南アフリカで日本がパラグアイに敗れた試合は、日本時間で 6月29日のキックオフだった。
それからおよそ3週間が経ったわけだけども、この短期間で僕たちは、再びワールドカップでの日本の敗退を経験することになる。
U-20女子ワールドカップ。
2年前の U-17ワールドカップでベスト8に入ったメンバーたちが昇格し、昨年のアジア選手権U-19でチャンピオンとなり、本大会直前のテストマッチでアメリカとドイツの2強に連勝したチームの、まさかの1次リーグ敗退。
この敗戦の原因は何だったのか。
そして、そこからもたらされる影響はどのようなものになるのだろうか。
これは若きなでしこたちに大きなきっかけを与えた、苦くて貴重な敗戦だった。
届かなかった勝ち点1
初戦では格下と見られたメキシコに引き分け、第2戦でナイジェリアに完敗した日本。
その原因の多くが、2試合で5失点の守備にあることは明白だった。
と言ってもこれはアクシデントによる部分も大きい。
CBのレギュラーだった小林海咲をはじめ、DFのレギュラークラスに3人のケガ人が出てしまったことで、日本は本来 DFの選手ではない数名を最終ラインで起用せざるを得なくなってしまった。
必然的に守備は不安定になり、メキシコやナイジェリアといった突破力のある選手を前線に揃えた相手に対して、ディフェンスが崩壊。
ゴールは毎試合奪っていたものの、守備面でのマイナス要素が痛すぎた。
ただこのイングランド戦では、守備は前2戦に比べれば安定感を取り戻していたように思う。
それは一つには、小林が戦列に復帰したことが大きい。
そしてもう一つの要因としては、イングランドが予想以上に不甲斐なかったことも挙げられるだろう。
このイングランドを僕なりに評価するとしたら、守備はメキシコ以上ナイジェリア以下。
攻撃は日本も含めた4チーム中の最低ランクだと思った。
他チームの場合、メキシコならコルラルやマジョール、ナイジェリアはオコロンコやオパラノジエ、そして日本では岩渕というように、各チームとも個人で局面を打開できる選手を前線に揃えていたのに対して、イングランドにはそういった選手が皆無だった。
PKから1点は奪われたもののイングランドの攻撃は脅威とは言えず、日本にとっては守りやすい相手だったと言えるだろう。
DFも大柄な選手を揃えてはいたけれど、サイド攻撃やセットプレーへの対応は甘く、結果的に攻撃も守備もかなり中途半端なチームだったように感じた。
それにしても、このチームがヨーロッパチャンピオンだと言うのだから逆に驚きである。
もしかしたら主力級の選手を何らかの事情で欠いていたのかもしれないけれども、とにかくこの日のイングランドは、日本にとって全く怖さを感じさせない相手だった。
そんなイングランドを相手に日本は、左MF小原由梨愛のドリブル突破から中島依美が決めて先制。
前2戦では本職でない左サイドバックとして起用され、守備面の課題が目立ってしまった小原も、一列前で起用されたこの日は持ち前のテクニックを披露して勝利に貢献した。
後半もセットプレーから岸川奈津希が2点を挙げて、けっきょく3点を奪った日本が快勝。
「勝利」という最も望んでいた形で、このグループ最終戦を締めくくったのである。
ただし、この日のサッカーの神様は、日本には微笑まなかった。
もう一会場で行われていた試合で、メキシコとナイジェリアが引き分け。
これで勝ち点を5とした両チームに勝ち点4の日本は及ばず、優勝候補の呼び声もあった日本は、たった3試合という短すぎる期間で大会から去ることになったのである。
涙に濡れたヤングなでしこ
ところでこの試合での、我らがエース・岩渕真奈の出来はどうだったのだろうか。
結論から言うと、岩渕のプレーは3試合の中でこの試合が一番低調だった。
ノーゴールに終わったというだけでなく、得意のドリブル突破もあまり見られずじまい。
前半の、GKと1対1になったビッグチャンスも決められず、本人としても不本意な出来だっただろう。
原因としては大柄な選手を揃えたイングランド DF陣の当たりの強さもあったろうけれども、それ以上に岩渕自身が、コンディションに問題を抱えていたように見えた。
見るからに体が重そうで、ボールが足につかず、キレもない。
前の試合でナイジェリアに激しいマークを浴びていたので、どこかを痛めていたのかもしれないけれども、この日の岩渕は試合終了間際に今大会で初めて途中交代させられるなど、終始精彩を欠いていた。
本人にとっても、ホロ苦い思い出になったのではないだろうか。
ところで僕が少しだけ驚いたのが、グループリーグ敗退の決まった後の岩渕が、ピッチ上で泣きはらしている姿を見たことだった。
基本的に天真爛漫な性格の彼女が試合に負けて泣いている姿を、僕は今まで見たことがなかった。
それほどこの大会は、岩渕にとっても悔しい敗戦だったのだろうと思う。
そして岩渕同様、他の選手達も悔し涙で頬を濡らす姿が見てとれた。
日本が敗退したことは、僕ももちろん同じように悔しい。
ただ僕は、この敗戦が無意味な負けだったとは思っていない。
この大会で選手たちは「世界」の現在地を知ったはずである。
そしてまだ若い彼女たちには、この挫折をバネに、さらなる成長をするだけの時間が残されているのだ。
この負けを意味のあるものにするかしないかは、今後の彼女たちにかかっていると言えるだろう。
余談ながら僕が昔に愛読していた柔道マンガ『帯をギュッとね!』の中に、「負けて泣けるくらいの奴でなければ、上にはいけない」といったようなセリフがある。
世界で負けて号泣した若きなでしこたちはしかし、必ずそれを糧に飛躍をしててくれるだろうと僕は期待している。
岩渕真奈、そして世界へ
ところで先のナイジェリア戦の際、僕はこのチームが壊れてしまったと感じた。
しかし日本は、この最終戦で見事に勝利して、その心配は杞憂に終わった格好となった。
聞けば、イングランド戦の前日に選手たちは、自分たちだけでのミーティングを開いたそうである。
岡田ジャパンの選手たちがワールドカップ前のテストマッチで4連敗を喫した際、同じように選手たちだけのミーティングを開き、そこからチームを立て直した例があるけども、このヤングなでしこたちも、それくらいに追い込まれていたのだろう。
そして彼女たちは、見事に自分たちの力で、壊れかかったチームを立て直した。
最後の最後でチームとしてのまとまりを取り戻した経験は、今後の彼女たちのサッカー人生にとっても、大きな支えになるのではないだろうか。
そして僕が何より一番嬉しかったのは、岩渕真奈が試合後に JFAのコラムで書いていたこの言葉である。
「夏休みは「成長」を合言葉に身長も体重もサッカーも世界基準になるように努力したいと思います☆」
なんだ普通のことジャン、と思われるかもしれない。
しかしちょっと前まで岩渕は、「(筋肉つけて)脚太くなりたくないんですよ〜」と、ティーンの乙女心全開の発言をしていた時期がある。
僕は「それじゃ世界に通用しないぜ、リトル・マナさんよ…」と内心ツッコミを入れていたのだけれども、ナイジェリアやイングランドの屈強な DFに苦しめられたこの大会の経験から、そんな岩渕の心境にも変化が生じたんではないだろうか。
だとすれば僕にとって、これほど嬉しいことはない。
このワールドカップを通じて、岩渕真奈が本気で世界を目指すきっかけを掴んでくれたのであれば、悔しい敗戦もお釣りが来るほどの価値があったと言えるんではなかろうか。
日本の女子サッカー界が持つ、岩渕真奈という絶対の切り札。
その大器の片鱗は、この大会でも充分に伺い知ることができた。
後はそれを生かすも殺すも、本人次第である。
しかし僕は夢を見ずにはいられない。
岩渕真奈が、本人も語っていたように「世界一の選手」になるその日が来ることを。
課題はまだまだ山積みだ。
しかし、山は高いほど乗り越える価値がある。
僕は、岩渕真奈が世界の頂を乗り越えてくれることを願っている。
そして数年後に振り返ったとき、この敗戦がその最初のきっかけになってくれていたら嬉しい。
挫折は失敗ではない。
挫折こそが、才能のある選手を一流のアスリートへと磨き上げていくのである。
だから僕は信じたいと思う。
日本のワールドカップは終わってしまってけれども、岩渕真奈の新しい歴史が、ここから再び始まっていくことを。
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