Light, shadow and stripes / Tambako the Jaguar
人生の中では誰しも、何度かは「絶対に負けられない大一番」を迎えるものだと思う。
それは例えば受験勉強であったり、入社面接であったり、人によっては女の子に愛の告白をする瞬間だったりという事もあるだろう。
ただし僕たち一般人にとっては、それは数年に一度あるかないかの出来事だけれども、トップアスリートたちにとっては違う。
彼らは毎年が勝負の年であり、むしろある意味では毎週のように、そんな勝負を繰り返しているとも言えるのではないだろうか。
ほんの1勝、ほんの1ゴールが、その選手の人生を左右する。
僕たちはこれまで、そんな場面を何度も目撃してきた。
彼らはいつでも、大なり小なり人生を賭けて、1つ1つの勝負に臨んでいる。
そしてアジアカップ準決勝、日本 x 韓国戦は、まさにそんな様々な人生が交錯した、運命を分ける一戦となったのである。
空前の注目を集めた「世紀の一戦」
昨年のテストマッチではアルゼンチンに勝利して、このアジアカップでも尻上がりに調子を上げてきたザック・ジャパン。
本田圭佑や香川真司など、海外で活躍する選手も集めたベストメンバーで臨んでいることもあって、試合ごとに注目度を増して行った我らが日本代表チームへの期待感は、この宿敵・韓国戦を前にピークへと達していた。
この試合のテレビ放映の平均視聴率は、何と驚きの 35超%を記録。
22時台という深夜のキックオフだったにも関わらず、国民の3人に1人がこの試合を生で観戦したことになる。
そして試合自体も周囲の注目度に負けず劣らず、立ち上がりから緊張感溢れる攻防戦となった。
日本は大会を追うごとにコンビネーションに冴えを見せていて、この日も序盤から遠藤保仁、長谷部誠、本田圭佑らを中心にリズミカルなパス回しを見せる。
そしてそこから内田篤人、長友佑都らのオーバーラップを活かしたワイドなアタックを仕掛けた。
しかしこの大会中、負傷や出場停止などでなかなか固定されたメンバーで戦えない日本。
この韓国戦でもセンターバックのレギュラーだった吉田麻也を出場停止で欠き、攻撃が好調な反面、守備にはやや安定感を欠いていた。
そして 22分、そのディフェンス陣は、不運な形から綻びを見せてしまう。
韓国 DFラインからの1本のロングボールが、前線のパク・チソンに渡る。
このマークについた今野泰幸がショルダータックルでパクをはじき飛ばした瞬間、主審はまさかの PKを宣告した。
これを韓国の期待の若手、キ・ソンヨンに決められて 0-1。
これで日本がまず、韓国に主導権を握られてしまう。
韓国代表不動のキャプテン、パク・チソンにとっては、この試合は代表通算 100試合目となるメモリアルゲームである。
京都パープルサンガでプロデビューを果たし、現在はマンチェスター・ユナイテッドのレギュラークラスとして欧州の頂点を目指して戦うパクも、来月には早 30歳。
聞けば彼の膝は度重なる怪我でもうボロボロの状態らしい。
そしてパク・チソンは1年でも長く現役を続けるために、このアジアカップを最後に代表から引退する考えを公言していた。
そしてそのアジアカップも、泣いても笑ってもあと2試合。
パク・チソンにとっては 10年に渡る代表生活の最後を「優勝」という最高の形で終わらせるかどうかを賭けた、まさに代表人生の全てをぶつけた一戦だったのである。
そのパクが起点となって1点を先制した韓国。
しかしそれでも韓国代表のエンジンは、不思議なほどかかってはこなかった。
韓国を圧倒したザック・ジャパン
この大会では韓国も日本と同様、ほぼベストと言えるメンバーを組んできている。
ただし前線では、本来のエースストライカーであるパク・チュヨンが負傷離脱。
この試合ではその代役として、若干 19歳のチ・ドンウォンがワントップの重責を担っていた。
そして韓国はこの試合で、本来であれば攻撃の核となるべきパク・チソンと、イングランドのボルトン・ワンダラーズで大活躍を見せている次代のスター、イ・チョンヨンの2人が揃って精彩を欠く。
日本の誇る長谷部誠、長友佑都の海外組にキーマンの2人を押さえこまれ、韓国の攻撃はほぼチ・ドンウォンとトップ下のク・ジャチョルによる単発なチャンスメークに頼らざるをえない状態となっていった。
そして失点のショックから立ち直りつつあった日本は、ついに 36分、華麗な同点ゴールを叩き込む。
本田圭佑がマークを引き連れながら中盤をドリブルで持ち上がり、左サイドを駆け上がった長友佑都に絶妙なスルーパスを通す。
そのままサイドを突破した長友がグラウンダーのクロスを出すと、中央に張っていた前田遼一が、韓国 DFに潰されながらも、体でボールを韓国ゴールへと押し込んだ。
これで 1-1、同点。
最後のシュートこそ泥臭いものだったけれども、そこに到るまでのプロセスは見事としか言いようがないようなファインゴール。
そしてこの日本の良さを凝縮したようなゴールのあと、ザック・ジャパンは一気に、その攻撃の勢いを増していくことになる。
試合はこの得点をきっかけに、完全に日本の時間帯を迎えた。
コンビネーションに長けたパスワークと早いプレスで、韓国を圧倒する日本。
後半に入ってもその勢いは衰えず、日本は韓国にトドメを刺す機会を何度も創りかける。
そしてその日本チームの中で、「王様」とも言えるほどの風格を放っていたのが、本田圭佑である。
今大会はここまで PKによる1ゴールを挙げただけの本田圭佑。
ワールドカップの4試合で鮮烈な2ゴールを挙げたことを思えば物足りなさも残るけれども、それでも本田は「ゲームメイク」という側面では、これまでのどの大会と比べても最高の貢献を見せていると言ってもいい。
遠藤や長谷部からのパスを、前に向き直りながら受け、そこから前線へキラーパスを通すプレーで、本田は何度も決定機を演出する。
それはまるで、中田英寿以来の「キング」が誕生した瞬間かのように、僕には思えた。
しかし、日本の猛攻にも決壊しない堅牢な壁。
さすがは韓国である。
けっきょく日本は 90分間で決着をつけることはできず、勝負は延長戦へと持ち越されることになった。
香川真司を襲った暗雲
日韓のプライドを賭けた決戦は、延長戦へ ーー。
しかし日本はその延長に入る間際、一つの重要な選手交代を行っていた。
攻撃のキーマンの1人である香川真司が、足の故障を訴えてピッチを去ったのである。
当初はそれほど重症だとは思われていなかった怪我だったけれども、試合後の医師による診察の結果、右足第5中足骨の骨折と診断された。
この怪我は全治数カ月を要すると伝えられていて、それはドイツでセンセーショナルなデビューを飾った香川真司の今シーズンが、この瞬間に終わってしまったことを意味していた。
エース級の選手を欠き、日本代表が大きな痛手を負ったことは言うまでもない。
しかしそれ以上に、香川の所属するボルシア・ドルトムントにとっては大打撃となるだろう。
リーグ前半戦の MVPとも言われていた香川真司を失って残りのシーズンを戦わなければならなくなったドルトムントは、現在ブンデスリーガ首位を独走しているとは言っても、9シーズンぶりの優勝に黄信号が灯ったと言える。
香川真司の負傷は代表にとってもクラブにとっても、何よりも香川本人にとって、非常に残酷な現実となってしまった。
順風満帆のサクセスストーリーを歩んでいた香川真司という選手のサッカー人生は、ここでいったん大きな軌道修正を余儀なくされてしまったのである。
延長戦の光と影
香川という重要なピースを欠いて、延長戦へと臨むこととなった日本。
苦戦も予想された延長の戦いはしかし、意外にもあっけなく、日本への追い風が吹くことになる。
延長 5分、本田圭佑が再びその左足から、鋭いキラーパスを放つ。
これに抜けだした岡崎慎司が倒されて、日本に PKが与えられたのだ。
これを蹴るのは本田圭佑。
本田が試合後、「(シリア戦の PKに続いてもう一度)真ん中を狙った」と振り返ったこのキックはしかし、韓国の GK、チョン・ソンリョンに一度はストップされてしまう。
ところがこのリフレクションを狙って、猛然と走りこんでいた日本の選手がいた。
香川真司に代わって投入された細貝萌がこのこぼれ球を押しこんで、日本がついに 2-1と逆転に成功したのである。
ここまで 95分間を戦って、ザック・ジャパンががとうとう手にしたリード。
残りは 25分。
これを乗り切れば、およそ5年ぶりの韓国戦勝利が決まる。
しかし、この大会はここまで冴え渡った采配を見せていたザッケローニ監督が、この場面で一つの失策を犯す。
リードを奪ったあとの延長戦の残り時間、ザックは日本代表にゴール前を固めて逃げきることを指示した。
そういった戦いぶりを十八番とするイタリア人としては、当然の策だったのかもしれない。
しかし哀しいかな我らが日本代表には、イタリアのような「カテナチオ文化」は身についていなかった。
ズルズルと DFラインを下げ、逆に韓国に反撃の糸口を与えてしまうサムライ・ブルー。
徐々に流れは韓国のものとなり、日本は終盤、防戦一方の時間帯を迎えてしまう。
そしてあと少しで逃げきりに成功するはずだった延長後半ロスタイム直前、悪寒はとうとう現実のものとなってしまった。
韓国のフリーキックから生まれた、日本のゴール前での混戦。
このボールをしっかりと掻き出せなかった日本は韓国にクリアボールを拾われ、最後はファン・ジェウォンに叩き込まれて、土壇場で 2-2の同点に追いつかれてしまったのである。
そして失点に呆然とする時間も与えられないまま、その直後にタイムアップのホイッスル。
試合はそのまま PK戦へと突入していくことになった。
運命を分けた PK戦
今野泰幸はこの日、28回目の誕生日を迎えていた。
前半に先制点のきっかけとなるファウルを与えてしまっていた今野にとって、この日は最悪の誕生日になっていた可能性もあった。
しかし結果的に今野泰幸の運命は、コイントスのコインがひっくり返るかのように、一瞬にして好転を見せる。
日本の4人目のキッカーだった今野が PKを決めた瞬間、日本に歓喜の時が訪れた。
日本の PK戦勝利の立役者は、守護神の川島永嗣である。
南アフリカワールドカップ、決勝トーナメント1回戦のパラグアイ戦では、PKを1本も止められないまま敗退の憂き目にあった川島。
しかしこの韓国戦では見違えるような冴えを見せて、なんと韓国の PKを3人連続で阻止。
最後の最後までもつれ込んだ 120分間とは裏腹に、一瞬にして日本は PK戦を制し、ファイナル進出への切符を手に入れた。
PK戦は運の要素が強く、くじ引きのようなものだとも言われる。
しかしこの日に関しては、日本の勝利という結果に異を唱える人はほとんどいないだろう。
それだけ日本は、120分間のプレーを通して、韓国よりも現在の力量が上であることを証明したと言える。
思えばおよそ1年前、東アジア選手権で韓国に完敗を喫した頃から、岡田ジャパンの大不振モードはスタートしていた。
ワールドカップ直前の親善試合でも韓国に完膚なきまでに叩き潰され、この時点で代表チームへの信頼感は地に堕ちる。
しかしそれがつい数ヶ月前の出来事であることが嘘かのように、いまザック・ジャパンは急激な進化を、僕達に見せつけてくれている。
交錯したそれぞれの運命
ここ1年間で4回目の日韓戦は、日本が PK戦勝利という形でファイナルへの切符を手に入れた。
しかし記録の上では PK戦での勝利は、あくまでも「引き分け」という扱いである。
日本はまだ韓国の壁を乗り越えたとは言えない。
両国のライバル関係は、今後も続いていくだろう。
そしてこのカードはいつでも、大きなドラマを生む。
1年前の敗戦が岡田ジャパンの羅針盤を狂わせたように、この日も数々の運命が交錯した。
パク・チソンの代表生活にはおそらくピリオドが打たれ、図らずも香川真司の今シーズンも、ここで終了することになった。
細貝萌は一躍ラッキーボーイとなり、この試合のマン・オブ・ザ・マッチに輝いた本田圭佑は、日本代表の王座に座ろうとしている。
そして日本は7年ぶりのアジアチャンピオンに片手をかけた。
今日の深夜に行なわれる決勝戦も、多くの運命が交錯する試合になることだろう。
しかしどんな結果に終わろうとも、僕の中では一つだけ変わらないことがある。
それはアルベルト・ザッケローニという監督への信頼感と、ザック・ジャパンというチームがこの大会で残した、鮮烈な戦いぶりの記憶である。
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