お正月は「実家に帰ってのんびり過ごした」、という人も多かったと思う。
僕も長い休みの場合は、ちょくちょく実家のある横浜に帰るようにしている。
去年と今年のお正月は、色々と忙しくて帰省ができなかったのだけども、正月を地元で過ごすのは、僕にとっては言ってみれば毎年恒例のことだった。
ちなみに僕の場合、どこかに行った時にはたいてい「せっかくだからサッカーでも観るか」ということになる。
全国どこでも、いやむしろ世界中のどこでも観戦ができるスポーツ。
それがサッカーの大きな魅力の一つだ。
そして年末年始に帰省した際に行く試合は、高校サッカーか天皇杯決勝と相場が決まっている。
一昨年の元旦にも国立まで天皇杯決勝を観に行って、ガンバ大阪の優勝を現地で祝ったりもした。
しかし国立を満員にする天皇杯決勝の前座で、ひっそりと女子サッカー日本一を決める大会が行われていることを、ご存じの方は少ないのではないだろうか。
ちなみに僕も2年ほど前に知りました。
その名を『全日本女子サッカー選手権大会』。
女子サッカーファンの間では「全女」と呼ばれるこの大会は、言ってみれば男子の天皇杯に相当する大会だ。
なでしこリーグは 10月に全日程を終了したけれども、その後にこの全女を経て、女子サッカーのシーズンはフィナーレを迎えることになる。
そしてこの全日本女子の決勝戦は、男子の天皇杯決勝を控えた、元旦の午前中の国立競技場で行なわれているのだ。
チケットも天皇杯と同一で、いわゆる「パッケージ販売」されているわけである。
そして今年のこの全日本女子決勝を戦った2チームは、リーグでは最終節でのベレーザとの直接対決に敗れ2位に泣いた浦和レッズレディースと、初のメジャータイトル獲得を狙う新興勢力の INAC神戸レオネッサ、というカードとなった。
全日本女子選手権に起こった波乱
ところでこの決勝を迎えるに当たって、全女のトーナメントでは一つの大きな波乱が起きていた。
今シーズンのなでしこリーグと、なでしこリーグカップの2冠を手にして「女王」として君臨している日テレ・ベレーザが、ベスト16で何と、高校チームの常盤木学園に敗れたのである。
常盤木学園高校は、秋に行われた FIFA U-17女子ワールドカップで準優勝したチームのメンバーだった FWの京川舞、MF仲田歩夢らを擁する、女子の高校サッカー界では最強を誇る強豪校。
なでしこリーグの2部に当たるチャレンジリーグにも参戦していて、このチャレンジリーグイースト(東日本地区)でシニアのチームたちを相手にしながら優勝を飾るなど、女子サッカー界で大きな存在感を示しているチームである。
しかしそうは言っても、高校生のチームに日本最強のベレーザが敗れたことは、やはりビッグ・サプライズだった。
この全女でも優勝候補の筆頭だったベレーザがつまづいたことで、大会は一気に混戦模様を呈する。
そしてアルビレックス新潟レディースやジェフユナイテッド市原・千葉レディースといった強豪を退けた浦和レッズレディースと、ベレーザを破った常盤木学園を 5-0で粉砕した INAC神戸レオネッサが、栄えある元旦の決勝戦を戦う権利を得たのだ。
レッズを翻弄したエース、川澄奈穂美
今季のなでしこリーグでは、浦和レッズレディースは2位、INAC神戸レオネッサは4位と、ともに上位につけた強豪チーム。
戦前から実力伯仲の好勝負が期待されたゲームはしかし、意外な形で幕を開けることになった。
先制したのは INAC神戸。
それも、前半わずか 7分の出来事だった。
右サイドバックの甲斐潤子のフリーキックから、川澄奈穂美が頭で合わせてゴールゲット。
レッズの日本代表ゴールキーパー、山郷のぞみもギリギリで触れない、ゴール左隅を突いたファインゴールである。
そしてこの1点で勢いに乗った INAC神戸は、ここからゲームを支配していくことになる。
中盤では昨夏の U-20女子ワールドカップでも活躍した中島依美が起点となって、巧みなテクニックを活かしてゲームメイク。
前線では同じく U-20で活躍し、その後はアジア大会でA代表でもレギュラーでプレーした、センターフォワードの高瀬愛実が体を張る。
高瀬はレッズの厳しいマークに苦しんでいたものの、高瀬に集中したマークの裏を突いて、周りの選手たちが前線で暴れ回った。
そしてこの試合で最も輝いていたのが、先制点を挙げた川澄奈穂美だ。
見事なヘディングシュートを決めた川澄だけども、本来はドリブルを得意とする選手。
その川澄奈穂美が、この大舞台で躍動した。
いったんボールを持つと、まるで手で操っているかのように見事な足技を見せる川澄。
ちなみに僕は昨シーズン、2回ほど INAC神戸の試合を生観戦している。
この時も川澄はいい選手だなあと印象に残っていたけれども、この元旦の決勝戦での川澄奈穂美には、それを上回る衝撃を受けた。
川澄はとにかくボールを奪われない。
密集地帯でボールを受けたと思っても、巧みなボールさばきでその狭い局面をやすやすと脱出してしまう。
まるで足にボールが吸い付いているかのような、芸術的なボールタッチ。
そしていったん広いスペースでボールを持てば、緩急をつけたドリブルで次々とマークをかわしていく。
僕は同日に行われた天皇杯決勝での、本山雅志の姿を思い出してしまった。
むしろ、初速はまさに電光石火の速さだけども、トップスピードは遅い本山に対して、川澄はトップスピードでも相手DFをぶっちぎるだけの速さを持っている凄みを感じた。
この川澄 奈穂美が攻撃の中心として完璧に機能して、INACはレッズを圧倒することになる。
対するレッズレディースは、前線で現役日本代表の北本綾子、元日本代表の荒川恵理子のツートップが奮闘を見せていたものの、中盤との連携を寸断されて前線が孤立。
カウンターから個人技で活路を見出すしかないような展開にはまっていってしまう。
ゲームは後半に入っても、終始 INACペース。
レッズ GK山郷のファインセーブもあって追加点は生まれないものの、INACがリードを保ったまま、時間は刻々と過ぎていった。
しかし INAC神戸は強豪とは言っても、リーグ戦では4位だったチームである。
リーグ2位だったレッズを相手に、なぜここまでいいサッカーができるようになったのだろうか?
その秘密はどうやら、新監督にあるようだ。
INAC神戸の見せたポゼッションサッカー
リーグ終了直後の 11月はじめ、INACは新しい監督として、7月まで日テレ・ベレーザの指揮をとっていた星川敬を招聘した。
星川監督はベレーザ時代から、FCバルセロナのような「ポゼッションサッカー」を志向していた指揮官である。
そして就任からわずか2ヶ月ながら、その「星川サッカー」は早くも浸透の兆しを見せつつある。
この日の INAC神戸のサッカーは、レッズのそれと比べても明らかに組織的で洗練されたものだった。
その組織力の後ろ盾を得て、川澄や中島の個人技がさらに引き出されていたような印象を受けた。
そして星川監督のもたらしたポゼッションサッカーをベースに、INAC神戸は次々とチャンスを創りだしていく。
試合は完全に、INACのペースだった。
ただし、「好事魔多し」とのことわざ通り、好調な時にこそ落とし穴は待っているものである。
試合巧者のレッズは、その穴を巧みに突いてきた。
68分、劣勢だったレッズレディースが、カウンターからワンチャンスを活かした逆襲を見せる。
荒川恵理子が前線までドリブルで持ち込むと、左サイドを駆け上がった堂園彩乃へラストパス。
そして内側へドリブルでカットインした堂園は、その勢いのまま右足を一閃。
このミドルシュートが見事に決まって、レッズレディースが 1-1の同点に追いついた。
そしてこの1点を契機に、ここまで終始劣勢に立たされていたレッズも息を吹き返すことになる。
勢いに乗って反撃の時間帯を迎えるレッズ。
対する INACは運動量が低下して、レッズに攻め込まれる形を作ってしまう。
攻めるレッズ。
守る INAC。
しかしけっきょく両チームに追加点は生まれず、勝負は PK戦へと委ねられることになった。
そして迎えた PK戦。
両チームともが、今シーズンを無冠で終えるかどうかが、この5本のキックで決まるという正念場。
そのプレッシャーからか、この PK戦はレッズの1人目が失敗したのを皮切りに、両チームの選手が次々と PKを失敗する波乱の展開となる。
けっきょくレッズが3本、INACが2本を失敗した後、INAC神戸5人目のキッカーとなった川澄穂美が決めて、長い勝負に終止符が打たれた。
この難しい PK戦を制して、INAC神戸が嬉しい初優勝を決めたのだった。
女子サッカー界を襲う地殻変動
この全日本女子決勝は元日決戦にふさわしい、見応え充分の好ゲームだったと言えるだろう。
特に優勝した INAC神戸は、来季に向けても大きな期待の持てる、質の高いサッカーを実現していた。
個人として目についたのは、何と言っても川澄奈穂美だろう。
なでしこジャパンでも常連になりつつある選手だけれども、あの個人技は世界でも通用するレベルではないだろうか。
代表でもぜひ、レギュラー獲得を期待したい。
見た目にも華があり、今後の女子サッカー界のスターになれる選手の一人だと思う。
ちなみに余談ながら「華」という意味では、INACの7番、高良亮子というかわい子ちゃんを見つけられたことも個人的には収穫だった。
美しい女子サッカー選手を見つけることに関しては、減量中のボクサーよりも貪欲な筆者。
我ながら、このあたりは抜け目がないところだ。
そして星川敬監督としては、この勝利はまさに快心の勝利だったと言えるだろう。
星川監督はベレーザでも昨年の全日本女子で優勝、今シーズンも諸事情で解任されるまではリーグ首位を走るという実績を残していたけれども、その志向するポゼッションサッカーには賛否両論があったのも事実だ。
インタビューの受け答えなどを見ても常に仏頂面。
なかなかに癖のありそうな人物なためか評価の分かれる監督という印象だったけれども、INACを初優勝に導いたことで、その手腕が偽物では無かったということを証明したことになる。
そしてこの決勝戦の後さらに、女子サッカー界を震撼させるビッグニュースが舞い込んできた。
日本代表でも主力を張る4人の大物選手が、日テレ・ベレーザから INAC神戸へと移籍するという大型移籍が成立。
しかもその4人とは、今シーズンのなでしこリーグ得点王&MVPをダブル受賞した、国内ナンバーワン選手の大野忍をはじめ、代表でも不動のレギュラー、ベレーザではキャプテンでもあった近賀ゆかり、ベレーザの中盤の要だった南山千明、そして代表で 10番を背負う日本女子サッカー界の “レジェンド” 澤穂希、という超豪華メンバー。
リーグチャンピオンから主力4人を引き抜いたことで、カップ戦王者となった INAC神戸がさらに強力なチームになることは確実だ。
それに加えて来シーズンには韓国から、昨年の U-20女子ワールドカップで8得点を挙げて韓国の3位入賞の立役者となり、2006年にはなんと 15歳でフル代表デビューも果たしている天才少女、チ・ソヨンら2人の選手が加入。
なでしこリーグ版の「銀河系軍団」と言ってもいいような超豪華布陣を実現した INAC神戸は、一躍来シーズンの優勝候補筆頭に名乗りを挙げたと言ってもいいだろう。
昨シーズンはベレーザ、レッズが2強を形成していたなでしこリーグも、その一角に INACが台頭してくることは確実だ。
関西在住の僕としても、来季はますますなでしこリーグに足を運ぶ回数が増えそうである。
新戦力の台頭。
大型移籍による、リーグの勢力地図の大幅な再編成。
それに対抗するベレーザ、レッズは、これからどんな策を講じてくるのか?
そして6月に開幕する女子ワールドカップに向けて、各チームの代表選手たちの動向は?
今年は女子サッカー界にとって、間違いなく目の離せない一年になりそうだ。
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