今から 18年前の 1993年と言えば、Jリーグというプロサッカーリーグが日本に誕生した年になる。
この年の 5月15日にJリーグの最初のシーズンが開幕。
その前後となる4月にはA代表のワールドカップアジア1次予選が、10月には最終予選が開催された。
日本中がJリーグブームの煽りを受けて、まさに列島がサッカー一色に染まったような一年だった。
ところでこの年の8月。
熱狂のさなかに、1つの世界大会が日本で開催されていた。
U-17世界選手権、現在の U-17ワールドカップである。
開催国としてこの大会に参加した U-17日本代表には、その後にフル代表としてもワールドカップを戦うことになる、ダイヤの原石たちが顔を揃えていた。
宮本恒靖、松田直樹、戸田和幸、そして中田英寿。
ただしこの当時、その後のワールドカップ戦士たちよりも高い注目を集めていたのが、190cmを超える国見高校の超大型センターフォワード船越優蔵と、司令塔として「天才」の名を欲しいままにして、日本で唯一この大会のベストイレブンにも選ばれた “チームの象徴”、財前宣之だった。
財前を中心としたこの’93年版 U-17日本代表は、結果的に大会の準優勝チームとなるガーナをはじめ、メキシコ、イタリアと同居する厳しいグループに組み込まれることになる。
しかしこのグループを1勝1敗1分けという成績で2位通過した日本は、見事決勝トーナメントに進出してベスト8という成績を残した。
そして中田英寿たちはこの大会をステップに、ワールドユース(現U-20ワールドカップ)、オリンピック、そしてフル代表のワールドカップへとそのステージをアップさせていくのである。
しかしこの ’93年大会を最後に、U-17ワールドカップは日本にとっての “鬼門” となってしまう。
続く 1995年〜2009年までの8大会のうち、アジア予選を突破して世界大会に出場できたのが、たった半分の4大会。
しかもその4大会も、世界大会では全てグループリーグを突破できずに敗退している。
一つ上の U-20のカテゴリーでは ’95年から7大会連続でワールドカップ本大会に出場、さらに ’99年大会では世界大会で準優勝に輝いたことと比べると、あまりにも寂しい成績である。
その原因の1つとしては U-17代表が、所属チームでの出場機会が限られてしまう高校1・2年生の年代を中心に組まれることが挙げられていた。
日本サッカー協会はその対策の一環として、秋の国体を高校1年生以下が参加する大会にするなどの改革を行い、選手の実戦経験を増やすための努力を積んできた。
その甲斐もあってか、’07年以降は3大会連続で、日本は U-17ワールドカップの出場権を獲得するようになっていく。
そしてこの 2011年大会でもワールドカップ出場権を得た日本は、過去の戦績を超えるという目標を抱いて、大会の開催地・メキシコへと乗り込んできたのである。
突如現れた「異色のチーム」
今大会の U-17代表チームは、これまでのチームと比べても 『異色のチーム』である。
世代別の代表チームには、大抵はそのチームの “象徴” と言えるような天才的プレーヤーが存在するものだ。
過去の U-17日本代表チームでも、財前宣之、小野伸二、柿谷曜一朗、宇佐美貴史などの突出した天才がチームを牽引していた。
しかし現在の 2011年版 U-17日本代表には、そういった存在が見当たらないのだ。
エース級ストライカーの南野拓実や鈴木武蔵も、決して唯一絶対の存在というわけではない。
その代わりに現在の U-17代表は、これまでのチームと比べても抜きん出た組織力を持っている。
中盤に突出した選手がいるわけではないけれども、選手たちは一様に高い基本スキルを持ち、世界的に見ても稀なほどの優れた(チームとしての)ポゼッション能力を持つ。
そしてそれを支えるセンターバックの岩波拓也、植田直通、ゴールキーパーの中村航輔たちを中心とした鉄壁のディフェンス陣が、このチームの完成度をさらに高い次元まで押し上げていると言えるだろう。
その完成度を証明するように、日本はこの本大会でも緒戦のジャマイカに勝利し、強豪フランスに引き分けるという理想的なスタートを切った。
そして迎えたグループリーグ最終アルゼンチン戦。
この試合は決勝トーナメント進出をかけた、強豪との大一番となったのである。
日本が仕掛けた「賭け」
アルゼンチンは言わずと知れたサッカー大国で、特にユース年代の育成では世界のモデルケースの一つになっている。
一つ上の U-20のワールドカップでは ’95年以降の8大会中5大会で優勝という驚異的な勝率を誇り、リオネル・メッシをはじめセルヒオ・アグエロ、カルロス・テベス、ハビエル・サビオラ、ファン・ロマン・リケルメなど近年だけでも世界的なスター選手を数多く輩出してきた。
ところが今回の U-17ワールドカップでアルゼンチンは、緒戦のフランス戦で 0-3の黒星を喫するという不安定なスタートを切ってしまう。
しかもそのアルゼンチンに 3-0で勝ったフランスさえも、日本戦を観る限りでは決して素晴らしいチームとまでは言えなかっただけに、どんなアクシデントかと思っていたのだけれども、この日本 x アルゼンチン戦を観て、その謎は解けた。
単純に、今大会のアルゼンチンは弱いチームだったのである。
第2戦を終了した時点で勝ち点4で2位の日本と、勝ち点3で3位のアルゼンチンとの対戦。
当然、必勝を期するアルゼンチンの鼻息は荒く、立ち上がりからそのモチベーションの高さは見て取れた。
しかし日本は、その出鼻を見事にへし折ることに成功する。
試合開始早々の4分、中盤から、オーバーラップした右サイドバックの川口尚紀へとボールが渡る。
ここで積極的に1対1の勝負を仕掛けた川口がこれに競り勝つと、そのままゴールを目がけてシュートを放った。
これをアルゼンチン GKニコラス・セクエイラがこぼしたところ、それを拾った高木大輔が押しこんで 1-0。
立ち上がりの理想的な時間帯に、日本がまずは先制点を挙げることに成功したのだ。
ちなみにこの第3戦でも、日本は前2戦と同様に、大きくスタメンをいじってきた。
前線は第2戦で先発した鈴木武蔵を再びベンチスタートに戻して、その試合で途中出場だった南野拓実を、今大会で初めてスタメンに起用。
さらにはキャプテンでもある守備の要・岩波拓也を外し、なんと正守護神のGK・中村航輔まで外すという大胆極まりない選手起用を見せる。
結果的に今大会で初スタメンとなった選手が4人。うち大会自体に初出場という選手が3人。
3試合を通じてスタメンで起用されたのは植田直通と早川史哉だけというメンバー構成で、見方によっては「2軍」とも言えるメンツを、吉武博文監督は送り込んできたのである。
第2戦までに勝ち点4を稼いでグループ2位につけていた日本は、3位でも決勝トーナメント進出の可能性がある今大会のレギュレーションを考えれば、確かにグループリーグ通過の可能性は既にかなり高くなっていた。
仮にこのアルゼンチン戦で敗れていても、決勝トーナメント進出を決めていた可能性も充分にあっただろう。
しかしそうは言っても、アルゼンチンに勝つか引き分けるかで自力でのグループリーグ突破が確定する状況である。
相手が名前のある国であることを考えても、ここはベストメンバーで臨むのがセオリーだと普通は考える場面だ。
それでも吉武監督は、あえてリスクを背負った。
そして結果的に日本は、この賭けに勝利することになる。
失墜したアルゼンチン
1点を失ったあと、アルゼンチンは当然のように同点を狙って攻めこんできた。
ただし今回のアルゼンチン代表は、そのアルビセレステ(白と空色)のユニフォームが似つかわしくないほど、スキルレベルの低いチームだった。
とにかく中盤でパスミスを連発しては、まともにチャンスを創り出すことができない。
やむなく攻撃は前線の選手の個人技頼みになるのだけれども、そうかと言ってもメッシやテベスのような傑出した個人技を持った選手がいるわけでもない。
サイドからの単発的なドリブル突破しか攻め手のないアルゼンチンは、控えのGKとCBを含んで構成される日本のディフェンスラインすらも、満足に脅かすことができない。
そうするうち、日本に追加点が生まれる。
20分、コーナーキックから植田直通がヘディングシュートを決めて 2-0。
難しい体勢からバックヘッド気味に決める難易度の高いシュートだったけれども、植田の身体能力の高さを証明するようなこの一撃で、日本がそのリードを広げることになった。
後半に入ってからも試合展開は大きくは変わらない。
中盤を創れないアルゼンチンに対して、ポゼッションに優れる日本が主導権を握る形でゲームは推移する。
フラストレーションの溜まったアルゼンチンは、68分にラフプレーで1人が退場。
そしてその6分後には3点目を失うことになってしまう。
日本の3点目に繋がったアルゼンチンのプレーは、それはそれはお粗末なものだった。
自陣右サイドのタッチライン際でボールを保持していたアルゼンチンの選手が、ノー・プレッシャーにも関わらずボールの持ち出しが大きくなってタッチラインを割ってしまう。
そのスローインを日本がすぐさまつないだ時には、既にゴール前は2対2のような状況に。
ドリブルでこのボールを持ち込んだ鈴木武蔵が丁寧にグラウンダーのセンタリングを送ると、中央に走り込んだ秋野央樹はほぼフリーの状態でミドルシュートを放つ。
このシュートは GKの正面に飛んでしまったのだけれども、何とアルゼンチン GKがこれを再びファンブル。
秋野がこれを押しこんで、日本が 3-0と引き離した。
敵とは言えども、赤塚不二夫先生もビックリのおそ松くんぶりである。
その後、日本は GK牲川歩見のポジショニングミスからロングシュートを決められて1点を返されたけれども、既に焼け石に水。
裏で行われた試合でフランスがジャマイカに敗れたために順位が逆転し、日本が見事にグループ1位となって、決勝トーナメント進出を決めたのである。
日本代表の実力は?
日本としては自国開催の ’93年以来、18年ぶりとなる決勝トーナメント進出。
そしてアルゼンチンには 3-1で勝利。
しかもアルゼンチンとフランスを凌いでのグループ1位での通過。
これだけを見れば、まさに「快挙」と呼んでいい結果だろう。
ただし正直なところ、日本がその結果に見合うだけのパフォーマンスを見せられていたかと言うと、少し疑問の残る部分もある。
今大会の日本は、歴史的に見ても世界的に見ても、非常に「異色」のチームのように思える。
最も異色な点は、猫の目のように変わるその選手起用だ。
メンバー構成は毎試合ごとに大きく変わり、ポジションそのものが大幅に変動する選手もいる。
これはこの本大会だけでなく、昨年の AFC U-16選手権から続く吉武博文監督の方針だ。
ベストメンバーにこだわらない、と言うよりもベストメンバー自体が存在しない「ヘソのないチーム」。
結果的に日本はこのグループリーグ3試合だけで、第3GKの阿波加俊太を除く全ての選手を起用した。
僕はこれまで、こんなチームには滅多にお目にかかったことがない。
吉武監督のこの異色の選手起用方針には、個人的な見解では3つの理由があるのではないかと推測している。
1つ目は育成年代の代表チームということで、1人でも多くの選手に国際舞台での実戦経験を積ませようという意図。
2つ目はこれから大きく成長する(もしくは潰れる可能性もある)年代であるだけに、特定の選手を優遇せずに競争させ、互いを切磋琢磨させようという意図。
3つ目はもともと突出した選手がいないチームだけに、個人に頼った戦術ではなくチームで戦う必要があるというチーム事情からくるもの。
実際、この U-17日本代表の選手層の厚さには素晴らしいものがある。
誰が入っても大きく力が落ちることがなく、数名の主要メンバーを外して臨んだ第3戦でもアルゼンチンに快勝してしまう。
ひとりひとりの戦術理解度も高く、どんなメンバー構成でも同じ戦い方ができる。
このようなチームを創り上げた吉武博文監督の手腕は賞賛に値するものだろう。
ただし反面、「個」の力の不足を露呈してしまっているのも、また事実だ。
フランス、アルゼンチンという強豪国を相手に1勝1分けと勝ち越した日本だけれども、その内容は決して心から満足いくようなものではなかった。
確かにポゼッションは通用したけれども、その反面ゴール前での「崩し」の力に欠け、ボールを回してもフィニッシュに持ち込めない場面も目立った。
それでもこの両国に勝ち越せた理由は何なのか?と考えると、身も蓋もないけれども、「相手が思った以上に弱かったから」という答えが、一番しっくり来るのではないだろうか。
僕は日本戦に先立って、この大会の開幕戦となったメキシコ x 北朝鮮戦もTV観戦させてもらった。
北朝鮮は強力な2トップを擁し、AFC U-16選手権では決勝で日本に競り勝ってアジアチャンピオンに輝いた実力国である。
しかし開催国のメキシコは前線に強力なアタッカーを多数揃え、立ち上がりに先制を許しながらも力で北朝鮮をねじ伏せて、3-1と逆転勝利した。
この試合で観たメキシコの力強さに比べれば、今大会のフランスとアルゼンチンは数段落ちる。
特にアルゼンチンの酷さは深刻で、僕がこれまでに観たアルビセレステのユニフォームを着たチームの中でも、間違いなく最弱だと言えるだろう。
だからこのアルゼンチンとジャマイカに勝ち、フランスに引き分けたからと言って、じゃあ今回の日本がワールドクラスの力を持っているのかと言うと、それはまた違うという風に思えてしまうのだ。
「摩訶不思議」な異端児たち
と、色々と辛口なことを書いてしまったけれども、それでも今回の日本代表チームが、歴代 U-17のチームの中では抜きん出て洗練されたチームであることは間違いない。
チームとしてのまとまり、完成度という意味で言えば、おそらく日本の U-17史上最高のチームだろう。
18年ぶりの決勝トーナメント進出。
と言っても ’93年当時は 16チーム参加の大会だったので、決勝トーナメント進出=ベスト8だったのだけれども、今回はまだベスト 16だ。
そういう意味ではまだ完全に肩を並べてはいないのだけれども、日本の1回戦の相手は各グループで3位になったチームになることが決まっているので、そこに勝ってベスト8入りする可能性も高い。
’93年は自国開催だったことも考えると、今大会でベスト8入りを果たせば、名実ともに「史上最強の U-17日本代表チーム」の称号を手に入れることができるだろう。
正直なところ、僕はこのチームに対する評価は非常に難しいと感じている。
年代別の代表チームとして、稀に見るような完成度を持っていることは間違いない。
ただし、将来ここから何人の選手がフル代表の中心選手となれるのかを考えると、ほとんど予想がつかないのだ。
たぶん、このチームの強化方針が正しかったのかどうかは、数年後に彼らが大人になった時、初めて明らかになってくるのではないだろうか。
いずれにしても大会の面白みという意味では、我らが日本代表が勝ち残ったことが喜ばしいことは間違いない。
もし決勝まで進出すれば、あと4試合。
この摩訶不思議な日本代表が、いったいどこまでサプライズをやってのけるのか。
いちサッカーファンとしては、このチームの行く末を、純粋に楽しみにしたいと思うのだ。
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