“世界最高峰” の名勝負/UEFAユーロ2012@スペイン代表 1-1 イタリア代表

Italy!

『ちょっと、マジ、ウケるんですけどー!!!』

もし僕が今どきの女子高生だったら、試合を観てこう叫んでいたことだろう。

残念ながら、実際の僕は背中に哀愁ただよう30代のオッサンなので、こんなヤングでナウいリアクションを取るのは気恥ずかしい年頃だ。
それでも心の中では、JKばりに叫びたい気持ちでいっぱいだった。

ユーロ2012 グループCのスペイン ✕ イタリア戦は、誰に聞いても「面白かった」と答えてくれるだろう大熱戦になった。
両チームのネームバリューと選手の顔ぶれも相当なものだけれども、そこから抱く期待値を、今回は現実が上回ったと言える「名勝負」。

試合を観たフットボールファンは間違いなく幸せ者だ、と断言できるほど、全てが詰まった極上のエンターテインメント。
それが、この日のピッチ上にはあったのである。

真っ向から激突した両チーム

「いま、世界最強の国は?」

と聞かれたら、大半の識者は「スペイン」と答えるだろう。

2008年のユーロと2010年のワールドカップ、2つのメジャータイトルを連覇中のディフェンディングチャンピオン。
その主力を成すバルセロナ、レアル・マドリーの選手たちにも衰えは見られず、今大会にも優勝候補の筆頭として名を連ねている。

対するイタリア代表も2006年のワールドカップ・チャンピオン。
ただし、その後の戦績はパッとしていない。

2008年のユーロでベスト8で敗退すると、連覇を狙った2010年ワールドカップでは、まさかのグループリーグ敗退。
4度の世界チャンピオンに輝く “アズーリ” も、ここ数年はすっかり新興国の後塵を拝するようになっていた。

そんなイタリアの再建を託されたのは、かつてパルマやフィオレンティーナで辣腕を振るったイケメン監督、チェーザレ・プランデッリ。
パルマ時代は中田英寿と激しく対立したことでも知られる人物だけれども、その強いパーソナリティと理論で、イタリア代表には新しい血が注ぎ込まれた。

そしてこの試合でも、プランデッリの「新生・イタリア代表」が躍動したのである。

序盤からハイテンションな立ち上がりを見せる両チーム。

しかし、まず主導権を握ったのは、やはりスペインだった。

スペインはFCバルセロナ所属のシャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、セルヒオ・ブスケッツの “黄金の中盤” に、シャビ・アロンソ、ダビド・シルバらの稀代のテクニシャンたちが絡んでいく。
さらにトップには、本来は中盤を担うセスク・ファブレガスを配置する「ゼロトップ」のような布陣。

メンバーリストを見ただけでも惚れぼれとしてしまうほどの陣容だけれども、この6人の “スーパークラック” たちが織りなす攻撃のハーモニーは、列強が名を連ねるユーロの中でも「異次元」と言える美しさを見せつける。

シャビ、ブスケッツ、シャビ・アロンソの3人が中盤で目まぐるしくローテーションをしながら、相手に的を絞らせないままゲームメークを繰り返すスペイン。
そこにトップから下がってきたセスクが絡んで組み立てに参加したかと思えば、両サイドのイニエスタ、シルバも自在にポジションを変えながら攻撃にアクセントをつけていく。

このスペインの驚異的なアタックに、イタリアは伝統の「守備」で対抗した。

相手ボールになるとイタリアは、フィールドプレーヤーのほぼ全員が素早く自陣に戻り、堅固なブロックを築く。

その守備の中心となるのはGKのジャンルイジ・ブッフォン、CBのジョルジョ・キエッリーニと、リベロに入ったダニエレ・デロッシだ。

ブッフォンとキエッリーニの実力は今さら語る必要はないけれど、驚いたのはこの日のデロッシのプレーである。

デロッシと言えばローマで長年、守備的MFのポジションに君臨してきた選手だけれども、この大会では3バックの中央のリベロのポジションを任されている。
そしてこの最終ラインでデロッシは何度となく鋭い読みを見せ、スペインの攻撃をストップしていった。
このデロッシの好プレーもあって、イタリアはスペインに攻めこまれながらも、粘りのディフェンスで食い止めていく。

そして前半も15分を過ぎる頃からは、徐々にスペインのアタックに慣れてきたイタリアが反撃に転じ始めた。
さらにイタリアはここで、もう一つの「サプライズ」を見せつける。

イタリアといえば昔から、「カテナチオ(かんぬき)」と呼ばれるほど、鉄壁の守備をトレードマークにするチームだ。
そしてそこからの鋭いカウンター攻撃、というのがイタリアのカルチョの伝統的なスタイルだった。

いまのチームにもその伝統は受け継がれているけれども、その中でも現代風の進化を遂げている部分がある。

それは「攻撃」。

特に今のイタリアは、中盤の構成力が見違えるほど向上しているのである。

現在のイタリアの「心臓」と呼べるのは、前述のダニエレ・デロッシと、中盤の底からチームを操るアンドレア・ピルロの2人だろう。
この2人がボールを持つやいなや、彼らを起点に長短の鋭いパスが、フィールドのあらるゆる場所に向けて放たれる。
そしてこの2人をチアーゴ・モッタ、クラウディオ・マルキージオたちがサポートし、前線のアントニオ・カッサーノとマリオ・バロテッリへと繋いでいく。

この一連の組み立ては見事なもので、スペインほどではないもののイタリアも、中盤の高い構成力を軸に攻撃を組み立てる「モダンサッカー」へと脱皮を果たそうとしていた。

そしてこの超・ハイレベルな一戦は、両チームがそれぞれの良さを出しあうような「名勝負」の展開を見せていく。

ただし、ここまでの両チームに欠けていたのは唯一、「ゴール」だった。

中盤では神業的なパスワークを見せるスペインも、ゼロトップの布陣が影響したか、最後のフィニッシュの場面だけはやや迫力を欠いた。
対するイタリアはマリオ・バロテッリが GKと1対1の場面でシュートを打てずに終わるなど、期待のツートップが不発。
けっきょく前半はスコアレスのまま、試合はハーフタイムを迎えることになる。

動き始めた「熱戦」

迎えた後半。

まず先に動いたのはイタリアのほうだった。

56分、プランデッリ監督はビッグチャンスを逃したバロテッリに代えて、前線にベテランストライカーのアントニオ・ディナターレを投入する。
そしてこのディナターレが、いきなり大仕事をやってのけた。

交代後間もない61分。

イタリアは、中盤の深い位置でボールを受けたピルロが、ここから意表を突いたドリブルを開始する。
スルスルとボールを持ち上がっていくピルロに対し、対応が遅れたスペイン。
そのまま一人をかわしたピルロは、そこからスペインのディフェンスの裏へスルーパスを放つ。

これに反応したのが、ディナターレだった。

ディナターレは完璧なタイミングで裏に抜け出すと、そこに居たのは GKイケル・カシージャスただ一人。
そしてカシージャスとの1対1をディナターレが冷静に決めて、イタリアが 1-0とリードに成功したのである。

『ウォーーーーーーーーー!!!!!!』

王者スペインが先制点を許したことで、沸きに沸くスタジアム。
しかもイタリアの得点はお得意のカウンターではなく、ピルロとディナターレの個人技で崩し切った見事なもの。

赤と青の「至高の対決」は、この時点で大きくイタリアへと傾いていく。

しかし、この失点が「眠れるチャンピオン」に火をつけた。

そこからスペインが反撃に要した時間は、わずかに3分。

1点を追うスペインは、得意のボール回しからシャビ → イニエスタ → シルバへとボールを繋いでいく。

この時、バイタルエリア中央付近でボールを受けたシルバには、3〜4人のディフェンダーがマークについていた。
一見、絶体絶命にも見える状況。

しかし、シルバの一瞬の閃きが、この状況を瞬時に逆転させてしまう。

イニエスタからのボールを受ける刹那、シルバには、右アウトサイドから走りこむ一つの「影」が見えていた。

ワントラップの後、その流れから左足のアウトサイドでノールックのスルーパスを放つシルバ。

そこに右アウトサイドから飛び込んできたのは、セスク・ファブレガス。

次の瞬間、セスクはディフェンスラインの裏でフリーになっていた。

飛び出すイタリアのGK、ブッフォン。

しかしセスクは一瞬速くボールに追いつくと、そのままブッフォンの脇を射抜くボレーシュートを放つ。

揺れるイタリアのゴールネット。

このセスクのシュートが突き刺さって、1-1。

勝負は再び、振り出しに戻されたのである。

“世界最高峰” の名勝負

こうして貴重な同点ゴールを挙げたセスクだったけれども、同時にその使われ方には、疑問を感じていた人も多かっただろう。

「セスクをトップで使うのは、本当にベストの選択なのか?」と。

1ゴールを挙げたものの、セスクは結局その10分後にベンチに下がる。
代わって投入されたのは、生粋のストライカー、フェルナンド・トーレス。

そしてこのトーレスの起用が、スペインの前線を一気に活性化させることになった。

交代直後から、持ち前のスピードでガンガンと裏のスペースを狙っていくフェルナンド・トーレス。
世界最高のスペインの中盤からは、そのトーレスめがけて次々と極上のパスが放り込まれる。

結果、15分あまりの間に、トーレスが掴んだ決定的チャンスは3回。

ブッフォンの好守もあってゴールは生まれなかったけれども、トーレスの起用は、今後のスペインが他チームにとって、さらなる脅威になることを予感させるものだった。

しかし、イタリアもやられっ放しだったわけではない。

カッサーノに代わってピッチに立ったセバスティアン・ジョビンコが得意のドリブルでアクセントとなると、このジョビンコからのレーザービーム・クロスにディナターレがボレーで合わせ、スペインをヒヤリとさせるようなシーンも創り出していく。

最後の最後まで、両チームがゴールを狙い続けた大熱戦。

試合は結局、追加点が生まれないままドローに終わった。

それでも最後まで息もつけない展開と、両チームの素晴らしいクオリティーに、多くのフットボールファンが釘付けになったことだろう。

個人的にはこの一試合だけでもWOWOW視聴料の元は取れたと言えるくらい、お腹いっぱいの好ゲーム。
それでも大会はまだ20試合以上残っているのだから、嬉しい悲鳴である。

何にしてもスペインとイタリアの両チームが、優勝候補と呼ぶにふさわしいものだということを確認できた一戦だった。

グループリーグの第一戦にするにはもったいないほどのカードだったけれど、これがそのまま決勝戦のカードになったとしても不思議ではない。

スペインとイタリア。

この両雄が今大会、中心の一つとなることは間違いなさそうだ。

[ 関連エントリー ]

トップページへ戻る