試合中、僕は何度「うまい!!」と叫んだことだろうか。
単刀直入に言って、文句なしに面白い試合だった。
それはアフリカのチームが初めて南米のチームを破ったという「番狂わせ」だけが原因ではない。
両チームの技と技、組織と組織のガチンコ対決。
そのフットボールそのものの質の高さ、フットボールの醍醐味の凝縮された、まさしく「名勝負」。
それがこのクラブワールドカップ準決勝、マゼンベとインテルナシオナルの一戦だったのである。
歴史を綴った南米/ヨーロッパの2強時代
クラブワールドカップの前身であるインターコンチネンタルカップ、1980年からはトヨタカップと呼ばれていた大会は、1960年にスタートした。
以降 2004年まで 44年間に渡り、この大会は事実上の世界ナンバーワンクラブ決定戦として開催されることになる。
南米とヨーロッパのチームだけで「世界一」を決めることに、長い年月の間、ほとんどのフットボールファンは異議を唱えることがなかった。
それほど、この2大陸の実力は抜きん出ていたのである。
実際、21世紀に入り「クラブの真の世界一は、世界の各大陸のクラブ間による世界大会で決定するべきだ」、との機運が高まってクラブワールドカップが新設されてからも、これまでの7大会は、全て南米かヨーロッパのチームによって決勝戦が行なわれてきた。
しかし近年では、いつかはその2強の牙城が崩され、南米・ヨーロッパ以外のチームが決勝に進出する日が来るという予感が漂っていたのも、また事実である。
それにしても、それを最初に成し遂げたクラブが、アフリカは DRコンゴのマゼンベになろうとは、いったい何人の人が予想していただろうか。
準々決勝のパチューカ戦を見る限りでは、マゼンベもこれまでのアフリカ代表の中では随一と言ってもいいほどの好チームだというのは確かだった。
しかしコパ・リベルタドーレスで観たインテルナシオナルも、それ以上のインパクトのある素晴らしいチームだったのである。
マゼンベが主力の選手の何人かを出場停止で欠いていることもあって、僕はこの対戦で波乱の起こる確率は、かなり低いだろうと考えていた。
しかしその予想が当たったのは、試合開始からものの5分ほどの間だけの出来事だったのである。
TPマゼンベ、「無名軍団」の塗り替えたアフリカの歴史
試合開始早々、ゲームを支配したのは予想通りインテルナシオナルである。
中盤のアンドレス・ダレッサンドロ、ラファエル・ソビス、ティンガ、パブロ・ギニャス、そこに左サイドバックのクレーベルらを加えた華麗なパスワークで、マゼンベを釘付けにするインテルナシオナル。
特にエース、ダレッサンドロの個人技は見事としか言いようがないもので、ため息が出るほど美しいプレーを序盤から連発する。
このままインテルナシオナルの一方的なゲームになるのかと思われた試合はしかし、徐々に互角の展開へともつれこんでいった。
その立役者の一人となったのが、マゼンベの「顔」とも言うべき守護神、GKのムテバ・キディアバである。
キディアバはまず、インテルの左サイドの崩しから生まれた、ラファエル・ソビスとの1対1のシーンを見事にセーブ。
この決定機を阻止したプレーから、試合の流れはマゼンベへと傾いていくことになる。
マゼンベはキディアバを中心に、DFラインの4人が非常に安定した堅陣を築いた。
またいったん攻撃に移ってからは、ボランチのムベンザ・ベディの配球から、右サイドのアタッカー、ムロタ・カバングの個人技、そして犬並みのスピードを誇るエースストライカー、ディオコ・カルイトゥカの突破からチャンスを生み出していく。
そして前半を 0-0で折り返して迎えた 53分、スタジアムは驚嘆の声に包まれることになる。
マゼンベの左サイドでボールを持った、センターバックのカゼンベ・ミハヨがゴール前にアーリークロスを送る。
これをアミア・エカンガがヘッドで落としたところに、待っていたのはカバングだった。
そしてカバングは、ここから数秒間、周囲の時間を止める「マジック」を披露することになる。
このルーズボールを右足アウトサイドでトラップしたカバングは、そのままバックステップを踏んで身体をゴールに向けて向き直すと、カカシのような体勢から柔らかに右足の膝下を振りぬく。
そこからフワリと放たれたボールは巻き込むような孤を描いて、ゴール右隅へ。
そしてこのシュートが、インテルナシオナル GK、レナンの守るゴールへと吸い込まれたのである。
一瞬の静寂の後、
「ウワーーー!!!」
割れんばかりの大歓声がスタジアムを包んだ。
まるで時間が止まったかのように、周囲が息を飲んだカバングのスーパーゴールで、アフリカ代表のマゼンベが南米王者を相手に、まさかの先制点をゲットしたのだ。
そしてこのゴールをきっかけに、試合の雰囲気は目に見えて一変する。
明らかに焦りの色を見せ始めるインテルナシオナル。
そしてマゼンベのゴール前に立ちはだかる男が、その焦りに拍車をかけた。
60分、ロングボールから抜けだして再び GKと1対1となったラファエル・ソビス。
しかしこの決定機を、またもや阻止したのがマゼンベの守護神、キディアバだった。
決定機をものにできない展開に、インテルナシオナルの監督セルソ・ロッチは、たまらずティンガとアレクサンドロに代えて、ジウリアーノとレアンドロ・ダミアンを投入する。
この2人はともに、コパ・リベルタドーレスの決勝でも貴重なゴールを挙げた、若き点取り屋たち。
その決定力に、ロッチは賭けた。
そしてその賭けは、あとほんのわずかでロッチの勝利に終わる寸前までいくことになる。
69分、「ダレッサンドロ2世」の異名も持つ期待の星、ジウリアーノが、インテルにとって3回目となる GKとの1対1の場面を創り出す。
この若い勢いが、とうとう「3度目の正直」をモノにするのかと思われた。
しかしこの日にフットボールの女神が微笑んでいたのは、アフリカ大陸のある南西の方角だったようである。
ジウリアーノのシュートの前に立ちはだかったのは、またもやマゼンベの守護神、キディアバ。
キディアバの3度目のスーパーセーブの前に、またしてもインテルは決定機を阻まれてしまうことになる。
そして試合はその後も、一進一退の攻防が続いた。
ともに安定したディフェンスを誇るチーム同士。
将棋に例えれば「名人戦」のような緊迫感がピッチを包む。
大観衆で埋まったスタジアムも、まるで水を打ったかのような静寂の中にあるように、僕には感じられたのである。
そしてその息詰まる攻防に終止符が打たれたのは、85分だった。
キディアバからのゴールキックを左サイドで受けたカルイトゥカが、ドリブルでゴールに向かう。
マークにつくのはインテルナシオナルの “魂”、パブロ・ギニャス。
このギニャスを深い切り返しで揺さぶったカルイトゥカは、そこで右足を一閃。
ギニャスの股下を抜けたシュートは GKレナンの指先をかすめ、ゴール左隅に突き刺さったのである。
試合を決定づける2ゴール目を挙げ、歓喜に湧くマゼンベの選手たち。
それはマゼンベがクラブワールドカップ史上初の、アフリカチャンピオンの決勝進出を決定づけた瞬間だった。
歴史を塗り替えたマゼンベ旋風
試合後、マゼンベのセネガル人監督、ラミン・ママドゥ・エンディアエは、
「偉大な出来事。何と言い表そうか…」と前置きしたあと、
「すべてのアフリカ人がこの勝利を誇りに思うだろう」と、
自らのチームの成し遂げた快挙を噛み締めた。
ディディエ・ドログバやサミュエル・エトーなど、ワールドクラスの偉大な選手たちを多数輩出しながらも、世界最貧地域であることから、クラブレベルでは北中米やアジアよりも劣るとされていたブラックアフリカ。
その DRコンゴのチーム、マゼンベが、何と他の大陸に先駆けて南米/ヨーロッパの牙城を突き破ったことになる。
これは紛れもなく、歴史的な快挙だと言っていいはずだ。
そして何よりも価値があるのは、この勝利が決してフロックではなかったことである。
インテルナシオナルも決して油断していたわけではないように思う。
まさか負けを想定してはいなかったかもしれないけれども、彼らが手を抜いていたようにはとても思えなかった。
インテルにとっては、マゼンベ GKキディアバの出来が素晴らしすぎたことが、一番の敗因と言えるのではないだろうか。
つまり、不運だったとしか言いようがない部分もある。
しかし、だからと言って、マゼンベにとってこの勝利が単なるラッキーパンチだったかと言うと、それも違うと思う。
この勝利はマゼンベの勝利への高い意欲、集中力と、インテルと互角に渡り合う場面も作った技術・戦術の賜物だった。
それが結果的に、歴史を動かす2発のスーパーゴールを生んだのではないだろうか。
いずれにしてもこの試合は、僕が今年に観た全ての試合の中でも、上位にランクするくらい内容の濃い、素晴らしいものだった。
そしてマゼンベは、来たる決勝で優勝候補の筆頭、ヨーロッパチャンピオンのインテル・ミラノと対戦する。
その快進撃はどこまで続くのか。
マゼンベの大冒険が終わったとき、彼らが手にするメダルは、果たして何色の輝きを帯びているのだろうか。
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