繰り返された「ジャイアントキリング」/ワールドカップ・グループH@スイス代表 1-0 スペイン代表

スポーツ界には「ジャイアントキリング」という言葉がある。

日本語に訳せば「大番狂わせ」。
最近じゃサッカー漫画のタイトルにもなっているこの言葉は、サッカー観戦での大きな楽しみの一つだろう。

ワールドカップでも、これまで数多くの「ジャイアントキリング」が起こった。
記憶に新しいところでは、日韓ワールドカップでセネガル代表がフランス代表を沈めた一戦しかり。もっと遡れば、90年イタリアワールドカップ開幕戦で、カメルーン代表がディフェンディングチャンピオンのアルゼンチン代表を破った一戦しかり。

そしてこの南アフリカ大会では、現時点で最大の「ジャンアントキリング」が、スイス代表がスペイン代表を破ったこの一戦になりそうである。

スイスの実現させた「ジャイアントキリング」

下馬評では、今大会の優勝候補の筆頭に挙げられているのがスペインである。

2年前のユーロでヨーロッパチャンピオンに輝いた実績もさることながら、そのサッカーの質に対する評価がすこぶる高い。
シャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、セスク・ファブレガス、ダビド・シルバと中盤に稀有なタレントを数多く擁し、前線には2大エースのダビド・ビジャとフェルナンド・トーレスが君臨する。

そしてこの陣容も超豪華だけども、それ以上に彼らが織りなすパスサッカーのハーモニーが素晴らしいとのもっぱらの評判だ。

事実この試合でも、スペインは見事なパスワークを披露していた。
それはさながら、現在世界最高のチームと言われる FCバルセロナを彷彿とさせるスタイルである。
バルサでも活躍するシャビ、イニエスタ、セルヒオ・ブスケッツらによって構成された中盤は、まさにバルサさながらの華麗なパスワークを見せていた。

対するスイスも、率いるのはボルシア・ドルトムントとバイエルン・ミュンヘンで2度のヨーロッパチャンピオンに輝いた名将、オットマー・ヒッツフェルト監督である。
それだけに、中盤の組織的な守備でスペインのパスワークによく対抗していた。

しかし個々のタレントの質の差はいかんともしがたく、ゲームはスペインが一方的にボールを支配するワンサイドゲームとなった。

ただ、それだけ圧倒的にゲームをリードしながらも、スペインはゴールを奪えない。
ポゼッションでは驚異的なパーセンテージを叩き出したものの、ボールは回せどゴール前でのアイディアに欠けた印象である。

このへんはもしかしたら油断もあったのかもしれない。
スイスは悪いチームではないけれども、スペインに勝てるチームだとは誰も考えていなかった。
スペインの選手たちも、圧倒的にボールを回せているのだから、いつか点は取れるだろうと考えていたのではないだろうか。
その気の緩みが、最後の場面でのスペインの集中力をそいでしまった事は充分に考えられる。

とにかくスペインの最後の崩しとフィニッシュの甘さ、そしてスイスの誇るワールドクラスの守護神、ディエゴ・ベナーリオの活躍もあって、スペインは時間は経てどもゴールを奪えない展開が続いた。

そうこうしているうちに均衡が崩れたのが後半 52分。
Gkベナーリオからのロングボールの処理に、スペインDF陣が甘さを見せた隙をついて、このボールをスイスMFのジェルソン・フェルナンデスがかっさらう。
そしてフェルナンデスは、スペインDFジェラール・ピケのチェックを受けながらもこのボールを泥臭く押し込んで、スイスがまさかの先制点を挙げた。

この得点シーン以外はほとんどノーチャンスだったスイスが挙げた、虎の子の一点。
その後スペインは当然のように猛攻を仕掛けた。
しかしシャビ・アロンソの放った強烈なミドルシュートがクロスバーを叩くなど運にも見放され、けっきょくスイスがこのまま逃げ切りに成功。
このグループリーグ第1節で最大級となる「ジャイアントキリング」を、見事に実現させたのである。

回想される「マイアミの奇跡」

この試合が「ジャイアントキリング」と呼ぶにふさわしいと思うのは、スペインが優勝候補の筆頭だと言うことももちろんだけども、試合自体が一方的なスペインペースだったことも大きい。

おそらく 10回試合をしたら9回はスペインが勝つ勝負。
しかしスイスはそのワンチャンスを物にして、この大番狂わせを達成したのだ。

僕はこの試合で 96年のアトランタオリンピックを思い出した。
そう、日本代表が優勝候補筆頭のブラジル代表を相手に、開幕戦で 1-0の勝利を挙げ、「マイアミの奇跡」と呼ばれたあの試合である。

ロナウドやロベルト・カルロスといった「レジェンド級」のスーパースターを擁したブラジル代表に、日本が勝てるチャンスはほぼゼロだと見られていた。
しかしこの試合、日本は圧倒的にゲームを支配されながらも、GK川口能活のスーパーセーブなどでブラジルの猛攻をしのぎ続けた。

そして歴史的な得点シーンが訪れる。
左サイドの路木龍次からのクロスに対し、処理に行ったブラジルの守備の要・アウダイールとGKジーダがまさかの激突。
このこぼれ球を拾った伊東輝悦が無人のゴールに流し込み、この1点を守りきった日本がまさに奇跡的な勝利をものにした。

このスイスとスペインの試合も、このマイアミの奇跡によく似た展開だった。
相手の油断 + 相手のミス + 集中力を保ち続けた守備、そしてそこに隙をついた泥臭いゴールが重なり、それを生み出す運があればジャイアントキリングは生まれる。
この試合はまさに、その典型的な試合だったと思った。

スペイン相手に大きな一勝を挙げたスイス。逆に早くも境地に立たされたスペイン。
しかしこの一勝で何かが保証されたわけでは全くない。

マイアミの奇跡で勝利した日本も、グループリーグを2勝1敗で乗り切りながらも、けっきょくはグループ3位に終わって決勝トーナメント進出を逃した。
反対に、負けたブラジルはその後2連勝でグループを突破し、最終的に銅メダルに輝く。

この結果がどう影響するのかは、けっきょくは第2戦以降にかかっている。
彼らの運命は、まだ何も決定づけられてはいないのである。

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