当たり前だけども夏は暑い。
そして炎天下でやるスポーツは地獄である。

僕も高校時代はラグビー部に所属していたけれど、夏場の暑さたるや半端ではなかった。

もはや痛みを感じると思うほどに強烈な太陽光線。
体にまとわりつく、湿気を帯びたムンムンの熱気。

ユニフォームを脱いでもTシャツを脱いでも解消されない暑さには、まるで身体に絨毯をグルグル巻きにしてプレーをしているような錯覚すら覚えた。

また観戦する側としても、この暑さは強敵である。

数年前、京都にサンガの試合を観に行ったことがあるのだけども、京都は盆地なので夏場は暑い。
その試合の日は猛暑日で、屋根のない西京極のスタンドは、電子ジャーの中に人間が入ったらこんな感じなんじゃないかと思うほどに激烈に暑かった。

後半に入る頃にはほとんど意識が飛んでしまい、朦朧として何故か選手たちがみんな2メートル級の巨人に見えてきた。
当然のごとく試合内容はほとんど覚えていない。

そんな過酷な日本の夏だけれども、この季節にプレーをするJリーガーたちは大したものだなと思う。

そしてこの試合も当然のことながら、そんな暑いさなかに行われたゲームとなったのである。

夏場のゲームの抱える問題点

この日も大阪は暑かった。

僕は大阪に住んでいるのだけども、昼間に外出した時の大阪は快晴で、そして容赦なく暑い一日だった。

公式記録によると、18時キックオフのこの試合当時の気候は、気温28.8℃・湿度66%。
夕方とは言え、テレビを通じて見ても、選手たちは前半早々からもう汗だくである。
この気候の中で、90分を通じて質の高いプレーを求めるのもかなり酷な話だろう。

ただ、僕は今のところ、Jリーグの秋春制の支持者ではない。
夏の暑さを避けるために、冬場の北国の人たちの観戦環境を犠牲にすべきとは思わないし、剛腕と言われる日本サッカー協会・犬飼基昭会長の偏った考え方もあまり好きではない。

しかしそれでも、この夏場の過酷な環境は何とかならないのかなとも思う。

そうこう考えながら今年のワールドカップを思い出した時、南アフリカは南半球なので、今回は冬場のワールドカップだった。

この大会が比較的、点差の拮抗した接戦が多かったのも、涼しい気候と全く無関係ではなかったように思う。
体力が持つぶん集中力も維持されて、終盤までもつれ込むゲームが多かったように思えるのは気のせいだろうか。

翻って、再開したJリーグを考えた場合、僕は世界との技術的な差もさることながら、やはりこの気候の部分でのハンデが大きいように思えてきた。

この暑さの中では、どうしても「ダレる」時間帯が出てきてしまうのは仕方のないところだろう。
もちろん、この試合でも選手たちは極限まで必死に走り、頑張っていたように思う。
ただ、やはり人間の体力には限界がある。
安易な秋冬制に迎合する気にはなれないけれども、夏場の試合開催については、何かしらの改善策を探っていく努力は、続けていったほうが良いようにも感じた。

大器の片鱗を見せた天才、宇佐美貴史

ただ、その過酷な環境の中、選手たちは非常にドラマチックな試合を見せてくれた。

まず先制したのはアウェーのレッズのほうである。
18分、右サイドからポンテ→平川忠亮と繋ぎ、そのクロスをエジミウソンが頭で合わせて先取点。
少し前まではリーグの覇権を争う最大のライバル同士だったチームに、ガンバは主導権を奪われる展開となった。

しかしホームで負けられないガンバは、若き天才の一撃で試合を振り出しに戻す。
前半ロスタイム、遠藤保仁のスルーパスを受けた宇佐美貴史が抜け出し、正確に右隅を狙ってゴールゲット。

4年後のブラジルでは日本代表の中心選手の座を狙うこの大器が、そのポテンシャルを見せつけた一撃だった。

しかし、この試合の最後に主役になったのは宇佐美ではなかった。
結果的にシーソーゲームとなったこの試合で、ガンバの全得点に絡んだ男。
それは4年後ではなく先月の南アフリカで、日本代表の主力として戦った “世界を知る男”、遠藤保仁だったのである。

遅咲きの天才ゲームメーカー、遠藤保仁

僕は以前、韓国のパク・チソンに関する記事を書いた際、パクを「顔で損している選手」だと表現したことがある。
相当の実力者にも関わらず、顔が地味なせいでそう見えにくいといった意味の内容だった。

そして遠藤もまた、顔で損をしている選手の日本代表だと言えるだろう。

余談ながら僕の会社の女子社員の子(特にサッカーに興味なし)は、ワールドカップのデンマーク戦の翌朝、自宅のお母さんに「ガチャピンがゴール決めたよ、ガチャピン、ガチャピン」とあの熱戦を解説されたそうである。

本物のガチャピンは着ぐるみの身ながらも、ジェットスキーをたしなんだり、ロッククライミングに命を張ったりと、見た目からは想像できないほどアクティブな一面を持つが、遠藤もそれに近いものがある。

いつも飄々とした、ともすれば気の抜けたようにも見える表情。
サッカー選手といえば三浦カズやゴン中山のような熱血漢、あるいは中田英寿のようなクールながらも精悍なプロフェッショナルの姿を思い浮かべてしまう僕たちにとって、遠藤のそれは、おおよそ一般的な「サッカーの上手い選手」のイメージとは若干のギャップがあるだろう。

実際、恥ずかしながら僕も、遠藤がここまでいい選手だと気がついたのは、代表で主力となり始めてからの話である。

また、そのマイペースな雰囲気が災いしたのかは知らないけれど、遠藤自身も若くからその才能を認められながらも、代表で芽を出すまでにはかなりの時間がかかった。

99年のワールドユースではレギュラーとして準優勝に貢献したけれども、もともとは稲本潤一の控えで、稲本のコンディション不良により出番が回ってきた格好だった。

翌 2000年のシドニーオリンピックでは、予備登録メンバー止まりで本戦出場はならず。

2002年にはジーコによってA代表に初招集されるものの、レギュラーの座は確保できず、06年のワールドカップドイツ大会では、フィールドプレーヤーとして唯一出場機会を与えられない屈辱を味わった。

そんな遠藤の才能を見ぬいたのが、イビチャ・オシム監督である。

オシムは代表監督に就任してすぐ、遠藤を代表の中心選手に据えた。
さり気ないけれども計算され尽くしたプレーを実践する遠藤は、まさにオシム好みのインテリジェンスに溢れたプレイヤーだった。
オシムの後を継いだ岡田監督の下でもその扱いは変わらず、南アフリカでも中盤の要として、期待に違わない活躍を見せたのである。

そしてこのワールドカップでの経験が、遠藤をプレイヤーとしてさらに一回り成長させたようだった。

ロスタイムに待っていたドラマ

このレッズ戦での遠藤は、以前にも増してアグレッシブだった。
ボランチのポジションながら頻繁にゴール前に顔を出し、積極的にゴールに直結するラストパスやシュートを狙った。

中にはもちろんミスになったプレーもあったけれども、それは積極性の裏返しでもある。
貪欲にゴールを狙う遠藤のその姿は、ワールドカップ以前とは目に見えて変化があったように僕には感じられた。

そしてリスクを怖れずに攻撃に絡んだ遠藤の姿勢は、ゴールという結果となって実ることになる。

後半 64分、遠藤からのゴール前へのロングパスを、レッズ DF山田暢久が処理を誤ってオウンゴール。
これでガンバは逆転に成功する。

しかしその直後、ルーカスがレッドカードで退場となり、試合は難しい展開に。
それでも数的不利に耐えたガンバは、90分の山田暢久の退場で、1点をリードしながらも人数をイーブンに戻すことに成功したのである。

そしてドラマはロスタイムに待っていた。

まずはロスタイムも2分を過ぎた頃、レッズは CKから再びエジミウソンが頭で押し込んで、同点に追いつく。

歓喜するレッズの選手たち。
画面には、苦々しい表情のガンバの選手たちと遠藤の顔が映し出されていた。

しかし、ワールドカップで大きな経験を身につけて帰ってきた男は、ここでは終わらなかった。
遠藤がワールドカップから持ち帰った一番大きなもの、それは “勝負強さ” だったのではないだろうか。

ロスタイムも残り数十秒となった同点弾の直後、ガンバの武井択也が左サイドを突破する。
そこから出たグラウンダーのクロス。
これをゴール前でイ・グノが落とすと、そこに走りこんだのは遠藤だった。

遠藤の右足から放たれたミドルシュートはレッズのゴールに突き刺さり、ガンバが最後の最後に、劇的すぎる勝ち越し点を挙げたのである。

4年後を目指す「永遠のサッカー少年」

南アフリカのワールドカップで僕が非常に印象に残ったのが、各チームの「最後まで諦めない姿勢」である。
ウルグアイ代表しかり、オランダ代表しかり、そして我らが日本代表しかり。
彼らは劣勢に立たされても、決して最後まで諦めない「ハートの強さ」を持ったチームだった。

そして遠藤のロスタイム弾にも、僕は同じような「最後まで諦めないハート」を感じたのである。

過酷な暑さの中、両チームの運動量は後半は低下していたように感じたけれども、それでもハートのスタミナは切れていなかった。

だからこそ、この劇的なロスタイムのドラマが生まれたのだろうと思う。

この試合を勝ち切ったガンバは8位に浮上。
それを演出したのは、「世界を知る男」のもたらした「ワールドクラスのメンタリティ」だった。

高校時代から注目された遠藤も、はや30歳。
しかし彼は、4年後のブラジル大会を目指すのだそうである。
そして遠藤ならそれを、本当に実現させてしまうのではないだろうか。

三十路を過ぎても進化を続ける、遅咲きのゲームメーカー、遠藤保仁。
宇佐美貴史や平井将生など、ガンバの中でも4年後を目指す若手がどんどん育ってきている。
しかし遠藤は、その挑戦を受けて立つつもりらしい。

本家ガチャピンは「永遠の5歳」なんだそうだけど、遠藤保仁も、いつまでも枯れることのない「永遠のサッカー少年」なのだろう。

彼のプレーは衰えることを知らない。

少なくとも、その内に秘めたるハートの炎が、燃えつきるその時までは。

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