豪雨に流された希望/国際親善試合@日本女子代表 1-1 韓国女子代表

雨过……应该就会天晴吧雨过……应该就会天晴吧 / ♥ Jaye

1993年のJリーグ開幕当時、メディアは新しく誕生したプロスポーツを熱狂的に取り上げた。
いわるゆ『Jリーグ・ブーム』である。

そしてそのブームのさなか、サッカーと既存のプロスポーツとの比較も盛んに行われた。
個人的に印象に残っているのが、当時のスポーツニュースの1コーナーで、巷の人々に「サッカーのどこが好きか」を聞いて回るような特集だった。
その中でとある素人のおっちゃんが言った言葉。

「野球はさ、雨降ったらやらないじゃん。でもサッカーは、雨でもやるところがいいよね。」

野球が温室のスポーツだと言う気は毛頭ないけれども、”雨の中でもやる” サッカーが、何となく「根性のあるスポーツ」というイメージを持たれることは理解できる。

ただ野球は、本当に雨だとできないスポーツなんだろうか??

例えばこれがアイスホッケーだったら、氷の張ったリンクが無ければ、プレーすること自体が物理的に不可能だろう。
でも野球の場合、雨だから物理的に出来ないというようなことは無い気がする。

野球が雨の日にプレーされないのはつまり、雨の中では投球や打球の軌道、またはプレーヤーの視界などに大きな影響を受けるため、「プレーの質を保てない」ことが大きいのではないだろうか。

そして僕はついつい思ってしまった。
「サッカーだって、試合の質を保てないようならば、雨天中止にしてもいいんじゃあないか」と。

ワールドカップに臨む日本女子代表の壮行試合、「豪雨の中の韓国戦」を観ての率直な感想である。

豪雨に流された希望

この日、西日本は大雨に見舞われていた。
この女子代表の壮行試合の舞台・愛媛県のニンジニアスタジアムでも、テレビ越しでもハッキリと雨粒が見えるくらいの大豪雨。

そして残念だったのは、そのピッチコンディションが試合の “質” に直接関係してしまったことだった。

ニンジニアスタジアム、通称『ニンスタ』は、J2愛媛FCのホームズスタジアムとしても知られる。
実は僕は、愛媛FCがまだ JFLだった時代にこのスタジアムで観戦したことがあるのだけれども、当時はチームの成績とともにスタジアムの電光掲示板の不備が問題になっていて、それが愛媛FCがJに上がるに当たってのネックの一つになっていた。
まあ要するに「古いスタジアム」なんである。

そんなニンスタで、この日の女子代表戦は行なわれたのだ。

テレビで見る限り、ピッチの芝は青々と茂り、一見すると「Jリーグ規格」を感じさせる見事なピッチコンディション。
しかしキックオフのホイッスルが吹かれた瞬間、観戦した人々は愕然としただろう。
大雨で至るところに水たまりができて、とにかくボールが転がらないのだ。

グラウンダーのパスは味方に渡る途中の、半分くらいの距離で止まってしまう。
ロングパスもワンバウンド、ツーバウンドした辺りでピタっと止まる。
パスはおろか、ドリブルでさえも覚束ない最悪のピッチコンディション。
もし名古屋グランパスのストイコビッチ監督がこのピッチ上に立っていたら、間違いなく水たまりの上で平泳ぎをするパフォーマンスを見せていただろう。
はっきり言って、まともにサッカーをやれるピッチ状態ではなかったのだ。

日本女子代表はおよそ1週間後に、4年に一度のワールドカップの開幕を控えている。
しかし今回のワールドカップに向けての準備過程で、なでしこジャパンに対して発生しているトラブルの数々は、本当にもう不憫としか言いようがない。

今年はまず国内リーグの開幕前に東日本大震災が起こり、リーグの開幕がずれ込んだ。
その影響で、代表選手たちはワールドカップ開幕の2週間前までリーグ戦を戦わないといけない羽目に陥ってしまう。
さらに原発事故の影響で東京電力女子サッカー部が活動を休止し、プレーする場所自体を失った選手たちもいる。
代表でレギュラーを張る鮫島彩もそのうちの一人で、今年に入ってからは代表以外では実戦で試合勘を磨く機会が全くと言っていいほど無かった。

これほど悪条件が重なった上に、女子代表はもともと合宿などに割ける活動期間が短い。
さらに近年では海外でプレーする選手も増えて、ベストメンバーでコンビネーションを磨く機会は極端に限られている。
それだけにこの壮行試合は貴重な実戦の機会でもあったのだけれども、そのゲームが悪天候で最悪のコンディションで行われるという、まさに「泣きっ面に蜂」のような状態だ。

結果的になでしこジャパンが目指す「連動性のあるパスサッカー」は、このピッチコンディションでは実現するすべも無かった。

もちろん、ワールドカップでも雨の中で試合をする可能性はあるだろう。
そのためのシミュレーションの機会と考えては…という意見もあるかもしれないけれど、女子ワールドカップが行なわれるのは、2006年に男子のワールドカップを開催したばかりのドイツである。

スタジアムはどこも最新設備を備えた近代的なものであることが予想されるので、たとえ雨が降ってもこれほど悪いピッチコンディションの中で試合をすることは考えにくい。

決してニンスタそのものにケチをつけるつもりはないのだけれども、要は貴重なワールドカップ前の実戦を、「雨が降ったら酷いピッチ状態になってしまうことがある程度分かっていたであろうスタジアム」で開催することを決めた、協会のマッチメイクのセンスの無さを嘆いているわけだ。

正直なところ、今回のワールドカップは準備段階での悪条件が重なり過ぎている。
そしてまた、現在の代表チームのパフォーマンスも、とても満足のいくレベルには達していない。

あまり言いたくはないけれども、今回の大会で日本に多くを期待するのは酷なのかもしれない。

苦戦を強いられた日本

荒天の中行なわれた韓国戦は、前述のとおり難しいピッチ状態でのプレーを強いられる一戦になった。

それでも立ち上がりからペースを握ったのは日本。
ボールがまともに繋がらないながらも、はじめの 30分ほどは韓国を力でねじ伏せるようなサッカーを展開する。

現在の世界ランキングを参照すれば、日本の4位に対して韓国は 16位。
それだけで見れば日本が「格上」と言うことができる。

ただし近年のアンダー世代での戦績で言えば、昨年行われた U-20女子ワールドカップで韓国は3位入賞。
そして U-17女子ワールドカップでは世界一に輝くなど、いずれも日本の成績を上回っている。

日本に比べて経験は浅いけれども、そのぶん若さと勢いがある。
それが韓国女子代表の現在地だと言えるだろう。

そしてその若さを活かして、韓国は格上の日本に対しても、徐々に的確な対応を見せるようになっていった。

前半 30分を過ぎた頃から、韓国は次第に日本に対して有利な場面をつくるようになっていく。
ボールの転がらないピッチコンディションを見極めて、中盤を省略した長いボールを日本のディフェンスラインの裏に蹴り込んでくる。
守備面でもボールコントロールにもたつく日本の中盤に素早いプレスをかけ、徐々に試合の流れを引き寄せていった。

ただ、やはりピッチ状態の影響もあってか得点は生まれず、前半は 0-0で終了。
後半も序盤は膠着状態が続く。

そんな中、日本のベンチが動いた。

なでしこジャパンに “帰ってきた” 岩渕真奈

現在のなでしこジャパンで、中盤から前のポジションは、ほぼ北京オリンピック当時からのメンバーで占められている。

3年前の北京で日本女子代表は、メダルまであと一歩の「4位」という成績を残し、そのサッカーの質の高さは「世界で最もモダンである」とも評された。

しかしあれから3年。
32歳の澤穂希を中心とした「北京世代」には徐々に限界も見えつつある。
佐々木則夫監督がどこかのタイミングで、世代交代へと踏み切らなければならないのは明らかだろう。

幸いにも日本の女子サッカー界は、2008年の U-17女子ワールドカップでベスト8、2010年の同大会で準優勝という結果を残し、若い世代の才能は着実に育ってきている。

そしてその筆頭株とも言える存在が、日テレ・ベレーザ所属の岩渕真奈だ。

今回のワールドカップは岩渕にとって、A代表のメンバーとして臨む初めての世界大会となる。

ただし岩渕のメンバー入りまでのプロセスは、決して順風満帆ではなかった。
岩渕は昨年2月の東アジア選手権で初めてA代表に選ばれて以降、1年以上もなでしこジャパンからは声がかからなかったのである。

ただ僕は、これが純粋に岩渕の実力不足によるものだったとは思っていない。
なでしこリーグでの岩渕は、その才能の大きさからすれば伸び悩みを見せていたとはいえ、同世代の選手と比べれば群を抜いた活躍を見せていた。
リーグチャンピオンに輝いたベレーザでほぼレギュラーとしてプレーし、リーグ優勝を決めた最終節と、なでしこリーグカップ決勝という大舞台でそれぞれ決勝点をマーク。
これでまだ 17歳(当時)なのだから、普通に考えれば充分A代表に呼ばれる資格があるというものだ。

それでも岩渕が1年間代表から遠ざかった背景には、初めてA代表入りした際の外野のフィーバーぶりが災いしたと僕は考えている。
新しいスポーツ・アイドルの登場とマスコミが色めき立ったために、サッカー協会はいったん事態を沈静化させなければいけなかった。
岩渕にとってはサッカー以外の部分から予想外の影響を受けた格好になってしまったけれども、10代のスター候補生を守るという意味で、協会の対応はやむを得なかっただろうなとも思う。

いずれにしても1年間の「冷却期間」を経て、岩渕はなでしこジャパンのユニフォームに再び袖を通したのである。

正直を言うと僕は、岩渕のワールドカップメンバー入りをあまり楽観視はしていなかった。
特に、ともにスピードを武器にするドリブラーで、交代出場時の「ジョーカー」としての特性を持つ丸山桂里奈選手とはタイプ的に重なるため、丸山が選ばれた場合には岩渕の選出の可能性はかなり低くなるだろうと考えていた。

しかし意外にも佐々木則夫監督は、丸山と岩渕をともにワールドカップのメンバーに選出したのだ。
しかもそれどころかこの韓国戦で、その丸山と岩渕を、同時にピッチに投入したのである。

不安のうずめいた壮行試合

67分、日本の2人の “ジョーカー” は、土砂降りの芝の上に並び立った。
そしてその3分後、この交代はいきなり陽の目を見る。
そのきっかけは、岩渕真奈だった。

70分、岩渕の中盤のプレスが韓国のパスミスを誘う。
これをインターセプトした阪口夢穂から澤穂希へとパスが渡る。
澤はこれをワンタッチで前線の永里優季にスルーパス。
そして永里がダイレクトで中央にパスを送ると、ポッカリ空いたそのエリアに走りこんでいたのが、宮間あやだった。

宮間のループ気味のミドルがゴール右隅に突き刺さった瞬間、ついに試合の均衡は破れたのである。

早いテンポでのダイレクトパスが繋がった、理想的なゴール。
この1点に関しては、日本がやりたいプレーを見事に表現できていたと言えるだろう。
ただ残念だったのは、90分間を通じてこういったプレーが見れた場面が、ほぼこの得点シーンだけだったことだ。

試合は5分後の 75分、ゴールキーパー海堀あゆみのファンブルから、INAC神戸レオネッサに所属する韓国代表、チ・ソヨンに決められて 1-1の同点とされる。

そしてフィジカルのコンディションが不完全だからか、徐々に運動量が落ちた日本は中盤が間延びし、プレスがかからなければボールも繋がらないというダメダメな状態に陥ってしまう。

何とか 1-1のまま引き分けに終わったものの、これから世界の強豪と対戦することを考えると、期待よりも不安のほうが大きくなるような壮行試合だと言わざるを得ないだろう。

なでしこジャパンへの提言

失意のままワールドカップへと向かうことになった日本代表。
個人的には選手起用の面で2つ、気になったポイントがある。

一つは前線のフォーメーションについてだ。

この試合では永里優季と安藤梢、あるいは大野忍をツートップで起用し、後半途中からは永里と丸山桂里奈を組ませていたけれども、どの組み合わせも満足に機能していたとは言い難い。

個人的にはワントップにして永里を前線に張らせ、大野は INAC神戸でやっているようなトップ下で起用してはどうかと思う。
あるいは大野をアウトサイドに配置して、トップ下に宮間というのもいいかもしれない。

いずれにしてもこの日はツートップの関係性が不明瞭で、永里のポジショニングもやや中途半端になってしまっていた。
しかし永里はドイツで当たり負けしない体を創りあげ、いま日本でワントップを張れるベストプレーヤーだ。
永里をポスト役に置くことで前線の軸が生まれ、大野や安藤をシャドウストライカーとして機能させることで、日本の攻撃はより活性化するのではないだろうか。

もとより日本は、大野・安藤の他にも川澄奈穂美、丸山、岩渕と、シャドウ役の駒は十二分に揃っている。
それだけにポストとなれるセンターフォワードの存在が鍵になってくると思われ、永里の役割をもっと明確にしてやることが必要なように感じた。

そしてもうひとつは中盤の構成である。

澤穂希はゲームメーカーとして、現代表でも不可欠な存在だ。
最近は所属チームでもボランチとしてプレーしているため、守備力という点でも中盤のキーマンになっている。
ただし 32歳という年齢もあって、運動量という点では多くを期待するのは難しいだろう。

そこで、澤とコンビを組むボランチのパートナーが重要になってくる。

昨年はこのポジションには宮間が入り、澤とコンビを組むことが多かった。
しかしいかんせん、2人とも本来は攻撃的な選手なだけに、この2人のボランチコンビはあまり攻守のバランスが良かったとは言い難い。

そういうこともあってか、この韓国戦で佐々木監督は、より守備的な特性を持つ阪口夢穂を澤のパートナーに起用してきた。

ただしこの試合を観る限りでは、個人的には阪口のプレーには不満が残る。

澤の運動量を補うという意味では、このポジションには男子で言えば明神智和やジェンナーロ・ガットゥーゾのような、とにかく中盤で走り回ってボールを奪いまくるような選手が良いのではないか。

阪口は宮間よりは守備能力の高い選手だけれども、いかんせんこの試合では守備の際の運動量があまりにも物足りなかった。
個人的には宇津木瑠美のほうが澤のパートナー役としては適任なように感じたのだけれども、本番で試してもらえないかなーと思ってたりもする。

この日は1失点したとは言え、ディフェンスラインの安定感そのものは悪くはなかったように思った。
それだけに中盤の守備力が向上すれば、世界ともそれなりに戦えるチームになる可能性はある。
そうなれば後は、攻撃の部分だけだろう。

岩渕真奈、ワールドカップの舞台へ

この日の岩渕真奈は、自分のプレーに満足はしていないはずだ。
テレビ解説を務めた早野宏史さんと川上直子さんも岩渕のプレーには歯がゆさを感じたようで、「もっと遠慮しないでやってしまって、いいと思いますねー。」というような評価を受けていた。

しかしどちらかと言うと僕はこの試合、岩渕のプレーに対しては物足りなさよりも、「代表の舞台でも充分に通用しそうだ」という手応えを感じたのだ。

解説者の方々がなぜ岩渕に対して厳しい評価を与えたのかは、ある程度は理解できる。
専門家の方々は、あくまでも「いま現在、どんなプレーが出来るのか」に主眼を置いて選手を観ている。
僕も岩渕ファンの中では比較的岩渕真奈に辛口の評価を与えているほうだと思うけれども、プロの見る目はさらにシビアだ。

ただ、岩渕の「潜在能力」の部分に目を向けていた僕にとっては、荒削りながらもそのプレーの中に、いくつかの光る部分を見つけた。

岩渕のスピードとドリブルテクニックは、このレベルの中でも明らかに突出している。
表情からもいつも以上に「戦う姿勢」が感じられたことも、ファンとしては嬉しかった。

今後の岩渕に求められるのは、その自分のプレーの特性を、代表チームの中でどう表現していくのか、だろう。

この日は同時に投入された丸山桂里奈と右サイドで被ることが多く、結果的にお互いの持ち味を相殺してしまうような形になってしまった。
監督の采配にも疑問が残るけれども、欲を言えばこういった場面でも自分なりに判断して、周囲との連携を生み出していけるようになれれば素晴らしい。

この日で言えば、前線の丸山が右に流れることが多かったので、逆に中央にはスペースが空いていた。
このスペースに岩渕が侵入して中央からフィニッシュに絡めるようになれば、日本のチャンスも広がったのではないだろうか。
そういう柔軟性を持つことができるようになれば、岩渕の持つ攻撃性能は、より開花するように思う。

岩渕真奈は今大会で、スーパーサブ的に起用されることが予想される。

チーム状態そのものが芳しくない現状では、初めてのワールドカップで眼を見張るような大活躍を期待するのは難しいかもしれない。
ただ、次回大会以降で、岩渕真奈が日本の中心選手になることは確実だ。
いやむしろ、そうなってもらわなければ困る。

そして4年後に岩渕がどれほどの活躍を見せられるかは、今大会でどれだけの経験値を身につけれられたかにも掛かってくるのではないだろうか。

幸いにもチームの成績というプレッシャーは、澤穂希や宮間あや、大野忍といったベテランが背負ってくれるだろう。

ほぼノープレッシャーで戦えるこの大会。
岩渕真奈にはぜひ、自由に自己のサッカーを表現してもらいたいと思う。

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