トンネルを抜けると、そこは運動公園だった ー。
ちなみに正確には「地下鉄が地上に顔を出すと、そこは〜」になるんだけども、とりあえず僕は今回初めて、神戸ユニバー記念競技場に足を運んだのである。
GWの最終日、天気は快晴。暑すぎず涼しすぎずの、絶好のサッカー観戦日和だ。
今回、観戦しに行ったのは女子サッカー。
お目当ては日テレ・ベレーザの10番、岩渕真奈選手である。
神戸に舞い降りた岩渕真奈
岩渕真奈の活躍は以前にも紹介させていただいたけど、U-17でそのプレーを目にした時から、僕は彼女の大ファンである。
ちなみに決して女子高生ブランドに惹きつけられたからではない…決して…!
ところが実際のところ、ベレーザの試合を関西で観れる機会は少ない。
そのわずかなチャンスが、今回訪れたわけである。
これは見逃すわけにはいかないと、うちの奥様の冷たい視線を感じながらも神戸までやってきた。
神戸の中心街から20分ほど地下鉄にゆられ、到着したのは緑に囲まれた総合運動公園。その中にユニバー記念競技場はある。
中心街からそんなに離れてないのに、本当に緑が豊かな場所なんだなあとか、オリックスの本拠地だったスカイマークスタジアムが隣にあるんだ!とか、地元のファンからすれば「何をいまさら」な話なんだろうけど、初めて行った僕からすると色々と小さな発見がある。
こういう楽しみがあるのも生観戦ならではの醍醐味だ。
ちなみにこの日は試合開始ギリギリ5分前に到着したので、もう選手たちがピッチ上に整列をしているところだった。
前節に脳震盪で途中退場していた「ぶっちー」こと岩渕選手は、この試合はもしかしたら先発から外れるかもなーと思っていたのだけども、元気にピッチの上に立っていて一安心である。
スター候補生の抱える苦悩
岩渕真奈は2月の東アジア選手権で、日本女子A代表 “なでしこジャパン” にデビューを果たした。
当時はまだ16歳、「現役女子高生なでしこ」の誕生ということでマスコミにも注目され、先日は立て続けにテレビでも特集が組まれた。
まさにいま売り出し中のスター候補生である。
2008年の U-17ワールドカップで大活躍を見せ、日本人初の “世界大会MVP” に輝いた岩渕。
当時から彼女に注目していた僕からすればA代表入りは時間の問題だと思っていたけれど、今年はとうとうブレイクの兆しだ。
同世代の中で “世界ナンバーワン” の称号を得た天才少女。
しかも若干17歳で将来性抜群。
さらにスター性あふれるルックスも併せ持つとなれば、世間が注目するのも当然といったところだろうか。
いつしか岩渕には、「日本女子サッカー界の未来をしょって立つ救世主」との多大な期待がかけられるようになった。
確かにそのスター性は半端ではない。
澤穂希や宮間あやなどの代表の中心選手たちが海外に活躍の場を求めた現在では、岩渕は早くも国内リーグを代表する「顔」となっている。
今後オリンピックなどの大舞台で活躍できれば、一般層にもその人気は広まっていくだろう。
しかし高まる一方の周囲の熱気に反して、岩渕自身はいま壁に直面している。
先日放映されたNHKの「スポーツ大陸」でも、チーム戦術を消化しきれずに苦悩する姿が紹介されていた岩渕。
代表デビューとなった東アジア選手権でも、格下のチャイニーズ・タイペイ戦では2ゴールと活躍したけれども、強豪の中国や韓国相手にはこれといったプレーを見せることができずにいた。
ちなみに僕にとって、この日が岩渕真奈を生観戦した初めてのゲームである。
実際のところ、岩渕はどれだけ壁に当たっているのだろうか?
シニアレベルでも、岩渕真奈は本当に日本の救世主になれるのか?
それを実際にこの目で見て判断したいというのも、今回僕が神戸まで足を運んだ理由の一つだった。
岩渕真奈、1ゴールの活躍
では実際の試合のほうはと言えば。
前半の岩渕は、結論から言うとサッパリの出来だった。
何度かドリブル突破を試みてはいたものの、先輩の大野忍が見事なドリブルシュートを決めたのとは対照的に、決定的なチャンスには繋がらなかった。
ただ、光るプレーがなかったわけではない。
オフサイドにはなっていたものの、積極的にラインの裏を突く動きは目立っていたように思う。
後半も内容は大きくは変わらない。
しかし失敗しながらも裏を狙い続けた、その積極的なプレーが結果的に功を奏す。
1-1で迎えた74分、原菜摘子の右サイドからのクロスに合わせて、岩渕がラインの裏に抜け出してフリーとなる。
そしてこのボールが岩渕の頭にドンピシャで合い、シュートはそのまま相手ゴールに突き刺さった。
小柄な岩渕にしては珍しいヘディングシュート。
この岩渕の得点もあって、試合はベレーザが 3-2 の勝利。
貴重なゴールを挙げて、ストライカーとしての仕事は果たしたと言えるだろう。
いまの岩渕にできること、できないこと
では実際のところ、岩渕真奈は日本代表の救世主になりえるのだろうか?
…と書いてはみたけれど、常識的に考えてこの1試合だけでそれを決められるわけはない。
ただし直に観戦したことで、岩渕が現時点で「できること」と「上手くできないこと」は、僕なりにある程度はっきりつかめたような気はした。
「できること」は、まずはやはり代名詞でもあるドリブルである。
スペースがある場面での岩渕のドリブルは、このレベルでも充分に通用するのは良く分かったし、INAC神戸もかなり岩渕のドリブルは警戒しているようだった。
また、得点にも繋がったDFラインの裏に抜ける動きは、瞬発力に長ける岩渕が完全にマスターすれば対戦相手の脅威になるだろう。
この日の試合でも、その威力は発揮されていたように思う。
では逆に「できなかったこと」は何だろうか。
僕が一番気になったのは、トラップとワンタッチパスの精度の低さである。
これは技術的な問題もあるのかもしれないけれど、それ以上に視野の狭さが原因になっているように感じた。
例えば複数のDFに囲まれた場合。
男子のトッププレーヤーなどは、トラップ一つで相手の逆をとり、一発でマークを外してしまうようなプレーが非常に上手い。
しかし岩渕は、まず足元にボールを置いてから次のプレーを考えようとしているようにも見えた。
そしてその隙にDFに寄せられてボールを失う、あるいは苦し紛れに近くの味方にパスをしてしまい、結局パスミスになってしまうような場面が目立っていた。
こういう場面ではトラップができなかったとしても、例えば近くの味方にワンタッチでパスをはたき、そこからワンツーリターンをもらうだけでもかなり効果的に局面を打開できるはずである。
しかしいまの岩渕は、そういった基本的なコンビネーションプレーもまだ満足にこなせていないような印象を受けた。
「ボールを受ける前から一手先、二手先のプレーをイメージして動く」、ということができていない感じだろうか。
テレビの特集ではチーム戦術に馴染めない点がクローズアップされていたけれども、実際にはチーム戦術うんぬんと言うより、岩渕の個人戦術の部分の課題が大きいような気がした。
今回生観戦してみて、それが良くわかったように思う。
しかし岩渕は、なんと言ってもまだ弱冠17歳である。
この歳で完成されている選手など、世界中のどこにもいるはずがない。
課題はあって当然だし、そういった課題を抱えながらも、しっかりと得点という結果を残すあたりは、裏を返せばやはり岩渕真奈が並の選手ではないことを証明しているとも言える。
第6節終了時点での岩渕の得点は「4」、得点ランクでも4位タイにつける。
この若さでこれだけの結果を出せる岩渕は、やはりただ者ではないだろう。
岩渕真奈、再び世界へ
5月の女子アジアカップでは、A代表のメンバーから漏れた岩渕。
しかし7月には U-20のワールドカップが控えている。
そして来年にはフル代表のワールドカップ、その翌年にはロンドンオリンピックと、毎年続くビッグマッチが岩渕真奈の実力を測る試金石となるだろう。
これらの大舞台で世界を相手に印象的なプレーを見せることができれば、岩渕は真のスーパースターとなれる資質を充分に持っていると言えるのではないだろうか。
ただし、そのためにはこの2年間で、プレーの精度を飛躍的に高める必要がある。
試合後の会場では、スタンド最前列の女性ファンたちと気さくに会話を交わす「ぶっちー」の姿があった。
溌剌とした笑顔と、明るく誰からも愛される性格からは、天性の人間的魅力が感じられる。
昨年、サッカーマガジン誌上で岩渕が特集された際、そこには『フットボールに愛されて』というタイトルがつけられた。
岩渕真奈はプレーだけでなくパーソナリティの面から見ても、育成システムがどれだけ創ろうと思っても創ることのできない、本物の「天からの贈り物」である。
日本女子サッカー界は、プレー面でも人気の面でも、救世主となれるだけの切り札を手にしていると言っていい。
しかし僕は、岩渕にはそういった周囲からの期待をあまり気にし過ぎずに、伸び伸びと成長をしていってもらいたいなとも思っている。
天才は自由に羽ばたいている姿が一番美しい。
フットボールの神様はそのために、彼女に天使の羽を与えたのだから。
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