Jeonju, South Korea
Jeonju, South Korea / Emmanuel Dyan

世の中には、「頑張ってるんだけど、なぜか報われない」タイプの人がいる。
人並み以上に努力しているはずなのに、それが結果に結びつかない人たち。「持ってない」人たちと言い換えることもできるだろう。

関塚隆は「シルバーコレクター」の異名を持つ監督だ。
2004年に川崎フロンターレの監督に就任して、ここから本格的なプロ監督のキャリアをスタートさせたのだけど、J1での最高順位は2006年と2009年に記録した「2位」。またナビスコカップでも、2007年と2009年に準優勝に輝いている。ちなみに現役時代も本田技研の選手として日本サッカーリーグで活躍したけれど、ここでの最高順位も「3位」。さらに言うと、本田技研時代にはリーグの得点ランキングでも最高位が2位だった。

そんな「シルバーが似合う男」関塚監督に率いられた関塚ジャパンは、監督の「2位力」で銀メダルを獲るのでは?とも期待されていたけれど、実際には「金メダルまであと一歩」ではなく「メダルまであと一歩」の4位、という結果でその力は発揮された。

うーん、何という「持ってなさ」!!
関塚監督がもし新宿界隈のサラリーマンだったとしたら、今晩は駅近くの立ち飲み屋で「トホホ」と一人酒に暮れていることだろう。

そして、そんな関塚監督が率いた「関塚ジャパン」も、何だかとっても「報われない」チームになってしまった感がある。
メダルにこそ届かなかったけれども、オリンピックでのベスト4という成績は、国内では44年ぶりの快挙である。あの中田英寿や中村俊輔を擁したシドニーオリンピックですらベスト8止まりだったのだから、普通に考えれば充分に称賛に値する成績なはずなのだ。

しかし実際には関塚ジャパンは、「ベスト4になったチーム」というよりは「銅メダルを逃したチーム」として、世間で認識されてしまっているようである。

日本を沈めた「決定力」

この3位決定戦での韓国は、気合十分だった。

反日感情の強い韓国では、日韓戦は『勝てば英雄、負ければA級戦犯』という「絶対に負けられない戦い」である。そして何よりも今回は、銅メダルを獲得すれば「兵役免除」という、サッカー人生を左右する大ボーナスがついてくる。このシチュエーションで、韓国が燃えないわけはなかった。
そして序盤、韓国は予想通りにラフプレーを交えた、球際での激しいプレーを見せてくる。
ただし、日本も一方的にやられていたわけではない。ラフなプレーにも体を張って対抗し、序盤は拮抗した展開となっていく。

韓国がこれまで、各カテゴリーで日本に勝った試合を振り返ると、韓国が猛烈なハイプレッシャーをかけてきて中盤を制圧したような試合が多かった。しかしこの試合では連戦の疲れが溜まっていたか、前線からプレスをかけてくる時間もそう長くは続かない。
日本はそれに対して、カウンターではなく、中盤でボールを回すパスサッカーで対抗していった。

そんな展開の中、徐々にポゼッションで優位に立っていく日本。
逆に韓国は日本の素早いボール回しに揺さぶられ、前線からのプレスがかからなくなっていく。
前半の日本は、こうして試合をリードするような時間帯が続いた。

しかし韓国が驚異的だったのは、劣勢の中からも得点を奪う「一発」を持っていたことである。
38分、カウンターに抜け出したパク・チュヨンが、ハーフウェイライン付近から単独でドリブル突破を仕掛ける。日本のDF3人がこのマークにつくものの、パク・チュヨンは巧みにボールキープしながら大きな切り返しで右に抜け出し、そこから右足で強烈なミドルシュート。
低く鋭い弾道は権田修一の守るニアサイドを破り、日本のゴールに突き刺さった。

ワンチャンスを、ニアの「ここしかない」という場所に確実に決めてくる決定力。
吉田麻也が「さすがアーセナルでやっているだけのことはあるな、と思った」と舌を巻いたパク・チュヨンのスーパーゴールで、劣勢だった韓国が 0-1 と先制に成功したのである。

そして2点目が生まれたのは 57分。
GKチョン・ソンリョンからのロングボールをチ・ドンウォンがヘッドで流し、そこに走りこんだク・ジャチョルに決められて 0-2。
ク・ジャチョルには鈴木大輔がマークに付いていたけれど、マークを受けながらも確実に逆サイドに決めてくる決定力にやられてしまった。

2点を先行されて、反撃を試みる日本。
しかしメキシコ戦と同じように、このチームはリードされた試合をひっくり返す戦術を持っていなかった。
そして、そのスコアのまま試合終了のホイッスルが鳴る。

日本は宿敵・韓国に完敗し、44年ぶりのメダルの夢は、儚く散ることになってしまった。

関塚ジャパンに欠けていたもの

大津祐樹が振り返ったように、「ここまで来れたのも実力、これ以上行けなかったことも実力」という自己評価は正しいと思う。関塚ジャパンはベスト4に値するチームだったけれども、メダルに値するチームではなかった、ということだ。
韓国戦に関して言えば、ボールは支配しながらもスコアでは負けてしまった。ライバルに比べて、大事な局面での勝負強さに欠けたことが大きな敗因となった。

そしてその戦いぶりには、「戦う姿勢が見られない」と、国内からも批判の声が挙がっている。

周囲からの評価という意味では、関塚ジャパンにとっては、いろいろと不運な部分もある大会だった。

まず同時進行でオリンピックを戦って、最終的に銀メダルを獲ったなでしこジャパンと、常に比較され続けたこと。これに関しては、個人的には男子サッカーと女子サッカーはまた別の競技なのだからあまり比較しないようにしていたのだけれども、ワイドショーなどのメディアではどうしても比較する論調が目立った。しまいには大津祐樹が「なでしこジャパンには負けたくない」と発言したりして、火に油を注いでしまった感もある。そして結果的にはなでしこのほうが上位に行ってしまったことで、男子の成績が少し霞んで見えてしまった部分はあっただろう。

また、3位決定戦の相手が韓国だったことも不運だった。日本を相手にするときは実力以上の力を発揮してくるチームな上に、両国間のこれまでの因縁もあって、負けた時の風当たりも他の国に負けたとき以上に強くなってしまったからである。

しかし、こういう大事な試合で 0-2 というスコアで負けてしまうのは、日本に何か決定的なものが欠けていたからだ、と言わざるをえないだろう。

個人的には、日本の選手たちに「戦う姿勢」が全くなかったとは感じなかった。前半は韓国のラフプレーに清武弘嗣が食ってかかるような場面もあったし、むしろ「ああ、日本の若手もやる時はやるんだな」と感心したくらいである。
しかし、それでも「闘士に欠ける」と見られてしまうのは、その表現方法に問題があるのでは、とも感じた。

清武が見せたような気迫を90分間、インプレーの最中にも、そしてチーム全員が見せることができていれば、もしかしたら結果もまた違うものになっていたかもしれない。少なくとも、「気迫が感じられない」と言われることはなかっただろう。
この世代の選手たちにも闘士はあるのだろうけれど、それを「内に秘める」傾向が強いのではないか、と僕は感じた。

個人個人が闘士を持っているのであれば、確かにそれをあえて表に出さなくてもいい、と言える部分もある。しかしそういう気持ちを外に表現する事で自分自身を鼓舞して、さらにはチーム全体のテンションも高める、という効果は確実にあるだろう。
たとえば中山雅史はそういうムードメイクが非常に上手い選手だったし、最近で言えば田中マルクス闘莉王なども同じタイプの選手だと思う。
彼らのように、劣勢の時にチームを鼓舞できる「強烈なリーダー」と呼べる存在が、このチームには居なかったのではないだろうか。

追いかける展開になった時の戦術が無かったことも考えると、やはりここが、関塚ジャパンの「限界」だったのだろう。

ただし、それでも世界大会でのベスト4という結果は立派なのものである。
個人的には、関塚ジャパンの準々決勝までの戦いぶりをとても評価しているし、日本が世界で勝つための、ひとつのヒントを提示してくれたチームだったと思っている。

残した結果の割には、報われなかった関塚ジャパン。

それでも彼らには是非、胸を張って帰ってきてもらいたい。

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