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土曜日の午前、閑静な住宅街の中に、三十路男の「やったー!!」という叫び声が響きわたる。

男が観ているテレビモニターには、涙に濡れる女子高生たちの姿が映し出されていた。

ここまで読んで「今すぐ通報を…」と思ったあなた!
実態はもっと爽やかなのでご安心を。

日本が参加している U-17女子ワールドカップ。
この大会で決勝トーナメントに進んだ日本は、その1回戦で見事、強豪アイルランドを破り、ベスト4進出を決めた。

日本の女子サッカー史上では 2008年の北京オリンピックに並ぶ、世界大会での2度目のベスト4進出。

それはまさに、歴史的な快挙だったのである。

厳しい展開を強いられた、アイルランド戦立ち上がり

ここまでの日本の道のりは、決して平坦なものではなかった。

グループリーグ初戦のスペイン戦では 1-4と大敗して黒星発進。
続くベネズエラ戦ニュージーランド戦で連勝し、辛くもグループ2位での通過を果たす。

そして迎えた決勝トーナメント1回戦、相手はヨーロッパ2位の強豪、アイルランドだ。

アイルランドは何と身長 183cm!の選手もいるほどの、フィジカルに長けた超大型チーム。

そのアイルランドの前に、序盤の日本は防戦一方の苦しい試合展開を強いられた。

アイルランドの選手はとにかく大きい。
日本はそのプレッシャーの強さの前に、立ち上がりはほとんどボールを繋ぐ事ができない。

アイルランドは攻撃面でも、予想以上に正確なキープ力とパス能力を持っていて、そして何と言っても抜群のシュート力を誇る。

日本はしばらくの間、ほとんどサッカーをさせてもらえないような時間帯が続いた。

このままでは、いつ失点してもおかしくないような重苦しい展開。

しかしそんな流れを変えたのは、やはりこれまでの3試合でも活躍を続けてきた、日本の2人のキープレーヤーだったのである。

13分、中盤でルーズボールを奪ったのは、ミッドフィルダー田中陽子。
田中陽子はそのままスルスルとドリブルで持ち上がると、アイルランドのゴール前まで侵入し、日本の最初のチャンスを創り出す。

得点にはならなかったけども、このワンプレーが流れを変えるきっかけになったと僕は感じた。

そしてその直後、その変化は決定的なものとなる。

川島はるな からのスルーパスに反応し、左サイドでボールを受けたのは横山久美だった。
横山はドリブルで内側へ切れ込むと、右足を一閃。
この鋭いシュートが、ゴールマウス左上隅へ飛ぶ。

これは惜しくもアイルランドGKのファインセーブに阻まれたけれども、横山久美のこのシュートをきっかけに、試合の流れは大きく動いた。

その後は、立ち上がりの展開が嘘かのように、積極的にチャンスを創りだしていく日本。

「アイルランドにも隙はある」。

田中や横山の大胆なプレーが、そんな勇気をチーム全体にもたらしたようにも見えた。

そして 33分、その勢いはついに結果に結びつく。

右サイドを突破した横山久美が、ペナルティエリア内で後ろから倒されて PKを獲得。

これを猶本光が落ち着いて決めて、ついに日本が先制に成功する。

試合を振り出しに戻す「若さゆえの過ち」

後半に入っても日本の優位は変わらない。

大柄なアイルランドの当たりの強さにも慣れ、ピッチコンディションの悪さにも順応してきたことも大きいだろう。
対するアイルランドは、暑さからか運動量も落ち、スピードのある日本のプレーを捕まえ切れなくなっていた。

しかしサッカーは何が起こるのか分からない。

優位に試合を進めていた日本が、一つの致命的なミスから、試合を振り出しに戻してしまう。

53分、前線からの何でもないロングボールを、GK平尾恵理と DF高木ひかり が「お見合い」した末に衝突。

その隙に、こぼれ球をアイルランドの 10番、デニセ・オサリバンに拾われて、無人のゴールに同点弾を流し込まれてしまった。

こういう失点が起こってしまうのも、若さゆえだろうか。
序盤の猛攻をしのいだ末に得た、虎の子の1点のリードを失うには、あまりにも痛いミスだった。

この失点で、日本には不穏な空気が漂い始める。

まさか前回大会のイングランド戦のように、試合を優位に進めながら逆転負けをしてしまうのか ー。

しかしこの嫌なムードを断ち切ったのは、彗星のように現れた「新エース」の一撃だったのである。

「新エース」が生んだスーパーゴール

67分、チャンスが生まれたのは日本のゴールキックからだった。

平尾恵理が蹴った長いボールを、アイルランドDFとの競り合いの中からコントロールしたのは、またも横山久美。
自分よりも 20cm以上も大きいアイルランド DFに体をぶつけられる横山。

しかし横山は見事なボディバランスでこれを受け止めると、そのまま強引にターンしてドリブル突破を図る。
この横山久美のアグレッシブなプレーに、アイルランドのマークは一瞬遅れをとった。

そして体半分抜けだした横山久美は、アイルランドの屈強なDFを引きずりながら、豪快に右足を振り抜く。

このミドルシュートはアイルランドGKの指先をかすめ、ゴール左隅にドスンと音を立てて突き刺さったのである。

まさに「目の覚めるような」という形容がふさわしいスーパーゴール。

漂い始めた嫌な流れを一変させるゴールが、横山久美の個人技から生み出された。

これで横山は、初戦から4試合連続の大会通算5ゴール目。

この重要な場面で挙げた一発で、日本は完全に息を吹き返す。

再び突き放されたアイルランド。

まだ1点差とはいえ、日本のスピード感あふれるプレーにかき回された彼女たちに、再び追いつくエネルギーは残っていなかった。

81分にはゴール前の混戦から、GKと1対1となる危ない場面も作られたものの、ここはGK平尾恵理がミスを帳消しにするスーパーセーブで阻止。

そして、試合はけっきょくこのままタイムアップ。

日本女子 U-17代表、「リトルなでしこ」たちが、世界大会ベスト4という歴史的快挙を達成したのである。

日本の新エース、横山久美

この試合の MVPは、間違いなく横山久美だろう。

自らの突破で PKを誘った1点目を含め、2得点の両方に絡む大活躍。
またゴールシーン以外でも、強烈なシュートを何度も枠に飛ばしていた。

大会序盤はエースの京川舞の陰に隠れた存在だったけれども、不調の京川に代わって、横山久美が日本の新エースの座に躍り出たと言っていいだろう。

横山の魅力は、世界大会の場でも物怖じしないアグレッシブなプレーにある。
そのプレーの基板となるドリブルは、上手くて速いだけではなく、重心が低くてボディバランスが素晴らしく、当たりにめっぽう強い。

そしてそのドリブル以上に武器となるのが、何と言ってもシュート力だろう。

横山はとにかく、シュートのコントロールが素晴らしい。
ほとんどのシュートを枠内、しかもゴール隅の際どい場所に飛ばす見事な精度を持っている。
そして正確なだけでなく、スピード、パンチ力も備わった、ずば抜けたシュート力が横山久美の最大の特長だと僕は感じた。

155cmの小さな体のどこに、そんなパワーが眠っているのだろうか。

とにかくこの日の横山久美のプレーは、日本代表を牽引したと言うにふさわしいものだった。

横山以外では、この日はMFの川島はるな、猶本光のプレーも光っていたと思う。

対照的に、前半限りで交代となった仲田歩夢と、その仲田に代わって後半から出場した京川舞の常盤木学園高校コンビは、この日もあまりキレのあるプレーは見られなかった。

ちなみに僕が注目する田中陽子選手も、この日はいくつかのファインプレーもあれば、珍しくミスも多くて何度か決定的ピンチの起点になってしまうなど、ちょっと評価の難しい試合になってしまったと言えるだろう。

ただ、いつもなら積極的に蹴っているセットプレーやミドルシュートがこの試合では極端に少なかったので、僕の憶測だけどもしかしたら脚のコンディションに不安を抱えていたのかもしれない。

何にしても、勝ったことを別にすれば、本人にとってもホロ苦いゲームだったのではないだろうか。

ちなみに余談ながら、そのプレーの出来とは裏腹に、この日はやたらと田中陽子選手の試合中のワンショットが映し出されていた。

この試合の映像は国際映像だと思うけど、グループリーグ3試合の活躍で、田中陽子にも世界の注目が集まってきたのだろうか。
もしかしたら、僕みたいなミーハーファンが急増したのかもしれないけど。

ともかく、良い選手にスポットが当たるのは嬉しいことである。

ぜひ残り2試合も活躍して、岩渕真奈に続く世界的スターの座に躍り出てほしいと、個人的には期待している。

乗り越えた「2年前の影」

この勝利で、世界のベスト4という快挙を成し遂げたリトルなでしこ。

そして同時に、前回大会のベスト8という成績も上回ったことになる。

岩渕真奈という世界クラスの天才を擁し、チームプレーの部分でも華麗なパスワークを見せつけ、大会のベストチームとも呼ばれた前回大会。

その2年前のチームに比べれば、今年のチームにはあれほどの華やかさはない。

岩渕ほどの突出したスターはいないし、チーム全体のプレーも、どちらかと言えば華麗さよりは泥臭さのほうが目立つようなスタイルだ。

しかしそれでもこのチームの献身的な姿勢、チームスピリットというものは、前回のチームを上回っているかもしれない。

そしてそれが、この快挙に繋がったのだと、僕は思っている。

試合後には歓喜のあまり、号泣する日本の選手たちの表情が映し出されていた。

その喜びっぷりから察するに、「前回大会を上回る」という成績は、彼女たちも一つの大きな目標としていたのではないだろうか。

あの伝説のチームは、それだけ大きな存在であり、そして重圧にもなっていたのかもしれない。

常に比較される存在だった、2年前のチームの影。
それを乗り越えたことが、彼女たちに、試合に勝った以上の達成感を与えようにも僕には思えた。

僕は 30年以上生きているけども、今まで嬉し泣きをしたことは1回しかない。
しかもその1回は、会社の忘年会で幹事を任され、それをやり切ったあとに上司から褒められたとき…という、ワールドカップとは比較にもならないほどのちっぽけな理由である。

それはともかく、嬉しくて泣けることなど人生では滅多にあることではないだろう。

だからいまは、この快挙を心の底から喜んでほしいと思う。

ただ、彼女たちから見たら立派なオジサンの僕が、老婆心から一言アドバイスさせてもらえるのであれば、こう伝えたい。

「明日からは、この日の勝利は忘れてほしい」と。

そう、日本にはまだ大仕事が残っている。
大会はまだ終わったわけではないのだ。

準決勝の相手は、宿敵の北朝鮮。

それに勝てば、決勝には同じく宿敵の韓国か、初戦で敗れたスペインが待ち構えている。

どう転んでも、残る2試合は因縁の対決になる。

そしてここまで来たら、誰が見てももう狙うしかないだろう。

日本代表の、ユニバーシアードを除く全カテゴリーの中で、初の快挙となる「ワールドカップ優勝」。

その悲願まで、あと2試合のところまでリトルなでしこはやってきた。

残る2試合は、いずれも両チームが力の限りを尽くす死闘になるだろう。

しかし彼女たちの実力をフルに発揮できれば、どのチームを相手にしても勝てるだけの力を、日本は持っているはずだ。

そう、だから泣くのはまだ早い。

あと2試合。

これで満足することなく、オジサンたちにもぜひ味あわせてほしい。

歓喜の勝利の「嬉し泣きの味」というやつを。

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