ジャイアントキリングを演出した「小さな巨人」、長友佑都/セリエA@ACチェゼーナ 2-0 ACミラン


Photo by *Bettina*

今年のヨーロッパの移籍市場で、主役になったのは ACミランだった。

レアル・マドリードやマンチェスター・シティなどの「大型補強常連組」が、若手中心の比較的落ち着いた補強に留まったのに対して、ミランは移籍期限ギリギリでズラタン・イブラヒモビッチ、ロビーニョという2人のビッグネームを獲得。
一躍、今シーズンの注目を集める存在に躍り出た。

そしてそんなミランをホーム開幕戦に迎えたのが、長友佑都を獲得した ACチェゼーナだった。

欧州に名だたる「巨人」ミランに対し、今季 20年ぶりにセリエAに復帰したチェゼーナ。
普通に考えれば、その実力差は歴然だった。

しかしチェゼーナはこの試合で、絵に描いたような「ジャイアントキリング」を達成するのである。

「20年ぶり」に湧いたチェゼーナのホームスタジアム

立錐の余地もない、とはこういう状態を指すのだろうか。

23,860人を収容するチェゼーナのホーム、スタディオ・ディノ・マヌッツィは、今にもスタンドから人が転がり落ちそうなほどの超満員だった。

20年間待ちに待ったセリエAの舞台、そのホーム開幕戦なのだから無理もない。
しかも相手は、この 20年間で最も成功を収めたチームの一つである ACミラン。

スタジアムは興奮の坩堝と化していた。

そしてこの最高の舞台で、チェゼーナは最高のゲームを披露する。

立ち上がりからハイテンションのチェゼーナは、大観衆の後押しもあって積極的にミラン陣内に攻めこんでいく。
20年間の思いが詰まりに詰まった 10分間。

しかし、スタート時の勢いが切れたあとは、想定どおり「巨人」ミランが主導権を握り返した。
中盤のアンドレア・ピルロのゲームメイクから、ロナウジーニョ、アレシャンドレ・パト、イブラヒモビッチの脅威の3トップが次々とチャンスを創造していく。

一方的に攻めこむミラン。
「お約束」の1点目が入るのは、時間の問題かと思われた。

しかしそのミランの前に、チェゼーナのディフェンス陣が泥臭い堅陣を築く。
ゲームを支配されつつも、最終ラインは割らせずに、ミランの猛攻をしのぎ続けた。

そしてその一員として機能していたのが、長友佑都だった。

開幕のローマ戦でも見事なディフェンスでドローに貢献した長友は、この試合でも輝きを放つ。

イブラヒモビッチ、パトの2人のワールドクラスとマッチアップすることの多かった長友はしかし、持ち前のスピードと読みで自サイドからチャンスを作らせない。

192cmのイブラヒモビッチと対峙する 170cmの長友佑都の姿は、まさに巨人と小人。
ゴーレムとホビットくらいの差を感じたけれども、そんな小柄な長友が北欧の巨人の前に立ちはだかった。

イブラヒモビッチはたぶん、はじめは長友のことを、言葉は悪いが進路を妨害する虫ケラ程度にしか考えていなかったのではないだろうか。

しかし、長友の鋭い読みに裏打ちされたディフェンスに自分のプレーをことごとく阻止されたイブラヒモビッチは、徐々にその存在感に気がついたか、長友のサイドでの勝負を避けるようになっていった。

そうしてミランの猛攻をしのぎ続けたチェゼーナに、ワンチャンスが訪れたのが 31分。

左サイドを突破したエマヌエレ・ジャッケリーニのサイドチェンジを、右サイドバックのルカ・チェカレッリが折り返し、中央でエースストライカーのエルヨン・ボグダニが合わせる。

このヘディングシュートが見事に決まって、防戦一方だったチェゼーナが、巨人・ミランに起死回生のカウンターパンチを浴びせたのである。

呆然とするミラン。

熱狂するチェゼーナの大観衆。

しかし1発のラッキーパンチが当たることは、サッカーでは良くあることだ。

時間はまだ 60分あり、ミランがまた試合を振り出しに戻すことは、この段階では充分に想定されたことだった。

その雲行きが怪しくなってきたのは 44分。

自陣ゴール前から再びカウンターを仕掛けたチェゼーナは、右サイドを走るボグダニから、逆サイドのジャッケリーニにパスが通る。

これを、この日絶好調だったジャッケリー二がファーサイドギリギリに蹴り込んで、ゴールネットを揺らした。

何と前半で、チャレンジャーだったチェゼーナが2点をリードしてしまったのである。

「ワールドクラス」たちを完封した長友佑都

この日の長友の活躍は見事だった。

さすが強豪ミラン相手だけに、オーバーラップのチャンスはほとんど無かったものの、ディフェンス面では大貢献。
特にカバーリングでピンチを未然に防ぐ場面が目立っていた。

1対1でも、イブラヒモビッチ、パト、後半から入ったインザーギといったスーパースターたちと丁々発止のつばぜり合いの末、見事にその突破を封じる場面も見られた。

ただ、そこはやはり世界的スターたち。

長友の守備に手を焼きながらも、パトには1度完璧にぶっちぎられ、インザーギには何度か裏を取られる場面もあった。

しかしチーム全体の粘り強いディフェンスの甲斐もあって、チェゼーナは無失点のまま試合終盤を迎える。

ところが 85分、この日最大のピンチが長友とチェゼーナを襲う。
立ちはだかったのは老獪なゴールハンター、フィリッポ・インザーギだった。

後方からの浮き球に反応したインザーギは、このボールに競りかける。
マークに付いたのは長友だった。

しかしここでは、百戦錬磨のインザーギの駆け引きが長友を上回る。

競り合いの中で体を反転させ、シュート体勢に持ち込んだインザーギ。
これを長友が倒してしまい、ミランに PKが与えられた。

チェゼーナとしては、1点差に詰め寄られる大ピンチ。
相手はミランである。
これを決められれば、試合はどう転ぶか分からない。

キッカーのズラタン・イブラヒモビッチがボールをセットする。

しかし、この日のチェゼーナの幸運は尽きてはいなかった。

イブラヒモビッチが蹴ったこの PKはゴールマウスを高く越え、絶好の機会をミランは逸する。

そして試合はこのまま終了し、チェゼーナが 20年ぶりのセリエAの舞台で、チーム史上に残る大金星を挙げたのである。

長友佑都の得た「自信」と「課題」

ローマとミランという強豪相手に1勝1分けという、最高のスタートを切ったチェゼーナ。

この日の勝利の立役者は、少ないチャンスを確実に決めたボグダニとジャッケリー二のアタック陣だろう。

しかし、その活躍を影で支えていたのはディフェンス陣だ。
そして長友佑都は、その中心選手の一人として活躍した。

特に同サイドのジャッケリー二が攻撃に専念できたのは、後方を固める長友の存在が大きかったのではないだろうか。

この日、スタジアムに視察に来ていた日本代表のザッケローニ監督にも、好印象を残したに違いない。

ただしその反面、ワールドクラスのスーパスターたちに、何度か危ない場面を作られてしまったのも事実である。

そういう意味で、長友にとっては自信と課題の両方が手に入った、貴重な経験となった一戦だったろう。

長友佑都の手に入れた、価値ある経験値。

しかしこういう試合を続けていくことで、長友佑都はまた一歩ずつ、「世界最高のサイドバック」に近づいていくのではないだろうか。

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