
チームとは「生き物」なのだとよく言われる。
それを構成する選手たち自身が人間なのだから当然と言えば当然なのだけれど、それとはまた違った意味で、チームそのものが好調になったり、不調に陥ったりして、常に変化をし続けているからだ。
Jリーグのオフシーズンに召集されて、コンディションがバラバラの状態でスタートしたザック・ジャパンは、この大会を通じて目覚しい成長を見せている。
そして僕たちは日本代表というひとつの「生き物」が、試合ごとに進化していく様子を、リアルタイムに体験している。
そんな、非常に稀有な体験をもたらしてくれているもの。
それが 2011年のアジアカップだ。
立ちはだかった開催国、カタール
11年後の 2022年、ワールドカップが行なわれる国は中東のカタールに決まった。
その決定直後に行われているこのアジアカップ。
2022年の舞台となるカタールで開催されている大会は、中東の小国にとっては、図らずも 11年後に向けての貴重なシミュレーションの舞台となった。
そして決勝トーナメント1回戦で、日本はその開催国カタールと対戦することになる。
いわゆる「完全アウェー」と評されたこの試合。
反日国家ではないカタールのファンたちは、7年前の決勝で戦った中国ほど過激な敵意を剥き出しにしてきていたわけではない。
ただそれでも、中東独特のスタジアムの雰囲気は、やはりカタールに傾いていた。
そしてその雰囲気以上に、日本はカタールというチームの完成度そのものに苦戦を強いられることになる。
苦戦を強いられた日本代表
グループリーグの3試合を合わせて、日本はこのカタール戦で初めて、劣勢の中での立ち上がりを迎えた。
かつて 2002年ワールドカップでセネガルをベスト8に導いた名将、ブルーノ・メツ率いるカタールは非常に組織立った好チームで、出足の速いプレスで日本の攻撃を封じにかかった。
その勢いに押され、序盤から主導権を握られる日本。
そしてその難しい展開は、すぐに「失点」という結果へと結実してしまう。
12分、カウンターからの1本のロングパスがカタールの前線に通じる。
これに反応したのは、カタールのエースストライカー、セバスチャン・スリア。
このセバスチャンに右サイドからの突破を許した日本は、そのままゴール前まで持ち込まれ、いきなりの先制点を奪われてしまった。
ウルグアイ出身のセバスチャンをはじめ、カタールはブラジルやアフリカ諸国からの帰化選手5人を含む「傭兵部隊」だ。
人口 140万人の小国ながら潤沢な資金を持つカタールは、国内リーグに優秀な外国人選手を呼び寄せ、その中から一部の選手たちを帰化させることで、国内のタレント不足を補っている。
この試合でもセバスチャンやガーナ出身のローレンス・クアイエ、ブラジル出身のファビオ・セザールなどが際立った動きを見せて、日本のゴールを脅かした。
メツの戦術 + 帰化選手、という方程式で強力なチームを結成してきたカタール。
しかし、中東のチームにありがちな「ムラッ気」が、日本に反撃のチャンスを生み出す。
28分、ゴール前のパス回しからボールを受けた本田圭佑が、ワンタッチで浮き球のスルーパスを送る。
これに抜けだした岡崎慎司が、飛び出した GKの頭上を越えるループシュート。
そしてゴールの枠に吸い込まれていくこの放物線を、最後に頭で押し込んだのが香川真司である。
これで 1-1。
ドイツで得点を量産しながらも、今大会ではここまでノーゴールだった若きエースに、ようやく生まれた待望のゴール。
形は「ごっつぁんゴール」だったけれども、この1点で香川真司は長い眠りから目覚めることになった。
しかし開催国とのアウェーゲームは、後半、やはり一筋縄ではいかないドラマを生むことになる。
日本が迎えた最大の難局
テレビ解説の松木安太郎氏が、「壁が1枚でいいのかな〜!1枚だったら、無いほうがいいんじゃないかな〜!」としきりに警戒の言葉を繰り返す。
日本はその直前、吉田麻也が2枚目のイエローで退場となり、ペナルティエリア外左の位置でのフリーキックを与えてしまっていた。
10人となり、壁の枚数も1枚欠けてしまった日本。
そしてカタールは、その隙間を見事に突いてくる。
61分、ファビオ・セザールの放ったフリーキックが、日本の薄い1枚の壁の脇をすり抜けた。
スピードは緩やかなものだったけれども、密集地帯をスルリと抜けた弾道は GK川島永嗣のブラインドとなり、反応の遅れた川島がこのボールをキャッチした時、既にボールはゴールの中だったのである。
失点を見届け、青ざめた表情でピッチを後にする吉田麻也を尻目に、スコアボードは非情な数字を刻む。
2-1。
「正直、心が折れかかった」。
選手たちが試合後、口々にこう振り返った失点シーン。
日本はこの時、この試合で最大のピンチを迎えることになってしまう。
しかし、サムライたちはまだ、中東の開催国に屈服してはいなかった。
日本代表はまさにここから、その成長した姿をアジア全土に見せつけるのである。
激闘のフィナーレ
ボルシア・ドルトムントは大会直前まで、香川真司をアジアカップに派遣することに難色を示していた。
首位を走るチームからエースが抜ければ、優勝争いの大勢に影響しかねない。
ドルトムントの懸念はもっともだったけれども、国際ルールの後ろ盾を得ている日本協会が、最終的には香川を強行招集することになる。
それだけに香川本人も、この大会には期するものがあっただろう。
「絶対に負けては帰れない」。
そんな勝利への渇望が、この日の香川を後押ししたように僕には思えた。
そしてドイツで飛躍する若武者が、この苦しい場面で決定的な仕事をやってのける。
時計は 70分を刻み、10人で反撃を試みる日本は、中盤でのボール回しを見せていた。
崖っぷちに立たされた日本。
しかし、それでもまだ勝負を諦めない姿勢が、日本に運命の同点ゴールを生み出す。
遠藤保仁からのショートパスを受けた本田圭佑が、このボールを前線へはたく。
これを受けた岡崎慎司が DFのマークにあってもつれ、このボールがこぼれ球となる。
そしてそこに走りこんだのが、またもや香川真司だった。
香川はここで伝家の宝刀を抜いた。
ファーストタッチ、一瞬の切り返しで鮮やかに DFを抜き去った香川は、一直線にゴールの前へ。
場面は GKとの1対1。
飛び出しすカタールの GK、カセム・ブルハン。
香川真司の左足から放たれたストレートな弾道は、そのカセムの脇を抜け、閃光となってカタールのゴールに突き刺さったのである。
「ウオーーーーーーーーーー!!!」
と絶叫した日本人は、僕と松木さんだけではあるまい。
ドイツで躍動する香川が、その看板に恥じないゴールを挙げて、日本は再び 2-2と同点に追いついたのである。
そしてそれからの 20分、日本とカタールの立場は逆転した。
スコアは同点、人数は日本が1人少ない。
そして舞台はカタールのホーム、アルガラファ・スタジアム。
これだけを見れば、まだカタールが優位な状況に変わりはなかった。
しかし精神的に優位に立った日本は、カタールを相手に優勢に試合を進めていくことになる。
しかしカタールも、ホームで簡単には負けられない。
相変わらず固い DFを披露し、粘りを見せるカタール。
このまま行けば延長か ーー。
そんなシナリオも頭をよぎり始めた 89分、ついに激闘のドラマにピリオドは打たれた。
バイタルエリアでボールを回す日本。
これに対してカタールは、もはやファールすれすれ、と言うかファールそのものと言っていいようなラフなタックルを仕掛けてくる。
遠藤が潰され、本田が潰される。
それでも笛を吹かない審判。
しかしこぼれ球を拾った長谷部誠が、シュート性の鋭いスルーパスを前線に送ったとき、またもや香川真司が反応した。
ラインの裏に抜け出し、慌ててチェックに来た DFをかわしてシュート体勢に入った香川。
しかしその香川の足を、背後からタックルに入った DFがもろに削りにかかる。
悪質なタックルで香川が倒され、誰がどう見ても PKが与えられそうな場面。
しかし、審判の笛は鳴らない。
香川真司のハットトリックが幻と消えた瞬間、しかしその意志を継ぐ一人のサイドバックが、人知れずその陰に走りこんでいた。
オーバーラップをしていた伊野波雅彦がこのこぼれ球を拾い、無人のゴールへと流し込む。
これがカタールのゴールへと吸い込まれた瞬間、長い激闘の幕は下ろされたのである。
ザック・ジャパンの歩む「史上最強」への道
選手たちに笑顔がこぼれる。
普段は紳士然としたザッケローニ監督が、激しいガッツポーズを繰り返して、全身から喜びを表現した。
僕は7ヶ月前の大会を思い出していた。
それはあの、南アフリカワールドカップ。
このアジアカップ、カタール戦の死闘は、ワールドカップにも劣らないだけの緊張感溢れる名勝負だったと思う。
自然と涙が滲んだ。
しかし僕がこの試合に感動した理由は、もちろん 10人となった中で達成した大逆転勝利、というドラマチックな試合展開もあるけれども、それだけではない。
このチームが試合を重ねるごとに成長し、チームとして一丸となっていく様子が、テレビを通じて僕たちにもひしひしと感じられた。
ここまで日本代表が良いチームになったことが、僕は嬉しかったのである。
これで前回大会と並ぶベスト4の座を確定し、ザッケローニはノルマを達成した。
あくまで個人的な意見だけれども、おそらくザッケローニはこれまでの日本代表監督の中でも最高の監督ではないだろうか。
僕はイビチャ・オシムを尊敬しているし、フィリップ・トルシエや岡田武史も嫌いではなかったけれども、ザッケローニほど完璧に日本にマッチした監督はこれまでの名将たちの中にもいなかったように感じる。
オシムやトルシエが持っていた「戦術」と、岡田ジャパンやオフト・ジャパンにあった「団結心」とが高次元で融合したチーム。
僕にはザック・ジャパンが、史上最強の日本代表チームに見えるのだ。
そしてそれは、アルベルト・ザッケローニという監督の手腕の賜物に他ならないだろう。
また選手個人に目を移せば、この試合の殊勲は間違いなく香川真司である。
貴重な2度の同点弾を含む2ゴール1アシストで、ついにそのポテンシャルを爆発させた。
ただ個人的には、この試合で最も目を奪われた選手は香川ではない。
2アシストの岡崎でもなければ、決勝点を決めた伊野波とも違う。
それは本田圭佑だ。
この日の3点、その全ての場面で本田圭佑は起点となっていた。
そして少し前までは「オレが、オレが」で『ゴールこそ全て』、というプレースタイルだった本田に、この日は明らかに変化が見えていたのである。
本田のゴールに向かう姿勢は素晴らしいけれども、ここ最近の本田はゴールに執着するあまり、それを相手に読まれる場面が増えていたように感じる。
しかし、この日は黒子に徹した本田は、逆にマークを引きつけることによって、香川や岡崎のチャンスを演出していた。
カタール戦での3ゴールは、この本田圭佑の柔軟なスタイルの変化が生んだものだとも言えるのではないだろうか。
もちろん本田もゴールを諦めたわけではないだろうけれども、遮二無二にゴールを目指すだけではない柔軟性を身につけることで、本田圭佑というプレイヤーは、また一回り大きく成長するのではないかという気がする。
ともかく、この完全アウェーという大きなハードルを超えた日本。
次の準決勝の相手は、永遠のライバル・韓国に決まった。
この試合が盛り上がらないわけがない。
サッカー好きにとっては最高のシナリオだと言っていいだろう。
準決勝は明日 25日。
ザック・ジャパンは早くも、今年最大級の決戦の時を迎える。
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