岡田ジャパンに期待する「0%の可能性」

日本代表のセルビア戦での惨敗から10日ほどが経った。
現場で観戦した僕からしたら勝つ気が無いようにしか見えなかった代表チームだったけれど、岡田監督は試合後、気持ちを落ち着かせるためにタバコを吸っていてテレビのインタビューに遅刻し、中澤佑二は「その日の夜は眠れなかった」と語ったそうだ。
どうやら監督や選手たちは普通にショックを受けてはいたようである。
2月の東アジア選手権で最下位に終わった際には、日本中から岡田監督解任を叫ぶ大合唱が巻き起こったものの、今回はそういった声は少なかった。
それだけ、もはや今の日本代表に誰も期待をしなくなったという事だろう。
これまでワールドカップに臨む日本代表は、常に大きな期待をかけられて本大会へと出陣していた。
しかし今回は、2ヶ月も前からすでに白けムードである。
岡田監督の掲げた「ワールドカップベスト4」の目標が実現すると信じている人はもはや誰もいないし、監督や選手たち自身も信じていないのではないだろうか。
何とも寂しい限りである。

監督・岡田武史について

なぜこんな事になってしまったのだろうか。
きっかけは、イビチャ・オシム前監督が脳梗塞で倒れたところまで逆昇るだろう。
そもそも今回の日本代表は、年齢的に2004年のアテネオリンピックを戦った世代が中心になることがあらかじめ想定されていた。
しかしアテネ世代は10代の頃から、一つ上の “黄金世代” と比べてタレント不足を指摘されていた「谷間の世代」であり、2006年のジーコジャパンと比べて戦力が落ちることは何年も前から明らかであった。
その点、オシム監督はうってつけの人材だった。
弱小チームだったジェフをタイトル争いをするまでに成長させたJリーグでの実績もさることながら、海外のクラブでも同様にタレント不足のチームを強豪に育て上げている。
しかも90年のワールドカップではユーゴスラビア代表を率いてベスト8に進出するなど、代表での実績も充分。
谷間の世代もオシムの手で鍛え上げれば、世界で戦えるチームに変貌するという期待を抱かせた。
しかし、オシム監督は志なかばで病に倒れる。
後任となったのが、岡田武史現監督である。
オシムと比べて、世界的な知名度でもカリスマ性でもどうしても見劣りする岡田監督。
日本代表を初めてワールドカップに出場させた監督でありながら、そのフランスワールドカップにおいて、代表のエースでありカリスマ的存在だった三浦知良をメンバーから外し、挙句の果てに3戦全敗に終わったことで轟轟の非難を浴びた。
10年経ってもそのイメージを引きずっているためか、ファンからの人気はほぼ無いと言っていい。
しかし、僕は岡田武史という人を嫌いではない。
初めて岡田武史を観たのは93年のアメリカワールドカップ最終予選の頃である。
当時はジェフ市原のコーチだった岡田さんは、解説者としてワールドカップアジア予選のテレビ中継に出演していた。
この予選の対イラク戦、日本が土壇場で追いつかれてワールドカップ出場を逃した、いわゆる「ドーハの悲劇」の試合で、人目もはばからずにカメラの前で号泣し、「日本は負けていません!」と叫んでいたのが岡田武史その人であった。
岡田さんはその後のアメリカワールドカップ本大会でも、いくつかの試合に解説者として参加していた。
淡々と落ち着いた口調ながら、時おり熱いハートとサッカー愛を感じさせる解説は同氏の人柄が滲み出ていて、個人的には木村和司と並んで好きな解説者の一人であった。
そして4年後のフランスワールドカップ予選。
コーチとして代表チームの一員となっていた岡田さんは加茂周監督の解任に伴い、代役として急遽、日本代表監督に就任することになる。
当時Jリーグでですら1度も監督経験のなかった岡田武史が日本代表の監督に。
当時の僕は、いくらなんでも無謀すぎると、日本サッカー協会の人事に憤慨していた。
しかし素人監督の岡ちゃんはワールドカップ初出場がかかったこの予選で、国中からの想像を絶するプレッシャーを感じながらも、見事ワールドカップへの切符を手に入れる。
そこには選手の力ももちろんあったろうし、ファンの応援や運による力も存在しただろう。
しかしそれでも僕は、日本の悲願であったこの偉業を成し遂げた岡田さんは、素直に凄い人だなと思った。
後にJリーグの監督に転身した岡田武史は、コンサドーレ札幌をJ1に昇格させ、横浜マリノスではJリーグ2連覇を達成する。
そのサッカーは守備的で面白みが無いと批判される事もあったものの、彼が無能な監督ではないことは、その実績からも充分に証明されていると言っていいだろう。
そして2007年の末。オシム監督の代役として、再び代表監督としての白羽の矢が立つ。
偉大な前任者の代役という難しいタイミングで、谷間の世代の選手たちを指導するという難しい仕事。しかもフランス大会後に戦犯とされた岡田武史は、日本代表の監督にかかる重圧を嫌というほど味わっている。
それでもこの仕事を引き受けた岡田さん。
これはひとえに、彼の日本サッカーに対する情熱と愛情の現れだったのではないだろうか。
そして予期した通り、岡田ジャパンはいま猛烈な批判にさらされている。

岡田ジャパンのポテンシャルと、その弱点

岡田監督が日本代表の監督として充分な能力を持っているとは僕も思わない。
解説者としての岡田さんは好きだけど、プロの監督は結果を残さなくてはならない。
その意味で、生真面目で繊細すぎる彼の性格は、世界で戦うにはマイナス面が多いと思われるのも確かだ。
しかし、気の毒な部分もあった。
一番残念だったのは協会のマッチメイクの拙さである。
果たして岡田監督が就任して以来、どれだけまともな相手との対戦があっただろうか?
昨年秋のオランダ戦とガーナ戦、南アフリカ戦などを除けば、ほとんどがアジアレベルのチームか欧米の2軍チームとの対戦ばかりである。
強いチームと戦わなくては課題は見つからない。
トルシエジャパン時代にもコパ・アメリカで惨敗したり、フランス相手に5-0で大敗したりなどの試合があったし、ジーコジャパンの頃もアルゼンチンやドイツを相手に3点差で敗れている。
しかし、当時の代表チームには、まだワールドカップ本大会までにチームを立て直す時間があった。
本番の前にそういった厳しい試合を経験したことで、チームは課題を見つけ、それを克服することで成長することができたのである。
岡田ジャパンも昨年のオランダ戦で 0-3 で敗れたことは収穫となったはずだった。
しかし、それ以外で自分たちの力を試す機会がないまま時間が過ぎ、セルビア戦でボコボコにやられた時には、気がついたらワールドカップの2ヶ月前だったというわけである。
そうは言っても失われた時間は取り戻せない。
今の日本にできることは、残りの2ヶ月間でどれだけの準備をするかという事だけである。
現実的に考えれば、できる事は限られている。
確実に言えることは、「今のままでは惨敗が待っている」ということだけだ。
僕は日本代表にはポテンシャルはあると思っている。
前述したオランダ戦でも、前半はむしろ日本のほうが良いサッカーをしていたし、ガーナ戦ではほぼベストメンバーだったアフリカの強豪相手に勝利を収めている。
この2試合ではフィジカルの弱さを指摘されたものの、瞬発力やパワーはともかく、スタミナの面では本大会までに改善はなされてくるはずだ。
また、チームの結束力という意味でも、バラバラだったジーコジャパンの頃と比べれば、岡田監督の元できちんと団結できている印象が強い。
では、岡田ジャパンに最も欠けているものは何なのか。
それは経験と自信であると僕は感じる。
言い換えればメンタルの強さという事だ。
メンタルの部分を短期間で変えるのは難しい。本人の性格や人生観にも関わってくる部分だからである。
しかし方法はある。
「火事場の馬鹿力」という言葉があるように、追い詰められた時には人間は自分でも信じられないくらいの集中力を発揮することがある。
つまり、今の日本代表にはショック療法が必要だと感じる。
岡田監督の解任は、そういった意味では有効な手段の一つだったとも言えるだろう。
しかし、岡田監督が選手たちの心を掌握できている現状と、後任監督のあてが無く、本番への残り時間も少ないことを考えると、監督を代えたとしても良くなるどころか現状より悪くなく可能性もありうる。
その意味では、いま監督を解任することは本当の博打となってしまう危険性が高い。
そして何よりも協会自体に岡田監督を代える意志がない。
ではどうすればいいのか?
今のままでは結果は見えている。
岡田監督を続投させたまま本大会に臨むとしても、何らかの変化は絶対に必要なはずである。

岡田ジャパンに期待したい「変化」

一番現実的なのは、戦術を見直すことだ。
今の日本のパスサッカーは、時間帯によっては強豪のオランダ相手にも充分に通用した。
ただしそこを封じられてしまうと、2軍のセルビアのような相手にさえも抑えこまれてしまう諸刃の剣である。
組織サッカーのスタイル一辺倒では本大会で勝ち抜くのは難しい。
そこで、岡田監督が本来もっとも得意とする守備的なサッカーのオプションも持つことが必要になってくるのではないか。
時間帯や相手によってそのスタイルを使い分けていくことで、日本の戦術の幅も大きく広がることになる。
おそらくこのオプションは、岡田監督自身も実際に考えていることだろう。
ただし、この戦術面での見直しは、あくまでも勝つために最低限必要となってくる条件に過ぎない。
これがなくてはまず間違いなく世界では戦えないけども、これがあれば充分勝てるというわけでもない。
戦術的オプションを増やした上で、メンタル面での改善にも着手する必要があると僕は考える。
その意味でひとつ挙げられる案は、スーパーバイザー的な存在をチームに加えることだ。
例えば鹿島に頭を下げて、モチベーターとして素晴らしい能力を発揮しているオリベイラ監督に日本代表のスーパーバイザーとなってもらう。
岡田監督は当然不快感を示すはずである。しかし、今はもうそんな事を言っていられる状況ではない。
岡田監督が受け入れられるのであれば、そういった存在をスタッフに招くことは雰囲気を変える意味で特効薬となりうると思われる。
そしてもう一つの案は、チームの雰囲気を一変させてしまうほどの影響力のある選手を加えることだ。
と言っても今の日本には、かつてのマラドーナやロマーリオのように、「実力があるのに代表に選ばれていなかったカリスマ」は存在しない。
選ぶとすれば、「実力よりも精神的な影響力を重視しての選考」ということになる。
実際に2002年ワールドカップでも、トルシエ監督は同様の理由から、サブメンバーにベテランの中山雅史と秋田豊を選んだ。
2人とも試合出場の機会は多くはなかったものの、ロッカールームで貴重な精神的リーダー兼ムードメーカーとなっていたのは、この大会での日本代表に密着したドキュメンタリー作品『六月の勝利の歌を忘れない』でも充分に見て取れた。
逆にそういった存在がいないまま本大会に臨み、チームが内部から崩壊してしまったのが4年前のジーコジャパンであった。
では、誰をチームに加えるべきなのか。
僕が考える選手は2人いる。
1人は2007年ワールドユースを戦った「調子乗り世代」の代表格である、サンフレッチェ広島のDF槙野智章。
高いディフェンス力は現メンバーと比べても遜色ないレベルであり、伸び盛りの若手でもある。
何より周りが呆れるほどの賑やかな性格は、ムードメーカーとしての働きが大いに期待できるし、ハートも強い。
メンタル面でチームに好影響を与えられる貴重な選手であると思う。
そしてもう1人は誰か。
これはおそらく実現する可能性は0%だろうし、実現したとしても岡田監督への風当たりがさらに強まることも予想される。
しかし僕はぜひ彼をチームに加えてほしい。
三浦知良、カズである。

日本代表に望む真のリーダー、三浦知良

12年前に岡田監督自身が、大会直前にメンバーから外したカズ。
43歳となり、今年はJ2の横浜FCでもレギュラーポジションを奪えてはいないカズを代表に呼ぶのは、現実的にはあり得ない話だ。
しかしこれがもし実現したとして、それはフランス大会でカズを外した岡田監督の、単なる温情采配にしかならないであろうか?
僕はそうは思わない。
おそらく今の日本人の中で一番、誰よりもワールドカップに出たいと願っているのはカズのはずである。
そんな彼が代表に選ばれたとしたら、岡田監督と日本代表のために死に物狂いで練習に取り組むのではないだろうか?
そして若い選手たちに代表選手としての誇りと、ワールドカップに出ることの持つ意味を伝えるはずである。
そんなカズの姿を見て、他の代表選手たちは「カズさんがあれだけやってるんだから、俺たちがやらなくてどうするんだ!」という意識を持つようになるのではないだろうか。
また、チームリーダーの中澤佑二は重圧から解放されるだろうし、不仲を伝えられる中村俊輔と本田圭佑なども、カズなら積極的に間に入りコミュニケーションの潤滑油となろうとするのではないだろうか。
マスコミは当然カズのコメントを取ろうと殺到するだろうし、そのぶん岡田監督へのプレッシャーも緩くなる。
「カズの12年越しの夢が実現」というドラマがつけば、今の代表を取り巻く白けきったムードも一変し、国内での盛り上がりにも大きくプラスに働くことも考えられる。
もちろんカズ本人にとっても、ワールドカップという、人生をかけて追いかけ続けた夢が叶うことになる。
そう考えればいいことづくめではないか。
もちろん現在のカズを純粋な戦力としては考えづらい。
しかしワールドカップの登録メンバーは23人である。
前回大会でも遠藤保仁がメンバー入りしながらも出場は叶わなかったように、23人全員がフルに戦力として稼働するわけではない。
それならばその一つの枠を、カズに託しても良いのではないか?
少なくとも、1人分の枠しかない監督を今から交代させるよりは、よっぽどリスクも少ないはずである。
当然ながら日本代表というのはチームである。
チームというのは、集団としてどう機能するのかが最も問われるものだと僕は思う。
決して、サッカーのうまい選手を上から順番に選んでいけば最高のチームができるというわけではない。
プレーの面では計算できなくとも、モチベーターとして最大級の効果を得られるのであれば、その選手を代表に呼ぶという考え方があってもいいと僕は思う。
もちろん本当にこれをやってのけるのは非常に勇気のいることである。
常識的なサッカー筋からは「岡田は狂ったのか」「代表を私物化している」などの批判が寄せられるだろう。
そしてもしこれで失敗しようものなら、大会後も何年も批判にさらされ続けるかもしれない。
僕も無責任な立場だからこんな事を書いてはいるけれど、もし自分が岡田監督の立場だったら、相当の覚悟が無くてはこんな決断はできないと思う。
しかし、今の代表チームには、それくらいの決断が必要なのではないだろうか?
普通にやっていては勝ち目がないのは目にみえている。
普通でないことをやっていかなければ、本大会では普通に惨敗という結果が待っているだけである。
その意味での、カズの代表入りである。

0%にかける夢

もちろん実現の可能性はおそらく0%で、今のところ僕の単なる妄想に過ぎない。
しかし、これがもし奇跡的に実現したとすれば、日本中の多くの人々に夢を与えるのではないか。
「カズならもしかしたら、このチームを変えてくれるかもしれない」。
少なくとも僕たちサッカーファンは、本大会までの間にいくばくかの夢を見ることができる。
そして不可能と思えるような夢も、カズのように信じて追い続けていればいつかは実現するのだという希望を、僕たち日本人に与えてくれるように思う。
実現の可能性は0%。
でもその0%がもし実現したとしたら、僕は生涯、岡田監督を支持し続けていく覚悟である。

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