「奇跡」じゃない!グラスゴーの『完勝劇』/ロンドン・オリンピック@U-23日本代表 1-0 U-23スペイン代表

Hampden Park - 2012 Olympic Football (2)Hampden Park – 2012 Olympic Football (2) / daniel.richardson0685

“オリンピック初戦での、まさかの大金星!”

と聞くと、僕みたいなオッサン世代は真っ先にアトランタ・オリンピックを思い出してしまう。

前園真聖、中田英寿、川口能活たちが率いたU-23日本代表が、ベベット、リバウド、ロベルト・カルロス、”怪物”ロナウドらを擁するブラジル代表に 1-0で勝利した試合。

「99%勝てない」と思われていたゲームで大金星を挙げて『マイアミの奇跡』と呼ばれたこの試合は、日本サッカーの歴史に残る一戦だった。

しかし、同じようにワールドカップ優勝国を1-0で破ったこのスペイン戦を「グラスゴーの奇跡」と呼ぶことには、僕はちょっと抵抗を感じてしまう。

なぜならこのスペイン戦、「奇跡」と呼ぶにはあまりにも、日本が『勝利に値した』ゲームだったからだ。

フル代表とは違ったスペインU-23代表

優勝候補のスペインは、確かに上手かった。
欧州チャンピオンのチェルシーで10番を背負うフアン・マタ、マラガでプレーするイスコらを中心としたメンバーはテクニシャン揃いで、フル代表を彷彿とさせる華麗なパスワークに、立ち上がりの日本は連続してチャンスを創られてしまう。

ただしよくよく見てみると、スペインのフル代表とこのU-23代表とは、似てはいるけれど「全くの別物」でもあったのだ。

ワールドカップで優勝してユーロでも2連覇を達成、「史上最強チーム」とも言われるスペインのA代表。
その特長は「華麗なパスワークを主体にしたポゼッション・サッカー」である。
そしてこのオリンピックに臨むU-23スペイン代表も、やろうとしていることはA代表のそれに近い。

それでもスペインのA代表とU-23代表の間には、決定的な違いがあった。
それは、「母体としているチームがあるかどうか」という点である。

一般的に、一緒に練習できる時間が少ない代表チームでは、パスなどのコンビネーションを熟成させるのは難しいと言われている。
それでもスペインA代表が驚異的なパスサッカーを披露することができていたのは、「FCバルセロナ」という母体があるからだった。
シャビ、イニエスタ、セスク、ブスケッツなど、カンテラ(下部組織)時代からバルサのポゼッション・サッカーを体に染み込ませた選手たちを中心に据えることで、バルサの超人的なパスワークをそのまま代表チームに移植したのが、スペインのA代表である。

しかし、このU-23代表はフル代表と同じサッカーを目指してはいても、バルサの選手を主体にはしていない。
この日のスタメンでバルサのカンテラ出身の選手は、両サイドバックのジョルディ・アルバとマルティン・モントーヤの2人だけ。
本来ならもう一人、中盤の要になるはずだったチアゴ・アルカンタラがいたけれど、故障で今大会にはエントリーしなかった。

結果、今回のU-23はスペインらしいテクニックのある選手たちが集まったけれども、「母体を持たない」いたってノーマルな代表チームになったのである。

スペインのフル代表やバルセロナが際立っている点は、何と言ってもそのパスワーク。
特に、相手のプレッシャーが強まるアタッキングサードのエリアでも高速パスを回すことのできる、圧倒的なコンビネーションだ。

しかし今回のU-23代表は、中盤以降のディフェンディングサード、ミドルサードでこそ華麗なパスワークを見せていたけれど、アタッキングサードで同じリズムのパス回しができるほどの組織力はなかったのである。

それに対して日本は、スペインをよく研究していた。

後方ではある程度ボール回しをさせながら、中盤に侵入してきた相手には速いプレッシャーをかけていく。
しかしラインは上げすぎず、ゴール前にはしっりとブロックを築いて、ドリブル、パスでの侵入を阻止する。
フィジカルでは日本とそう変わりのないスペインだけに、ゴールに近づけさえしなければ、ミドルシュートやハイボールはそれほど怖くはなかった。

そしていったんボールを奪ったら、前線の永井謙佑、清武弘嗣、大津祐樹たちのスピードを活かして鋭いカウンターを仕掛ける。

日本がこの日、狙い通りのサッカーを展開できたことのキーマンとしては、オーバーエイジの2人、吉田麻也と徳永悠平の存在は不可欠だっただろう。
スペインの攻撃に慌てることなく対処した上で、さらに正確な繋ぎのパスでカウンターの起点にもなる。
チームに合流して間もないことを忘れてしまうほどフィットしていたこの2人を抜擢したことは、関塚監督のファインプレーだと言っていいと思う。

そして攻撃陣では前半、特に目立った動きを見せていた選手の1人が大津祐樹だった。

5月のトゥーロン国際大会からその後のテストマッチにかけて、大津は左サイドハーフと、本来のポジションとは違うワントップという2つのポジションで起用されていた。
ワントップに入った時も、体の強さを活かしてそれなりのプレーを見せていた大津だったけれど、やはりどこか「迷い」が感じられるような部分もあったというのが実際のところだろう。

しかしこのスペイン戦での大津は、自身が最も得意とする左サイドのポジションに入って、気合十分のプレーを披露する。
攻撃面だけでなくディフェンス面でも、豊富な運動量でプレスの起点となっていた。

そしてその大津祐樹が34分、コーナーキックから挙げた1点が、日本の決勝点になった。

さらに42分、相手DFイニゴ・マルティネスのトラップミスを見逃さず、そこにプレッシャーをかけた永井謙佑がボールをかっさらう。
たまらず永井を倒したマルティネスにレッドカードが出てスペインは10人に。
これで、スペインの集中力は完全に「切れた」。

ラテン系の国民性を持つスペイン人は、調子のいい時にはノリノリで攻めにかかるけれども、いったん調子が悪くなると一気にテンションが下るという気質を持っている。
後半、集中力を失ったスペインは、もはや「サッカーの上手いサンドバック」状態。
何度も日本のスピーディーなカウンターの餌食になって、特に永井謙佑の爆発的なスピードから、次々と決定機を創られていった。

スペインの守護神、ダビド・デ・ヘアの好セーブ(と、日本のシュートミス)もあってスコアは1-0で終わったけれども、それこそ5点、6点入っていてもおかしくないほどの、日本の完全な「勝ちゲーム」だったと言えるだろう。

そしてそういう展開に持ち込んだのは、日本の選手たちの素晴らしいプレーと、監督・スタッフ陣の見事な作戦だったのである。

関塚ジャパンのメダルへの道のりは

ともかく優勝候補のスペインを下したことで、戦前はほとんど期待されていなかった「日本のメダル獲得」も現実味を帯びてきた。
ここで日本がメダルを狙う場合、絶対条件になりそうなのが「グループリーグの1位通過」である。

グループDの日本が仮に2位でグループを通過した場合、決勝トーナメント1回戦の相手はグループCの1位。
つまり、順当ならブラジルということになる。

僕はブラジルとエジプト戦の中継も見たのだけれど、正直言ってブラジルの強さはちょっと次元が違う。
ネイマール、フッキ、チアゴ・シウヴァ、ラフェエウ、マルセロといったビッグネームに加えて、チェルシー入りが決まった10番のオスカーや、187センチの大型センターフォワード、レアンドロ・ダミアンなど若手も実力派ぞろい。
さらにアレシャンドレ・パトやガンソなどのスター選手が控えに回るほど、選手層も抜群の厚さを誇る。

エジプト戦では結果的に3-2の辛勝だったけれども、ガチンコ勝負した前半では、ブラジルがエジプトを3-0と圧倒していた。

日本としても、1回戦でこのブラジルと当たることは何としても避けたいところだろう。

それに対して、日本が1位通過に成功した場合は、グループCのブラジル以外の国と対戦することになる可能性が高い。

グループCのその他のチームはベラルーシとニュージーランドがいるけれども、この両チームは直前のテストマッチで日本が対戦している相手だ。
その時のプレーを見る限りでは、この2チームが2位でグループを突破してくる可能性は低そうである。

となると、ブラジルに初戦で敗れたけれども好チームだったエジプトが、2位で通過してくると見るのが妥当だろう。

ちなみに日本はエジプトとも5月のトゥーロン国際大会で対戦していて、この時は2-3で敗れている。
ただし、この時は日本もベストメンバーではなかったのであまり参考にはならないだろう。
エジプトは地力のある好チームだけれども、ブラジルと比べれば対処できる余地はかなりあると見て良さそうだ。

そして1回戦でエジプトに勝てればもうベスト4。
ここまで来れば、単純計算でメダルの確率は75%に跳ね上がる。
スペインに勝ったというメリットを最大限活かして、ここは是が非でもグループ1位通過を目指さなくてはいけない。

そこで1位通過の条件となってくるのは、当然ながらグループリーグの残り2戦で、キッチリと勝ち点を稼ぐことだ。
モロッコ、ホンジュラスと続く2連戦で1勝1分け、「勝ち点4」を獲得できれば日本の1位通過が確定することになる。

ちなみにモロッコ対ホンジュラス戦もテレビ観戦したのだけれど、どちらも実力的には日本よりも「格下」と見て良さそうだった。
ただしスペインに勝ったことで、もちろん両チームとも日本を相当警戒してくることが考えられる。

どちらのチームも技術的にもフィジカル的にも悪くはないけれども、逆に突出した武器もない。
ただし、2-2で終わった初戦で両チームが挙げた得点は、そのどれもがカウンターとミドルシュートが絡んだものだった。
つまり、日本が押していたとしても、展開を無視して得点を奪う「1発」を両チームとも持っている。

さらに、両チームともディフェンスを固めてからカウンターを繰り出すプレーが得意なので、ゴール前を固める「引きこもり戦術」に出てくる可能性が高い。
その場合、日本はスペイン戦と違って永井のスピードを活かすことが難しくなってくる。
そうなってくるとサイドをこじ開けるドリブラーや、空中戦からゴールを狙えるエアバトラーの存在がクローズアップされてくるだろう。
次の2戦では、宇佐美貴史、齋藤学、杉本健勇あたりにも出番があるかもしれない。

関塚ジャパンがいま、最も警戒すべきもの

このスペイン戦で、仮に日本が下馬評通りに負けていたとしたら、グループリーグは良くて2位通過ということになっていた。
そうすると1回戦でブラジルと当たることになって、ここで日本のオリンピックは終わっていた可能性が高い。

それが、一気にメダルを現実的な視野に入れられる状況になったのだから、このスペイン戦の勝利は単なる1勝以上の価値があった。

ただし、もちろん大会はまだ始まったばかりだ。
日本にとって、いま一番気をつけなければいけないのは「油断」だろう。

アトランタ・オリンピックで『マイアミの奇跡』を起こした時の日本も、続くナイジェリア戦で敗れたことが響いて、結局グループリーグを突破することができなかった。

また今回の日本と同じように、2010年のワールドカップで初戦のスペインに大金星を挙げたスイス代表も、その後の2試合で1分け1敗と勝ち点を落としたことで、グループリーグ突破に失敗している。

上の2つの例に共通しているのは、「初戦の大金星のあと、2戦目で黒星を喫してしまっている」ことだ。
大勝利の後はどうしても気が緩んでしまう部分もあると思うけれども、関塚ジャパンには何とか集中をし直して、モロッコ戦では最低でも勝ち点1を奪ってもらう必要がある。
そうでなければ今回のスペイン戦の勝利も、全く無意味になってしまうと言っても言い過ぎではないだろう。

また、心理的には次のモロッコ戦が一番難しいだろうけれども、対戦相手としては第3戦のホンジュラスがモロッコ以上の曲者ではないかと僕は見ている。

技術的に上なのはモロッコのほうだけれども、ホンジュラスはより徹底的なカウンター戦術をとってくるチームだ。
日本はアジア予選でも中東勢のカウンター戦術に苦しめられたけれども、ホンジュラス戦で同じような展開になることは充分に考えられる。

日本はとにかくこの2試合で、油断せずにキッチリと勝ち点を獲ることに集中してほしい。

逆にそれを1つ1つ積み重ねていくことができたら、日本のメダル獲得も決して夢ではないだろう。

『マイアミの奇跡』を起こしたアトランタ世代、「ドリームチーム」と呼ばれたシドニー世代を経て、グループリーグで敗退したアテネ世代、北京世代は『谷間の世代』と揶揄された。

そして今回のロンドン世代は、谷間の世代以上に期待されない『空気みたいな世代(=エアー世代)』と命名したくなるくらい、大会前の存在感は薄かった。

しかしこの快勝劇で、彼らは実力でその評価をひっくり返したのである。

メダルまで、最短ならあと4試合。

こうなったらもう、そこまで突っ走っちゃってくれ!関塚ジャパン!!

[ 関連エントリー ]

トップページへ戻る