日本サッカー界で「黄金世代」と言えば、1979年生まれの選手たちのことである。
彼らが20歳だった99年のワールドユース(現U-20ワールドカップ)で日本は快進撃を見せ決勝に進出。
スペインに敗れたものの、世界大会で準優勝という金字塔を打ち立てた。
その後も彼らはシドニーオリンピックやワールドカップなどで活躍し、現在もそれぞれがJチームの中心選手としてプレーしている。
代表的なメンバーは小野伸二、稲本潤一、遠藤保仁、高原直泰、小笠原満男、本山雅志、中田浩二、加地亮、播戸竜二など錚々たるメンツである。
それから13年の時を隔てて、黄金世代に匹敵する輝きを持つ「プラチナ世代」なるものが登場した。
こちらは昨年のU-17ワールドカップに出場した、1992年生まれが中心の世代である。
主要メンバーは宇佐美貴史、宮吉拓実、柴崎岳、高木善朗、宮市亮、杉本健勇、幸野志有人らだ。
まだ17歳前後の選手たちなので知名度は黄金世代に及ばないものの、才気では引けをとらない。
今後の日本サッカー界を背負っていく逸材たちだと言えるだろう。
そしてこのガンバ大阪 x 清水エスパルスの試合は、両世代の筆頭格である小野伸二と宇佐美貴史の初対決ということでも注目を集めた一戦だった。
日本サッカー界の「生きる伝説」、宇佐美貴史
宇佐美貴史は高校3年生になったばかりの17歳。
まだ若手だけども、その名前は中学2年生頃からすでにサッカーファンの間で轟いていた。
「ガンバのユースに、宇佐美という怪物がいるらしい」。
ネット上などで名前はすぐに広まった宇佐美だったものの、なにぶん中学生なだけに映像が少ない。
次第に “宇佐美” という名前だけが一人歩きして、「宇佐美って架空の選手じゃないの」と、都市伝説のような扱いになっていた時期もあるという逸話を持つ。
京都出身だけれども両親がガンバ大阪の熱狂的ファンだったために、中学からガンバのジュニアユースに入団した宇佐美。
彼はここですぐに頭角を現す。
中学2年時にはジュニアユースの中心選手となり、高円宮杯全日本ユースU-15と日本クラブユース選手権U-15という中学生の2大全国大会で、2年生にしてダブル得点王を獲得。
中3になる時には飛び級でユースチーム昇格を果たした。
ユースでも宇佐美の進化は止まらず、中3時にはクラブユース日本一を決める日本クラブユースサッカー選手権U-18でレギュラーとして優勝。
高校1年生時にはプリンスリーグU-18関西で得点王。
同年のJリーグユース最強チームを決めるJユースカップでは、ガンバの10番を背負って優勝に貢献。
その他、多くの国際フェスティバルでもMVPや得点王に輝く。
そして高校2年になる際には、早々にユースを卒業してガンバのトップチームとプロ契約。
その年のAFCチャンピオンズリーグ、FCソウル戦でプロデビューを果たす。
この試合では初出場・初先発で初得点も挙げ、さらには稲本潤一の持っていたクラブ史上最年少デビュー記録を更新(17歳と14日)までするオマケつき。
さらに代表でも、エースとして同年のU-17ワールドカップに出場。
宇佐美はまだこれからキャリアを築いていく年齢の選手だけれども、すでに凄い実績である。
これまで宮本恒靖、稲本潤一、大黒将志、二川孝広、家長昭博ら代表クラスのタレントを数多く輩出してきたガンバ大阪ユースの歴史上でも、最高傑作との呼び声が高い。
そんな宇佐美貴史が、前節からとうとうJリーグでもスタメン起用されるようになった。
インパクトを残せなかった宇佐美貴史
今シーズンのガンバは絶不調である。
遠藤やルーカスといった中心選手たちが故障や疲労で離脱し、外国人FW陣も揃って不振ということでドン底にあえいでいる。
この日の試合でも、前半から終始主導権を握っていたのはアウェーのエスパルスのほうだった。
従来の4バックから3バックに変更し、中央のディフェンスを固めにいったガンバ。
しかしエスパルスは3バックの弱点である両サイドのスペースを突き、ここを起点に何度もチャンスをつくる。
押し込まれて苦しい時間帯が続くガンバだったものの、前半40分にPKを獲得し、少々ラッキーな形から先制点を挙げる。
追う立場になったエスパルスは、後半はさらなる猛攻を仕掛けた。
明神智和を中心に粘り強く守るガンバは、GK藤ヶ谷陽介のスーパーセーブもあって何とか耐えしのいでいたものの、後半25分に岡崎慎司に押し込まれ、ついに失点。
けっきょく試合は 1-1 のドローに終わった。
エスパルスの小野伸二はこの試合でも攻守に活躍。
正確無比なキープ、パス、キックで藤本淳吾ら前線の選手たちを操った。
そのプレーからは余裕と貫禄が感じられる、相変わらず見事なまでのマエストロぶりであった。
対する宇佐美は随所に大器の片鱗を見せつけたものの、決定的な仕事はできずじまい。
評判に見合ったインパクトを残せたとまでは言い難い出来だった。
宇佐美の持つ真の才能
宇佐美貴史はオールラウンドな能力を持ったアタッカーである。
ドリブルが得意でスピードもあり、シュートも上手いしFKも蹴れるしパスも出せる。
しかしこの試合に限って言えば、全てをうまくやろうとし過ぎて空回りしてしまっていた感は否めない。
この試合で最も宇佐美が危険だった場面は、後半40分ごろに右サイドのドリブル突破からシュートを放ったプレーである。
得点にはならなかったものの、このプレーを90分間続けられていたら、相手にとっては相当嫌な存在になっていたはずである。
しかし実際にはこういったプレーは1回きりで、けっきょくこの日の宇佐美は本物の脅威にはなれないまま終わった。
宇佐美が才能あふれる選手であることに疑いの余地は無い。
しかし今の彼のプレーには、どこか「カッコよくやろう」という意識が感じられるような気がした。
けれども彼の本領は、そういった「美しいプレー」とは別のところにあるのではないだろうか。
緩急の激しいドリブル突破で相手DFを置き去りにし、そこから強烈なシュートを放つ。
この試合で1回だけ見られた、そんな強引で野性味あふれるプレーこそが、宇佐美貴史の最大の武器であるように僕は思う。
彼が単なる「天才」ではなく「怪物」と称される理由もそこにあるのではないか。
少なくともこんなプレーができる選手は、近年の日本ではほとんど皆無であった。
唯一似ている例があるとすれば、最近の本田圭佑だろうか。
本田も日本にいる間は技巧的なプレーを好む選手だったけども、海外に渡ってからは強引な突破からシュートを積極的に打ち、泥臭くても得点にこだわるスタイルに変貌を遂げた。
そして今や、世界で最も評価の高い日本人選手である。
宇佐美が本田になることは充分可能である。
その能力を宇佐美は全て備えているし、むしろ本田よりもスピードがある。
単独での突破力を考えれば、本田と比べてもはるかに優れた選手になれる可能性も高い。
将来、史上最も成功した日本人選手になることも充分可能だろう。
それくらいのポテンシャルを宇佐美貴史は秘めている。
彼にはぜひとも、そこまでの高みを狙ってもらいたい。
進化を続ける「リアルモンスター」
それぞれの世代を代表する天才ということで対決が注目された小野伸二と宇佐美貴史。
しかし、そもそもこの2人を比較するのには無理があった。
30歳となり脂の乗りきった小野と、弱冠17歳で売り出し始めたばかりの宇佐美とでは完成度が違って当然だし、何よりもプレースタイルが全く違う。
しかしこの2人のスタイルの違いこそが、日本人の理想とするサッカー選手像の変化だと思って見てみると面白い。
小野伸二の時代の理想的なサッカー選手は、テクニックがあり、中盤で美しいスルーパスをバシバシ通せる選手だった。
しかし今は、より単独での突破力を持ち、自ら得点を挙げられる選手が求められている。
小野がジダンだとすれば、宇佐美はクリスティアーノ・ロナウドだろうか。
後輩の宇佐美はよりモダンなフットボーラーであり、これまでの日本にあまりいなかったタイプの選手である。
17歳の頃、小野は高校選手権出場を夢見る高校サッカー部の選手であった。
いま17歳の宇佐美は、すでにJリーグチームのレギュラークラスとしてプレーしている。
小野より一歩早く階段を昇っているこの「リアルモンスター」が、いったいどこまで進化するのか。
宇佐美貴史が完成するまであと10年余り。
その物語は、まだ始まったばかりである。
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