日本サッカーの「未来」を覗く一番勝負/J1リーグ@鹿島アントラーズ 1-1 FC東京

ワールドカップが終わって早1ヶ月。
その間に日本サッカー界の人材配置図は、大きく書き換えられようとしている。

まずは任期満了に伴って、Jリーグの鬼武チェアマンが退任、後任に鹿島アントラーズ社長だった大東和美氏が抜擢された。

続いて、続投濃厚と見られていた日本サッカー協会の犬飼基昭会長が電撃退任。
新会長として小倉純二氏が就任する。

そして、かねてから辞意を表明していた岡田武史監督に代わって、代表監督もスペイン人のビクトル・フェルナンデス氏の就任が濃厚と見られている。

日本サッカー界のトップ3、という表現が適当かどうかは分からないけれども、日本サッカー界の「顔」となる3つの椅子が同時に入れ替わるわけだ。

これはそう頻繁にあることではないだろう。
調べてみれば 2002年以来、8年ぶりのことである。

それだけこの2010年は、今後の日本サッカーの行方を左右する重要な1年になる可能性をはらんでいる。

そしてこの日に対戦した両チームも、少なからずこの人事と因縁のある2チームだった。

絶対王者と新チェアマン

ピッチに君臨する、リーグ3連覇中の絶対王者。
鹿島アントラーズはこの日も強かった。

エースのマルキーニョスの欠場で前線の迫力を欠いていたけれど、小笠原・中田浩二・野沢らによる中盤の構成力と、曽ヶ端・岩政・伊野波らによる中央の守りは健在。
興梠慎三の先制点の後は、しばらくの時間、完全にゲームを支配した。

攻守に王者の風格漂うその戦いぶりは、相変わらず「横綱相撲」と呼ぶにふさわしいもの。
その安定感で、勝利の女神とのゴールインは目前かと思われた。

ちなみにJリーグの大東チェアマンは、社長としてこのアントラーズの3連覇に貢献した実績を買われ、大役に抜擢された人物である。

新チェアマンは元ラガーマン。
サッカー経験は無いそうだけど、質実剛健で温厚な人柄から人望は厚く、適任だとの声は多い。

僕は特に鹿島のファンではないけれど、経営面でもスポーツ面でも、日本を代表する優良チームである鹿島アントラーズのことはリスペクトしている。
そういう意味では、新チェアマンの手腕にはほのかな期待を寄せていたりもする。

スペイン志向を強める日本代表

ちなみに個人的には、次期代表監督の第一希望はアントラーズのオリベイラ監督だった。

安定した守備をベースにした、攻守にバランスのとれたチーム作り。
そして類まれなモチベーターとしての手腕は、ワールドカップでの日本代表の戦いぶりの延長線上に位置するもののように感じられ、日本の今後の方向性にもマッチしていると思ったからである。

また、Jリーグでの3連覇という実績も、「日本を知る監督」という意味でも文句無しだし、しかも次回ワールドカップ開催国のブラジル出身ということで、地の利も得れる。
ACLで勝てていないことが唯一の不安材料だけれども、もともとコリンチャンスでクラブワールドカップを優勝した経験があるので国際舞台での実績も充分。
本人も日本代表監督就任には意欲を見せていると伝えられていて、まさにうってつけの人選だと思われた。

ただ、日本サッカー協会の考え方は違ったようである。

これまでの3人の代表監督、ジーコ、オシム、岡田の人選は、ともに当時の会長だった川淵三郎の意向が色濃く反映されたものだった。
しかし、新会長の小倉純二は温厚な人格者として知られる上、そもそも競技サッカーの経験がない。
今回の監督の人選に関しては、本来監督を選出するポジションである原博実技術委員長に一任された。

原博実氏は、元々はJリーグの指導者、あるいはスカパー!解説者としても名高い、日本サッカー界の名物キャラクターの一人だ。
それが開始1分だろうが後半ロスタイムだろうが、どんな場面での得点にも「いい時間帯に得点しましたね」と言ったりなどの名調子でお茶の間の人気を博し、一部に「ヒロミスタ」と呼ばれる熱狂的ファンを持つらしい(Wikipediaより)。

原さんはかつて指導者としてスペイン留学の経験もある、自他共に認める「スペイン通」。
予想されたとおり、岡田さんの後の代表監督候補には、スペインあるいはスペイン語を母国語としてスタイルも近い、アルゼンチンの指導者の名前がズラリと並んだ。

そしていま最有力候補と見られているのが、かつてレアル・サラゴサやセルタ・デ・ヴィーゴで一時代を築いたビクトル・フェルナンデス監督である。

モダンサッカーを目指すFC東京

FC東京は、組織的な攻撃サッカーを志向するチームである。

若手が中心ということでまだ完成の域には達していないものの、速く緻密なパスワークとプレッシングを重視するモダンサッカーを目指している。

現在の監督は城福浩。
しかし、チームのサッカーのルーツは原博実が監督だった時代に培われたと言っていいだろう。

まだ3バックが主流だったJリーグに、世界の流行になりつつあった 4-2-3-1のフォーメーションをいち早く持ち込んだのが、当時FC東京の監督だった原博実だった。
チーム自体も原監督の就任によって、それまでの「守備を固めてからカウンター」を狙う戦術から、攻撃的サッカーへのダイナミックな方針転換が図られた。
そこには原の、スペインへの指導者留学の影響が色濃く反映されていた。

そしてその原監督時代に、FC東京の育成部門を統括していたのが城福である。
2007年に原監督が再登板した際には、トップチームを管轄する強化部の一員に異動している。
この2人は早稲田大学ア式蹴球部時代には2年違いの先輩・後輩(原さんが先輩)で、いわば盟友の関係にある。
実際、城福も原に近い攻撃サッカーを目指していることからも、城福監督の戦術には原さんの影響が強いと見ていいだろう。

言い換えれば、今のFC東京のサッカーは、原強化委員長の目指す日本代表のスタイルに近しいものだとも考えられるのだ。

確かにFC東京は、そのサッカーの完成度には高い評価を得ているチームの一つだ。
しかし同時に、美しいサッカースタイルゆえの「もろさ」も感じられる。
この日の試合でもサイドアタックに切れ味を見せつつも、その形にこだわりすぎるあまり攻撃がマニュアル的になってしまい、いまいち破壊力に繋がっていない場面が見受けられた。

実際、ここまで 17試合で 18得点と、そのサッカースタイルが結果に繋がっていない点を、NHK解説者の山本昌邦さんにも指摘されている。

ただこの試合では、後半から勢いを盛り返した FC東京が、86分に同点弾を決めてドローに持ち込むことに成功した。

要因としては、前半何度かあった追加点のチャンスを鹿島が決められなかったことと、猛暑の中で、アラサーの選手たちが多いアントラーズの運動量が後半落ちたことが挙げられると思った。

「スペイン流」は、日本が勝つ道なのか?

おそらくこの試合を戦った中から、4年後にワールドカップのピッチに立つ選手も現れるだろう。

南アフリカでも直前まで代表候補に残っていた興梠慎三、平山相太はもちろんその候補の1人になるけれども、それ以外でも鹿島の大迫勇也、伊野波雅彦、FC東京の中村北斗、森重真人、椋原健太、大竹洋平、重松健太郎らはいずれも楽しみな選手である。

そしてチーム同士を比べれば、僕の理想とする日本代表のスタイルを具現化するチーム=鹿島アントラーズと、協会の理想とするスタイルに類似したチーム=FC東京の優劣はここではつかなかったことになる。

まあもちろん、この1試合だけでその結論が出るわけはないんだけれども、しかし前半の攻防を見る限りでは、FC東京的な攻撃的組織サッカーが、果たして日本が最も理想とする姿なのかというと、確信が持てなかったのも事実なのだ。

ワールドカップでスペインが優勝したことで、「スペインのサッカーが世界最強である」との大義名分は立った。
体格的にも技術的にも、日本人とスペイン人は近い存在だとも言えるだろう。

ただ僕は、ワールドカップで勝ったあのスペイン代表を「スペイン流だ」と言うのには多少の違和感を感じてしまう。
だってあのサッカーはどう見ても、スペインサッカーの共通スタイルというよりは、まんま「バルセロナのサッカー」だからである。
バルセロナという超人的に組織されたチームの存在無くしては、あのスペイン代表も存在し得なかった。
そういう意味で、それを日本代表がコピー出来るかというと疑問が残る。

また、僕はあのスペイン代表を攻撃的だったとも思っていない。
7試合で8得点というロースコアで優勝したチャンピオンは、その脅威のポゼッション能力を、攻撃のためというよりは(結果的には)「相手に攻める時間を与えないための守備のツール」として利用した上での優勝だった。

だから「攻撃的なサッカーを志向するスペインの指導者」を連れてきたからといって、それがダイレクトに日本代表の強化に繋がるかというと、それはまた別の問題だと思ってしまうのである。

日本代表が立たされている、大きな分岐点

いずれにしても代表監督人事については、近日中に結論が出るだろう。

いろいろ私見を述べたけれども、仮にビクトル・フェルナンデス監督に決まったとして、それで日本が強くなるのか弱くなるのかは分からない。
フェルナンデスは名の知れた監督だし、ビッグネーム度という意味では(選手としての名声が大きいジーコを除いては)、歴代日本代表監督の中ではオシムに次ぐ名将だと言ってもいい。
あとは、そのスタイルが日本にマッチするかどうかの問題になってくるだろう。

そしてサッカー協会の方針は「堅実路線」ではなく「攻撃路線」であるようだ。

4年後に目先の結果を出そうと思ったら、リスキーな方針にも思える。
ただ長い目で見れば、いまは日本サッカーの底上げを図るために必要な「過渡期」なのかもしれない。

いまこの時期、どちらを重視するべきなのか。
サッカー協会は後者を取ろうとしているのだろう。

そしてそれが正しいのか否か、その答えが出るのは4年後か、もっと先の話になるのだと思う。

いずれにしてもサッカー協会には、後々悔いの残らない決断をお願いしたい。

それが僕が協会にお願いしたい、唯一の要望である。

[ 関連エントリー ]

トップページへ戻る