岩渕真奈、復活の「クラシコ」/なでしこリーグ@日テレ・ベレーザ 2-2 浦和レッズ・レディース

Wings of a Tern

僕が彼女を “目撃” してから、もう4年の月日が経つ。

青い10番のユニフォームをまとった少女の「異次元」のプレーの数々に、僕の目は釘付けになった。
そのプレーヤーの名前は、岩渕真奈。

当時、弱冠 15歳。
その大会、2008年 U-17女子ワールドカップでMVPに輝いた岩渕真奈は、日本だけでなく世界のサッカー界が認めた「女子サッカー界の至宝」だった。

しかし岩渕はその後、高い壁に直面してしまう。

16歳でA代表「なでしこジャパン」にデビューして、18歳でワールドカップ優勝メンバーの一員となった岩渕真奈。
端から見れば順風満帆に見えるキャリアも、世界中からその脚に寄せられていた期待値と比べれば、決して満足行くものでは無かったはずだ。

一時は10代で注目を浴びた多くの選手たちのように、このままフェードアウトしていくのでは?とも危惧されていた天才少女。

しかし岩渕はいま再び、まばゆい脚光に包まれた舞台へと羽ばたこうとしている。

なでしこリーグを彩る「クラシコ」

なでしこリーグは巷では、INAC神戸レオネッサが独走する「1強リーグ」だと思われているらしい。
確かに昨シーズンはリーグ戦と全日本女子の2冠を独占し、日本代表選手の所属数でも群を抜いているINACが「無敵」というイメージを持たれてしまうのも、まぁ無理はないのかもしれない。

ただし、僕はこの評判は正しくないとも感じている。
INACは確かに最強チームだけれども、かと言って優勝が約束されていると言い切れるほど、飛び抜けた存在では決してないのだ。
なぜならリーグにはINAC以外にも、優勝を争うライバルチームがしっかりと存在しているからである。

その急先鋒となるのが、昨シーズン2位の日テレ・ベレーザと、3位の浦和レッズ・レディースだろう。

そして今節のなでしこリーグでは、この両チームが直接対決する、リーグの行方を左右する一戦が行われたのである。

6節が終了した時点で、勝ち点18で首位に立つのは INAC神戸レオネッサ。
そしてそれを追うのが、同16ポイントで2位の日テレ・ベレーザと、同14ポイントで3位につける浦和レッズ・レディースだ。
またベレーザとレッズの両チームは、それぞれ 2010年シーズンと2009年シーズンのリーグチャンピオンでもある。

この上位3チームには大きな力の差はなく、なでしこリーグはINACの1強というよりは、ベレーザ、レッズを加えた「3強リーグ」だというのが僕の考えだ。
むしろ INACが台頭した昨シーズン以前には、この2チームが「2強」状態でリーグの覇権を争っていたわけだから、ベレーザ対レッズは女子サッカー界の “伝統の対決=クラシコ” だと言ってもいい。

そして今回の “なでしこ版クラシコ” は両チームにとって、INACへの挑戦権を得るために、絶対に負けることのできない一戦となったのである。

「攻撃の緑」、「守備の赤」

今シーズンのベレーザは、伊賀FCにスコアレスドローを演じたゲームを除いては、ここまで全ての試合で3得点以上で快勝する好調ぶりを見せている。

ベレーザの武器はと言えば、何と言っても伝統の “テクニカルな攻撃サッカー” に尽きる。
今シーズンはこれがうまく機能し、開幕6試合で実に18得点という爆発力を見せていた。

対するレッズは、下位との開幕3試合で1勝2分けとやや出遅れた。
攻撃のベレーザとは対照的に、レッズの伝統的なストロングポイントは「守備」。
今シーズンも守備面では、ここまで6試合でわずか1失点と、鉄壁のディフェンスを誇っている。

しかし、シーズン序盤のレッズに欠けていたのは攻撃力、とりわけ中盤の構成力だった。

レッズは今シーズン、中盤に福岡J・アンクラスからU-20代表の猶本光を獲得。
近い将来のA代表入り間違いなしと見られるこの逸材を英才教育すべく、開幕からスタメンに大抜擢してみせる。

ところが序盤戦では、この猶本の起用が裏目に出てしまう。
ポテンシャルは申し分ないけれど、チームに合流して間もない猶本は戦術にフィットせず、結果的に中盤のリズムを狂わす一因になってしまっていた。

しばらくは我慢して猶本を起用し続けてきたレッズの村松浩監督も、第5節の岡山湯郷ベル戦からは猶本に替えて、昨シーズンまで不動のレギュラーだった元日本代表・柳田美幸をスタメンに復帰させる。
するとこの柳田が見事に中盤の構成力を回復させ、ここからレッズは上昇気流に乗っていった。

そんな好調の両チーム同士が迎えた「クラシコ」は、戦前の期待に違わぬ、白熱の一戦となったのである。

意外な形で生まれた先制点

序盤、まずペースを掴んだのはベレーザだった。

特に出色の出来だったのはその中盤だ。

阪口夢穂、原菜摘子、伊藤香菜子とテクニシャン揃いの中盤トライアングルを軸に、前線の岩渕真奈、永里亜紗乃、木龍七瀬たちが絡む。
そのハーモニーはまさに「伝統のヨミウリのサッカー」を彷彿とさせるもので、ベレーザは序盤、そのアタック力でレッズを釘付けにすることに成功した。

ベレーザの中盤の3人はいずれも素晴らしかったけれど、中でも別格の存在感を放っていたのが、日本代表でも不動のボランチである阪口夢穂である。

阪口のプレーを見ていると、彼女がいかに頭のいいプレーヤーかということが分かる。
とにかく視野が広く、判断が絶妙。
「なるほど、そこに出すか〜。」と思わず唸ってしまうようなプレーを連発し、中盤のコンダクター役を完璧にこなしてみせる。

個人的には「なでしこの遠藤保仁」と呼んでも差し支えないほどの選手だと思っている。

そんな阪口たちの好プレーもあって、序盤はゲームを支配したベレーザ。
それでも、先制点を挙げたのはベレーザではなく、レッズの方だった。

22分、スローインからのこぼれ球を、レッズの吉良知夏が意表をついたタイミングでボレーシュート。
この決定力の塊のようなストライカー・吉良の一撃が決まって、劣勢だったレッズが番狂わせの先制劇を演じてみせた。

しかしベレーザも、このまま黙ってはいない。
予想外の失点にリズムを崩しかけたけれども、徐々にペースを持ち直したベレーザは、そこからまた失点前のような攻撃サッカーを繰り出していく。

けっきょく前半はそれが実ることは無かったけれども、迎えた後半、攻め続けたベレーザの姿勢がついに実を結ぶことになった。

劇的なフィナーレへ

反撃は2本のスルーパスからだった。
それはどちらも、ベレーザの中盤の “女王” と、前線の “エース” のホットラインから生まれたものである。

まずは53分。

阪口夢穂の浮き玉のスルーパスに、反応した岩渕真奈がラインの裏に抜け出す。

そのままシュートのモーションに入る岩渕。
しかしこれは、レッズDFの必死のディフェンスにブロックされる。
それでもこのこぼれ球を、フォローに入った伊藤香菜子が押し込んで、まずはベレーザが 1-1の同点に追いついた。

続いて 67分。

中盤のプレスからボールを奪ったベレーザがショートカウンターを仕掛ける。
その起点となったのは、またしても阪口夢穂。

ルーズボールに反応した瞬間、阪口の目にはひと筋のパスコースが見えていた。
その刹那、阪口の右足から、ダイレクトでの絶妙なスルーパスが繰り出される。

その先に走り込んでいたのは、やはり岩渕真奈だった。

測ったかのように正確な軌道を描き、岩渕の足元に吸い込まれていく阪口からのボール。
これに完璧に抜けだした岩渕は、GK山郷のぞみの位置を冷静に確認し、その脇を抜けるグラウンダーのシュートを放つ。
そしてこのボールが、見事にレッズのゴールネットを揺らした。

完璧なパスと完璧なシュートから生まれた、完璧なゴール。

阪口と岩渕、2人のラインから生まれたこの一発で、ベレーザが 2-1と逆転に成功したのである。

攻めながらも背負ってしまった1点のビハインドを、見事にひっくり返した日テレ・ベレーザ。
ゲーム内容でもスコアでも上回り、この時点でベレーザは、勝利を半ば手に入れかけていた。
並のチームであれば、ベレーザの勢いにこのまま押し切られていたところだろう。

しかし、そこは「クラシコ」である。

レッズの赤い炎は、まだまだ消えてはいなかった。

ここまでは持ち前の堅守をベースにゲームを展開してきたレッズ。
しかし逆転を許したことで、今度は積極的に攻撃の姿勢に転じていく。

両サイドハーフ、サイドバックがこれまで以上に果敢なサイドアタックを仕掛け、ベレーザの守備陣に揺さぶりをかけていくレッズ。
そしてその粘りは、最後の最後でひとつのドラマを生むことになった。

時計の針は、もうあと数十秒でロスタイム、という時間を指していた。
1点を追い、最後の猛攻を仕掛けるレッズ。

起点となったのは、この日は攻守に活躍の目立ったボランチの庭田亜樹子。
この庭田からの縦パスを、交代出場の後藤三知がポストでさばく。
そこにオーバーラップしたのが、右サイドバックの土橋優貴。

土橋はダイレクトでのクロスを上げると、その弾道は低いアーチを描き、ゴール前に走りこんだ「ボンバーヘッド」を捉える。
そこに走り込んだのは元日本代表のストライカー・荒川恵理子。

荒川が右足インサイドでミートするようにボレーを放つと、それはスルリと滑りこむかのように、ベレーザのゴールに吸い込まれていく。

2-2、同点。

後半ロスタイム間際の劇的な同点弾が生まれ、歓声と悲鳴の渦巻く喧騒の中、試合はここでフィナーレを迎える。

伝統のクラシコは両チーム譲らず、2-2の引き分けで、その幕を閉じたのだった。

岩渕真奈の「復活劇」

ちなみに現在のなでしこリーグは、およそ2ヶ月後に迫ったロンドン・オリンピックに向けてのメンバー選考の場も兼ねている。
そしてオリンピックの最終メンバーの枠は、わずかに18人。

しかしその大部分は佐々木則夫監督の中ではほぼ決定していると噂されていて、あとは最後の1人〜2人ぶんの椅子が残るのみだと考えられている。

そしてこの日のゲームでは、代表当落線上と見られている選手たちが、それぞれに際立った活躍を見せた。

ともに1ゴールを挙げたレッズの2トップ、吉良知夏と荒川恵理子は、なでしこジャパンに呼ばれたとしても面白い存在になるだろう。
リーグの得点ランキングで首位を走る吉良には「ここぞ」という場面での一発が期待できるし、ベテランの荒川はポストプレーの質では今でもリーグ屈指であることを、この試合でも証明してみせた。

センターフォワードのポジションは永里優季がレギュラーとして君臨しているけれど、そのバックアップ候補と見られていた菅澤優衣香と京川舞がいずれも負傷で本大会が絶望となったため、現在このポジションのバックアップ層は薄い。

このレッズのストライカーのどちらかが、その穴を埋める可能性も充分にあるだろう。

しかしタイプこそ違えど、この日のゲームで吉良や荒川を凌ぐ輝きを放っていたのは、ベレーザの新エースとなった岩渕真奈だったように僕には感じられたのだ。

僕が岩渕真奈のプレーを最初に観たのは、冒頭で書いたとおり、2008年の U-17女子ワールドカップの舞台だ。
そしてなでしこリーグでの岩渕を初めて観戦したのは、今から2年ほど前、岩渕が17歳になったばかりの頃である。

岩渕はその直前にA代表にデビューを果たし、「現役女子高生の日本代表」としてにわかに注目を集め始めていた時期。
しかし本人はこの頃から、長いトンネルに入り込んでしまう。

技術やスピードはズバ抜けていたけれども、小柄で線が細かった岩渕は、A代表やなでしこリーグといった「大人の中でのプレー」では、なかなかその持ち味を発揮しきれずにいた。

また、当時は視野の広さや判断力もまだまだで、プレーに迷いが見られていたように思う。
それがミスに繋がり、さらに自信を失ってしまう、という悪循環に、この時期の岩渕は陥ってしまっていたように見えた。

それでも徐々に調子を上げてくると、昨年には1年ぶりに代表復帰を果たして7月のワールドカップのメンバーに滑りこむ。
本大会では途中出場したニュージーランド戦で劇的に流れを変え、勝利の起点となる大活躍。

しかし、ドイツやアメリカといった強豪チームとの試合ではこれといった見せ場をつくることはできず、優勝メンバーの一員となったとは言っても、本人としては「経験不足」という現実を突きつけられた大会にもなってしまった。

そしてワールドカップ後からは、怪我のために代表を離脱してしまった岩渕。
シーズン終盤にリーグ戦には復帰したものの、オフシーズンには慢性化していた怪我=足の指の疲労骨折、の手術に踏み切る。

そのためA代表が臨んだ昨年9月のオリンピック予選でも、3月のアルガルヴェ・カップでもその姿を見ることはなく、岩渕は徐々に、代表からは忘れられた存在になりつつあった。

しかしそんな岩渕真奈が今シーズン、いよいよ戦列に復帰する。

そして迎えた今回のクラシコ。

ここで観た岩渕真奈のプレーは、僕にとっては軽い「衝撃」と言ってもよかった。
いろいろな挫折を経験して帰ってきた岩渕は、まさにベレーザの “エース” と呼ぶにふさわしいプレイヤーへと、成長を遂げていたのである。

岩渕真奈が牽引する「未来」

現在の岩渕のプレーからは、2年前に見られた「迷い」や「軽さ」、「弱さ」は微塵も感じられない。

絶妙のポジショニング、フリーランニングから何度も相手のラインの裏に抜け出したかと思えば、いったんボールを持つと、懐の深いドリブルからの鋭いパス・シュートを繰り出していく。
しかもこれらのプレーを的確な状況判断で使い分け、ベレーザの前線をコントロールし続けた岩渕。

その姿はまさに、「エース」の風格に満ちていた。

苦悩に満ちた時期を経て、岩渕真奈が急速な進歩を遂げていることは、この日のゲームを見れば明らかだ。

フィジカルや戦術眼にも成長の跡が見られるけれど、とりわけ精悍さを増した顔つきと鋭い眼光からは、メンタル面で劇的に進歩したことが伺える。
そこにはもう「脚太くなるの嫌なんですよぉ〜」と屈託なく語っていた、かつての女子高生サッカー選手の面影は見られない。

いま岩渕真奈から感じられるオーラは、まさに “真のアスリート” のそれである。

ここ数シーズンは岩渕真奈にとって、長い受難の時代でもあったはずだ。

しかし僕は、この日の岩渕のプレーを見て、ひとつの確信を持った。
岩渕真奈はすでに、その壁を乗り越えたのだということを。

岩渕がこれから、オリンピックの 18枠に滑り込むことができるかどうかは「監督のみぞ知る」といったところだろう。
しかし仮に選ばれなかったとしても、日本開催が決まった U-20ワールドカップで、その勇姿を観ることはできるはずだ。

それにもし今回の五輪の出場を逃しても、それは岩渕真奈のキャリアに影を落とすものでは決して無いと僕は考える。

岩渕はいま19歳だけれども、彼女の選手としてのピークは今から2〜3年後にスタートし、そこから数年間はA代表の主力として活躍するのではないか。
その間には2015年のワールドカップから2020年、または2024年のオリンピックまで、4回〜6回の世界大会が含まれる。

そこが岩渕真奈が勝負をかける最大のタイミングだと僕は考えている。
ここでなでしこのエースとして世界大会に出場し、昨年のワールドカップでの澤穂希のような活躍を見せてくれること。
それが僕が、岩渕真奈というフットボーラーに、最も期待していることである。

そして現在の岩渕のプレーを見れば、それは決して夢物語ではないと断言できる。

かつては世界中のサッカー関係者から「女子サッカーの未来」と呼ばれた天才少女。

岩渕真奈は近い将来、きっと身に纏っているはずだ。

澤穂希から受け継いだ、栄光の「青い10番」のユニフォームを。

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