「レベルが違いすぎるなあ、レベルが!」
隣りに座った、地元の人と思しきオッチャンが嬉しそうにこう呟く。
まあこの点差だもん、そりゃそう思うよねと納得する僕。
「スコアは 3-0、場合によっては 5-0くらいかも。」
試合前の僕の予想を、現実は遥かに超えた。
はるばる神戸へと乗り込んできた博多のなでしこたちにとっては、サッカーの世知辛さを見せつけられた、ホロ苦い思い出となってしまったようである。
INACの見せた「レベルの違い」
「福岡も意外とやるやん。」
福岡J・アンクラスというチームの試合を、僕は昨年一度ネット観戦している。
ただし「やるやん」と感じたのは日テレ・ベレーザに 0-3で敗れたその試合ではなく、0-8で負けたこの試合の序盤でのことだった。
昨年のゲームで観たアンクラスは、いわゆるひとつの「サンドバック状態」。
その年のリーグチャンピオンとなるベレーザに手も足も出ないまま自陣に釘付けにされ、反撃らしきものを見せたのは後半に入って3点差がついた後だった。
しかしこの INAC戦では、アンクラスは予想以上の善戦を見せる。
もちろん目下首位を走る INACにある程度ペースを握られるのは仕方がないにしても、思った以上に攻撃面でもチャンスを創り、序盤は有料試合にふさわしいサッカーを観せてくれていたと言って良かった。
しかし 16分、澤穂希のミドルシュートが決まり、INAC神戸が予定通りの先制点をマーク。
ここで序盤から続いたアンクラスの好リズムにブレーキがかかった。
その後もなんとか耐えしのいだアンクラスだったけれども、42分には大野忍のクロスからチ・ソヨンに決められて2失点目。
そして迎えた後半は、アンクラスにとっては悪夢の 45分間になってしまった。
50分、コーナーキックから田中明日菜が頭で決めて 3-0。
53分、川澄奈穂美→大野→また川澄、というホットラインのワンツーから、抜けだした川澄のシュートで 4-0。
57分、もう詳細は省くけれどまた川澄が決めて 5-0。
そして 69分…ってもういいか。
とにかくあと3点決まって、終わってみれば 8-0。
目下首位を走るチームがゴールラッシュを遂げて、「INAC強し」を印象づけたゲームとなったのである。
女子サッカーの目指す理想像
INACのシュートが8回ゴールネットを揺らすたび、ホームズスタジアム神戸の客席からは大きな歓声が上がった。
僕はこの日にスタジアムに入った瞬間、去年までのスタンドの風景とはちょっと違った景色が見えることに気がついた。
昨年までは地元の女子サッカー関係者、あるいはサッカーをプレーしている風の女の子が多かったスタジアムが、今年は一般のファンと思しき(ちょっと年配の)客層が目立つ。
明らかに今年の INACが、地元神戸でちょっとした注目を集めていることが伺えたのだ。
今シーズンの開幕当初、神戸ローカルのテレビ情報番組で INACが特集されている映像を観たことがある。
僕は神戸に住んでいるわけではないので、それ以外の場所でどれくらい INACが露出しているのか詳しく体感はできないのだけれども、ダントツの優勝候補として下馬評通りに首位を走り、澤穂希などの知名度のあるスターを補強した INACが、地元メディアでそれなりに取り上げられているだろうことは想像に難くない。
そしてそれを見た地元の人々が「なんか女の子のサッカーが強いみたいだから、今度ちょっと観に行ってみようか…。」となる。
そして足を運んだこの試合、8発のゴールラッシュを見て大いに盛り上がった…ということなのかなあと僕なりに解釈した。
サッカーを見慣れている人間だと4点差がついたくらいから、ちょっと試合への興味は失われてしまうのだけれども、最後までボルテージ全開のまま圧勝劇が展開されたこの日のホームズスタジアムでは、INACというフレッシュなチームを迎えた地元の期待感・高揚感が感じられたのだった。
ただ反面、ここまでの大差が突いてしまうと、福岡の選手たちが気の毒だなあという気持ちも芽生えてしまう(まあ、勝負の世界なので仕方ないことは百も承知ですが…)。
純然たるアマチュアチームである福岡J・アンクラスは、それだけにシーズンごとの選手の入れ替わりも激しい。
なでしこリーグの選手たちはその大半がアマチュアである。
それだけに 20代半ばくらいの、選手としてピークにあるはずの年齢のプレイヤーが引退してしまうケースも少なくない。
昨シーズン終了後から今シーズンにかけても、浦和レッズ・レディースの北本綾子や日テレ・ベレーザの豊田奈夕葉といった日本代表クラスの選手たちが突然引退を表明した。
それぞれ、まだ27歳と 24歳という若さである。
確かに選手の立場で考えてみれば、女子サッカー選手が長く現役を続けていくことには多くのリスクが伴う。
アマチュアだから収入は普通のOLと変わらないし、サッカーと両立させられる環境でないといけないだけに、むしろ仕事の選択肢は狭まる。
しかも遠征費用などは自腹の場合も多いと聞くし、毎日朝から夕方まで通常の仕事をこなした上で、そこからハードな練習に向かう。
さらにシーズン中は土日も練習・試合でつぶれるので、完全に丸一日オフ、という日が全く無い選手も多いのではないだろうか。
学生ならともかく、社会人になってからも延々とこんな生活が続くのは想像するだけでもキツそうだ。
同年代の女性たちがやれ海外旅行だ、恋愛だ、と若い時代を謳歌しているのを横目に、なでしこリーガーたちは時間と体力、身銭を削って、過酷な勝負の世界に身を投じているのである。
それでもオリンピックやワールドカップに出られるような選手であれば、その苦労も報われる部分があるのだろう。
けれども代表から声がかからないレベルの選手であれば、一定の年齢になってもサッカーへのモチベーションを保ち続けるというのは、やはり難しい面があるはずだ。
男子のJリーグでも、これまでの歴史の中で8点差がついた試合は何度かはあった。
ただアンクラスの場合、大量点差で負けることが決して珍しくはないのだ。
それだけ現在の女子サッカーでは、トップリーグとは言っても上位と下位の実力差が大きい。
これはつまり国内の女子サッカーの選手層の薄さの現れであり、言い換えれば女子サッカー選手たちを支える確固たる基盤が、まだ日本には存在していないことを意味している。
日本の女子サッカーは、いったいどこに向かうのか?
明確なビジョンを描けている人は、おそらく関係者の中にもあまり多くはないだろう。
かく言う僕も、いちファンとして女子サッカーを応援しているけれども、その将来まではとても見透すことはできない。
ただそれでも、一人でも多くの女子サッカー選手が、体力の限界を感じるまではボールを蹴り続けられる環境を創ってあげられたらいいな、と漠然とは思う。
いよいよ一週間後から、サッカー日本女子代表 “なでしこジャパン” は、ドイツで行われるワールドカップに参戦する。
サッカー協会はこのワールドカップでのメダル獲得、そして近い将来、ワールドカップおよびオリンピックで金メダルを獲ることを目標としているそうだ。
それはそれで素晴らしい目標だと思う。
ただ、僕個人が理想とする女子サッカーの未来像は、ちょっと違う。
金メダルも大事だけれども、それ以上に優先してほしいのは、女子サッカー選手たちが安心してサッカーに打ち込める環境を作ることだ。
トップリーグに所属する選手たちの多くが、仕事や金銭面、引退後のセカンドキャリアを心配することなく、サッカーに打ち込める環境。
金メダルはむしろ、そんな環境整備の先に見えてくるのではないだろうか。
もちろん、それが口で言うほど簡単ではないことは分かっている。
それでも福岡J・アンクラスのような地方のチームにも数名のプロ選手が所属し、首位のチームとも接戦を演じる。
選手たちはプロ、あるいはセミプロとして、普通のOLさんたちよりはいいお給料を貰って、代表や元代表クラスの選手たちは、皆 30歳くらいまでは現役を続けられる。
それが僕なりに考える、「女子サッカーが日本に根づいた」状態だ。
それを実現させるには、まだまだ長い時間が必要になるだろう。
でもたとえオリンピックで金メダルを獲ったって、代表クラスの選手たちがアルバイトで生計を立てて、「他にやりたいことがあるから」と言って 20代半ばで引退してしまう。
そんな環境じゃあ夢も希望も無いじゃねえか、と、僕はやっぱり思ってしまうのだ。
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