この試合で対戦したアルゼンチンとナイジェリアは、なにかと因縁浅からぬ間柄である。
とにかく対戦している回数がものすごく多い。
ざっと調べた感じでも 90年代以降、ワールドカップで2度、オリンピックで2度、U-20ワールドカップで1度、U-17ワールドカップで4度と、計9回も対戦している。
どちらもユース年代でも強豪国なので、必然的に世界大会やその決勝トーナメントで顔を合わせる機会が多いのだろうけど、それにしても多い。
これだけ対戦していると、選手同士は情が湧いて茶飲み友達くらいにはなっているんじゃないか?などと、どうでもいい想像を巡らしてしまったりもするくらいだ。
そしてこの日の試合が、両国のここ 20年間での 10回目の対戦となった。
帰ってきた「ミスターワールドカップ」、ディエゴ・マラドーナ
今大会の目玉チームの一つがアルゼンチン代表である。
世界ナンバーワンプレーヤーのリオネル・メッシを抱えているのに加え、監督はあの「神」ディエゴ・マラドーナなのだから、話題性には事欠かない。
実際、大会前の南アフリカでのキャンプでも、5,000人以上の観衆が練習を見にやってきたそうだ。
そして彼らの一番のお目当てが、メッシでもテベスでもなく監督マラドーナ。
練習中も大観衆がひっきりなしに「ディエゴォ〜!ディエゴォ〜!」と歓声を送っていたとの話である。
そのたびにディエゴ・ミリートがビクッ!と反応した姿が目に浮かぶようである。
そしてそのマラドーナ監督にとっても、ナイジェリアは因縁深い相手なのである。
現役時代はワールドカップに4度出場して、1度の優勝と1度の準優勝という実績を残しているマラドーナ。
しかしその最後の大会はホロ苦いものだった。
94年アメリカ大会、33歳のマラドーナに率いられたアルゼンチンは、開幕から2連勝と快進撃を見せていた。
しかし2試合を終えた時点でマラドーナのドーピングが発覚。
スーパースターは大会から追放処分となり、その後2度とワールドカップのピッチに立つことはなかった。
僕個人としても初めてしっかり見たワールドカップだっただけに、当時の衝撃は鮮明に覚えている。
そして結果的に、マラドーナのワールドカップにおける、選手としての最後の試合となったのが、この大会でのナイジェリア戦であったのだ。
そのマラドーナが、監督となってワールドカップの舞台に帰ってきた。
そしてその最初の試合になったのが、またしても因縁のナイジェリア戦だったのである。
アルゼンチンとナイジェリア、究極の個人技合戦
この試合は簡単に言えば「ノーガードの打ち合い」のような試合になった。
どちらもチームとしての守備組織が徹底されていなくて、中盤のプレッシングが甘い。
しかしそこにスペースがあるぶん、選手たちの個人技が存分に発揮されたとも言えるだろう。
守備の弱いチーム同士の対戦は、一歩間違えるとグダグダな展開になってしまうことも多い。
しかしこの両チームは世界に名だたるテクニシャンを多数抱える「個人技大国」だったのが幸いして、試合そのものは極めてエンターテイメント性の高いものとなった。
メッシやテベスのドリブル、ディマリアやオバシの突破、ベロンのピンポイントパス。
観ているぶんには心踊らされるスーパープレーのオンパレード。「これぞワールドカップ」という華やかな試合であった。
コンペティションのレベルという意味では、今日の試合はたぶんチャンピオンズリーグ決勝の足元にも及ばないだろう。
しかし、こういうおおらかな試合を楽しめるのもワールドカップならではである。
そして忘れていけないのが、スーパーセーブを連発していたナイジェリアのゴールキーパー、ビンセント・エニェアマの存在だ。
CKから1点は失ったけれども、その他は何度となく決定的チャンスを救う完璧な守護神ぶり。
こんな選手がイスラエルのような、ややマイナーなリーグでプレーしているというのだから世界は広い。
個人的には、エニェアマは大会後にはビッグクラブから声がかかるんじゃないか?とすら思ったのだけど、本人は試合後「自分のキャリアの中で最高のプレー」と語っていたそうだから、単にこの試合がたまたま絶好調だっただけなのかもしれない。
何にせよエニェアマの存在がなければ大差がついていてもおかしくなかった試合だけに、彼のプレーが試合を引き締めることに一役買ったことは間違いないだろう。
大会を盛り上げる “華” 、ディエゴ・マラドーナ師匠
ちなみに監督としてのマラドーナの実力は未知数である。
と言うよりむしろ、かなり疑わしいと言ったほうがいいかもしれない。
今日の試合がこれほど派手なゲームになったのも、大会屈指のタレント軍団ながら優勝候補にアルゼンチンの名前が挙げられないのも、良くも悪くもマラドーナが監督をやっているからだろう。
しかしその手腕はともかくとして、これほど「華」のある存在は、やっぱりそうザラにはいないだろう。
この試合でも、チャンスやピンチのたびにマラドーナの姿が映し出されていた。
ゴールが決まれば喜び、シュートが外れれば落胆する。その感情を全身を使ったアクションで表現する様は、僕の場合は見る度に笑いをこらえるので必死だった。ある意味で試合そのものと同じくらい面白かったと言ってもいい。
アルゼンチンではマラドーナが司会を努めるトーク番組が驚異的な視聴率を稼いだそうだけど、それも納得できる。
日本で言えば長嶋茂雄のような存在と言うべきか、とにかく見ているだけで飽きないキャラクターである。
お茶の間に 90分間の笑いを提供し続けるその姿は、監督というよりは「師匠」と呼んだほうがふさわしいような気がする。
とにかく大会を盛り上げるという意味では、「マラドーナ師匠」の抜擢は究極のグッドチョイスだったと言えるだろう。
師匠と仲間たちの冒険の行く末は?
この勝利でグループリーグ突破に一歩前進したアルゼンチン。
しかし、ブラジルやスペインのような真の強豪国とやった場合には、今日のような大味な戦いぶりでは通用しないようにも思える。
ただ今大会に限って言えば、僕個人としてはぶっちゃけ、アルゼンチンは優勝を狙わなくてもいいような気もするのだ。
メッシとその仲間たち、そしてマラドーナ師匠がいれば、僕らはそれだけで充分サッカーの楽しさを味わえるんではなかろうか。
いや、これは決して皮肉でも馬鹿にしているわけでもなく、本当にそう思うのだ。
32チームのうち、優勝できるのはたった1チームである。
なのに残りの31チームが揃いも揃って「勝つための堅実なサッカー」をやったとしたら、そんな大会誰が見たいと思うだろうか。
「勝つサッカー」は確かに尊い。
しかし、「魅せるサッカー」もあるから、サッカーは楽しいのである。
アルゼンチンの技巧とマラドーナ師匠のパフォーマンスは、間違いなく今大会の「華」である。
そしてその輝きは、勝とうが負けようが、決して色褪せることはないのだ。
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