U-16、日本が体験した『天国と地獄』/AFC U-16選手権@日本代表 1-0 東ティモール代表


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ラモス瑠偉がよく「最後は気持ちだよ、気持ち!!!」と言っていたけれど、サッカーにおいてメンタルはとても重要な要素になる。

特にそれが若い世代である場合には、メンタルの部分で試合が決まってしまうことも珍しくはない。

若者は感情の起伏が激しく、特に物事が上手くいかなくなった時や、気持ちが落ち込んだ時にそこから立ち直るのには時間がかかる。
誰しもが大なり小なり、そういう体験をしたことがあるだろう。

来年の U-17ワールドカップ出場をかけた AFC U-16選手権を戦うために、ウズベキスタンに乗り込んだ日本代表。

若きサムライたちが迎えた第2戦目は、まさにこの「メンタルの強さ」が問われる、過酷なゲーム展開となった。

東南アジアの伏兵、東ティモール

日本の対戦相手となった東ティモールは、東南アジア南部の小国である。

人口は約 110万人、現在の FIFAランキングは 201位。

ほんの8年前にインドネシアから独立したばかりの東ティモールは、その動乱の中でインドネシア側との武力による衝突が起こり、多くの国民が虐殺・略奪などの犠牲者となった。

現在は平和を回復しつつあるものの、その後も内乱は完全には収束していない。
戦争の傷跡は、いまだに国の至るところに残されている。

しかしこの国内情勢から考えると、サッカーでは日本が苦戦する相手ではないと考えられた。

しかしそう計算通りにはいかないところが、この競技の奥深さである。

初戦で日本は、ベトナムを相手に 6-0と快勝を果たす
ゲーム内容は点差以上だったと言ってもいいくらいの、完璧な圧勝劇だった。

一方、対する東ティモールは、初戦でオーストラリアに 5-0と大敗を喫していた。

その対戦相手との力の差と、中1日での3連戦という厳しいスケジュール、そして次節に大一番のオーストラリア戦を控えていることを考慮してか、日本はこの東ティモール戦で、初戦から中盤の構成を総入れ替えしてきた。

ベトナム戦では攻撃的 MFだった早川史哉を左サイドバックに下げて、ボランチと攻撃的 MFには初戦ではベンチスタートだった4人を並べる。

ベトナム相手に完璧に機能した中盤を総入れ替えしても、この試合は勝てる。
吉武博文監督の中には、多少なりともそういう計算があったのだろう。

しかし実際には、東ティモールはそんな生ぬるい相手では全くなかったのである。

東ティモールの徹底した集中強化策

東ティモールは小国だけれども、かつては熱狂的なサッカー人気を誇るポルトガル、インドネシアといった国の植民地だっただけに、サッカー熱は高い。

そして東ティモールは、日本では考えられないような規模の準備をこなした上で、この大会に臨んでいた。

小国だけに、有望な若手はそのほとんどが 10年近く前から一緒にプレーをする顔なじみ。
しかも U-16を率いる韓国人監督は、もう6年も前からこのチームを指導している。
さらに、半年以上にも渡る長期の海外キャンプを張るなど、まさに小国ならではの徹底した集中強化策をとってきた。

それだけに個々の技量はともかく、チームのコンビネーションは抜群。

特にディフェンスは組織立っていて、その堅い守りで1次予選では5試合を戦って負けなし、しかも無失点で勝ち上がってきた。

そしてこの本大会で日本も、そのディフェンス力に苦しめられることになる。

序盤から日本は、東ティモールの組織的なディフェンスに手を焼いた。

しかしベトナム戦を大勝した若きサムライたちの中には、この東ティモール戦でも「絶対勝てる」という自信があっただろう。

ベトナム戦同様、堂々たるプレーでチャンスを作った日本は、序盤に神田夢実がシュートをポストに当てる決定機を迎える。

得点にはならなかったけれども、このプレーで日本はひとつの手応えを感じた…はずだった。

しかし実際にはこのシュートミスが、これから迎える難局の幕開けだったのである。

日本が逃した絶好機

その後も激しいプレスをかけてくる東ティモール。

メンバーを入れ替えて構成力の落ちた日本の中盤は、次第にこのプレスの網をかいくぐれなくなっていく。
2トップは孤立し、前線がいい形でボールを受けられない時間帯が続いた。

たまに迎えたチャンスにも、東ティモールのゴールキーパー、ラモスが立ちはだかる。

派手なセービングは見せないもののポジショニングが抜群の東ティモールの守護神に、日本はシュートをことごとくセーブされてしまった。

けっきょく前半は、 0-0で終了する。

しかし迎えた後半、日本に立ち上がりのビッグチャンスが訪れる。

左サイドのペナルティエリア内で、神田夢実がボールを受ける。

神田はトリッキーなフェイントで DFをかわすと、そこから2トップの相棒、南野拓実にフワリとしたクロスを上げた。

キーパーの頭上を超えたクロスは、南野の頭をドンピシャでとらえる。

あとは無人のゴールに流しこむだけだったヘディングシュートはしかし、前半立ち上がりの決定機と同様に、ゴールポストに阻まれてしまった。

エースストライカーが逸してしまった絶好の得点機。

そしてここからいよいよ、日本は底なしの蟻地獄にはまりこんでしまうのである。

日本がはまった、底なしの蟻地獄

格下と見ていた相手に得点を奪えないまま、試合は後半も半ばを迎えていた。

日本の選手たちには、明らかに焦りの色が見えてきた。

どんなに実力差があろうとも、サッカーでは何が起こるか分からない。

南アフリカワールドカップでのイタリア代表のように、格下相手に不甲斐ない試合を繰り返せば、優勝候補がグループリーグで姿を消すことも充分に考えられる。

そして日本は追い詰められていた。

得点を奪えない焦りに、「こんなはずじゃなかった」という混乱が拍車をかけたか、次第にその焦りは「自信の喪失」へと繋がっていっているようにも見えた。

東ティモールの組織だったディフェンスの前に、崩しどころを見つけられない日本は、攻撃の歯車も時間を追うごとに狂っていってしまう。
さらには前半は機能していたディフェンス面ですら、プレスの出足が遅く、東ティモール相手に後手に回る場面も目立ってきていた。

たまに迎えたチャンスでもゴール前で消極的になってしまうなど、迷いがところどころに見られるようになっていく。

日本の崩壊は、歯止めが効かなくなってしまっていた。

ちなみにこの頃になると、テレ朝チャンネル解説の松木安太郎氏にも変化が現れた。

前半はお馴染みの軽妙な解説で試合の盛り上げに一役買っていた松木氏も、後半は日本の不甲斐なさにイラ立ったか、徐々に声のトーンを落とすようになってくる。

しまいには「あ〜、何であそこで打たないかなあ!」など感情丸出しになるなど、解説というより単なるサッカー好きのボヤキと愚痴になってしまったのは興味深い。

しかしそんな日本の悪い流れを変えるきっかけとなったのが、交代出場で入った選手たちである。

特に東京ヴェルディジュニアユース所属のスーパー中学生、菅嶋弘希は 64分にピッチに立つと、その高いスキルと積極性で前線を活性化。
菅嶋に牽引されて、日本も徐々にリズムを取り戻していく。

しかしこの日は、ベトナム戦では2ゴールを挙げたエース、南野拓実が大ブレーキ。

何度か迎えた決定的チャンスにもことごとくシュートを外し、逆に日本の苦戦の一因となってしまう。

このまま格下相手に 0-0か ーー。

そんな苦々しいシナリオが頭をよぎったその刹那。

とうとうエースが仕事を果たす時がやってくる。

試合終了も見えてきた 87分、右サイドで日本がフリーキックを得る。

そしてゴール前に蹴りこまれたボールのこぼれ球に反応したのが、眠れるエース、南野拓実だった。

南野は今度こそは冷静にボールをゴールに流し込み、日本に喉から手が出るほど欲しかった1点が生まれたのである。

このエースの1点を守りきって、試合は 1-0でタイムアップ。

日本が半ばあきらめかけていた、貴重な勝ち点1をゲットした。

日本の経験した『天国と地獄』

これで開幕から2連勝とした日本は、グループ2位以内が確定。
とりあえずは決勝トーナメントまでの切符を手にしたことになる。

そして次の第3節には、同じく2連勝を飾ったオーストラリアと、グループ1位の座をかけて戦うこととなった。

結果的には満足のいく結果を残せた日本。

しかし、その内容はまさに薄氷を踏むようなものだった。

と言っても初戦のベトナム戦で見せたように、日本が力のあるチームであることは間違いない。

東ティモールも良いチームではあったけれども、それでも個人能力では日本のほうが遥かに高かったと言えるだろう。

日本が苦戦した原因は、やはり「メンタル」。

歯車がうまく噛み合わなくなった際に対処する方法論を、若き代表選手たちは持ちあわせていなかったのだと僕には感じられた。

とは言え、日本がその苦境を「勝利」という形で乗り越えたことに間違いはない。

試合内容を考えれば、まさに最高の結果だったと言っていいだろう。

そしてベトナム戦の完璧な勝利と、この東ティモール戦の薄氷の勝利。

その両方を経験したことで、若き日本代表は、また一回り大きく成長を遂げるのではないだろうか。

若きサムライたちの経験した『天国と地獄』。

しかしその苦難は逆に、日本にとっては大きな「恵みの雨」になるのかもしれない。

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