サッカーマガジン 2013年 4/2号 [雑誌]

このブログもいつの間にか、開始から丸3年を迎えました(と言いいつつ、ここ数ヶ月はサボってばかりいましたが…)。

そんな僕が「いつかはこの選手の記事を書きたい、いや書くんだ!!!」と心に決めていた選手が1人います。
彼の名前は、柿谷曜一朗。
そう、今やサッカー好きなら知らない人は居ないであろう、セレッソ大阪の新エースです。

僕がもし誰かに「日本人で一番好きな選手は誰?」と聞かれたら、『柿谷曜一朗』と答えるでしょう。
何を隠そう(まあ隠すようなことでもないんですが)、僕は柿谷選手の大ファンだったのであります。

しかしこのブログがスタートした頃、柿谷曜一朗はキャリアのどん底に居ました。
その前年の2009年、柿谷は当時はまだJ2だったセレッソ大阪に所属していたのですが、たび重なる遅刻などのプロ意識に欠ける行動がレヴィー・クルピ監督の怒りを買い、シーズン途中でJ2下位の徳島ヴォルティスに放出されます。

かつて天才と呼ばれた選手がその輝きを失っていくのを横目に、僕は彼を記事にするチャンスを伺っていたわけですが、当初はなかなかそのチャンスが訪れませんでした。
逆に柿谷がセレッソに復帰して再ブレイクした昨年からはこちらが忙しくなってしまい、ブログを更新する頻度が減少。
そしてようやく今、かなり今更なタイミングではありますが、当ブログは柿谷曜一朗選手をテーマに記事を書く日を迎えたのであります。

「天才少年」だった柿谷曜一朗

と言っても柿谷曜一朗という選手は、もともと10代の半ばから大きな注目を集めていた選手でもありました。
ジュニア時代からセレッソ大阪の生え抜きで、小学生の頃には既に天才的なテクニックの持ち主と評されていたという柿谷は、弱冠16歳、高校2年生になった歳にセレッソ大阪とプロ契約を結びます。
ちなみにこの時、セレッソで一緒にプロになったのが、今や日本のエースとなったあの香川真司でした。

ともに高校生プロとして注目を浴び、将来を嘱望されていた香川と柿谷。
しかし1歳若いこともあって、この当時、より才能を高く評価されていたのは柿谷曜一朗のほうだったように記憶しています。

そしてその年に柿谷は、あのイングランドの名門・アーセナルへと短期留学。
同じ年に17歳でイングランド代表に選ばれてワールドカップメンバーとなったセオ・ウォルコットについて「そんなにすごいとは感じなかった。」と話し、既にこの頃から大物ぶりを発揮していました。

そして同年秋に行われた AFC U-16選手権。これが『柿谷曜一朗』の名前をサッカー界に知らしめる、大きな起点となったのです。

この大会で柿谷は、U-16日本代表のエースとして大活躍。
決勝の北朝鮮戦でもゴールを決めた柿谷は、日本を12年ぶりの優勝に導き、大会MVPにも選ばれました。

ちなみに僕が柿谷曜一朗のプレーを初めて観たのもこの時でした。
サイドから中央へ切れ込んでからのシュートセンス、密集地帯での極めて正確なボールタッチは、かのフランチェスコ・トッティを観ているようで、「今までの日本には居なかったタイプの選手が出てきたぞ!!」とえらく興奮したのを覚えています。

そして翌2007年、柿谷曜一朗と日本代表は、韓国で行われたU-17ワールドカップに出場しました。
当時の代表チームには、その後Jリーグでも活躍する山田直輝や水沼宏太などの好選手が揃っていましたが、その中にあっても柿谷曜一朗の存在感はズバ抜けていました。

「黄金世代」と呼ばれた1999年のU-20日本代表が「小野伸二のチーム」であったように、この2007年のU-17代表チームは間違いなく「柿谷曜一朗のチーム」だったと言えるでしょう。
そして柿谷はこの大会で、その前評判に違わぬスーパープレーを見せるのです。

グループリーグ最終戦となったフランス戦、その前半終了間際。

センターサークル付近で後方に戻りながらパスを受けた柿谷曜一朗は、この速めのボールをまるで「後ろ足」で自分の真後ろに落とすような形でトラップします。
そして流れるように180度ターンをすると、1回ドリブルを入れた後、このボールを大きく前方に蹴り出しました。

一瞬「ロングパスかな?」と思われるようなプレーでしたが、ボールはあれよあれよとフランスのゴールに向かって放物線を描いていきます。
そして、それが「ロングシュート」なのだと気がついた時には、ボールはフランスのゴールキーパーの頭上を越え、そのままフランスゴールにつき刺さって行ったのです。

僕も長年サッカーの試合を見続けていますが、その中でも5本の指には入るであろうスーパーゴール。

試合そのものは 1-2で敗れ、強豪のフランス、ナイジェリアと同組になったこともあって大会自体も日本はグループリーグで敗退してしまいましたが、『柿谷曜一朗』という選手の名前とその天才的なサッカーセンスは、試合を観た人たちの脳裏に焼き付いたはずでした。

しかしこの後、天才・柿谷はそのあと数年間続く「暗黒の時代」を経験することになってしまうのです。

暗転したそのキャリア

U-17ワールドカップが終わり、次の柿谷の主戦場はJリーグの舞台となりました。
2007年、柿谷は高校3年生ながら(J2ではあったものの)リーグ戦で21試合に出場。
翌2008年には24試合に出場して、着実に試合経験を積み重ねていきます。
このあたりからも、当時もセレッソ大阪で指揮を執っていたレヴィー・クルピ監督の期待の大きさが伺えます。

しかし柿谷は、そのクルピ監督からの期待を、結果的に裏切ることになってしまいました。

前述のとおり、生活態度の乱れからクルピ監督の信頼を失った柿谷は、2009年のシーズン途中にセレッソから放出されます。
対照的に、柿谷と同時にプロ契約を結んだ香川真司は、既に2007年からセレッソでレギュラーの座を掴んでいて、柿谷が放出された2009年にはJ2の得点王となってチームのJ1復帰の原動力となっています。

そして香川は2010年にボルシア・ドルトムントに移籍、2012年にはマンチェスター・ユナイテッドに移籍、とスター街道を一直線に歩んでいくわけですが、それとは全く反対に、柿谷曜一朗はサッカー界の裏街道を歩んでいくことになったのです。

正直なところ、この頃には柿谷曜一朗が「もしかしたらこのまま消えていくんでは…」と感じていたファンも少なくなかったのではないでしょうか。
僕も柿谷の復活を期待する気持ちは持ち続けていましたが、その反面、これまで若くして「天才」と呼ばれながらもついに大ブレイクはできなかった選手たち(磯貝洋光、上野良治、財前宣之など)の存在を考えると、柿谷がそのリストに名を連ねる可能性も充分にあることは覚悟していました。

ちなみに2008年11月に行われた AFC U-19選手権にも柿谷曜一朗は日本代表の一員として参加していますが、この時も、既に U-19のエース格となっていた香川真司とは対照的に、柿谷は永井謙佑にポジションを奪われてスーパーサブの座に甘んじています。
そして決勝トーナメント1回戦で韓国に0-3と完敗し、日本はそれまで7大会連続で出場していた U-20ワールドカップへの出場権を逃してしまいました。
その時、グラウンドに突っ伏して号泣する柿谷曜一朗の姿は、今思えば、それから彼を待ち受ける過酷な道のりを象徴していたのかもしれません。

しかし移籍した徳島ヴォルティスで、柿谷曜一朗はその後「恩師」となる人物と、運命的な出会いを果たすことになるのです。

柿谷曜一朗、復活への「運命の出会い」

2009年当時、徳島ヴォルティスの指揮を執っていたのは、元京都パープルサンガの美濃部直彦監督でした。

美濃部監督は、有り余る才能を持ちながらもそれを発揮しきれていない柿谷を何とか覚醒させようと、献身的なプレーの重要性から日常生活での態度に至るまで、本人にサッカー選手として必要なものを説き、柿谷を叱咤激励し続けます。
選手とは一定の距離を置くクルピ監督とは対照的に、美濃部監督は何度も柿谷を呼び出しては一対一の対話を繰り返し、そのメンタルを変えていくことに力を尽くしていきました。

そして次第に、その熱意は柿谷本人にも届いていきます。
徳島で美濃部監督と出会ってから3年目となる2011年シーズンには、柿谷はリーグ戦36試合出場・6得点という結果を残し、副将としてもチームを牽引。
ヴォルティスがJ1昇格まであと一歩と迫ったシーズンの原動力のひとつとなります。

徳島での2年半で人間的に大きく成長した柿谷曜一朗は、2012年に満を持してJ1のセレッソ大阪に復帰。
シーズン途中からレギュラーの座を手にすると、清武弘嗣、キム・ボギョンたちが海外に移籍したシーズン後半には、得点源としてチームを引っ張りました。
そしていま行われている2013年シーズンでは、前年までをはるかに上回るペースでゴールを量産し、チームの不動のエースとして君臨するほどの成長を見せています。

この日の名古屋グランパス戦でも、柿谷曜一朗の見せ場は67分にやって来ました。

中盤左の高い位置でプレスをかけた枝村匠馬がボールを奪うと、すぐさま逆サイドの前線に走りこむ柿谷へとスルーパスが出ます。
田中マルクス闘莉王、阿部翔平の間をスルッと抜け出した柿谷は疾走しながら、枝村からのこの強めのパスを左足のアウトサイドで “ピタッ” とトラップ。

使い古された表現ですが、本当に「足に吸盤が付いているんじゃないか」と思わせるようなワンタッチで一瞬にしてボールを支配下に置いた柿谷は、直後に対角へとシュートを流しこみ、名手・楢崎正剛が守る名古屋のゴールをこじ開けてみせたのです。

この柿谷の得点が決勝点となって、セレッソ大阪はこの試合に勝利。
柿谷曜一朗は今シーズンの通算得点を9点に伸ばし、得点ランキングの1位タイに躍り出ました。

帰ってきた『ジーニアス』、柿谷曜一朗

プロ入りした2007年から数えて早7年。
日本代表入りも噂されるなど、いよいよ「天才」の真価を発揮しつつある柿谷曜一朗ですが、それでは7年前と比べてどこが成長したのでしょうか?
僕は正直なところ、柿谷のプレーの本質は、実はそれほど変わっていないのではないかと思っています。

例えばこの日の名古屋戦で見せたゴールはスーパーゴールと呼んでもいいものだったと思いますが、それでもたぶん、16歳の頃の柿谷に「同じプレーをやって」と言ったら、やってのけるだけの技術は既に持っていたのではないでしょうか。

僕が今の柿谷曜一朗を観ていてまず変わったなと思う部分は、自分の「良いプレー」を90分間続ける持久力と集中力、そしてディフェンスなどのチームプレーの部分です。
そういった目立たない部分での成長が、本来持っていた天才性を試合で効果的に活かす力になっていると思います。

そして今年の大ブレイクに繋がった直接的な要因は、何と言っても「ゴールへの意識が高まったこと」ではないでしょうか。

かつてのライバル、香川真司がセレッソとドルトムントで大ブレイクしたのも、それぞれのチームでゴールを量産したことが最大の要因でした。
柿谷も元々素晴らしいゴールセンスを持っていましたが、現在では自分の「仕事場」を、よりゴールに近い位置に集約させているようにも見えます。
チームメイトたちは今では「曜一朗にボールを入れれば、何かを起こしてくれる」と全幅の信頼を置いているそうですが、柿谷が香川と同じように、ゴール数という「目に見える数字」にこだわることで、チームの「柿谷を活かそう」という意識もさらに高まっているように感じられました。

それらをひっくるめた「メンタル面の成長」、大雑把な言い方をすると「大人のサッカー選手になったこと」が、いまの柿谷曜一朗を形造る原動力になっているように思いました。

徳島に移籍した頃の映像では、ボソボソとした声とぶっきらぼうな態度で新しいチームメイトたちに挨拶をしていた少年が、今ではしっかりと言葉を選びながら、自分の言葉でインタビューに答えるようになっています。
この数年で、目に見えて柿谷曜一朗は人間的に成長したのだと感じました。

見た目は金髪で一見するとチャラ男風ではありますが、インタビューでの話しぶりを聞く限り、この人はたぶんとても賢い人なのではないかと思います。
柿谷のインタビューでの受け答えは、Jリーガーの中でもトップクラスと言ってもいいのではないでしょうか。
僕が女性ファンだったら、このインタビューと見た目とのギャップに、間違いなく「ギャップ萌え」していたことでしょう。

そして元々持っていた知性と技術が、ついに今、フィールドの上でも大きく花開き始めたように思います。

かつては柿谷の才能を高く評価しながらも、彼を放出するという決断を下したレヴィー・クルピ監督。
そのクルピ監督が今では「曜一朗はネイマールと同じレベルにある」と、柿谷に最大級の賛辞を贈るようになりました。

初代の「ミスター・セレッソ」森島寛晃は、自分と同じエースナンバーの「8番」を背負った後継者2人を比較して、「すぐにプロのレベルで活躍した(香川)真司も凄いけど、曜一朗はちょっと違う次元の才能を持っていた。」と語ったそうです。

当の柿谷は、自分が天才と呼ばれることについて「自分では天才だと思っていない。天才っていうのは、そんなに簡単に使える言葉じゃないですよ。」と答えています。
しかしそれは、柿谷曜一朗が才能だけで勝負するサッカー選手から脱皮し、努力をし試行錯誤をしながら成長する選手に成長したのだということを、本人が自覚してきているという証拠だとも言えるのではないでしょうか。

今や世界屈指のビッグクラブの一員となった香川真司とは大きな差が開いてしまいましたが、いよいよその差を縮め始めた『帰ってきたジーニアス(天才)』。

23歳になった柿谷曜一朗は、これからどこまで、これまでのキャリアに残した「借り」を返していってくれるのでしょうか。
僕はその活躍を、とても楽しみにしているのです。

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