横山久美がディエゴ・マラドーナになった日/U-17女子ワールドカップ2010@日本代表 2-1 北朝鮮代表


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僕が思い出したのは 11年前の光景だった。

1999年のワールドユース。

この大会で小野伸二、本山雅志、遠藤保仁、小笠原満男、高原直泰、中田浩二らのキラ星のようなタレントたちを擁した U-20日本代表は、あれよあれよの快進撃を見せ、日本サッカー史上初の世界大会での決勝進出を果たす。

決勝では、その後スペイン代表と FCバルセロナで世界チャンピオンになったシャビらを擁するスペインに完敗したけれども、まさに快挙というべき「準優勝」の成績を残し、のちにこの世代は日本サッカー界の「黄金世代」と呼ばれるようになった。

あれから 11年。
日本はいよいよ、その歴史を塗り替えようとしている。

トリニダード・トバゴで行われている U-17女子ワールドカップ。

この世界大会で日本代表は、黄金世代の偉業に並ぶ「決勝進出」という快挙を達成した。

塗り替わっていく女子サッカー界の勢力地図

今大会のベスト4に並んだ顔ぶれは、日本・韓国・北朝鮮・そしてスペイン。
なんと4強中、3チームを東アジアのチームが占めた格好だ。

スペインも男子のA代表は世界チャンピオンになったけれども、女子サッカーの世界では、これまで大きな実績はない新興国。
まさにいま、女子サッカー界の勢力地図が大きく変動しようとしていることが、この顔ぶれからも見てとれる。

そして日本は、そんな新世代の中心的存在になりつつある。

この日の準決勝での対戦相手となったのは、2年前の前回大会で優勝したディフェンディングチャンピオン、北朝鮮だった。

互いに宿敵同士と言える、東アジアのライバル対決。
絶対に負けられない、決戦の火ぶたが落とされた。

試合は序盤、お互いに出方を伺うような、緊迫感のある立ち上がりを見せる。

日本はこの試合、ここまでの4試合で5ゴールを挙げ、新エースの座に躍り出た横山久美がベンチスタート。
そして怪我の影響もあって不調を囲う本来のエース、京川舞を先発起用した。
吉田弘監督の、京川に対する信頼の大きさが伺える。

京川舞はその期待に応えるように、この日は積極果敢なプレーを見せる。
難しい体勢からでもアグレッシブにシュートを狙い、クロスバーに当たる際どい一撃も放つなど、ゴールへの執念を覗かせた。

そしてその京川以外にも日本は、川島はるなのテクニック、猶本光の判断力はこの試合でも光っていたように思う。
僕が注目する田中陽子も、アイルランド戦に続いて時折ミスも目についたけれども、効果的なパスなども見られて全体的には悪くはない出来だったと言えるだろう。

しかし北朝鮮もあわやゴールかというシーンもあり、前半は両チームが決定機を掴みあう、一進一退の攻防が続いた。

そして日本は 32分、いよいよエースの横山久美を投入。

最後のピースを組み込み、勝負の後半戦を迎えることになる。

日本の冒した痛恨のミス

試合が動いたのは 59分だった。

しかしそれは、日本にとっては最悪の形で、である。

後半立ち上がりから、試合のペースを握っていたのは日本代表だった。
タレントを揃えた前線と中盤のコンビネーションで、何度か好機を作っては北朝鮮のゴールを脅かす。

しかしそんな日本ペースの展開の中に、落とし穴は待っていた。

ゴール前左寄り、北朝鮮に与えられたフリーキックの場面。
北朝鮮のキッカーの蹴ったこの直接フリーキックはライナー性の弾道を描き、日本の GK平尾恵理の正面へ飛ぶ。

このボールを胸でキャッチに入る平尾。

しかし直前でワンバウンドしたことでピッチの水がからんだか、平尾はこのボールを、体の前方へとファンブルしてしまう。

勝負強さには定評のあるディフェンディングチャンピオンが、この隙を見逃すはずはなかった。

これを北朝鮮に詰められて、日本は最悪の形で失点を喫してしまう。

リズムの良くなってきた時間帯に冒した痛恨のミス。
準々決勝アイルランド戦に続く致命的ミスで、日本は今大会最大の窮地に立たされた。

そして試合巧者の前回チャンピオンは、この虎の子の一点を守るために、これまで以上にゴール前に人数を割き、堅牢な砦を築く。

残る時間は 30分。

日本が北朝鮮の堅陣を破るためには、最低でも1つの “スーパープレー” が必要だった。

しかし日本は、その難しいミッションを見事に遂行してみせる。

アイルランド戦でも難しい試合を制して勝ち上がってきた今回のチームは、その「ミラクル」を起こすだけの精神力を持っていた。

ドーハの世代の代表チームは持っていた、しかしある時代には忘れられていた、日本人の誇る「大和魂」。

そんなハートの強さを、リトルなでしこたちはこの崖っぷちで見せつけてくれることになる。

リトルなでしこたちが見せた「大和魂」

スコアは 0-1のまま、時計の針は 68分を指していた。

張り詰めた空気の流れる、トリニダード・トバゴのヘイズリー・クロフォード・スタジアム。

このスタジアムの名称は、同国人として初めてオリンピックの金メダリストとなった陸上の 100メートル走者、ヘイズリー・クロフォードにちなんで付けられたものである。

そして大会が終わった後、僕たちは思うかもしれない。

日本サッカー史上初の世界チャンピオンが誕生した場所として、ここはまさにふさわしいスタジアムだったのではなかったかと。

日本が得た左コーナーキック。
これがファーサイドに流れ、これを拾ったのは日本の DF、浜田遥だった。

浜田はこの時「シュートを打とう」と思ったらしい。
しかしその瞬間、浜田は視界の隅に、ある「気配」を感じる。

浜田にそれがはっきりと見えていたわけではないだろう。
それはまさに「気配」だった。

浜田遥の直感が、瞬間的にその選択を「シュート」から「クロス」へと切り替えさせた。

そして難しい体勢から浜田は、「ここしかない」という場所へピンポイントのクロスを上げる。

そして浜田遥が確信していた通り、そのクロスの先には1人の日本人選手、高木ひかり が走りこんでいた。

フリーの高木の頭にドンピシャで合ったこのボールは、音を立てて北朝鮮ゴールネットの天井に突き刺さったのである。

この土壇場で生まれた、起死回生の同点ゴール。

それはシュートからクロスに切り替えた浜田の選択、そのコース、そして高木ひかり がフリーでそこにいたこと、それらの小さな奇跡が積み重なって生まれた1点だった。

そしてそれを呼び込んだのは他ならぬ、リトルなでしこたちの精神力だったと僕は思った。

絶体絶命のピンチにも下を向くことなく、自分たちを信じて集中力を保ち続けたそのハートが、この貴重すぎる1点を日本にもたらしたのではないか。

そして1点目のミスを帳消しにして、平尾恵理という1人の未来あるゴールキーパーを救ったという意味でも、この1点には計り知れない価値があっただろう。

こんなゴールを挙げられるようになったことが、日本の女子サッカーが大きな成長を遂げたことの証左であると僕は感じた。

そして、たくましく成長したリトルなでしこたちには、さらにもう1つのプレゼントが待っていた。

それはおそらく、今後数年間語り継がれるであろう「伝説」という形で、彼女たちのもとへ舞い降りたのである。

横山久美という伝説

2年前のこの大会で、日本は既に1つの伝説を生んでいた。

大会 MVPに輝いた「奇跡のフットボーラー」、岩渕真奈。

その衝撃的なまでのプレーで、岩渕は一躍世界の女子サッカーシーンのスターダムにのし上がる。

そんな岩渕に続いて今大会、世界に衝撃を与える選手は誰になるのか。
それが僕にとって、この大会の大きな興味の一つだった。

それは京川舞なのか、田中陽子なのか、それともそんな選手は出現しないのか ー。

しかしこの試合で日本は、とうとうその問に対する明確な答えを出す。

伝説が生まれたのは、日本の同点ゴールからわずか1分後の出来事だった。

その主役となったのは、大会前は全く注目もされていなかった、1人の無名のストライカー。

その名前は横山久美。

今大会ここまで全試合でゴールを挙げる、4試合連続5得点。
しかも横山は、大会が進むに連れてその調子を上げていた。

そして彗星のように現れたストライカーは、この試合でついに、日本サッカー史上にその名を残すほどの強烈な輝きを放つ。

69分、左サイドのバイタルエリア付近でパスを受けた横山。
後ろ向きにボールを受け、北朝鮮ゴールと逆方向にワントラップした横山久美は、ここから得意のドリブル突破を試みる。

まずターンして2人の DFの包囲網をかいくぐると、後方からチェックにきた DFをブロックし、そこからダブルタッチの切り返しで立て続けに2人を突破。最後にマークに来たセンターバックもフェイントで抜き去ると、最終ラインを突破して GKと1対1に。

そしてゴール前で立ちすくんだ GKの脇をかすめるようなシュートを、左隅に冷静に決めて、なんと驚きの延べ「5人抜き」を達成したのである。

フジテレビの実況・解説者も思わず言葉を失った、大会屈指のスーパーゴール。

ここまでも毎試合、見事なゴールを挙げてきた横山が、ついに見せつけた最大級のインパクト。

2年前、岩渕真奈は「女メッシ」と呼ばれ世界中の絶賛を浴びたけれども、横山久美はまさしく「女マラドーナ」と呼べるだけの存在感を、この準決勝の大舞台で世界に知らしめた。

僕は2年前のこの大会で岩渕真奈を観て以来、彼女の大ファンだということはこのブログでも何度も書いている。

そして正直なところ、岩渕真奈に匹敵する日本人選手は、この先何年も現れないだろうと考えていた。

しかし横山久美に関しては、認めざるを得ないだろう。

そのテクニックと決定力、「ここぞ」という場面でゴールを挙げる勝負強さ。
そしてこの試合で見せた、伝説になるであろう5人抜きのスーパープレー。

この大会で見せつけた横山久美のインパクトは、2年前の岩渕真奈に匹敵するものだった。

ついに現れた岩渕真奈の後継者。

日本にまた、新しい伝説が生まれた瞬間だった。

日本サッカー界に訪れる「至福の瞬間」

僕は試合を観る時はいつも、あとでブログにまとめるために試合経過の簡単なメモを取っている。

しかしこの試合に関しては、横山久美のゴール以降、気がついたら僕はペンを持つのをやめていた。

このゴールを観たあとでは、どんな能書きも無意味に思えたのだろうと自己分析する。
それほどこのゴールは、僕自身も何年かに一回しか味わったことがないくらいの、強烈な衝撃を伴なうものだった。

けっきょくこの逆転ゴールが決勝点となり、日本はディフェンディングチャンピオンの北朝鮮を撃破。
いよいよ日本サッカー史上に残る、ファイナル進出への切符を得たのである。

決勝の相手は、これまでの日本のサッカー史上でも、何度も重要な場面で眼前に立ちはだかってきた宿命のライバル・韓国になった。

日本が史上初のワールドチャンピオンに輝く瞬間の相手役としては、まさに絶好のキャスティングだと言えるだろう。

そして隣国には申し訳ないけれども、僕自身はもう、日本の優勝を確信して止まない。

根拠など何も無いけれども、この日にリトルなでしこたちが見せてくれた精神力と、横山久美の決定力。

これを観たあとでは、僕は日本の負ける姿を想像することができないのだ。

もちろん負ける可能性は0%ではない。
冷静に考えれば 50%かそれ以上あるかもしれないけれども、でも仮に予想が外れて恥をかく事になっても、僕は今回に限ってはいっこうに構わないと思っている。
それくらいに、僕は彼女たちの力を信じている。

そして彼女たち自身は、僕以上に自分たちの勝利を確信しているだろう。

それは油断や過信ともまた違うと思う。

死闘をくぐり抜けたこの経験が、彼女たちに揺ぎない、絶対の自信を植えつけているのではないだろうか。
僕はそんな気がするのである。

決勝の行われる 2010年9月26日は、日本サッカー界にとって、歴史に残る記念すべき日になるだろう。

そして僕は、少しでも多くの人に、この試合をテレビ観戦してほしいと思っている。

だって日本人として、一生のうちに何度も観れるわけではない瞬間が、この日に拝めるはずなのだから。

日本についに訪れる「至福の瞬間」。

その時は、すぐそこにまで近づいている。

そして少なくとも僕自身は、こういう瞬間に立ち会える日を夢見て、これまで何年も日本サッカーを応援し続けてきたのだ。

この日曜日、ついにその夢が現実のものとなる。

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