしアメリカのように「掛け持ち文化」が根付いた国では、この年代までにサッカーに専念してボールテクニックを磨く、ということが非常に難しくなってくる。

だからアメリカは男子の代表も、身体能力は高いけれども、技術は驚くほど低い、という選手が少なくない。
ボールテクニックがあまり重視されないゴールキーパーやセンターバックには時おり国際的な選手が生まれてくるのに、アタッカーには少ない、というのはそういった事情によるものだ。

同じことは当然、女子にも言える。

つまりアメリカ女子代表がなでしこのようなスキルフルなサッカーを実践しようと思ったら、代表チームの戦術を変えたり、監督を変えたりしただけではどうにもならないのである。
その場合は若年層の育成、その構造改革から取り組まなくてはならない、非常に壮大なテーマになってくるだろう。

こういった理由から、僕はアメリカの女子代表チームは、今後数年間は低迷の時代を迎えるのではないかと予想している。

それに対して日本の女子サッカーは、今のところ右肩上がりの状態だ。
うまく行けばロンドンでの金メダルはおろか、今後しばらくは世界のトップをひた走る「黄金時代」を築くことも夢ではないだろう。

ワールドカップ決勝から続いたアメリカとのスリー・ゲーム・マッチ。

そこで見えたのは、日本とアメリカ。

まさに新旧女王の「時代」がスイッチした、その瞬間だったのかもしれない。

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