ローマに蔓延する「劇薬」/セリエA@ラツィオ 1-2 ローマ

ASローマと言えば、僕にとっては何と言っても中田英寿がセリエA優勝を経験した時のチームとして記憶されている。
もう9年も前なのでだいぶ昔話のように感じられてきたものの、当時の日本のメディアの大騒ぎっぷりは今でも強く印象に残っている。
欧州3大リーグの3番目が定位置となってしまった今のセリエAと違い、当時のセリエAは世界でも1・2位を争うほどの競争力を持っていた。
そこで中田は貴重な戦力として優勝に貢献したわけだから、これはまさしく偉業であった。
ちなみに僕がイタリアで応援しているチームはナポリとジェノアとサンプドリアである。しかしこの3チームは現状、スクデット争いをするほどの力はない。
なので、優勝を狙えるポジションのチームの中では、僕は中田のいたローマを応援している。
今シーズンのローマは好調である。
シーズン序盤はそれほど期待されていなかったものの、今ではインテルをかわして堂々の首位を走っている。リーグも既に終盤。優勝も充分に狙えると言っていいだろう。
ローマは昨年までも強豪の一角を成していた。ここ4シーズンで2位が3回と、近年は優勝争いの常連の地位を確固たるものにした感がある。
そしてその成績以上に賞賛されていたのが、前任のルチアーノ・スパレッティ監督が創り上げたアタッキング・サッカーであった。
伝統的に「カテナチオ」と呼ばれる守備的な戦術が主流だったイタリアにおいて、スパレッティのローマはパスワークを主体とした組織的で攻撃的なサッカーを実践した。そのモダンサッカーはリーグに新風を吹き込み、僕もこの頃のローマのサッカーが好きだった。
しかしスパレッティは今シーズンの初め、わずか2試合を指揮しただけで辞任してしまう。それまで4シーズンに渡り魅力的なサッカースタイルを築き上げ、強豪としてのローマの地位を確立した監督としては、あまりにあっけない幕引きだった。
スパレッティの辞任の影にはあるキーマンがいるとされている。
フランチェスコ・トッティ。
言わずと知れたローマのキャプテンにして、3シーズン前のセリエA得点王。
ローマの下部組織出身の生粋のローマっ子で、”ローマの王子” とも呼ばれる、チームの絶対的象徴。
イタリア代表としても主力としてワールドカップ2大会に出場し、06年大会では優勝にも貢献した大物である。
ロマニスタにも絶大な支持を受けるカリスマは、その圧倒的な存在感のために、チーム内において一選手としての枠組みを超えた権力を有しているとのもっぱらの噂である。
それは選手の補強や監督の采配にまで及び、ローマにおけるトッティは監督を上回るほどの発言権を持っていると言われる。日本では考えられない状況だけれども、どうもただの噂では無いようだ。
トッティ、ダニエレ・デ・ロッシに次ぐ地元出身の星として期待されていながらも、今シーズン初めにチームを去ったアルベルト・アクイラーニは、リバプール移籍後に「ローマは大好きだけど、あそこではいろいろと正しくない事があったからね…。」と語っていた。
また中田英寿の在籍中、ポジション争いのライバルとなる中田の存在に対して、トッティが露骨に不快感を示していたのは日本でも有名である。
スパレッティが辞任したのも、これまで補強や采配を巡ってたびたびトッティと衝突し、その事に嫌気がさしたからだと伝えられている。
そしてスパレッティの後任としてローマにやって来たのが、現監督のクラウディオ・ラニエリであった。
ラニエリはイタリア人であるものの、チェルシーやバレンシアといった国外のチームを指揮したキャリアで知られる異色の監督である。
ビッグクラブで指揮をとってきたものの、リーグタイトルの獲得経験は無く、これまでは真に一流の監督だとはみなされていなかった。
ところが今シーズンのローマは、ラニエリ監督の下で快進撃を見せている。
ラニエリはスパレッティと比べて堅実な戦術を敷くタイプの監督である。そのサッカーにはスパレッティほどの華はない。
ただし、ラニエリが明らかにスパレッティよりも上手くこなしている事が1つある。トッティとの関係だ。
自分のスタイルを明確に持ち、部下である選手が監督の仕事を侵害する事を良しとしなかったスパレッティ。
それに対し、ラニエリはトッティに対しても柔軟な対応を見せている。
先日のゲームでも、ベンチに対して特定の選手名を出してその交代を叫ぶトッティの声を聞いて、ラニエリはトッティの指示に従ったとされている。
良くも悪くも、指揮官のこういったこだわりの無さが現状では吉と出ているローマ。
スパレッティ時代、素晴らしいサッカーを見せながらもついに届かなかったスクデットに、ラニエリのローマは現在片手をかけている。
そして迎えた今節のローマダービー。
ローマは前半にクリスティアン・レデスマのスルーパスからトンマーゾ・ロッキに決められ1点を先制される。
しかし後半にミルコ・ヴチニッチの2ゴールで逆転に成功し、この難しいダービーマッチを制したローマが首位をキープした。
残りは4試合。ローマの9季ぶりの優勝が、いよいよ現実味を帯びてきた。
この試合で印象深かったシーンがある。
この日のトッティは不調で、思うようにチャンスに絡めていなかった。
そのトッティを、ラニエリはデ・ロッシとともに前半のみで交代させたのである。
ローマの象徴である地元出身の2人を、ローマダービーで早々に交代させる異例の采配。
「ダービーマッチということで2人とも熱くなりすぎていたから」と、試合後にラニエリは語ったものの、これで負けていれば大騒動になりかねなかった危険な賭け。
しかしラニエリはこの賭けに勝ち、ローマは貴重な勝ち点3を手にした。
このゲームでも、試合後にラツィオサポーターを挑発するようなゼスチャーで物議を醸したトッティ。
その後に謝罪はしたものの、トッティが制御することの難しいアンタッチャブルな存在であることは間違いない。
しかしラニエリは硬軟おりまぜた手綱さばきで、これまでのところトッティをうまくコントロールしている。
残り4試合、このトッティという「劇薬」を、ラニエリは最後まで誤りなく取り扱うことができるのだろうか。
ローマの命運は、その一点に賭かっていると言っても過言ではないだろう。

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