『歴史的な凡戦』の生んだメリット・デメリット/ロンドン・オリンピック@日本女子代表 0-0 南アフリカ女子代表

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Black & White / Reza H.P.

ある意味では「歴史に残る一戦」だったかもしれない。

試合内容は、僕がここ10年で観たゲームの中でもダントツに「おネム」になるものだった。
ただしそれは、後半途中から「引き分け狙い」に出たなでしこジャパンが、攻撃を半ば放棄したからでもある。
そして試合後の会見で、佐々木則夫監督が「引き分け狙い」を認めたことで、色々と物議を醸すことになったのがこの南アフリカ戦だった。

ちなみにサッカーの試合で、あえて引き分けを狙いに行く場面は特に珍しいことではない。
ただ普通ならそれは、実力のある程度拮抗したチーム同士が、無理に攻めに出ることで逆に失点(=敗戦)をしてしまうリスクを避けるために、あえて攻撃を控えて確実にドローを狙いに行く、という類のものだ。
例えば今大会で言えばスウェーデン戦のような試合で、日本が “狙って” 引き分けに持ち込んでいたとしても、特にそれが問題視されることはないだろう。

しかし今回の場合、南アフリカが明らかに「格下」だったのがまずかった。
南アフリカはカウンターのチャンスにすら満足にパスを繋げないくらいのレベルだから、普通にやれば控え中心とは言っても日本が勝てないわけがない。
その相手に引き分けを狙いに行ったということは、世間の感覚的にはわざと負けに行った、に近いものがあったとも言える(もちろん、わざと負けたというのとはまた違うんだけれども)。
そういうことで、なでしこジャパンはアンフェアだと一部から批判を受けることになってしまったのだろう。

2位通過で手に入れた「メリット」

ただ、佐々木監督がわざと引き分けを狙いに行ったのには当然理由(メリット)があるので、それをもう一度ここでおさらいしておきたいと思う。

まず、佐々木監督が一番の理由に挙げていたのが『移動距離』の問題である。

グループを1位で通過した場合、決勝トーナメント1回戦では、それまで滞在していた南部のカーディフから、いったん北部のグラスゴーまで移動して試合をしなければいけない。
そして準決勝ではもう一度、南部のロンドンまで戻ってきて戦うことになる。
それに対して、2位で通過した場合には決勝トーナメント1回戦も引き続きカーディフで戦うことができるので、移動の必要がないという大きなメリットがある。

ちなみにカーディフとグラスゴーとの間の距離は約550km程度。
グラスゴーからロンドンまでの距離もだいたい同じくらいだ。
日本で言えば東京から岡山あたりまで行って、また東京に帰ってくるような感じだろうか。
移動には片道で半日くらいかかるそうなので、休みが中2日しかないオリンピックでこれをやろうとすると、土日しか休みのないサラリーマンが土曜の朝から夕方までを移動で削られてしまうようなものだろう。

確かに体力面での影響はそれなりに大きそうである。

そして2つ目の理由は、『主力を休ませることができる』ことだ。

この南アフリカ戦で佐々木監督は、レギュラー以外の7人のメンバーを全員先発起用するという、予想以上に大胆な策をとってきた。
しかしさすがに、1位通過を狙っていて必ず勝たなければいけないような状況だったとしたら、ここまで思い切った選手の入れ替えはできなかっただろう。
それでも今回は2位通過狙いということで「勝たなくていい」という状況だったから、結果的に主力を温存して体力を回復させることができたのである。

そして3つ目の理由が、(佐々木監督は公言していないけれど)2位通過した場合には、直近のテストマッチで完敗したフランスとの対戦を避けられることだ。
しかも2位通過した場合でも、別グループの1位ではなくて2位のチームと対戦ができる。

この3つの点が、佐々木監督が2位通過を狙いに行った主な理由だと考えられる。

ただ、今回なでしこジャパンがこんな戦略を取らなくてはいけなくなったのは、そもそものレギュレーションに問題がある。
オリンピックの女子サッカーは12チーム参加で、そのうちの8チームが決勝トーナメントに進出するシステムなので、3位での通過や、1回戦での2位同士の対戦がどこかで起こってしまうのは仕方がないんだけれども、それにしても日本が所属するグループGは、1位と2位との有利・不利の関係性が完全に逆転してしまっていて、2位通過のほうが有利なレギュレーションになっている。
開催国のイギリスに配慮したためこんないびつな形になってしまったと言われているけれども、運営側には猛省してもらいたいところである。

それでも日本は、そのレギュレーションの欠陥を逆手に取ってあえて2位通過を狙い、それを実現させたというわけだ。

これに対して、個人的には「スポーツマンシップうんぬん」などと言うつもりは全くない。
合理的に考えてメリットのほうが大きくて、さらにルール上も問題がないのであれば、それを実行することはサッカー界では普通のことだからだ。

ただし僕的にひとつ引っかかるのは、一見メリットしかないように見える2位通過にも、実際には目に見えにくいデメリットが複数存在しているように感じられるからなのである。

2位通過で背負ってしまったかもしれない「デメリット」

僕が考える「2位通過のデメリット」というのは、主に選手のメンタル面への影響に関するものである。

まずひとつは、『モチベーションとプレーイメージ』に関わる問題。

第2戦のスウェーデン戦のあとに澤穂希が不満を漏らしていたように、トップクラスの選手というのは基本的にはどんな試合でも「勝利」を狙ってプレーしているものだ。
違う言い方をすれば、それくらいの高いテンションをいつでもキープしていなければ、試合でベストのプレーができないのだと思う。
しかし今回は格下相手に引き分けに行ったことで、頭では作戦だと分かってはいても、どこかで集中力が失われた部分があるのではないかと思ってしまうのだ。

また、いまのなでしこジャパンは大会前のテストマッチから振り返っても、出来が良かったのはカナダ戦の前半くらいなもので、ここ最近はほとんどチームとして満足の行くプレーができていない。
つまり、なでしこジャパンはいま、チーム全体で「調子がいい時のプレーイメージ」というのを共有することができていないはずだ。
そしてそれは、実際の試合の場面にも影響を与えてくると思う。
その解消のためには、南アフリカ戦で良い形から何点かを奪って、「良い時のイメージ」を思い出しておくことが有効なはずだった。
しかし結果的にはスコアレスでの引き分けを選んだことで、日本はその機会を自ら放棄してしまうことにもなってしまった。

そして2つ目の問題は、それまで無かった『余計なプレッシャー』を背負い込んでしまったことである。

今回、批判を承知で2位通過を選んだことで、逆に言えばなでしこジャパンは、決勝トーナメントでは絶対に負けることが許されなくなってしまった。
もちろん1位通過をしてフランスと戦っていたとしても負けは許されないのだけれども、フランスは直前に一度完敗している相手だけに、なでしことしては捨てるものが無いチャレンジャーの意識で戦える。
この場合はただ勝利だけを目指して、全力でプレーすれば良かったはずだった。

しかし実際には2位狙いをしに行った手前、「ここまでした以上、すぐに負けて帰るわけには行かない」という気持ちが、選手たちの中でもより強くなったことだろう。
それがプラスに働いてくれればいいけれど、逆に「勝つ」よりも「負けてはいけない」というマイナスの意識のほうが強くなってしまうことも考えられる。
特に次のブラジル戦で先制点を許すような展開になってしまったら、チームが浮き足立ってしまう可能性も充分に考えられるのではないだろうか。

もっと言えばブラジルに勝ったとしても、次の試合は強豪のフランスになる可能性が高い。
そしてフランスに勝ったとしても、決勝では最強のライバル・アメリカと戦うことが濃厚だ。
この3連戦で日本は最大級のプレッシャーにさらされるはずで、そんなハードな試合を3試合連続で勝つようなことが本当にできるのだろうか?
日本の狙いがあくまでも銅メダルだと言うのなら理解できるけれども、この2位抜け戦略で、金メダルの可能性は逆に下がってしまったのではないかという気もするのである。

そして最後の3つ目は試合とは直接関係ないのだけれど、クリーンだったはずのなでしこジャパンに、少しダーティーな印象がついてしまったことが悔やまれる。

「勝利のためにはそんなの関係ない」と言う考えも理解できるけれども、オリンピック後のことも考えればイメージを大事にしていくことも、人気が完全に定着していない女子サッカーでは大切なことだろう。
ワールドカップ以降に女子サッカーに興味を持ってくれた人たちの中には、男子サッカーはあまり見ないけど女子サッカーは応援している、という人も多い。
それはなでしこジャパンが「最後まで諦めない姿勢」でワールドカップ優勝を勝ち取ったことや、「貧乏でも頑張っている」姿が、男子には無い要素として好感を得た部分も大きかったと思う。
しかし一般人もたくさん観ているオリンピックという舞台で、作戦とは言っても世間にアンフェアな印象を与えてしまったことは残念だった。
これで金メダルを獲ればそれも含めて全て肯定されるかもしれないけれど、銅メダルあたりで終わってしまったとしたら、何となく世間的には白けたムードを引きずってしまいそうな気がするのである。

ブラジル戦での勝利を目指して

ただし、そういうメリット・デメリットを全て踏まえた上で、佐々木監督も苦渋の決断をしたのだろうと思う。
実際に僕が監督だったとしても、1位か2位かの選択はかなり悩んだはずだ。

ひとつ言えるのは、結局のところどちらの判断が正しかったのかは、実際にこの先の試合を観てみなければ分からないということだ。
間違いないのは、仮に金メダルを獲得できたとしたら、今回の決断は正しかったと言えると思う。
ただし、逆にもし1回戦でブラジルに負けるようなことがあれば、「プロセスを捨てて結果を取りに行ったのに、結果が出なかった」ということになるので、この判断は失敗だったと言わざるを得ない。

と、長々と書いてしまったけれども、とにかく今の時点では、佐々木監督の判断に白黒つけることは誰にもできないはずだ。
とりあえずいま一番大事なのは、今夜に迫ったブラジル戦に勝つことである。

日本は4月のテストマッチでブラジルに完勝しているけれど、この時は相手のエースであるマルタが居なかった。
マルタは “スカートを履いたペレ” との異名を持つスーパースターだ。
今年、澤穂希が世界最優秀選手賞=『バロンドール』を受賞したけれども、それ以前にはマルタが5年連続でこの賞を獲得している。
事実上の、世界ナンバーワンプレーヤーだと言っていいだろう。

そのマルタを擁するブラジルは強敵だ。
日本ほど組織的ではないし、ディフェンスも脆さがあるけれども、前線の選手たちの個人能力は世界トップクラス。
日本としては、マルタを中心とした攻撃陣をどう抑えるかが試合のポイントになってくるだろう。
マルタのスピードを警戒した場合、ラインを上げるのにはリスクが伴う。
それでもラインを上げなければ、日本の得意とするパスサッカーは展開できない。
ただしスタミナでは間違いなく日本が上なので、前半はディフェンスを固めておいて、後半は勝負に出る、という戦法も有効になってくるだろう。

ピッチの内外から、色々なものを抱え込んで戦うことになったブラジル戦。

簡単に勝てる相手ではないけれども、佐々木監督の采配と、選手たちの “意地” に期待したい。

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