soccer

「ドーハ」「ジョホールバル」という単語は、僕の世代のサッカーファンにとっては生涯忘れられないほどの響きを持っている。

それがどこの国にあったかは忘れてしまっても、その都市でかつて何が起こったか、それは到底忘れられるものではないだろう。

日本代表が残りあと数秒、という後半ロスタイムの失点でワールドカップ出場を逃した “ドーハの悲劇”。
そして2度のリードを許しながら、延長Vゴールでの大逆転劇でワールドカップ初出場を決めた “ジョホールバルの歓喜”。

’90年代に経験した2つの歴史的なゲームで、日本人はワールドカップとその予選が持つ「価値」を知った。

そしてその「ワールドカップ予選の重み」は、いまでも日本のサッカーファンのDNAに、深く刻みこまれているのである。

日本の好敵手、オーストラリア。

2012年6月12日。
ワールドカップ最終予選を戦う日本代表が乗り込んだのは、オーストラリア・ブリスベンのサンコープ・スタジアム。
最終予選グループBで最大のライバルとなる日本とオーストラリアが、このスタジアムで激突することになった。

日本とオーストラリアは現在のアジアを牽引するチーム同士だけれど、実力もほぼ互角に近い両チームは、これまでも数々の名勝負を繰り広げてきた。

2007年のAFCアジアカップ準々決勝では、灼熱のハノイでの120分間の激闘の末、オシム・ジャパンがPK戦を制して勝利を飾る。
続く2011年のAFCアジアカップでは、再び決勝で相まみえた両チーム。
こちらも延長まで突入する熱戦となったけれど、最後は李忠成のスーパーボレーが決まり、ザック・ジャパンが見事に優勝カップを手にした。

そして何と言っても忘れられないのが、2006年ワールドカップでの対戦である。
ジーコ・ジャパンは名将フース・ヒディンク率いるオーストラリアを相手に先制点を挙げながら、後半39分から立て続けに3失点を喫し、悪夢の大逆転劇を演じてしまう。
そしてここから、両国のライバル関係もスタートしたと言えるだろう。

またこの試合からは、日本にとってはその後も “天敵” となるひとりの選手が誕生していた。
このドイツ・ワールドカップでの対戦時、日本に同点弾と逆転弾を叩き込んだ男。
ティム・ケーヒルはその後の対戦でも、日本を苦しめるプレーを披露し続けている。

そして迎えた今回のワールドカップ予選。
ここでもケーヒルは日本にとって、最大の「クセ者」として立ちはだかったのである。

日本を苦しめる “天敵”、ティム・ケーヒル

今回の最終予選では2連勝のスタートを飾り、絶好調のままブリスベンに乗り込んだ日本。
対するオーストラリアは、日本が3-0で下したオマーンを相手にスコアレスドローを演じるなど、波に乗り切れないままこの試合に臨んでいた。

またオーストラリアは現在、世代交代がうまく進んでいないと言われている。
GKのマーク・シュウォーツァー(39歳)を筆頭に、キャプテンのルーカス・ニール、中盤のマーク・ブレッシアーノ、FWのティム・ケーヒルと、センターラインの軸はいずれも30代の選手たちが占める。

経験こそあるけれど、スタミナには難あり。
今の日本であれば、アウェーで快勝を収めることも不可能ではない、という声も少なくはなかった。

しかし日本は、やはりオーストラリアが半端な相手ではないことを、のっけから思い知らされることになる。

ホームのオーストラリアは、立ち上がりから「攻撃モード全開」で日本陣内に侵略をかけてきた。
ストロングポイントである「高さ」と「パワー」を活かすため、中盤での対戦を避け、長いボールを躊躇なく日本のゴール前に放り込んでくるオーストラリア。

ここで鍵となったのが、コンサドーレ札幌に所属する右サイドバック、ジェイド・ノースと、左サイドバックのデビッド・カーニーのオーバラップ。
そしてFWに入ったティム・ケーヒルのポストプレーである。

特にケーヒルの動きは、この試合でも圧巻だった。

ケーヒルはこの日、清水エスパルスでプレーするアレックス・ブロスケとツートップを組んだけれども、2人の位置関係はノーマルな横並びのものではなく、役割の明確化された縦並びの関係に近かった。

そしてオーストラリアはサイド、あるいは深い位置からまずケーヒルにボールを当てて、その裏にアレックスを走らせるという戦術をとってくる。

単純極まりない戦法だけれども、日本にとってはこのシンプルさが脅威となった。

ティム・ケーヒルの身長は178cmとなっている。
180cmオーバーが当たり前のオーストラリアの中では、むしろ小柄な部類に入るだろう。
しかしケーヒルのポストプレーには、身長だけでは測れない威力があったのだ。

この日のケーヒルは前線のあらゆる場面に顔を出し、前線の起点として完璧に機能する。

ケーヒルが、例えば名古屋グランパスのジョシュア・ケネディのような大型なターゲットマンと比べて秀でている点は、その機動力。
時にはサイドに流れ、また時には中盤に近い位置まで下がって、そこから攻撃の起点をつくる。
活動エリアは前線の広範囲に渡り、それに比例して、ケーヒルがチャンスに絡むシーンは増大していった。

また、解説の山本昌邦さんがしきりに言っていたけれど、ケーヒルはとにかく体の使い方が上手い。
大柄ではないけれど、体を相手DFに預けながら自分のプレーエリアを確保し、そこから正確なポストプレーに繋げるというプレーが抜群に上手かった。
さらに、小柄とは言ってもバネのある肉体は空中戦にも強く、ハイボールでケーヒルが日本の選手に競り勝つような場面も目立った。

このケーヒルのポストプレーに日本は、試合終了まで苦しめられることになったのである。

日本を苦しめた「圧力」

そんなオーストラリアの圧力が最も激しさを増したのは、前半の立ち上がり15分間ほどの時間帯だった。
日本は4万人に囲まれたアウェーの雰囲気と、劣悪なピッチコンディション、そしてオーストラリアのパワフルなプレーの前に、防戦一方の立ち上がりを迎えてしまう。

攻撃に転じても、芝の状態が悪くボールを回せないことに加え、オーストラリアのロングボールに押し込まれたことによって最終ラインが下がり、その結果中盤が間延び。
そのためボールを奪ってもカウンターの形からしから攻撃をスタートすることができず、ストロングポイントである両サイドバックもなかなかオーバーラップすることができない。
こうして日本は、最大の武器であるパスサッカーを封じられることになってしまった。

しかしGK川島永嗣のファインセーブもあって、この時間帯を無失点でしのいだことは、日本にとっては大きかった。

前半も中盤を過ぎた頃からは、徐々にペースを盛り返していった日本。

けっきょく前半はスコアレスで折り返しを迎えるけれど、後半、ゲームは大きく動き出すことになる。

「熱狂」の中の “激闘”

それは55分の出来事だった。

前半に負傷したマーク・ブレッシアーノの代わりに入ったジェフ千葉所属のMF、マーク・ミリガンが、2枚目のイエローで退場処分となる。
そしてここから、ゲームはそれまでとは全く違う展開を見せていった。

数的不利になったことで、オーストラリアのホルガー・オジェック監督は、それまで前線でプレーしていたケーヒルを中盤に下げるという決断を下す。
しかし、日本を最も苦しめていたケーヒルのポストプレーが無くなったことで、オーストラリアの攻撃力は半減した。

やむなくフィールドプレーヤーを自陣にベタ引きさせて守備を固めてから、少人数でのカウンターを狙う作戦に切り替えたオーストラリア。
しかしこれを契機に、ゲームのペースは一気に日本に傾いていくことになる。

それまでとは打って変わって、試合の主導権を握った日本。
そこから得点が生まれるのは時間の問題だった。

そして10分後の65分、右コーナーキックを得た日本は、ショートコーナーから本田圭佑がドリブルで切り込み、ゴールライン際からグラウンダーのクロスを送る。
それを押し込んだのは、ファーサイドに詰めた栗原勇蔵。

これで1-0。

日本が劣勢をひっくり返し、待望の先制点をゲットしたのである。

しかし、これまでも数々のドラマを生んできたワールドカップ最終予選。
そのアウェーゲームはまさに「魔物の巣窟」だと言っていい。

このまますんなりとエンディングを迎えるほど、この物語はヤワではなかった。

伏線となったのは、55分にミリガンが退場となったプレーである。
ミリガンが日本のゴール前でDFと接触した際にファウルを取られたものだけれども、これはミリガンがホームチームの選手であることを考慮しても、やや厳しい判定だった。

そしてサウジアラビア人の主審は、このプレーに対する「帳尻合わせ」を実行することになる。

日本の先制点の後、わずか4分後の69分。
場面はコーナーキック前の小競り合いのシーン。

ホイッスルを吹いた主審が指さした先には、ペナルティスポットがたたずんでいた。

内田篤人は試合後「あのプレーはPKじゃない」と振り返ったけれども、このプレーを正確に理解するには、その前のミリガンの退場と合わせて考える必要がある。
それは確かにフェアではないけれど、こういったことが起こりうるのがサッカー、そして「ワールドカップ予選」だということだ。

このPKをルーク・ウィルクシャーに決められ、試合は再び 1-1の振り出しに戻ったのである。

そしてホームチームの同点劇をきっかけに、ここから会場のボルテージは、最高潮にまでヒートアップしていく。

残りの20分余りをひと言で表現するならば、まさに「ド突き合い」のようなゲーム。
両チームが決勝点を狙って、次々と相手ゴール前に迫っていく展開。
ホームチームを後押しする観衆たちの大声援が、その熱狂に火を注いだ。

両チームの意地と意地がぶつかり合う「激闘」の空気に、テレビの前の僕たちでさえも、その世界に吸い込まれていくような錯覚を覚える。

そして終盤、ヒーローになるはずだった栗原勇蔵が、2枚目のイエローで退場となる波乱の後、ゲームは 1-1でタイムアップ。

スタジアムを包む興奮は冷めやらぬまま、アジアの両雄が痛み分ける形で、激戦の幕は閉じたのである。

覚醒した “激闘の記憶”

この試合でひとつ残念に思ったのは、日本国内のメディアで今回のゲームが、主審のジャッジを中心に語られてしまったことだった。

確かにこの日のジャッジは、お世辞にも褒められたものだったとは言えない。
ワールドカップ出場をかけた最終予選という重大な試合で笛を吹くには、審判の力量が不足していたと言える面もあっただろう。

それでも僕が残念だったのは、主審の笛が話題をさらってしまったことで、本来のゲーム内容そのものへの注目が削がれてしまったように感じたことである。

僕はこの日の両チームが見せた駆け引き、気迫、プレーのひとつひとつの、どれを取っても素晴らしいものだったと感じた。
本来語られるべきはそこであって、審判のジャッジよりも、両チームの選手たちのプレーにこそ、もっとスポットが当てられるべきではなかっただろうか。

僕はこの日の試合を観て、記憶の彼方に眠っていたドーハ、そしてジョホールバルの激闘を思い出した。

体力と精神力の限界を尽くす「死闘」。
カオスのようなアウェーの雰囲気と、アクシデント、マリーシア、そしてそれを乗り越えていく技と叡智とが複雑にからみ合って紡がれていくゲーム展開。

この日のゲームには、その全てがあった。
これぞまさに「ワールドカップ予選」である。

スポーツは「筋書きのないドラマ」だと言われるけれど、この日のゲームを観れば、その言葉が身にしみて理解できる。

これほどまでにリアルで、先が読めず、そして人々を熱狂させるエンターテインメントが、他にどれだけあるだろうか?

少なくとも僕は、サッカーほど心を震わせられるドラマを他に知らない。

この日のオーストラリア戦は、まさにそんな醍醐味が詰まった、至高のドキュメンタリーだった。

そして僕が何年も飽きずにサッカーを見続けているのは、ドーハやジョホールバル、その他の数々の「シビれるようなゲーム」。
その名勝負たちの記憶を、ハートが覚えているからだ。

「もう一度、こんな試合を観たい」という渇望が、今でもまだ、自分を突き動かしているからなのである。

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