the light meets the dark
the light meets the dark / Emily Elisabeth Photography

「時代が動く瞬間」というものがある。

ひとつの時代から時代へと、歴史が塗り替えられる節目の瞬間。

スポーツ界で僕がこれまで最も「時代が動いた瞬間」を感じたのは、大相撲の横綱・千代の富士が引退をした時のことだった。

僕が子どもの頃の大相撲と言えば、大横綱・千代の富士の全盛期である。
史上最多の通算勝星・1045勝を記録したその強さはもちろんのこと、精悍な顔立ちと、大きいだけでなく筋肉質な肉体美には子供心にも「カッコイイなあ」と憧れたものだった。

その千代の富士が自らの力の限界を悟り引退を決めた一番が、かの有名な貴乃花(当時は貴花田)との取り組みだった。

当時、千代の富士が 35歳。
貴乃花は弱冠 18歳。

千代の富士は後に「平成の大横綱」と呼ばれることになるこのホープに敗れたことで、現役からの引退を決意する。

相撲界にとっては “超新星” の出現が “巨星” を追い落とした、まさに「時代が動いた瞬間」だった。

この例に限らず、スポーツ界は常に若い才能の出現→成熟→世代交代、というサイクルを繰り返す。
それは細胞が代謝を繰り返すのと同じように、スポーツ界に日常的に存在する原理原則なのだろう。

「北京世代」の限界

サッカー日本女子代表、通称『なでしこジャパン』は、2008年の北京オリンピックでベスト4に入り、メダルまであと一歩という快進撃を見せた。

あれから3年。

いまなでしこジャパンは、オリンピックと双璧を成す女子サッカー界最大の祭典、FIFA女子ワールドカップに参戦している。

ただしなでしこジャパンのメンバー構成は、特に中盤から前のポジションにおいては、北京からほとんど変わっていない。

澤穂希を中心とした「北京世代」が日本の女子サッカー界でそれだけ大きな存在だということを物語っているけれども、その反面、なでしこジャパンにはある種の「マンネリ感」が漂うようにもなってきたのも、また事実だった。

ワールドカップ出場を決めた5月の AFC女子アジアカップ。
そして優勝してアジアチャンピオンに輝いた、11月のアジア競技大会。

昨年のなでしこジャパンはアジアの舞台で結果を残したものの、残念ながらそのパフォーマンス自体が北京の頃より向上していたようにはあまり感じられない。
北京世代には徐々に、「限界」の影が忍び寄りつつあった。

そんな「世代交代」という大きな宿題を抱えて、日本はこのワールドカップの舞台・ドイツへと乗り込んできたのである。

幕開けした「世界の舞台」

迎えた日本のグループリーグ第1戦・対ニュージーランド戦。

この試合は、日本にとっては理想的な立ち上がりを見せたゲームとなった。

前半5分。

中盤で相手ボールをインターセプトした大野忍が、即座に前方へと走りこむ永里優季へと浮き球のスルーパスを送る。
このボールに抜けだした永里が、ゴールキーパーの頭上を越える「絵に描いたような」ループシュートを決めて、日本が幸先の良いスタートを切ったのだ。

格下と見られるニュージーランドを相手に、開始早々の先制ゴール。
このまま勢いに乗って、日本が大勝するのか ーー。

…と思われた試合はしかし、その7分後、意外な方向へとシフトしていくことになる。

12分、日本の左サイドのオープンスペースに、ニュージーランドから長いボールが放りこまれる。
これに対する日本のディフェンスラインの対応が遅れ、ここからほぼフリーで上げられたクロス。
このボールをアンバー・ハーンに頭で決められて、日本は 1-1と同点に追いつかれてしまう。

そしてルーズな対応で失ってしまったこの1点を機に、なでしこジャパンは「機能不全」へと陥ってしまうのである。

なでしこジャパンが陥った苦戦

ここからの日本は、格下ニュージーランドを相手に予想外の苦戦を強いられた。

ニュージーランドは決して技術的に優れたチームではない。
攻撃はほぼロングボール一辺倒で、1点を奪われたとは言ってもそこに怖さはなかった。

しかしその反面、ディフェンスラインには大柄な選手を揃え、ゴール前はフィジカルに優るディフェンス陣が「壁」を築く。

本来ならば理想とする速いパスワークでこれを崩しにかかりたい日本。
しかし、なかなかチーム全員が揃って練習する時間がとれなかったことによる連携不足からか、暑さによる運動量不足からか、ボールを持った選手へのサポートが少ない、もしくは遅い。
そのため日本は、なかなか連動性のある攻撃に繋げることができない。

それでも何度かの決定機を創ったものの、フィニッシュの精度を欠いて、追加点を挙げることができないなでしこジャパン。

結局チグハグな印象を残したまま、前半は 1-1で終了することになった。

今回、日本が組みしたグループBの対戦相手はイングランド、メキシコ、そしてニュージーランド。

比較的楽なグループだと見ることもできるけれども、それでもグループで最弱と見られていたニュージーランドを相手に、仮に勝ち点3を逃すようなことがあれば、この先の戦いは非常に厳しいものになる。

この緒戦を日本がキッチリと勝利で終えるためには、後半に最低でも1点が必要とされる、正念場の舞台を日本は迎えた。

しかし後半に入っても、日本のパフォーマンスには向上の兆しが見られない。

「なにか変化が必要だ」。

日本のファンたちがそう思い始めたその瞬間、ついに佐々木則夫監督は、大きな決断を下す。

ピッチに舞い降りた “天使”

時計の針は、試合開始から 55分を指していた。

交代のプラカードが掲げられ、選手がベンチへと下がる。
交代を告げられたのは大野忍。

そして代わりに投入されたのは、岩渕真奈 ーー。

3年前の 2008年に行われた U-17女子ワールドカップで彗星のように現れ、この世界大会で日本人選手初の MVPに輝いた天才少女。

日本の、いや世界の女子サッカー界が待ち望んだその才能が、ついに世界最高峰のワールドカップの舞台に舞い降りたのだ。

そして岩渕はその期待通り、ピッチの上に漂っていた閉塞感を払拭する “一陣の光” となる。

中盤でパスが回らず、血行障害のような状態に陥っていた日本。
岩渕真奈はここに風穴を開ける大活躍を見せた。

その武器は岩渕の代名詞でもある、「ドリブル」である。

交代直後、胸トラップひとつでマークをぶっちぎるなどキレのある動きを見せた岩渕は、主に右サイドを中心に、ニュージーランドのディフェンス陣を蹂躙していく。

それまでとは全く違うスピード感に戸惑い、岩渕真奈に翻弄されるニュージーランド。
ピッチ上に漂っていた空気は、岩渕の投入後、明らかに一変した。

岩渕という「血液」を得て日本の攻撃陣は活性化し、ピッチに再び得点の匂いが漂い始める。

そして投入から 12分後、岩渕真奈はついに、決定的な仕事をやってのけるのだ。

67分、ハーフウェーライン付近中央でボールを持った岩渕真奈。
岩渕はここから 10秒間、世界の視線を一身に集めるプレーを見せることになる。
選択したプレーは、やはり “ドリブル” だった。

迷いなくドリブルを開始した岩渕は、猛然とゴールに目掛けて突進を図る。

追いすがるディフェンダーをかわし、40メートルを独走する岩渕真奈。
その姿に、ディエゴ・マラドーナの5人抜きのシーンががシンクロしたのは僕だけではないはずだ。

そしてペナルティーエリアへと侵入しようとした刹那、たまらずニュージーランドのディフェンダーが、2人がかりで岩渕の足を削りにかかる。

転倒する岩渕。
ここで主審のホイッスルが吹かれ、日本は絶好の位置でのフリーキックを得たのである。

このキックを蹴るのは、日本が誇るワールドクラスのプレースキッカー、宮間あや。
男子であれば近すぎて逆に決めにくいと言われているような位置。

しかし宮間のキックはフワリと浮かぶような弾道を描き、まるで吸い込まれるかのように、ニュージーランドのゴール右隅に突き刺さったのである。

「ワーーー!!!」。

スコアは 2-1。

1万人を超える観客が集まったドイツ・ボーフムのスタジアムに熱狂の瞬間が訪れる。
その主役となったのは宮間あや、そして岩渕真奈。
ワールドカップのピッチに、天から舞い降りた少女が、その足跡を刻んだ瞬間だった。

その後も積極的な攻撃を見せた日本は、追加点こそ奪えなかったものの、この1点のリードを守りきって試合終了。

岩渕真奈の活躍で、日本が苦しみながらも最低限のノルマである「勝ち点3」を手に入れ、グループリーグ突破へ大きく前進を果たしたのである。

“閃光の天使” の衝撃

「日本は目の覚めるようなプレーをした。特に岩渕が入ってからはすごかった。」

ニュージーランドのハードマン監督にも絶賛された岩渕真奈の活躍は、センセーショナルな響きを持って世界で報道されているようだ。

もし僕がこれまで岩渕真奈という選手を知らなかったとしたら、ワールドカップという大舞台に初めて登場した “閃光の天使” のプレーに衝撃を受けていたことだろう。

ただし、以前からの岩渕の能力を知るファンならば、きっと内心はこう思っているはずだ。
「これくらいで驚いてもらっちゃ、困るよ」、と。

ワールドカップの舞台とは言っても、緒戦の相手となったニュージーランドは常に隣国オーストラリアの後塵を拝するような存在で、その実力はアジアの列強と同等かそれ以下のレベルだろう。

大半の選手はなでしこリーグ以上に厳しい環境でプレーしているとは思えない以上、岩渕真奈があれくらいのスペースを与えられれば、相応の活躍ができて当然だと僕は思う。

むしろチームとしても個人としても、真価を問われるのはこれからのゲームにおいてだろう。

また個人的には対戦相手との比較の中から測られる岩渕真奈の力量よりも、チーム内でのその立場の変化に興味が湧いた一戦だった。

つまり、なでしこジャパンに「世代交代」の瞬間が、いよいよ訪れたのではないかということだ。

「時代が動いた」瞬間

大野忍は澤穂希、宮間あやと並んで「北京世代」を代表する選手で、昨年のなでしこリーグでは得点王と MVPをダブル受賞して日テレ・ベレーザの優勝に貢献している、国内リーグの「顔」と言ってもいいスタープレーヤーだ。
現在のなでしこジャパンでも、フォワードのエース格と言っていい一人である。

しかし岩渕真奈はこの試合、その大野と交代でゲームに投入され、チームを蘇らせる大活躍を見せた。

1点目をアシストした大野に比べれば、岩渕はノーゴール・ノーアシストと数字の上では一歩譲る格好となったけれども、2点目のフリーキックに繋がったそのプレーのインパクト、日本の前線を活性化させた存在感は、この試合に限っては明らかに大野を上回っていただろう。

大野忍と岩渕真奈といえば、昨シーズンまでは日テレ・ベレーザでチームメイトとしてプレーし、「師弟関係」とも言える関係を築いてきた仲である。
岩渕本人も憧れの選手としてブラジルのマルタとともに、たびたび大野忍の名前を挙げている。

ちょうど1年ほど前に放送された NHKのドキュメンタリー番組『スポーツ大陸』でも、プレースタイルの修正に悩む岩渕に大野が親身なアドバイスを贈る姿が映し出されていて、2人のその絆の強さをうかがい知ることができた。

しかしこのワールドカップという大舞台で、岩渕真奈はずっと追いかけ続けた大野の背中にとうとう片手をかけ、もしかしたらその前方へと躍り出たのである。

そして僕にはこれが、いよいよ訪れた「時代が動いた瞬間」に感じられたのだ。

岩渕真奈の歩む「イバラの道」

もちろん、サッカーは綺麗事ばかりではない。

岩渕真奈と交代させられた瞬間の、大野忍のぶ然とした表情。

岩渕本人もワールドカップという夢の舞台にデビューを果たし、そこで活躍を見せ勝利に貢献したにも関わらず、試合後の表情に笑みは全く見られない。
ゲームが終わった後のピッチの上には、険しい表情を崩すことなく、黙々とクールダウンに励む岩渕の姿があった。

少し離れた場所でストレッチをする大野との間に、沈黙と張り詰めた空気が漂う。

この日に交代を告げられた瞬間、師弟関係だった2人の蜜月の時は終わった。
そして両者はハッキリと、ポジションを争うライバルになったのである。

それでも岩渕真奈に、もう後戻りは許されない。

目の前の対戦相手だけでなく、チームメイト、そして自分自身と戦い、そこに勝利すること。
おそらくそれが、岩渕が「真の一流選手」になるための唯一絶対の道だろう。

ワールドカップの舞台は岩渕真奈に、華やかな脚光だけではなく、そんなイバラの道をも突きつけた。

それでも岩渕真奈は、その道を突き進んでいくだろう。

そして数年後に振り返ったとき、僕たちはこう思うのかもしれない。

「あのニュージランド戦が、日本に真のスターが誕生した、その最初の瞬間だったのだ」、と。

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