結果的に試合は、3分で終わってしまったと言っていい。
アフリカ代表のマゼンベが南米王者のインテルナシオナルを破り、南米/ヨーロッパ勢以外で初の決勝進出を決めたクラブワールドカップ。
この波乱は、大会に大いなる刺激を与える絶好のスパイスになった。
しかし、僕が戦前にその波乱を期待していたのは、どちらかと言えばトーナメントの山の逆の一角、このインテル・ミラノ 対 城南一和の試合だったのである。
国内リーグでも UEFAチャンピオンズリーグでも、ピリっとしない試合が続いているインテル・ミラノ。
それに対して城南は、準々決勝で開催国チャンピオンのアル・ワハダを玉砕して波に乗っている。
もちろん、両チームの本来の実力差は大きい。
しかしそれでも、もしかしてもしかすると…という淡い予感を持って、僕はこの試合の観戦に臨んだのである。
ところがそこで見られたのは、そんなミーハーファンの野次馬根性を吹っ飛ばす、ヨーロッパチャンピオンの雄々しいまでの強さだったのだ。
城南一和に吹いた追い風
「オー、ナンテコッタ!!!」
遠路はるばるアブダビへとやって来たインテルのサポーターが、ガイジンさんお馴染みの、右腕を頭の上に振り上げる、あのゼスチャーをかましながら悔しがる。
ちなみに上のセリフは僕のフィクションなんだけど、チームのエース、ウェズレイ・スナイデルが試合開始後1分で負傷退場したとくれば、誰でも似たようなことを言いたくなるだろう。
なおここで「ジョウダンジャナイヨ!!!」と言っている人がいたら、それはラモス瑠偉かもしれない。
ともかく、間違いなくこの瞬間、城南一和には追い風が吹いていた。
マゼンベに続く、奇跡の2試合連続の “ジャイアント・キリング”。
それが実現することを匂わせるだけのアドバンテージを、この時点で城南は掴んでいたのである。
南アフリカワールドカップでも、急所を突く一撃で日本代表を沈めた男。
そのスナイデルがピッチから去った瞬間、城南の選手たちにはほのかな「自信」が芽生えたのではないだろうか。
しかし惜しむべくは、あまりにも出来過ぎの展開に、その自信が「過信」へと転化してしまっていたことである。
このアクシデントで浮き足立ったのはインテルではなく、むしろ城南のほうだった。
そして彼らはそれを、わずか2分後に思い知らされることになる。
城南が 120秒間の夢から醒めた時、チョン・ソンリョンの守るゴールは、ネットを揺らされた後だった。
左サイドのサミュエル・エトーから、楔に入ったディエゴ・ミリートへボールが入る。
ここに城南DFがプレスをかけてこぼれたボールを拾い、ゴールへ流し込んだのはデヤン・スタンコビッチ。
試合開始から息をつく暇もなく変化した風向きは、インテルの先制ゴールという、最もありふれたシナリオをそこに紡ぐ。
そして城南が、実力上位の「カテナチオの王者」からこの1点を奪い返すのが、極めて困難なミッションであることは、フットボールを知るほとんどの人が理解していただろう。
もし対戦相手が日本のチームであれば、城南はこの逆境にも、韓国人が誇る「最後まで諦めない精神力」を発動させたのかもしれない。
しかし、今回ばかりは相手が悪すぎた。
城南の緊張の糸は切れ、ここからは攻めに出る城南を、インテルが当たり前のようにはね返すという 87分間が始まる。
チェ・ソングクとマウリシオ・モリーナのドリブルは封じられ、ジェナン・ラドンチッチは空中戦でイバン・コルドバの後塵を拝する。
たまに生まれたチャンスも、インテルの守護神、ジュリオ・セーザルの前に、「存在しなかったもの」にされてしまった。
そして 32分には、ドリブルで持ち上がったハビエル・サネッティが出したパスを、ディエゴ・ミリートが芸術的なヒールパスで戻して、このワンツーからサネッティが追加点。
73分には、エトーのシュートを GKが弾いたところを、ディエゴ・ミリートが押しこんで 3-0。
終わってみれば、スコアボードには全く順当なスコアが掲示され、何の波乱も起こらないまま、インテルが「予定通りの」決勝進出を決めたのである。
活かせなかった「一瞬の突風」
この試合の殊勲者は、間違いなくディエゴ・ミリートだっただろう。
ジョゼ・モウリーニョが監督だった昨年は、MVP級の活躍を見せてチームの3冠に貢献したミリート。
しかし、今季から就任したラファエル・ベニテス監督の下では冷遇を受けていた。
エル・プリンシペ(王子)と呼ばれるほどの美しい容姿を持ちながら、なぜか薄幸そうな雰囲気を醸し出す「男版・木村多江」。
ディエゴ・ミリートはこれまで所属したジェノアやサラゴサでも、毎シーズン 10〜20ゴールを挙げて、結果を残し続けてきた。
しかし、どこか不器用そうなそのイメージが災いしてか、これまで実力が正当に評価されてきたとは言いがたく、30歳を過ぎるまでビッグクラブでのプレー経験は無かったのである。
しかし昨シーズンに移籍したインテルでは、UEFAチャンピオンズリーグに優勝、大会 MVPに輝くなど、ついに大ブレイク。
今シーズンも不遇の時期を乗り越えて、このクラブワールドカップの活躍で、再び脚光を浴びることもあるかもしれない。
反対にこのミリートの活躍によって、城南一和は完全に「脇役」の座に甘んじることとなってしまった。
立ち直れなくなるほどボロボロにやられたわけではない。
しかし 90分を通じて、ほとんどインパクトらしいインパクトを残せなかったこともまた事実だ。
結果としては、かつて ACミランやマンチェスター・ユナイテッドと激闘を演じた浦和レッズやガンバ大阪と比べて、あまりにも存在感のない戦いぶりだったと言わざるをえないだろう。
ただ、AFCチャンピオンズリーグの決勝戦や、準々決勝のアル・ワハダ戦を観ていた身としては、城南一和がこれほどまでにあっさり負けてしまうことは、にわかには信じ難いものだった。
つまり今回の結果には、多分に不運な部分もあったのだろうと感じている。
しかしそうは言っても、試合開始3分の間に吹いた「突風」を、城南が活かせなかったこともまた事実だった。
「世界の舞台では、チャンスはたびたび訪れない」。
城南一和にとっては、そんな教訓だけを残した、あまりにも早過ぎる突風だったのではないだろうか。
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