忍者の里は、一言で言うなら「遠かった」。
先日の記事「いま、女子サッカーのためにできること」の中で、僕は女子サッカーの発展のためには、まずは試合に足を運ぶのが一番大事だと思う、という趣旨のことを書かせていただいた。
女子サッカーに限らないけれども、僕たちが何らかの形でサッカー界に貢献しようと考えた場合、やっぱりなるべく具体的な形での貢献が、即効性があるということになると思う。
ただ、どんな形で貢献できるかは個人差もあるだろう。
そんな中で、誰にでもできて、かつ「数字」という形で一番具体的に貢献できるのが、試合会場に実際に足を運ぶことじゃないかと僕は考えている。
さて、そんな偉そうな提案をしてしまった以上、自分がまずそれを実践しなければ話にならない。
そこで9月は、生観戦4連発を計画。
土曜日のFリーグの試合に続いて、この日曜日にはなでしこリーグの試合を観に、三重県は伊賀市まで足を運んでみた。
人里離れた “忍者の里”
三重県伊賀市。
僕は大阪に住んでいるけれども、さすがに三重県は遠く感じる。
電車でざっと片道2時間強。
関東地方で言えば、東京からカシマスタジアムまで行くくらいの感覚だろうか。
何にしても、それなりの気合いを要求される距離感である。
ただ今回は、大阪に住んでいる僕にとって、岩渕真奈のプレーを直接観れる数少ない機会でもある。
この日はちょっくら無理をして、2時間をかけて3つの県境を超えてみた。
ただ日曜日に「ちょっとサッカー観てくらぁ」と気軽に半日ほど家を開けられるほど、家庭人の世界は甘くはない。
夏休みだけは許してもらったんだけど、さすがの僕もこの日は奥様の視線が痛かった。
というわけで、今回の名目はあくまでも、電車好きの息子を「電車の旅に連れて行く」ことに決定。
なので、サッカーはオマケという扱いに強制降格されてしまった。
まあ岩渕ファンの僕だけども、それでも家族には代えられない。
行くのを許してもらえただけでも良しとしよう。
ただし集中力が3分と持たない3歳児の面倒をみながらの観戦なので、ガッツリとゲームを見ることはやっぱりできず。
今回に関しては試合評はあくまでも、参考程度に捉えておいてもらえたらと思います。
“忍者の里” のアウェーの洗礼
伊賀は言わずと知れた “忍者の里” である。
僕は今回はじめてこの土地を訪れたけれども、確かに忍者っぽさが…いや、とくには感じられなかった。
コンビニ店員さんが忍者服のコスプレで迎えてくれるとか、接客時の語尾に「ニンニン」を付けてくるとか、くらいのサプライズを期待していたのだけども、まあ日常生活からそんな事やってられない気持ちもよくわかる。
小じんまりとした佇まいの、ふつうの地方都市という印象だった。
ところで誰にでも年に1〜2回くらい、どうにもこうにもツイてない日というのがあると思うのだけど、どうも僕にとってはこの日がそういう日だったらしい。
試合開始の3時間半前に家を出た僕は、ネットで乗り換え経路を調べてから、この未知の土地へと向かっていた。
ただ乗り合わせが良くなくて、駅に到着するのは試合の1時間以上前になってしまう。
まあ仕方ない、早めに着いて向こうで時間でも潰すか…とはじめは考えていた。
ところがここでアクシデントが起こる。
大阪は天王寺駅で乗り換えの予定が、ここでの乗り換え所要時間がわずか2分だということに直前で気がついたのだ。
天王寺駅というのはご存知の方もいるかと思うけれども、けっこう大きな駅で、乗り換えのホームがいくつもある。
ただ普段、この駅をあまり利用しない僕は、ここで2分のタイムリミットの間に乗り換えホームを特定するのに手間取ってしまい、僅かな差で目的の電車に乗り損ねてしまった。
まあいいや、次の電車にするか。
…と、ここがこの日の運命の分かれ道である。
都会であれば2分の遅れは2分の遅れに過ぎない。
しかし僕がこの日に向かう予定だったのは忍者の里だった。
人目をはばかるために山中に作られたその集落が、外からの来客を諸手を上げて歓迎するはずはなく、何と僕の目的地である伊賀上野駅を走るJR関西本線は、調べてみれば1時間に1本しか走っていないじゃないか!!
けっきょくこの2分間のロスが致命傷となって、キックオフ1時間以上前には着くはずだった僕のプランは、突如キックオフ 10分前に駅に到着、という非常にタイトな内容に変更を余儀なくされた。
しかも駅から競技場までは徒歩 10分以上、子供を連れては 15〜20分ほどかかる距離である。
仕方ない、着いたらタクシーを拾うか…。
駅に到着してからは文明の力で境地を乗り越えようという、僕なりの甘い算段がそこにはあった。
しかしそこはやはり忍者の里である。
外部からの来訪者に、計算通りの展開を約束するほど、この街は甘くはなかった。
到着した伊賀上野の駅前には、とりあえず何もなかった。
コンビニすらない。
そして申し訳程度に設置されていたタクシー乗り場には、黒光りする一台のタクシーの姿が。
よし、あれに乗るか ー。
そう思った刹那。
既に別の客を乗せていたそのタクシーは、ゆるやかに発進したあと、あさっての方向へと走り去ったのだった。
取り残された僕と息子(3歳)。
次のタクシーが来る気配は微塵も感じられない。
これが伊賀の里なりの、アウェーの洗礼なのか…。
けっきょく徒歩でいくことを余儀なくされた僕たちは、その道中で別のタクシーに遭遇することもなく歩き続け、けっきょく会場に到着したのはキックオフの5分後のことだった。
そしてさらに悲劇は続く。
はじめは現場についたら、近くで息子の昼ごはんを買おうと考えていた僕は、到着がギリギリになった、というか遅刻したので、そのタイミングを完璧に逃した。
仕方なくハーフタイムに、スタジアム近くにあるスーパー「オークワ」に買い出しに。
しかし3歳児を連れての移動は普段の倍ぐらい時間がかかる。
買い物を済ませて戻ってくると、もう試合が再開されていて、後半はすでに 10分以上が過ぎようとしていた。
まあそれは覚悟していたから仕方がない。
とりあえず得点の動きはなさそうなので良かった ー 。
そう安心したのもつかの間、何と直後に、お目当ての岩渕真奈選手が交代させられたではないか!!!
ムキーッ!ムキーッ!!
この時ばかりは僕も、伊賀の里で怒れる猿となるしかなかった
(まあ、自分が悪いんだけど)。
確かにこの日の岩渕は、前半は散々な出来だった。
ドリブルを突っかけても、さして大柄とも俊足とも思えない伊賀FCのDFに止められて、あっさりボールを失う場面も目についた。
ベンチに下がった岩渕を見ると左足首をアイシングしていたので、交代の理由は故障だったのだろうか。
重症ではなさそうだけども、今日の不調はたぶんそういう理由もあったのだろう。
そんなわけで、けっきょく延々2時間以上かけてこの地に足を運んだ僕が岩渕真奈のプレーを観れたのは、合計で45分にも満たなかったのだった。
まあ、こういう日はもう、何をやってもうまくいかないだろう。
最終的にはそう悟ったけれども、さすがは忍者の里、どうにもこうにも煙に巻かれたような気分である。
それでも唯一の救いは、僕の持ち込んだツキの無さが、試合結果には影響しなかったことだろうか。
ベレーザは後半の南山千明の得点で、何とか 1-0の逃げ切りに成功して、順当に勝ち点3をゲットした。
女子サッカーにおけるファンとの「距離感」
ところでこの日の会場となった上野運動公園競技場は、僕が今まで行った中でも1、2を争う小じんまりとしたスタジアムである。
スタンドは簡素で、明確な入場口もなく、通路脇の小さな階段を登ればすぐスタンドに入れる。
選手の更衣室もスタジアムの外側に設置されているので、試合後は更衣室に向かう選手たちとファンたちが気軽に交流して、写真を撮ってもらったりなんかしていた。
すぐそこを日本代表選手たちがテケテケ歩いていて、簡単に写真を撮ってもられるのだから、ファンとしては嬉しいことだろう。
ちなみに僕が気づいた時にはぶっちーは更衣室に消えていたので、僕はサインも写真ももらわなかったけど。。
まあこういう距離感の近さが、女子サッカーの良いところでもあると思う。
そう思う反面、女子サッカーの環境整備のためには、こういう環境は失われていく方向に向かっていくのかなとも思った。
Jリーガーにも練習場なんかでサインはもらえるけど、さすがに試合後にブラブラ歩いてたら選手に遭遇するほどフランクな環境ではない。
そしてそういう一定の距離感が、プロ選手のある種のカリスマ性を生む一助にもなっているのだと思う。
ファンとの距離は遠すぎてはいけないけど、近すぎても発展はないのかもしれない。
何とも考えさせられる光景だった。
ただ、近いなりの恩恵というのも確かにある。
僕もこの日、スタジアム内の通路を歩いていたら、息子がよそ見をして、向かいから歩いてきた御仁とぶつかりそうになった。
「あ、すいません」。
謝りながら見あげたら、なでしこジャパンの佐々木則夫監督だった。
ニヤリと笑いながら受け流してくれた佐々木監督。
う〜ん、ナイスガイ。
ちょっとファンになってしまいそうである。
あと、間近で見た原菜摘子選手は、写真で見るよりもずっと可愛いかったことを書き記しておきます。
神通力を失った天才
岩渕真奈選手のことは、スタンドの上からけっこう近距離で見れたけれども、相変わらずの目ヂカラが印象的だった。
ただこの日は怪我もあってか、プレーそのものは、先日のなでしこリーグカップ決勝などとは別人のようだった。
彼女が大舞台でよりいっそう輝くスーパースターなのはもう立証済みだけど、裏を返せば小さい舞台では、その力を発揮できないとも言える。
この日の上野運動公園競技場は、確かに天才が輝くには小さすぎる舞台だった。
こう言ってしまっては何だけど、三重の片田舎に岩渕真奈がいることに、僕は多少の違和感を感じてしまったほどである。
交代でベンチに下がった後、給水タイムに味方の選手たちに水筒を渡しに行く岩渕の姿は、制服姿の時以上に「普通の女の子」に見えた。
神通力を失った天才。
忍者の里の妖術が、彼女から一時的に、その光を奪ってしまったのだろうか。
前半は穏やかだった天候も、後半からはポツリポツリと小雨が降り始めた。
そして試合後、僕らが帰る頃には、狙っていたかのようなタイミングで、それがゲリラ雷雨に変わる。
本当に踏んだり蹴ったりの一日だ。
伊賀の里の守り神は、どうやら東京から来たスターとそのファンたちを、歓迎してはくれなかったようである。
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