岡田監督の中では、時計の針が止まってしまったのか、と僕は思った。
ワールドカップ南アフリカ大会に臨む、日本代表23人の顔ぶれである。
12年前、エースだった三浦知良を外すというサプライズ人事を敢行した岡田武史監督。
しかし、今回の人選にサプライズはなかった。
並んだのは、これまでずっと岡田ジャパンを支え続けてきた、「おなじみの顔ぶれ」である。
サプライズの無かったメンバーリスト
岡田監督が大きなサプライズを入れてこないことは、あらかじめ予想はされていた。
しかし実際に並んだ23人の名前を見て、僕は違和感を禁じ得なかった。
だって、あまりにも「普通すぎる」のである。
例えるならば、選手名鑑で気になる選手のプロフィールを見てみたら、「趣味:映画鑑賞」「好きなタイプ:北川景子」と書いてあったというくらいに普通である。
これが「趣味:寺院のお札集め」「好きなタイプ:蓮舫」とかだったら「おっ」となるだろう。つまりはそういうことだ。
あまりにも普通すぎるメンツだったことに、僕は逆に驚いてしまったのである。
そして、それと同時に思った。
「このチームでは勝てない」と。
メンバーリストに感じた一つの「違和感」
代表チームの人選とは、いつの場合でも簡単だった試しはない。
ブラジルなんかだと「1億5千万人の監督がいる」と言われるほど、国民全体が「我らがセレソン」の人選に高い関心を持っていて、各々が独自の「オレの選ぶセレソンメンバー」を持っているんだそうだ。
日本はブラジルほど選手層が厚いわけではないけれど、それでも全国のサッカーファンがそれぞれの考えで代表メンバー23人を選んだとしたら、それらがぴったり一致する場合というのはなかなかないだろう。
それくらい、代表メンバーの選抜には多くの選択肢がある。
だから実際に選ばれたメンバーを見て、多少の違和感を感じるのは誰にとっても当然なことなのだろうと思う。
ただ、僕が感じた違和感は、またちょっと違う意味合いのものだった。
その違和感の源は、今年に入ってからずっと「しょっぱい戦い」を続けてきた岡田ジャパンが、それらの試合を経験したにもかかわらず、全くと言っていいほどメンバーをいじってこなかったことにある。
「悪い流れを変える」戦い方とは
今年に入ってからの日本代表の状態は、明らかに良くなかった。
2月の東アジア選手権では4ヶ国中の3位に終わり、4月のセルビアとの親善試合ではホームで 0-3 と完敗を喫した。
ちなみに僕は麻雀をやるのだけども、麻雀でも「明らかに流れが悪い時間帯」というのが存在する。何をやってもうまく行かない状況というやつだ。
こういった場合、とるべき対応はいくつか考えられるけど、大きく分けると「動く」か「動かない」かの2択である。
しかし僕の経験上、「明らかに流れの悪い場合」に「動かない」ことを選択した時には、9割以上の確率でそのまま状況が好転せずに終わる。
つまり、現実には「動く」しか選択肢はないのである。
そして実際に勝負を分けるのは、「ではどれくらい動くのか」という「程度」の部分である。
初心者のうちはヤケクソになって、なりふり構わず動きまくってしまう場合が多い。しかしこれは一番失敗するパターンだ。だから、動きすぎるのもそれはそれで良くはない。
結論を言うと、悪い状況を打破するのに一番有効なのは「動きすぎてはいけないけど、動けるところまで動いてみる」ことではないかな、と僕は考えている。
しかし岡田監督は「動かない」事を選択した。
「今まで一緒にやってきた選手たちを信頼した」という事だろう。
それはそれで、一つの筋の通った考え方ではある。
しかし、それでも僕は思う。「でもこのメンバーでは勝てない」と。
岡田武史という人物
記者会見での岡田監督の姿を見て、「この人はつくづく、不器用な人なんだな」と思った。
緊張を隠しきれない、こわばった面持ち。
当然愛想は悪く、ニコリともしない固い表情を終始崩さない。
そして記者の質問に対しては、時としてつっかかるような対応を見せる。
記者だって人間である。かつてフィリップ・トルシエ監督がそうだったように、記者に対して敵対的な態度をとる監督は叩かれるのが世の常だ。
岡田監督も、いまメディアから叩かれている。
そしてそこから伝染してか、ファンの間でも評判は非常に悪い。
しかし、僕は岡田監督の一連の態度は、まるで外敵から身を守る小動物のようにも見えた。
岡田監督は恐らく不安なのだ。
そして人一倍気が小さく、繊細な人物なのではないか。
そしてその不安を包み隠すために、メディアに対してもいつも反発的な態度を取っているように僕には思えるのだ。
にも関わらず、岡田監督は代表監督という巨大なプレッシャーのかかる仕事を2度に渡り引き受けた。
それは人一倍真面目な岡田武史という人物の、「責任感」と「男気」の現れだったのだろうと僕は解釈している。
僕が岡田監督を嫌いになれないのも、彼のそんな生真面目で不器用なところに理由がある。
止まってしまった時計の針
しかしそれでも、このメンバー選考には疑問を感じざるを得なかった。
岡田監督はサプライズを避けた。
川口能活や矢野貴章のメンバー入りはあったけれども、どちらも「小さなサプライズ」に過ぎない。
いや、何も別にサプライズが無ければいけないというわけではない。
しかし、明らかに代表の状況が悪化してしまっているこの時期にも関わらず、何も変化を加えようとしないその姿勢に、ただただ失望しまったのである。
ではあの東アジア選手権は、セルビア戦は何だったのかと思ってしまう。
課題が噴出したあれらの試合を経ても、結局のところ岡田ジャパンの顔ぶれは変わらなかった。
惨敗を喫したメンバーたちが、そのまま顔を連ねているだけである。
そして逆に、セルビア戦で唯一好プレーを見せていた石川直宏は外れた。
Jリーグで大活躍中の小野伸二や前田遼一、小笠原満男も選ばれなかった。
大人しいチームのカンフル剤となるムードメーカーとして、僕がメンバー入りを切に願っていた槙野智章も入らなかった。
つまり、岡田監督は「動かなかった」のである。
「これまでのメンバーを信頼している」と言えば聞こえはいいけれど、
僕の目には、不安に駆られた岡田監督が、けっきょく無難な方向に「逃げた」ようにしか映らなかった。
しかし、逃げては絶対にダメである。
勝負事は攻めなければいけない。
たとえ肉を切られても、立ち向かって骨を断つ気力がなければ、厳しい勝負には絶対に勝てないと、僕はそう考えている。
回り始めたルーレット
そんなことを思いながら、録画していたメンバー発表会見を眺めていた。
ただ、当たり前すぎることだけども、この人選が成功だったのかどうかを決めるのは僕ではない。
そして、岡田監督でもない。
結果のみがそれを決めるのである。
いずれにせよ、もう引き返すことはできない。
ルーレットは回り始めてしまったのである。
最初にネットでこのメンバーリストを確認した時、僕の脳裏に浮かんだのは
「こりゃだめだ」という失望の念だった。
しかし、家で改めて岡田監督の会見の映像を観ると、また別の感情が生まれてきた。
フラッシュバックしたのは、12年前に同じ岡田監督の口から発せられた「外れるのはカズ、三浦カズ」のシーンである。
そして同時に蘇ったのは、12年前のあの熱狂の記憶だった。
そう、とうとうあと1ヶ月にまで迫ったのである。
4年に1度の、サッカーの最大の祭典ワールドカップ。
失望の気持ちが変化したわけではない。
しかし、僕はその気持ちと同時に、言いようの無い高揚感を覚えて鳥肌が立った。
ワールドカップに臨む23人のメンバーは決まった。
つまり、動き出したのである。
そう、いよいよ始まったのだ。
僕たちのワールドカップが。
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