中学の卒業式の時には、涙が出たのを覚えている。
中学生活という3年間のサイクルが終わり、また新しい3年間が始まる。
「終わりの始まりで、始まりの終わりなのだー!」とバカボンのパパなら言うだろうけど、物事には必ず始まりと終わりがある。
だから終わりとは、決して悲しい側面ばかりではない。
それを頭では分かっていたけれど、15歳の僕にとっては新しい生活への希望以上に、親しんだ仲間たちとの別れの辛さが重かった。
そんな純真だった僕も歳をとって、今では別れには慣れっこになった。
故郷を捨てて食い倒れの街に移り住んだ時も、悲しさの10倍くらい好奇心が優っていたように思う。若者の多感な時期とは、かくも短い。
このように鈍感な大人になってしまった僕でも、祭りの終わりはやっぱり寂しい。
1ヶ月間睡魔と闘いながら、64試合ものサッカー観戦を続けた嵐のような日々。
それがやっと終わるのだという安堵感も、熱狂の日々に別れを告げることへの寂しさに勝ることはないだろう。
それが4年に1度のことならば、なおさらのことである。
あらゆるジンクスを打ち破ったスペインの優勝
アフリカ初のワールドカップ、優勝したのはスペインだった。
2年前に圧倒的なクオリティでユーロを制して以来、南アフリカでも優勝候補の筆頭と呼ばれ続けた大本命。
そのスペインが優勝したということは、つまり今大会に波乱は起きなかったという事になる。
しかし僕個人の視点から見れば、これは驚きとしか言いようのない結末だった。
それは何も、僕がオランダを応援していたからというわけではない。
僕の予想する限りでは、今大会のスペインは優勝できない要素をゴマンと抱えていたからである。
ヨーロッパのチームが、これまでヨーロッパ以外の大陸で優勝したことはなかった。
またユーロで優勝した2年後にワールドカップでも優勝したチームは、史上たった1チームしか存在しない。
そして、初戦で負けたチームが優勝したケースは、これまでで初めてである。
さらにスペイン代表が、ワールドカップで4強に入ったのも過去1度だけ。それも 60年前の話だ。
これまでスペインは優勝はおろか、決勝進出の経験すらなかった。
加えて地方色が強いお国柄で、未だに解決されない地方自治体の独立問題によって、チームは毎度のことながら精神的一体感に欠けていた。
そしてゲーム内容も、準々決勝までは至極低調。
結果的には決勝までの7試合で8得点しかできない、史上最も得点力の低いチャンピオンでもあった。
これだけ勝てない要素を揃えながら、スペインは優勝してしまったのである。
これは僕にとっては、全く想像もしていなかった出来事だったのだ。
最も型破りなチャンピオンとなったスペイン代表
僕がワールドカップを観るのは、今大会が5大会目である。
そしてスペインは、過去4大会のどのチャンピオンと比べても、最もチャンピオンらしくないチャンピオンだった。
誤解の無いように注釈を入れておくけれど、僕はスペインが嫌いなわけでも、その優勝にケチをつけるつもりでも全く無い。
ただ、本当に心底不思議なのである。それくらい今回のスペインが優勝したことは、僕にとっては予想外の出来事だったのだ。
過去のチャンピオンたちは、94年と02年のブラジル、98年のフランス、06年のイタリアとどのチームをとっても、非常に磐石の「強さ」を感じさせたチームだった。
彼らは開幕からずっと安定した戦いぶりを見せ、終わってみれば納得の強さを見せつけて王座についていた記憶がある。
しかし今大会のスペインは非常に不安定だった。
初戦で格下のスイスに敗れ、その後も準々決勝まではパッとしない試合が続く。
対戦相手に恵まれたこともあって勝ち上がってきたけれども、いつ負けてもおかしくないような試合を繰り返していたイメージである。
実際に決勝トーナメントの4試合は、すべて 1-0の辛勝だった。
そのスペインが準決勝のドイツ戦で突如目覚め、そのまま優勝まで突っ走ってしまったのである。
僕はこんな勝ち方をしたチャンピオンを、それまで見たことがなかった。
ただ裏を返せば、そういった慣例やジンクスと言われるものを吹っ飛ばしてしまうほどに、今大会のスペインの完成度は突出していたのだとも言えるだろう。
彼らは大会序盤までは、決していい試合をしていたわけではない。
決定機を外しまくったホンジュラス戦といい、相手の PK失敗に助けられた上にビジャの泥臭いゴールで辛勝したパラグアイ戦といい、不細工な試合も多かった。
チームも一丸となっていたとは言えない。
スペインの主力を構成するのはバルセロナの選手たちだけれども、その所在地であるカタルーニャ地方は過去の歴史的背景から、スペイン中央政府に対して敵愾心を持っている。
今大会でもバルセロナの市長が、街頭でのスペイン代表戦のパブリックビューイング開催を政治的理由から拒んだそうである。
そんな事情もあって、スペインはウルグアイやオランダ、パラグアイのような国々と比べると、明らかに一体感を欠いていた。
そしてこれが、スペインがこれまでタイトルと無縁だった最大の理由だとも言われている。
ただそれでも、今大会のスペインは重要な試合でことごとく勝った。
そしてついに優勝まで漕ぎ着けてしまった。
これは賞賛されて然るべき結果だと思う。
そういった数々のジンクスや不利な条件をはじき返してしまうほど、スペインは圧倒的な強さを持っていた。
この事実にはもう、脱帽するしかないだろう。
オランダを圧倒した、スペインのポゼッションサッカー
この決勝でも、スペインがオランダよりもいいサッカーをしていたのは明白だった。
立ち上がりはドイツ戦同様、スペインは全く相手にボールを触らせない。
その驚異的なポゼッション能力で、それがさも当たり前であるかのようにゲームを支配するスペイン。
オランダで生まれたトータルフットボールをヨハン・クライフが持ち込み、バルセロナで花開いたポゼッションサッカー。
そのルーツであるオランダが、華麗なスタイルを捨て、堅実で現実的なサッカーを実践した今大会。
彼らのフォロアーであったスペインが完成されたサッカーを見せて、オリジナルのオランダを圧倒したのは何とも皮肉な姿だった。
ただ現実路線のオランダにも、勝つチャンスは確かにあった。
アリエン・ロッベンがカウンターからDFラインの裏に抜け出し、2度に渡って迎えた決定的チャンス。
これを1本でも決めていれば、90分の試合でオランダが勝っていた可能性は高い。
つまり、勝負はやっぱり紙一重だったのである。
たとえゲーム内容で、スペインが圧倒的にリードしていようとも。
スペインの優勝がもたらすもの
しかし、スペインは勝った。
この勝利はおそらく、世界のサッカーにとっては良い結果だったと言えるだろう。
テクニカルで組織的なサッカーが勝利して、今後の世界のサッカーの指標はスペインになるはずである。
クラブではバルセロナ、代表ではスペイン。
世界中でポゼッションサッカーがトレンドとなり、技術の重要性がいっそう見直される時代になると予想される。
およそ 150年の歴史を誇るサッカーが、いまだに戦術的進化を続けていることが、スペインの優勝で証明されたとも言えるだろう。
サッカーというスポーツの奥深さに、僕はただただ感服するばかりである。
あらゆるロジックを打ち破って、史上稀にみる「常識破りのチャンピオン」になったスペイン代表。
しかしロジックなどは所詮、長年サッカーを見続けたサッカーファンにこびりついた垢のようなものに過ぎない。
ぼくがもし、初めてワールドカップを見た純粋無垢な小学生だったらこう言っただろう。
「スペイン、つえー!」
そう、本来それ以上の感想などほとんど無意味なのである。
スペインは鬼のように強かった。
ジンクスや民族問題といった、安っぽい知識など関係なくなるほどに。
それくらいに今大会のスペインは、無敵の強さを持ったチャンピオンだったのである。
「魔物が棲むワールドカップ」の終焉
そして1ヶ月に渡る祭りは、終わりの時を迎えた。
世間ではスペインの優勝そのものに関する話題より、占いタコのパウルくんが注目を集めてしまった感があるけれども、それくらいとらえどころのない、評価の難しいワールドカップだったと言えるかもしれない。
思えばこの大会は波乱の連続だった。
ドイツがセルビアに負けた時の記事で、僕は「この大会には魔物が棲んでいる」と書いたけれども、その予感はおおよそ現実のものとなったと言っていいだろう。
前回王者イタリアの早期敗退、セミプロ軍団ニュージーランドが無敗で大会を終えたこと、地元アフリカ勢の大不振、その唯一の生き残りだったガーナがベスト4直前で勝利を逃したこと。
そして実に 32年ぶりとなった、優勝経験のないチーム同士の決勝戦。
思い返せば今大会は、ロジックでは考えられないような予想外の展開の連続だった。
しかし、あらわになった現実を前に、ロジックの何たる非力な事か。
僕にとっては、そのことを改めて痛感させられたワールドカップだった。
そう、これは全て現実なのである。
ワールドカップでは、どんなことでも起こりうる可能性があるのだ。
そしてその極みが、あらゆるジンクスを無視したスペインの優勝だった。
決勝戦で3回目の敗者となったオランダは、初めての決勝進出となった 74年大会では、逆に「クオリティの高いフットボール」を見せつけた側だった。
しかし結果は同じ準優勝。
そして彼らは今大会の決勝を戦った後、奇しくも 36年前と同じフレーズを浴びせられることになる。
その時の勝者となった西ドイツの主将、ベッケンバウアーが語ったあの有名な言葉。
「サッカーは強い者が勝つのではない、勝ったチームが強いのだ」と。
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