女子サッカー界を支える、熱き「サッカー愛」/なでしこリーグ@日テレ・べレーザ 3-0 福岡J・アンクラス


Photo by zenjiro

U-17女子代表がワールドカップで準優勝したことで、にわかに賑わう女子サッカー界。

そして今日は、久しぶりになでしこリーグをネット観戦する機会に恵まれた。
対戦カードは日テレ・ベレーザと福岡J・アンクラス。

この試合でベレーザが勝ち、他会場で戦っている浦和レッドダイヤモンズレディースが負ければ、その時点でベレーザの今季優勝が決まる大一番である。

ヴェルディ、ベレーザを救った「救世主」

ところで今回はまず、ベレーザを取り巻く環境の変化の話からお伝えしておきたい。

多くのサッカーファンの方がご存知だと思うけれども、先週の報道で、経営難にあった東京ヴェルディのメインスポンサーが決定し、チームの存続に目処が立ったことが報じられた。

そしてそれに伴って、ヴェルディの下部組織という位置づけであるベレーザにも、存続の目処が立ったことになる。

新しいメインスポンサーに決まった企業は、全国に 200店舗以上を構える大型スポーツショップ、「スーパースポーツゼビオ」をはじめ、「ヴィクトリアゴルフ」など全国で 511店舗を経営する、「ゼビオ株式会社」
年間 8,000万円のスポンサー料に加え、さらに選手たちの雇用先も提供するという、5年間の包括契約。

そしてこのゼビオがメインスポンサーに決まったことによって、新しい運営会社の目処も立ったということである。
こちらの新運営会社の出資者の内訳は、個人・企業を含む複数の出資者が見込まれているとのことだ。

詳細は 29日のJリーグ臨時理事会で明らかにそうなので、これについてはその後にまた記事を書きたいと思う。

それにしてもベルディ・ベレーザのファンからしてみれば、まさに『ゼビオ様様』だろう。

直接的なスポンサードもさる事ながら、優良企業がスポンサーにつくことの影響から運営会社に名乗りを挙げた企業も多いらしく、ゼビオのスポンサー契約の話が持ち上がってからは色々な交渉がトントン拍子に進んだらしい。

とにかく、チームが消滅するという最大の危機は、これでいったん乗り越えたことになる。

というわけでヴェルディファン、ベレーザファンの方は、ぜひゼビオで買い物をしてあげてほしいです!
ちなみに僕も今度何かを買うときは、真っ先にゼビオで買うつもりだ。
あんまり近所に店舗がないのがネックなんだけども…。

ちなみに今回、ゼビオがヴェルディのスポンサーに名乗りを挙げた理由の一つとしては、トップチームだけでなく、総合スポーツクラブとしての多角的な取り組みを行なってきたことが高く評価されたそうだ。
つまりヴェルディユースやベレーザ、メニーナ、さらにはトライアスロンやバレーボールのチームも保有していることが大きかった。

母体がスポーツショップであるという企業の性質上、特定の競技やチームにあまり肩入れしづらい事情がゼビオとしてはあったのかもしれない。
そういった意味でも、ヴェルディの総合スポーツクラブとしての取り組みには影響力があった。

言い換えれば、一部ではヴェルディのお荷物とも揶揄されたこともあったベレーザ、メニーナが、この土壇場のピンチにヴェルディを救ったとも言えるだろう。

女子サッカー部の存在が決して無駄ではないことが、これでひとつ証明されたわけである。

とにかく後顧の憂いがなくなり、選手たちとしてはあとは優勝に向けて集中するだけになった。

そんな追い風を受けて、ベレーザはこの試合に臨んだ。

福岡に現れたニュースター、猶本光

ちなみにベレーザは、FWの大野忍、岩渕真奈、木龍七瀬、永里亜紗乃、MFの原菜摘子、伊藤香菜子、南山千明、小林弥生、DFの近賀ゆかり、岩清水梓、須藤安紀子、豊田奈夕葉、中地舞、GKの松林美久といった、日本代表・アンダー世代の代表クラスをズラリと揃えたスター軍団。
現在はさらに、ベレーザ出身でアメリカ・WPSで活躍する日本代表、山口麻美がレンタル移籍で加わっている。

なでしこリーグでも現在首位を走る、日本の女子サッカー界を代表するチームだ。

対する福岡J・アンクラスは、前節終了時点で 10チーム中の8位と、下位に低迷するチーム。

ベレーザとの選手層の違いは明らかで、僕の勉強不足もあるけれども、知っている選手は 08年の U-20ワールドカップで活躍した MF、川村真理など一部の選手だけだった。

そんな福岡J・アンクラスだけれども、現在1人のニュースターが誕生しようとしている。

先の U-17ワールドカップでも大活躍した、MFの猶本光(なおもと・ひかる)である。

U-17ワールドカップで猶本は全試合に先発出場。
決勝の韓国戦では、日本の1点目となる貴重な同点ゴールも決めていた。

そして岩渕真奈と同じように高校生でありながら、所属クラブでは大人に混じりながらもレギュラーの座を確保している。

さらに、美少女ぞろいと評判になった U-17代表の中でも、ひときわ端正な顔立ちの美少年顔(ちなみに写真はこちら、の中央)とくれば、ニュースター候補生として文句のつけようがないところだろう。

岩渕真奈と猶本光、東西のニュースター対決という意味でも、この試合は女子サッカーファンにとっては見逃せない一戦となった。

一方的な「ワンサイドゲーム」

しかし試合自体は、ひとことで言ってしまえば「ワンサイドゲーム」。

やはり首位を走るチームと降格争いをするチームとの実力差は大きかったか、序盤からベレーザがひたすら攻撃を繰り返す、一方的な展開となった。
言い方は悪いけれども、まるでパス練習をしているかのように、アンクラスに全くボールを触らせないままベレーザはボールを繋ぎ続けた。

いつも対戦している相手よりもワンテンポ速いタイミングでのパス回し、ワンテンポ速いプレスを目の当たりにしたからか、福岡J・アンクラスの選手たちはほとんどサッカーをさせてもらえない。

期待の猶本光も、あまりに一方的な試合展開の中、ただボールを追いかけるだけの時間帯が続いた。

そうこうしているうちに 29分、ベレーザの左サイドバック須藤安紀子のロングシュートを GKが弾いたところを、ベレーザのエース・大野忍が蹴り込んで先制。

さらに大野は 40分、豊田奈夕葉からのスルーパスを受けて2点目をゲット。
これで勝負はほぼ決した。

後半はアンクラスもスピードに慣れてきたか、時おりカウンターとセットプレーから反撃する場面も見られたけれども、試合の大勢は変わらず。

試合は「まったりムード」が漂う中、ネット中継の映像からは、売り子のお姉さんの「ビールいかがっすか〜」という声が流れ込み、何とも言えない牧歌的な空気が流れる。
ああ、これぞ女子サッカー。

ちなみにこの日の岩渕真奈は、特に前半はあまり効果的なプレーは見せられていなかった。

本人の調子が悪いわけではなさそうだったけれども、どちらかと言うとチーム戦術に埋没してしまっていたという感じだろうか。
基本的にサイドに位置することが多く、ボールを受けても繋ぎのパスを出すばかりで、得意のドリブル突破やシュートは試合が拮抗していた段階ではほとんど見られなかった。

監督の真意は分からないけれども、こういう使い方をするのなら極端な話、岩渕でなくてもいいのではないだろうか。

岩渕真奈の良さが全く活かされないような使われ方だなと感じて、少し最終戦のことが心配になってしまった。

しかしそんな中でも点を取ってしまうのだから、この人は偉い。

78分、大野忍からのパスを受けた岩渕真奈がドリブルで持ち込んで、右足で3点目をゲットする。

この岩渕真奈のゴールもあって、日テレ・ベレーザが 3-0と危なげなく勝ち点3を手に入れた。
しかし浦和レッズレディースも勝利したため、優勝の行方は来週の直接対決へと持ち越されたのである。

福岡に誕生した女子サッカークラブ

ところで今回は完敗してしまったけれども、福岡J・アンクラスというチームは、現在九州で唯一のなでしこリーグ所属チームである。

アンクラスとはスペイン語で「錨(いかり)」を意味する。
そして錨は、アンクラスの母体となったサッカー部のある、福岡女学院の制服のマークであるそうだ。

福岡女学院は 1885年創立のいわゆる「お嬢様学校」で、セーラー服の元祖としても知られる、ミッション系の女学校である。

なぜ学校のサッカー部がクラブチームの母体なのかと言うと、これには関係者の方々の、涙なしでは語れない情熱と努力のエピソードがあった。

福岡女学院にサッカー部ができたのは、1986年のことだった。

当時は『キャプテン翼』が流行していた真っ只中。
そういう背景もあって、ワールドカップでディエゴ・マラドーナを観た生徒たちが「私たちもサッカーをやりたい」と声を挙げ、女子サッカー同好会が設立された。

そしてその1年後からサッカー部の指導を始めたのが、現在も福岡女学院サッカー部(アンクラスのサテライトチームを兼ねる)の監督を続ける、鶴原一徳氏だった。

デビュー戦は 0-11という大敗だったチームも、サッカー経験者の鶴原監督の指導のもと、徐々に力をつけていく。

しかしなにぶん当時は、女子サッカー自体がほとんど普及していなかった時代。
はじめは女子と男子でルールが違うのかどうか、の確認から始まって、試合中にもルールを審判に教えてもらいながらプレーするような状態だった。

そんな福岡女学院だったけれども、海外のサッカーにも明るかった鶴原監督の意向から、創立当初から「学校の部活チーム」ではなく「クラブチーム」として活動を始める。

福岡女学院は中学・高校・大学から短大まで併設された一貫教育を行っている学校のため、当初からカテゴリーの垣根を取り払い、能力のある選手は「飛び級」で年上の選手たちとプレーさせる、というシステムを採用してきた。

そして鶴原監督の指導もあって力をつけた “福岡女学院FCアンクラス” は、1999年からはトップチームが九州女子サッカーリーグで7連覇を達成と、九州で圧倒的な強さを誇るようになる。

その原動力となったのが、河島美絵という一人の選手だった。

アンクラスの象徴となった河島美絵

福岡女学院高校1年生だったときにサッカー部(アンクラス)に入団してサッカーを始めた河島美絵は、持ち前の運動神経の良さを活かしてすぐに頭角を現す。

高校卒業後の 1997年には、当時Lリーグの強豪だった、静岡の鈴与清水FCラブリーレディースに入団。
プロ選手として2シーズン、全試合に出場する活躍を見せた。

しかし 98年シーズン終了後、鈴与が全国リーグから脱退を表明。

プレーする場を失った河島美絵は地元に戻り、コーチ兼選手としてアンクラスに復帰。
アンクラスを全国レベルのチームに育て上げるために尽力することになる。

そしてその河島の活躍もあって、アンクラスは前述のとおり、九州リーグで無敵の強豪へと成長することになった。

そんな河島に再び転機が訪れたのは、2004年。

本場アメリカの女子サッカーを学ぼうと、2年間ほどの予定でアメリカの大学に留学していた河島美絵。
しかし一時帰国した際、残された福岡の選手たちがモチベーションを失っているのを見て、チームをLリーグに昇格させる夢を持つようになる。

母体が学校のクラブのため、資金調達面などで課題の多いLリーグ入りには二の足を踏んでいたアンクラス。
しかし、河島の情熱もあって、鶴原のバックアップのもと、Lリーグ入りの準備が進められることになった。

チームは形式上、福岡女学院とは独立した組織となり、新たに「福岡J・アンクラス」が創設される。

河島美絵はアンクラスで選手としてプレーをしながら監督も兼任し、さらにLリーグ入りに必要なスポンサー集めのための営業活動にも奔走。
かつ、自身の生計を立てるために市場や飲食店で毎日の仕事もこなした。

そしてその努力が実り、2006年にはなでしこリーグ(Lリーグ)ディビジョン2に参入。
4年間にわたる2部生活のあと、ついに今シーズン、なでしこリーグ1部へと昇格を果たしたのである。

女子サッカーを支える「サッカー愛」

河島美絵はいまも、福岡J・アンクラスの監督として指揮を執っている。

歯に衣を着せぬ言動やパフォーマンス好きの性格から、時おりひんしゅくを買うこともある河島美絵。
ちなみに僕も、そういう目で見ている部分もあった。

しかし河島のその情熱とバイタリティが、いまの福岡の女子サッカーを支えていることは間違いないだろう。

河島や鶴原がいなければ、いまの猶本光も川村真理もいなかったかもしれない。

極論すれば、日本の U-17ワールドカップでの準優勝という快挙も、存在しなかったかもしれないのだ。

ここで紹介させてもらったように、アンクラスもベレーザも、サッカーを愛する人々の積年の努力で成り立っている。

チームは勝つのが目的だけれども、クラブはまず何より、存続していくことに価値がある。

ベレーザから岩渕真奈が生まれ、アンクラスから猶本光が生まれたように、女子サッカーは各地のクラブや学校によって支えられている。

僕はその意味でも、このたびベレーザとメニーナが存続してくれたことを、心から嬉しく思っている。

そしてベレーザやアンクラスのようなチームを全国に増やしていくことによって、女子サッカーはよりいっそう発展していくことだろう。

ちなみに僕自身はと言えば今のところ、こんなブログで女子サッカーに関係する人々にエールを贈るくらいのことしかできない。

でもそれが、女子サッカーに関わる選手、関係者、女子サッカーを愛する人々の一助になってくれるのであれば、とても嬉しいことに違いはないのである。

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