天に選ばれた「遅咲きの花」、橋本英郎/J1リーグ@ガンバ大阪 1-1 鹿島アントラーズ

ヒーローになったのは意外な男だった。

Jリーグ3連覇中の絶対王者・鹿島アントラーズと、リーグを代表する強豪のガンバ大阪との注目の対決。
このゲームは試合終了間際の同点弾でガンバが追いつく、ドラマチックな展開となった。

そしてこの劇的な同点ゴールを決めたのが、ガンバ大阪の橋本英郎である。

地味な「陰の MVP」、橋本英郎

近年のガンバのパスサッカーを支えているのは、「黄金の中盤」とも言うべきミッドフィールドの構成力にある。

その中盤を編成する4人は、代表の要でもある遠藤保仁を筆頭に、守備のスペシャリスト明神智和、「隠れた天才」二川孝広。
そして残る一人が、おそらくこの中で最も地味な男、橋本英郎である。

橋本は不思議な選手だ。

遠藤や二川ほどの傑出したテクニックはない。
明神のような、守備センスの塊というわけでもない。
身長も173cmとどちらかと言えば小柄で、スピードがあるわけでもパワーがあるわけでもない。

生まれは 1979年、いわゆる「黄金世代」の一員である。
ガンバのユース出身者でも、同期には稲本潤一や新井場徹などのスター選手がいる。
ただテクニックに優れた選手たちの多かったガンバユースの中で、特別に技術のあるほうではなかった橋本は、プロ入りの際には「お前がプロになるとは思わなかった」と周りからよく言われたそうだ。

ルックス的にも決して悪くはないけども、イケメンと言うのもちょっと違う気がする微妙なライン。
僕は橋本を見るたびに、真田広之が芸能界に入らず、中小企業のサラリーマンになったいたらこんな感じじゃなかったのかなと思ってしまう(本当に失礼しました)。

それくらい地味な存在の橋本英郎。
それでも橋本は、ガンバの不動のレギュラーとして君臨し、日本代表にも選ばれた。

彼の最大の特長はフィジカルでもテクニックでもなく、目に見えない部分。
そのインテリジェンスにある。

プロサッカー選手でありながら、二足のわらじで難関の大阪市立大学を卒業した知性派。

チーム事情次第で、場合によっては攻撃的MFやサイドバックもこなす。
高校のはじめまでは FWをやっていたそうだ。
そして本職のボランチでは攻守に隙のないプレーを見せて、周りの選手たちを巧みに操る。

そのユーティリティ性から、どんなに地味でも橋本は、監督からすれば決して外すことのできない選手となる。
ガンバがJリーグ初優勝を飾った 2005年には、西野朗監督から「陰のMVP」との最大級の賛辞を受けた。

天運を持った遅咲きの花

その橋本英郎がアントラーズを相手に貴重な同点ボレーを決める。

この得点で橋本は、なんと5試合連続となるゴール。
これまでプロ 12年で 10得点しか挙げていなかった男が、突然眠りから目を覚ました格好である。

ただ橋本は、もともと得点感覚がなかったわけではない。
僕が橋本英郎と言って思い出すのは、何と言っても2008年のクラブワールドカップだ。

当時のヨーロッパチャンピオン、泣く子も黙るマンチェスター・ユナイテッドを相手に、ガンバが 3-5と善戦し、王者を慌てさせたあのゲーム。
この試合でガンバの3点目となるスーパーボレーを決めたのが橋本だった。

この得点や今回の5試合連続ゴールなど、橋本英郎は地味に見えても何かを「持っている」選手のように見える。
そしてそれはクリスティアーノ・ロナウドのような天性のスター性とはちょっと違った、本人の実直な姿勢と努力の賜物なのではないか、という気がする。

そんな橋本英郎もはや 31歳。
童顔のせいかあまり 30代には見えない橋本だけども、普通ならぼちぼち引退が頭をよぎってくるような年齢になった。

しかし中山雅史がギネス記録となる4試合連続ハットトリックを決め、リーグMVPになったのも同じ31歳の頃である。
橋本英郎も、まだ衰えるそぶりは微塵も見られない。
むしろ依然、進化を続けているようにも思える。

ガンバの華麗な中盤の一角にポツリと咲く遅咲きの花。
でもその存在なくして、いまのガンバ大阪は語れない。

ガンバで最も地味な名選手、橋本英郎。

その才能が満開になる時は、まだまだこれからなのだ。

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