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日本人選手の海外移籍のパイオニアと言えば、さかのぼれば 1977年の奥寺康彦ということになる。

その後しばらくの時を経て、国内リーグのプロ化以降に、改めて先駆者となったのが 1994年の三浦知良だった。

そしてその4年後に、中田英寿が海外への扉を大きく開ける。

また日本人選手の海外移籍において、「移籍金」というものがきちんと発生したのも中田英寿が初めての例になるのではないだろうか。
奥寺の時代はまだアマチュアだったし、カズの時にはレンタルだった。

中田の移籍の際、ベルマーレ平塚にペルージャから支払われた移籍金は、約4億強だと言われている。

その後、小野伸二がフェイエノールト入りした際には4億5千万、中村俊輔のレッジーナへの移籍の時にも4億前後が支払われたそうだ。

中村の移籍からおよそ8年が経って、日本人選手たちの実力は、当時よりもさらに上がったと言えるだろう。

そしてその頃に比べて、海外でプレーする日本人選手の数も飛躍的に増えた。

しかし、それでは日本人選手の評価額=「移籍金」が増えたのか?と言えば、答えは「NO」である。

これは増えるどころかむしろ、減額してしまっていると言ってもいい。

昨年のワールドカップでの日本代表の活躍、そしてその後の香川真司の大ブレイクの影響もあって、ヨーロッパ、特にドイツでの日本人選手の評価は急激に高騰した。

そしてこの冬も、日本代表クラスの選手たちが5人、ヨーロッパへと挑戦の舞台を移している。

しかし、その5人のうちの4人、槙野智章、細貝萌、安田理大、家長昭博たちが、いわゆる「移籍金ゼロ」での移籍となっている。

そして残る一人の岡崎慎司も、ゼロ円移籍を成立させてドイツのシュツットガルトへと渡る「はず」だった。

しかしこの岡崎の移籍に関しては、前所属チームである清水エスパルスから「待った」がかかる。
ここで一悶着が起きるわけだけれども、それについては後ほど考察したい。

とにかく最近では、日本人選手を獲得する際に発生する移籍金は、実質「タダ」という大バーゲンセールの状態が続いている。

いったい、なぜこんなことになってしまったのだろうか。

クラブ側に有利だった旧ルール

岡崎慎司の移籍問題を考える前に、まずはヨーロッパにおける移籍ルールの変遷についておさらいしておきたい。

いまから 20年ほど前までは、ヨーロッパの移籍ルールも、日本のプロ野球と同じようなものだった。

どこが同じかと言うと、「選手との契約が切れたあとでも、所属元のチームは選手の保有権を有する」という点である。

このルールは基本的に、クラブにとってやや有利な条件となる。

クラブは契約が切れたあとでも選手を拘束できるわけだから、基本的に選手と長期契約を結ぶ必要がなくなる。
毎年毎年、一年契約を結ぶ形でも問題はない。

一年契約の場合、なぜクラブが有利になるかと言うと、リスクを負わなくて良いからだ。

例えば選手が大怪我をして、長期間試合に出場できなくなったような場合。

あるいは不調やポジション争いに敗れたことなどが原因で、満足のいく活躍を見せられなかった場合。

こういった場合でも一年契約であれば、翌年の年俸を減額したり、場合によっては契約自体を解除することができる。
あるいは一年間のその選手の働きぶりを検証した上で、シーズン終了後に他チームに放出することもできる。
そしてその場合には、移籍先のチームから移籍金を受け取ることができた。

それらの意思決定の権利は、あくまでもクラブ側が有するという雇用形態だから、この制度はクラブにとって有利な条件だったわけである。

しかし、このヨーロッパの選手保有のルールが、根底から覆される大事件が起きた。

1995年の、いわゆる『ボスマン・ルール』の制定である。

世界を席巻した「ボスマン・ルール」

きっかけは世界の移籍市場から見れば、ほんの些細なトラブルが原因だった。

ベルギーリーグ2部の RFCリエージュに所属する平凡な選手だった同国人、ジャン=マルク・ボスマンは、クラブとの契約満了後のオフシーズンに、フランス2部リーグのチームからのオファーを受けた。

ボスマン本人はこれに乗り気だったものの、当時のリエージュのオーナーがこの移籍に難色を示し、移籍は白紙となる。
さらに、この時に生じた感情的なもつれから、リエージュ側はボスマンの保有権を行使しながら、ボスマンを「飼い殺し」にする嫌がらせに出た。

これに対してボスマンは、クラブ側の不当な扱いを糾弾し、移籍の自由を認めさせるために訴訟を起こした。

これくらいであればよくありそうなトラブルに過ぎなかったのだけれども、この訴訟が思わぬ形でヨーロッパ全土に飛び火することになる。

ボスマン側は欧州司法裁判所に対して、UEFAを相手取った裁判を起こしたのである。

裁判の争点は、当時 UEFAの認めていた、「契約が切れたあとの選手に対する、クラブ側の保有権」のルールそのものの不当性にまで波及することになった。

そこでさらにボスマンには、一つの追い風が吹くことになる。

当時、発足してまだ日が浅かった欧州連合(EU)は、連合加盟国の一体感を高め、その理念を知らしめるために、民衆に絶大な人気を誇るフットボールを利用しようと考えた。
「加盟国内での労働の自由化」を定めた EU法に反するとして、このボスマン裁判で裁判所は、ボスマン側の全面勝訴を言い渡す。

これによって、長年採用されてきた旧ルールは撤廃され、UEFA加盟国内での移籍に関しては、契約満了後の場合には移籍金がかからないという新ルールが制定された。

「ボスマン・ルール」誕生の瞬間である。

ボスマン・ルールはさらに数年後、UEFA内だけでなく FIFAに加盟する全ての国に適用されることになり、全世界の選手たちが、契約を終えたあとには「フリー・エージェント」となる権利を有することになったのだ。

しかし日本国内では、ボスマン・ルールの誕生後にも独自の移籍ルールが採用されていた。

これは国内での移籍に関しては、契約切れの選手であっても契約満了後から 30ヶ月間は、前所属クラブが選手の保有権を有し、従来通りに移籍金を得ることができるというものだった(ただし日本から海外に移籍する場合にはあくまでも国際ルールが優先されるため、中田浩二など数名の選手はこのルールに則って移籍金ゼロでの海外移籍を実現させている)。

このルールは前述したとおり、クラブ側に有利な契約形態である。
当時はプロリーグ発足からまだ日が浅かったため、チーム経営ノウハウの乏しい日本国内のクラブを守るための暫定的な処置だったのだけれども、結果的に日本国内では長年に渡って、このルールが残り続けることになった。

しかし昨シーズンからはついにそのローカルルールが崩れ、日本国内においても国際ルールが適用されることになったのである。

新ルールに則った場合、クラブ側は契約期間の満了した選手に対しては保有権を失効するため、移籍金を請求できなくなる。

ヨーロッパのクラブなどはその「ゼロ円移籍」を阻止するために選手たちと複数年契約を結び、有力選手とは契約が切れる1年以上前から契約延長交渉をし、選手に契約延長の意思が無い場合には、契約満了の1年程度前までに他のクラブへと移籍をさせて移籍金を手にする、というビジネススタイルが常識となっている。

しかし、新ルールに則った契約形態に慣れていない日本のクラブチームは、この新ルールの肝になる「選手と複数年契約を結ぶ」という点で後手に回ってしまっていた。

さらにそこに、日本特有の「選手の夢を叶えてやりたい」という「温情」が絡み、日本では数年前から、国内の有望選手をゼロ円で海外のチームに引き抜かれる移籍が目立ち始めてきていた。

その風潮にさらに拍車をかけたのが、香川真司の大ブレイクである。

香川も昨年の夏、セレッソ大阪との契約満了に伴って海外移籍を果たした一人だ。

香川の場合、満23歳未満のため移籍金はゼロでも「育成費」というものが発生するのだけれども、それもわずか 4000万円ほどの金額だったらしい。
その後の香川の大活躍を考えれば、価格破壊と言ってもいいほどの大安売りである。

もちろん、そのお陰で香川はボルシア・ドルトムントに加入することができて、それがあの大ブレイクに繋がったのだから、これに関しては結果オーライだったとも言える。

当ブログでも香川関連の記事にはたくさんの方に目を通してもらったようなので充分その恩恵を受けているのだけれども、それでもセレッソ大阪のファンの一人としては、内心複雑な気持ちもあったのも事実だった。

いずれにしても香川の大活躍で、「日本人選手は安くて使える」というイメージが欧州に浸透した。

それがこの冬の、日本人選手たちの「大量ゼロ円移籍」に繋がったのである。

しかしそのことが、一つのトラブルを招いてしまうことになる。

岡崎慎司に降りかかった移籍問題

きっかけは、清水エスパルスが岡崎慎司の移籍に難色を示したことだった。

岡崎慎司と前所属チームである清水との契約期間は、同時期に海外移籍を果たした他の選手たちと同じく 2011年1月31日までだった。

しかし、岡崎は清水との契約が満了する1日前の、1月30日にシュツットガルトと移籍契約を結んでしまっていたのだ。

もっとも、これは岡崎に限った話ではない。

日本国内でのシーズンが終わり、契約ももうすぐ切れるということで、岡崎と同時期に海外移籍をした他の選手たちも、同じような形でヨーロッパのクラブと移籍契約を交わしていた。

これに関しては移籍元のJクラブたちも、いわば容認していたわけである。

しかし清水エスパルスの主張は、他のJクラブたちとは少し違っていた。

いわく「1月31日まで契約が残っているのだから、移籍先のクラブは移籍金を払うべきだ」と。

「契約」というルールに照らし合わせれば、清水の主張は正しい。

しかし話がややこしくなってきたのは、この移籍には数々のグレーゾーンが存在するからである。

まず清水の主張が正しいと言えるのは、あくまでも「厳密に言えば」といったレベルの話であって、ヨーロッパの慣習的には、あと数日で契約が失効するというこの状況では、あえてわずかな移籍金は請求しないという「暗黙のルールが」ある。

他の日本人選手たちがスムーズにゼロ円移籍を実現させたのも、この暗黙の了解があったからだった。

しかし、清水はあえてこの暗黙の了解を無視して、「厳格なルールの適用」を求めたのである。

さらに話がややこしくなったのは、清水がシュツットガルト側に要求した移籍金が、伝えられるところによると約1億円と高額だったことだった。

もっとも、清水としてもこの額を満額もらうことは期待していなかったようだけれども、それでもJリーグクラブの経営はどこも苦しい。
たとえ満額でなくとも、もらえるものはキッチリもらっておこう、というのが清水の考えだったのだろう。

しかし、残り2日間の契約しか残っていない選手に1億円とは、ヨーロッパの常識からすれば「法外」と言っていい額であり、このことにシュツットガルト側が「清水はクレイジーだ」と激怒したそうだ。

こういった経緯から、どうも両者の感情的な行き違いが色濃くなってしまったようである。

そしてこの問題には、さらに話をこじれさせる「ルール上のグレーゾーン」も絡んでくる。

そもそも 1月31日で契約を満了すると分かっている選手に対して、シュツットガルト側はなぜ、契約を急いだのか。

それは、ヨーロッパの移籍期限が 1月31日でいったん閉まってしまうからである。
仮に岡崎の契約切れを待って2月に契約を先延ばしにしたとしたら、移籍マーケットが閉じてしまって移籍が認められない可能性があった。

その場合、岡崎は次の移籍マーケットが開く夏の時期まで、半年間浪人生活を強いられることになってしまう。

それでも、2月になった場合には移籍が「できない」と明確に決まっているわけでもないところが、またこの話の難しいところであった。

2月になった場合、岡崎は完全にフリーの立場になる。
そしてヨーロッパの移籍期限とはあくまでも「他のクラブに所属している選手の移籍」に適用されるものであって、その時点で所属のない選手であれば、この期限にとらわれずにチームに加入することができる。

ただし、この「その時点で所属のない」がどの時点を指すのか、がこの問題の大きな焦点となった。

ルール上ではこれは、「移籍マーケットが閉じる期限までに契約が切れている選手」を指すらしい。

つまりこの場合は 1月31日までに契約が切れている、ということになるのだけれども、岡崎の契約は 1月31日の時点ではギリギリ切れていない。

つまり厳格にルールを適用すれば、岡崎は1月末でフリーになっても、この冬の移籍期限の間には移籍ができない立場だとも言える。

しかし現在の移籍ルールの理念に照らし合わせれば、これは FIFAとしては不本意な解釈になるはずだ。

なぜなら、「契約の満了した選手は、基本的に移籍の自由を得る」というのが、そもそものボスマン・ルールの理念だからである。

つまり岡崎のような立場の選手を自由に移籍させることが、このルールの制定された本来の目的なのである。

しかし現ルール下では、そういった理念に反する状況が起こってしまうことが、今回の事態で発覚してしまった。

これまで明らかになることのなかった制度面での不備が、図らずもヨーロッパと違うシーズン制を取る日本のクラブとの間に生まれたギャップから、露呈してしまったわけである。

僕個人としては、今回の問題はそれぞれがそれぞれの立場で当然の主張をしたことがトラブルに繋がってしまったということで、誰が正しくて誰が間違っている、という認識はしていない。

強いて言えば清水に対するケアを怠った代理人には責任がありそうだけれども、基本的にはルールの欠陥が招いてしまった悲劇だと思っている。

そしてこの問題で、当事者である選手自身も割を食った。

この問題が未解決なことから、岡崎はデビューが予定されていた先週末のブンデスリーガに出場することが出来なかったのだ。

しかしその後、FIFAから暫定的に岡崎の試合出場を認める通知が発行され、すったもんだの挙句ではあったものの、岡崎慎司はようやくシュツットガルトの一員としてデビューを果たしたのである。

岡崎慎司、ドイツでつかんだ手応え

岡崎の新天地でのデビュー戦はヨーロッパリーグの舞台となった。

対戦相手はポルトガルチャンピオンのベンフィカ。

正しくヨーロッパレベルのチームで、ここでどんなプレーを披露できるかが、岡崎慎司がヨーロッパで通用するかどうかを測る、重要なモノサシになるような試合だった。

そして岡崎はこの試合で、いきなりの先発フル出場を果たす。

普段僕たちがJリーグや代表で見慣れている日本人選手たちであっても、いざ海外でどれくらい通用するのかは、実際にその中に飛び込んでみなければ分からない部分がある。

そして僕がこの試合で目にしたのは、岡崎慎司にまつわる、やや「意外な発見」だった。

この試合に限って言えば、岡崎慎司は充分にヨーロッパで通用していたのである。

日本で見る岡崎慎司は、これといった強力な「武器」のある選手ではなかった。

本田圭佑のような恵まれた体格とフリーキックを持つわけではないし、長友佑都や内田篤人のようなスピードがあるわけでも、遠藤保仁のようなずば抜けたサッカーセンスを持つわけでもない。そして、香川真司のような卓越したテクニックがあるわけでもない。

強いて言えば最大の武器は「得点感覚」になるのだろうけれども、それにしてもJリーグで得点王に輝いた実績があるわけでもない。

岡崎は他の日本人選手たちと比べても、その凄さの分かりにくい選手なように思う。

しかしこの日、ヨーロッパの選手たちに囲まれてプレーしていた岡崎慎司の姿からは、そのことで彼の持つストロングポイントが明確に浮かび上がっていたように感じられた。

相対的に見て岡崎慎司は、「よく訓練された選手」という風に僕には感じられた。

周囲の選手たちに比べるととにかく状況判断が良く、オフ・ザ・ボールの動きが洗練されている。
「良く考えて動いている」という印象だ。

そして前線からの守備の意識が徹底されていて、俊敏性もある。

驚いたのはヨーロッパのモノサシで見ると、岡崎の技術が日本にいる時よりもむしろ高く感じられたことだ。

これまで日本でプレーしていた頃にももちろん、岡崎に対して「意外と上手いな」という印象を持ったことはあったのだけれども、ヨーロッパでプレーする岡崎は、これまで以上にテクニックのある選手に見えた。

ターンやキープなどの技術は、充分にヨーロッパに通用するレベルにあるだろう。

そして岡崎はその技術を活かして、一度大きな見せ場をつくり出す。

15分、左サイドでボールを持った岡崎は、そのままドリブル突破を試みると、グイグイとベンフィカの守備陣に勝負を挑んでいく。

そして粘り強いボールキープと切り返しで2〜3人の包囲網を突破すると、そこからゴールマウスを捉える強烈なミドルシュートを放ったのである。

このシュートは相手 GKのファインセーブにあって惜しくも得点にはならなかったものの、地元のファンやマスコミたちにも強烈なインパクトを与えたようで、まさに名刺がわりのワンプレーとなった。

試合はオープンな打ち合いとなった前半にシュツットガルトが1点を先制したものの、後半は守備が崩壊してほぼ防戦一方の展開に。

岡崎も後半は守備に忙殺されて、ほとんど攻撃に絡むことはできず。

けっきょく後半に2点を返されて 1-2の逆転負けと、岡崎にとってはほろ苦いデビュー戦となってしまった。

正直なところシュツットガルトのディフェンスレベルはかなり低く、後半の体たらくを見る限りでは、ブンデスリーガで降格争いをしているのも納得と言えるような酷い出来だった。

どちらかと言えば周りからのパスをもらって生きるタイプの岡崎だけに、今後も苦しいシーズンが続くことが予想される。

ただし、そんな中でも岡崎個人としては、確かな手応えを感じ取った部分もあったのではないだろうか。

いずれにしても岡崎慎司のヨーロッパへの挑戦、その第一章が幕を開けた。

残る半年間でチームのプレーに適応し、全力を出し尽くすこと。

そしてシュツットガルトの1部残留を達成すること。

これが岡崎慎司に課せられた、最大のミッションとなるだろう。

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