Photo by Conveyor belt sushi
9月といえば、カレンダーの上では秋になるんだろう。
しかし 100年を超える観測史上でも最も暑いと言われる今年は、9月になっても秋の気配はまったく漂わない。
季節が変わるのは、まだまだ当分先のことになりそうだ。
それでも桑田佳祐や森山直太朗が歌った『夏の終わり』には、単なる気候の変化を超えたセンチメンタリズムが込められている。
それは解体される海の家だったり、終わってしまう夏休みだったり、ひと夏の出会いと別れだったりもする。
一年で最も「いのち」が輝く季節、夏。
8月の終わりは、そんな夏の思い出たちとの別れを想起させて、そこに僕たちは、毎年変わらぬ郷愁を感じるのだと思う。
女子サッカー界の夏祭り
ちなみに夏と言えば忘れられない行事のひとつが、夏祭りだろう。
そして、去る 8月22日は、女子サッカーにとっての “夏祭り” の一日だった。
この日、東京・西が丘サッカー場では、『なでしこリーグオールスター』と、『プレナスなでしこリーグカップ決勝戦』という2大イベントが、ダブルヘッダーで行われた。
女子サッカー界のスター選手たちが一同に会する機会ということで、この日の来場者数は 4,000人を超えたようだ。
普段であれば多くても2,000人程度しか入らないなでしこリーグを考えれば、まさに祭りにふさわしいだけの大観衆が集まったのだ。
そして今日の記事のテーマは、そのなでしこリーグカップ決勝戦である。
ところでなぜ今さら、もう2週間近く前のこのイベントの記事を書いているのかと言うと、理由は単純。
テレビ放映が今週やっと実施されたからだ。
関西に住んでいると、日本の女子サッカーが関東地方を中心に回っていることを痛感する。
近くに住んでいたら僕もぜひ現地でこの試合を観戦したかったけれど、けっきょく僕は大阪~東京間の 500Kmの距離を埋めることができずに、この夏祭りに参加しそびれた。
そして約 10日という代償を払い、ようやく夏の一大イベントを、この目で確認することができたのである。
なでしこリーグカップ決勝戦のカードは、日テレ・ベレーザと浦和レッズレディース。
現在、なでしこリーグでも激しい首位争いを繰り広げている、まさに今の日本の女子サッカー界を牽引する2チームだ。
そしてこの両チームは、ちょうどこの試合から一週間後となる 8月29日にも、リーグ戦で再び顔を合わせていた。
その試合を僕はネット観戦したので先日に記事も書かせてもらったけども、こちらのほうは若干期待はずれの内容だった。
ただ、この試合があった日の東京の最高気温は34.4℃。
この猛暑の中、15時キックオフで試合をやったのだから、上島竜兵でなくても「殺す気か!!」と罵声の一つも浴びせたくなったことだろう。
とてもまともにサッカーをやれる環境ではなかったと思われるので、この試合を僕はあまり参考にしていない。
しかし、今回のなでしこリーグカップ決勝戦は、お祭りだということもあってキックオフが 18時45分に設定された。
試合開始時の気温は 29.7℃。
暑いには違いないけれども、5℃の差は大きい。
このゲームはその1週間後に行われた試合とは打って変わって、「これぞ決勝戦」と呼ぶにふさわしい、ハイレベルで白熱の好ゲームとなったのである。
実力伯仲の決勝戦
試合は、岩渕真奈の笑顔で幕を開けた。
大野忍と岩渕真奈、日テレ・ベレーザの誇る2トップがセンターサークル内で談笑する。
ファーストフード店のコーラとポテトが見えてきそうなほどのリラックスした風景。
岩渕が大ウケしている瞬間にホイッスルが吹かれ、試合は開始された。
おそらく僕のサッカー観戦人生の中でも、5本の指に入るユルいキックオフである。
うーん、さすがリアルJK。
のほほんと始まった試合はしかし、立ち上がりからハイテンションな熱戦の様相を呈する。
浦和レッズレディースの「狩り」のターゲットは、やはり緑の10番だった。
U-20ワールドカップ当時を思い出させるような厳しいマークで、レッズはベレーザの攻撃のキーマン、岩渕真奈を潰しにかかった。
しかし激しく身体をぶつけられながらも、岩渕も巧みなボディバランスでボールを保持して、チャンスに絡んでいく。
伝家の宝刀・ドリブル突破を披露するタイミングはなかなか訪れないけれども、大野忍・木龍七瀬らとのパス交換でチャンスメイクに貢献。
何度か決定機に絡んでシュートも放つなど、ベレーザの貴重なアクセントとして機能していた。
思えば半年くらい前と比べて、岩渕はだいぶ逞しくなったような気がする。
心なしか体格もガッチリしてきたように見えるけれども、プレーそのものにも風格が感じられるようになってきた。
いろいろな課題に直面しながらも、しかし確実に岩渕が成長を遂げていることが、そこからは伺えた。
ちなみに僕がなでしこリーグ(この試合はカップ戦だけど)の試合をテレビで観るのは、この試合が初めてだ。
女子は代表の試合こそテレビ放映されるけれども、クラブの試合をテレビでやることは滅多にない。
実況と解説が付いて、マルチアングルで観るなでしこリーグは、これはこれで新鮮な面白さがある。
そしてテレ朝チャンネルも心得たもので、最大のスター・岩渕真奈のアップが試合の合間にちょくちょく差し挟まる。
ただ個人的には、ちょっとやり過ぎかなという気もしないでもない。
せっかくの大舞台なので、岩渕以外の良い選手たちにもスポットライトを当ててくれたらいいのにとも思った。
まあ、ちょっと我がまま言い過ぎかもしれないですが…。
その岩渕と大野に、伊藤香菜子、原菜摘子らのゲームメーカーが絡んで、攻撃を組み立てるベレーザ。
しかしレッズも、気合いの入った攻守でこれに対抗する。
そして僕はこの日、ひとつの驚きの発見をする。
赤いユニフォームをまとった選手の中に、際立って目立つプレーを見せる一人の選手がいたのだ。
それは藤田のぞみという、18歳のフットボーラーだった。
現れた「赤い彗星」、藤田のぞみ
僕は何を隠そう、藤田のぞみにはちょっと前から注目していた。
7月に行われた U-20女子ワールドカップ。
この大会で攻守にエネルギッシュなプレーを披露して、印象的な活躍を見せていたのが藤田である。
U-20でも、エースだった岩渕にどうしても注目が集まりがちだったけれども、その陰で好プレーを見せていた藤田に、僕も密かに「いい選手がいるなあ」と感心したのを覚えている。
そしてこの日に観た藤田のぞみは、さらにスケールアップした大活躍を見せていた。
持ち前の運動量で、ピッチをところ狭しと走り回る藤田。
しかし際立ったのは運動量だけではない。
この日はトップ下のポジションに入った藤田は、球際の強さ、ボールテクニック、判断力と、あらゆる局面で他を圧倒するプレーを連発。
弱冠 18歳のこの高卒ルーキーは、明らかにレッズの攻撃の中核として機能していた。
藤田のぞみの身長は、何と岩渕真奈よりもさらに1センチ小さい 152cm。
しかしその小柄な体からは想像がつかないほどのバイタリティを内に秘めている。
僕は思わず、元オランダ代表の「闘犬」、エドガー・ダービッツを連想してしまった。
しかし本当に、素晴らしいポテンシャルを秘めた選手だと思う。
今後は代表チームでも、日本の中盤を支える選手へと成長していってくれるのではないだろうか。
その藤田の活躍もあって、徐々にペースを握っていったのはレッズのほうだった。
そして前半にレッズは、2回の「あとはボールを流しこむだけ」という決定的チャンスを迎える。
しかしこの局面で、レッズの岩倉三恵が2度に渡って痛恨のシュートミス。
けっきょく試合はスコアレスのまま、後半を迎えることとなった。
白熱の展開となった後半戦
後半、試合が動いたのは 55分だった。
レッズのMF、庭田亜樹子が 30メートルはあろうかという距離から意表をついたロングシュート。
これが前に出ていたベレーザGK松林美久の頭上を超えて、見事にベレーザのゴールマウスに吸い込まれたのである。
この庭田の一撃で先制したレッズ。
しかし、この時点でリーグ戦首位に立っていたベレーザも、すぐにその底力を見せつける。
5分後の 60分、岩清水梓からのロングフィードが前線に供給される。
このボールがレッズDFたちの間にポッカリと空いた「エアポケット」に入り、レッズの選手たちはこの処理を躊躇してしまう。
その隙を突いたのがベレーザの大エース、大野忍だった。
この抜け目ない日本代表はルーズボールをかっさらうと、レッズゴール目がけて突進。
GKが飛び出して無人となっていたゴールに冷静に蹴り込んで、これでベレーザが 1-1の同点に追いついた。
しかし、昨季のなでしこリーグを制した女王、レッズレディースもこのままでは終わらない。
さらにその2分後の62分、元ベレーザの荒川恵理子のポストプレーに走りこんだのは、この日の陰のMVP、藤田のぞみだった。
藤田がミドルレンジから放った右足ボレーは、ベレーザゴールに向かって一直線の軌道を描く。
そしてこのファインゴールが決まって、レッズが 2-1と、再度勝ち越しに成功したのである。
点の取り合いとなり、後半から激しく動き始めたこの決勝戦。
そしてここから、試合は熱戦の様相を帯びてくる。
同点に追いつくために、前がかりとなって猛攻をしかけるベレーザ。
それを、体を張った必死の守りで受け止めるレッズ。
ピッチの至る所で起こる、激しい体のぶつかり合い。
それにつれ、ヒートアップしていく場内。
そこにはこれが女子サッカーであることを忘れてしまうほどの、素晴らしい緊張感が満ちていた。
そして試合終了も見えてきた 87分、試合は大きなターニングポイントを迎える。
左サイドのペナルティエリア付近。
ベレーザのMF、「ピッチの佳人」原菜摘子が、ここで突破を仕掛ける。
これをレッズの岩倉三恵が倒してしまい、ベレーザにPKが与えられた。
ネット上でもいまだに物議をかもすこのシーン。
非常にデリケートな問題なので、僕はあえてこの話題には触れない。
ただこのプレーでイエロー2枚、退場となった岩倉にとっては、前半の決定機を逃したことも合わせて、要するにこの日は「彼女の日ではなかった」ということなんだろう。
とりあえずこのPKを伊藤香菜子がキッチリ決めて、ベレーザが土壇場で 2-2と同点に追いついたのだ。
そしてその直後、僕たちはここまでの 90分間が、ひとりの天才のためにお膳立てされたプロローグに過ぎなかったのだ、ということを目の当たりにするのである。
「神の子」が挙げた決勝点
僕は関東から大阪に越して6年になる。
大阪に住んでみて、不自由を感じたことはほとんどない。
大阪には大抵のものは売っているし、食べ物は美味しいし、映画館もたくさんある。
東京タワーや六本木ヒルズはないけれど、特に無いと困るというものでもない。
ただ唯一、大阪で手に入らないもの。
それは岩渕真奈を観れないことだ。
僕がもし東京に住んでいたら、自分が今まで観た中でおそらく史上最高の才能を持った日本人選手、この稀代の天才プレイヤーの姿を目に焼き付けようと、足しげくベレーザの試合に足を運んだに違いない。
ディエゴ・マラドーナやリオネル・メッシをリアルタイムで体験できることが当たり前ではないように、岩渕真奈を体験できることは、この時代を生きる人間に与えられた特権である。
僕は 500kmの距離が、それを阻んでいることが悔しい。
だからこの日に会場を訪れた 4,000人のファンを、心底羨ましいと思った。
僕も西が丘のコンパクトなスタンドから、間近でそのプレーを観てみたい。
夏の夜のスズムシたちが奏でるハーモニーを聴きながら、岩渕真奈の巻き起こすつむじ風を、肌で感じることができたら。
どんなに気分が良かったことだろう。
テレビも悪かないけれど、サッカーはやっぱりライヴだ。
生観戦でこそ、天才の放つその光の輝きを、ダイレクトに浴びることができるのだから。
そして試合を決めたのは、その天才少女の一撃だった。
3大タイトルの決勝戦というこの大舞台で、岩渕真奈の左足から旋風が巻き起こる。
しかも時間は、後半ロスタイム直前。
ゴール前にポッカリ空いた「穴」に入り込んだ岩渕。
なぜレッズのDFたちは、彼女に最高のスペースをプレゼントしてしまったのだろう。
この場面、この時間帯、この場所で、このスーパースターが決めないわけがない。
本田圭佑が運を “持っている” のであれば、岩渕真奈はサッカーの神の “寵愛を受けている”。
この「神の子」が決勝点を挙げてMVPに輝くのは、いわば約束されたシナリオだった。
もう、そう考えるしかないだろう。
夏の終わりの好ゲーム
試合後、ヒーローインタビューの舞台に立った岩渕真奈は、相変わらずぶっきらぼうな受け応えで、そのプレーとのギャップを見せていた。
それはまあいい。
プレーで人一倍雄弁に語る岩渕なのだから、試合を言葉にするのは周りの人間がやれば済むことだ。
それでもお立ち台での岩渕からは、時おり笑顔もこぼれていた。
試合終了間際の決勝ゴールの際には、ボールがネットを揺らす前にそれを確信し、ゴールインの瞬間を見届けないまま振り返って右手を挙げた岩渕真奈。
そのクールな振る舞いと、試合後にはにかむ少女の素顔。
この落差もまた、そのスター性の要因なんだろうか。
岩渕真奈の劇的な決勝点で幕を閉じた、なでしこリーグカップ決勝戦。
試合全体を通しても、非常にアグレッシブな熱戦だったと言えるだろう。
何より、選手たちの「勝ちたい」という気持ちがヒシヒシと伝わってくる、稀に見る好ゲームだった。
僕はこの一週間後のリーグ戦では物足りなさを感じたと書いたけれども、この日の決勝戦はまるで違った。
女子サッカーに興味のない人にもぜひ観て欲しかったくらいの、その良さが詰まった素晴らしいゲームだったと感じた。
この日に会場を訪れた 4,000人の人たちは、幸せだったろうと僕は思う。
レッズのサポーターの方々は違ったかもしれないけれど、それでも良いゲームを見れたことに、満足感を抱いた人も多かったのではないだろうか。
優勝セレモニーのあとは笑顔ではしゃいでいた岩渕。
しかしテレビのモニターには、一瞬涙を流すその姿も映し出されていた。
澤穂希から受け継いだ 10番の重み。
加熱する自身への報道と期待。
それに応えきれない自分への苛立ち。
色んな思いが去来していたのだろうか。
優勝とMVPという結果を残し、その重圧から一瞬でも開放されたことが、彼女の心の鍵を解いたのかもしれない。
僕は今までも岩渕真奈についてあれこれ書いてきたけれども、彼女を応援するいちファンとして、自分の立ち位置を再確認しておきたい。
僕は岩渕真奈に世界一のプレーヤーになってもらいたい。
ただ、もっと重要なことがあると、最近気がついた。
それは岩渕真奈本人に、サッカーを楽しんでもらうことだ。
彼女がこれまでで最高のプレーを見せていたのは、たぶん08年の U-17女子ワールドカップの舞台だろう。
その時の岩渕真奈は、サッカーを心底楽しんでいるようだった。
いま、彼女からは笑顔が減っているように感じられる。
僕たちファンやメディアの存在が、もしかしたらプレッシャーになってしまっているのかもしれない。
そう思うようになった。
だから僕はもう一度、彼女に笑顔を取り戻して欲しいと思っている。
夏の終わりに見られた好ゲームと、岩渕真奈の笑顔と涙。
来年の夏も、彼女はここにいるのだろうか。
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