香川真司を襲った、”赤い悪魔” の洗礼/イングランド・プレミアリーグ@マンチェスター・ユナイテッドFC 3-2 フラムFC

マンチェスターユナイテッド(MANCHESTER UNITED) スターキック TN32200022

三浦カズがその昔、「ブラジルでは日本人はサッカーが下手だと思われていて、(ブラジルに移籍した)初めのうちは、なかなかパスを回してもらえなかった」と話していたのを聞いて、不思議に感じたことがある。

日本人の感覚だとそういうあからさまな嫌がらせはあまりしないので「そんなもんかなあ」と思っていたのだけれど、その後、何人もの日本人が海外に渡るようになって「なるほど、カズの言っていたことは本当だった」と納得することができた。
そしてその文化は、世界屈指の名門チームでも例外ではないらしい。

ご存知の通り香川真司が今シーズン、イングランドの誇るメガクラブ、マンチェスター・ユナイテッドに移籍を果たした。
しかし、ここでまず香川を待ち受けていたのは対戦相手ではなく、”チーム内” での戦いだったのである。

香川真司を襲った、”赤い悪魔” の洗礼

マンチェスター・ユナイテッドのホーム開幕戦。鳴り物入りで移籍した香川真司にとっては、本拠地オールド・トラッフォードで迎える初めての公式戦となった。
そして香川はこの試合で、開幕のエヴァートン戦に続く2試合連続での先発出場を果たす。

世界中から名だたる名手が集まるマンUの中でも、香川真司のボールスキルとアジリティーは「別格」だ。
中央で「タメ」を作れる、チームでも稀有な存在の香川は、ウェイン・ルーニー、ロビン・ファンペルシーらとターンオーバーでトップ下をこなす1人として、アレックス・ファーガソン監督の構想にもガッツリと組み込まれている。
実際に開幕からの2試合を観ても、香川は攻撃にアクセントを加えるキーマンとして、何度となく決定機に絡む活躍を見せていた。

しかしそんな香川でさえも、このチームでは「新人の洗礼」を受けることになったのである。

試合序盤、香川真司にはなかなかボールが回って来なかった。
香川がフリーの場所にポジションを取り、普通なら「ここで香川に出すだろう」と思えるタイミングでも、香川にはパスが出てこない。特に右サイドのアントニオ・バレンシアやセンターハーフのアンデルソンなどの南米勢は、露骨に香川真司の存在を “無視” した。

日本はもちろんのこと、ドイツでも既にスーパースターとしての地位を確立した香川真司。しかしそんな香川でさえも、”赤い悪魔” の中では「格下リーグから来た、よく分からない東洋人」としか思われていないということか。世界最高峰クラブの選手たちは、アジアからやってきた新人を諸手を挙げて歓迎することはなく、逆に「値踏み」をしてきたのである。

しかしそんな逆境の中、香川真司はその強運ぶりを見せつけた。

1-1で迎えた35分、マンチェスター・ユナイテッドのコーナーキックから、トム・クレヴァリーがミドルシュートを放つ。
その強烈なシュートをフラムの名GK、マーク・シュワルツァーがはじいたところ、そこに立っていたのは香川真司。
香川がこのこぼれ球をゴールに押し込んで、マンUが 2-1と逆転に成功したのだ。

そしてこの1本のゴールで、香川のチーム内での立場が変化した。
それまで集まらなかったパスが、香川真司に集まるようになったのである。

その後、香川はウェイン・ルーニーと交代する68分までプレー。
それまでの中ではゴールポストを直撃する決定的なシュートを放つなど、攻撃の中心として充分なプレーを見せた。
香川の挙げたゴールそのものは「ごっつぁんゴール」と呼んでいいような物だったけれども、チーム内での立場が確立されていないこの微妙な時期、さらに言えばホームでの開幕戦という檜舞台でのゴールには、計り知れない価値があったと言えるだろう。
もし何試合もゴールから見放されるようなことがあれば、香川のチーム内での存在は徐々に危ういものになる可能性もあったはずだ。しかしこのワンゴールで香川は、チームメイトとファンたちからの信頼を一気に掴んだのである。

思い返せば海外移籍の先人たち…例えば三浦カズも、イタリア・セリエAに挑戦した時は「最初のワンゴール」がなかなか決められずに苦しんだ。
逆に中田英寿はイタリアでデビューを飾ったユベントス戦で2ゴールを挙げ、一躍「時の人」になっている。
このように、移籍した選手が活躍するためには「最初のワンゴール」が極めて重要になってくるけれども、どんな形であってもそのワンゴールをすんなりと決めてしまったあたり、香川が強烈な星の下に生まれていることの証だと言ってもいいのではないだろうか。

ともかく挨拶代わりのゴールを決めたことで、香川のイングランドでの挑戦には追い風が吹いてきた。
幸か不幸か、チームメイトのウェイン・ルーニーがこの試合で負傷離脱したことも、ポジション争いという意味では香川にとってプラスに働くだろう。

少なくとも、香川真司のマンUでの冒険は順調なスタートを切ったと言える。
“悪魔” になった牛若丸が、ドイツでやってのけたような大仕事を、この世界有数のビッグクラブでも再現できるのか。

今のところそれは、充分に期待をして良さそうである。

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