守護神になるために生まれた男、楢崎正剛/Jリーグ@セレッソ大阪 0-1 名古屋グランパス

ゴールキーパーというのは損なポジションである。

フォワードが常にサッカーの「華」であるゴールのシーンで取り上げられるのに対して、ゴールキーパーが注目されるのはたいがいが失点のシーンだ。

ファインセーブをしても「今日はこのキーパーは当たっている」の一言で片付けられて、逆に失点しようものならその責任を押し付けられる。
そんなゴールキーパーというポジションのやるせなさを、川口能活などは事あるごとに口にしていた。

そんなゴールキーパーのポジションで、現在日本代表のレギュラーなのが楢崎正剛である。

生まれながらの守護神、楢崎正剛

正剛。

もうプロの世界で15年間も活躍していながら、一度もここに触れた記事などを見たことがないけども、まさに正ゴールキーパーになるために生まれてきたような名前だ。

そしてその名に全く恥ないくらい、楢崎正剛はゴールキーパーとして必要な、あらゆる能力を兼ね備えている。

僕が楢崎を初めて見たのが 94年の高校選手権だった。
この年の選手権で、ダントツの優勝候補だったのが清水商業である。

前年度の同大会で川口能活、田中誠ら、後に日本代表となるプレーヤーたちを擁して優勝したディフェンディングチャンピオンは、翌年も優勝経験者の佐藤由紀彦や安永聡太郎などの「超高校級」の選手たちが残り、インターハイと全日本ユースで優勝。
高校レベルでは頭ひとつ抜けた力を持っていると見られていた。

ところがその無敵と見られた清水商業が、まさかの2回戦敗退を喫する。
対戦相手は全く注目もされていなかった無名のチーム、奈良育英。
その奇跡の勝利の立役者が、ゴールキーパーの楢崎正剛だった。

奈良育英の正ゴールキーパー、楢崎正剛。

もはやダジャレのような名前であるけども、その実力はシャレではなかった。
この試合でスーパーセーブを連発した楢崎は、大会の歴史に残るジャイアントキリング達成に大いに貢献する。

そしてこの勝利で勢いに乗った奈良育英は、あれよあれよの快進撃を見せて、最終的には大会ベスト4という好成績を残した。

ちなみに当時、まだサッカー観戦初心者だった僕は、ゴールキーパーの凄さというものがイマイチ理解できていなかった。
前年度の大会で優勝した川口能活は高校時代からメディアに注目されていたスター選手だったけど、正直なところその川口の良さも、僕はまるで良く分かっていなかった。
そんなこともあって、ゴールキーパーってのはややこしいポジションだなと感じていたわけである。

そんな僕が初めて、「こいつは凄い」と感じたゴールキーパーが、奈良育英の楢崎正剛だった。

まずキャッチ力が凄い。
強烈なシュートもバシーッとキャッチしてしまう。
そしてハイボールに滅法強かった。

とにかくゴール前に入ってくるボールを、ことごとくキャッチしてしまうのである。
素人目にも、そのゴールキーパーがただ者ではない事はよく理解できた。

楢崎正剛、プロでの歩み

高校卒業後に横浜フリューゲルスに入団した楢崎は、当初は「レゲエキーパー」と呼ばれ人気者だった日本代表ゴールキーパー、森敦彦のサブとしてシーズンをスタートする。

しかし、その森が審判に対する暴力行為で長期の出場停止処分を受けたことで、まだルーキーだった楢崎にレギュラーポジションが転がり込んできた。
さすが正ゴールキーパーになるために生まれてきた男だけに、このあたりには強運も感じられる。

その後は不動の守護神としてフリューゲルスのゴールマウスに君臨し続けた楢崎。
経験がものを言うゴールキーパーというポジションは選手生命が長いぶん、通常は芽が出るまでに時間がかかる。
それだけに、10代でプロのチームのレギュラーになる事は極めて稀である。

しかし楢崎は、いとも簡単にそれを成し遂げた。
この事からも、楢崎がいかに突出した能力を持っていたかが分かる。

フリューゲルスの消滅後は名古屋グランパスに移籍。
ここでもすぐにレギュラーの座を奪取し、現在まで12年間、その座を死守している。

代表ではフランス大会から3大会連続でワールドカップの代表に選出。
同年代の川口能活との熾烈なポジション争いのために、レギュラーとして出場したのは2002年の日韓大会だけだけれども、これまでワールドカップで勝利した事のある唯一の日本人ゴールキーパーでもある。

そして、今年の南アフリカ大会でも、正ゴールキーパーとなることが確実視されている。

セレッソに立ちはだかった名古屋の守護神

この日のセレッソ大阪戦は、まさに「楢崎の日」と言えるようなゲームだった。

僕は最初、この試合の記事の主役をセレッソの家長昭博にしようと考えていた。
大怪我から復活し今年からセレッソに移籍してきた家長は、前節からレギュラーに定着。
昨年までの2枚看板だった香川真司、乾貴士の2人を凌駕するほどの活躍を見せていた。

もしこれでセレッソが勝利すれば、ヒーローは家長しかいないだろう、そう考えていたのである。

しかし、その前に立ちはだかったのが楢崎正剛である。

この日の楢崎の活躍ぶりは素晴らしかった。

家長を中心に攻撃陣が機能したセレッソは、何度も決定的チャンスをつくるものの、それをことごとく跳ね返したのが楢崎だった。

MFアマラウが2回放った強烈なミドルシュートもスーパーセーブ。
楢崎の鬼神のごとき活躍でセレッソを完封したグランパスは、後半ロスタイムに決勝点を挙げ、けっきょく土壇場で勝利をもぎ取ったのである。

ゴールキーパーの求道者

僕がゴールキーパーが損なポジションだと書いたのは、こういうところにも理由がある。
この試合も引き分けに終わっていれば、僕の中での主役は家長になっていた。

どんなにいいプレーをしてもチームが結果を出せなければ、ゴールキーパーが評価されることはない。
そしてたとえ勝ったとしても、チームメイトのフォワードが活躍していれば、スポットライトはそちらに回っていくだろう。

どれだけ活躍しようとも、自分の力だけではヒーローになれないポジション、それがゴールキーパーなのである。

そういう理由もあって、ゴールキーパーには変わり者が多いと聞く。
チームの中で唯一手を使えるポジションだけに、練習もフィールドプレーヤーたちとは別メニューで行うことが多い。
そして一緒に練習するほかのゴールキーパーたちは、全員が1つのポジションを争うライバルでもある。

だからゴールキーパーは孤独である。
その孤独さに打ち勝てるような変わり者でないと務まらないのが、ゴールキーパーというポジションの宿命なのだろう。

楢崎正剛はその孤独さと戦いながら、15年間もプロの世界でゴールマウスを守り続けてきた。
代表では10年以上、川口能活とのポジション争いを続けた。
そのストレスは並大抵なものではなかっただろう。

しかし、楢崎はその苦行とも言えるいばらの道を、何年も淡々と歩み続けてきたのである。

楢崎正剛はきっと、僕らのような凡人よりもはるかに強い人間なのだろうと思う。

ゴールキーパーは「守護神」と呼ばれる。
まるで修行僧のような楢崎正剛は、まさに神と呼ばれるにふさわしい。

スポットライトの当たりにくいポジションであるゴールキーパー。
しかしだからこそ僕は、今日の楢崎のプレーにスポットライトを当てたい。

そして苦戦が予想されるワールドカップでも、楢崎にはぜひとも、今日のようなプレーを見せてもらいたいと思うのである。

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