小国に流れる「フットボーラーの血」/ワールドカップ・準決勝@オランダ代表 3-2 ウルグアイ代表

時間の経つのは早いもので、もうワールドカップの開幕から1ヶ月が経とうとしている。

日本代表の敗退からは 10日ほどが経とうとしていて、その間に各方面から表彰されたり、海外移籍が決まったりと、人生が 180度方向転換してしまった選手も少なくない。
そしてそのワールドカップも、いつの間にやら決勝と3位決定戦を残すのみとなった。

なんでこんなことを書いたのかというと、更新が遅れに遅れている(現在まだグループリーグ第3節の記事を更新中)このブログも、さすがにこのクライマックスの時期にリアルタイムの記事を書かないわけにはいかないなと思い、とりあえず順序をいったん無視して準決勝のレポートを書こうと思ったからである。
まあそんな思いつきが許されるのもまた、ブログの良さなのだと思う。たぶん…。

フットボールの世界が、もし100人の村だったら

ところで少し前に、『世界がもし100人の村だったら』という本(もともとはネット上のチェーンメールが発端)が流行したのは記憶に新しい。
全世界の人口を 100人の村に置き換えて、より僕たちが想像のつきやすい単位へと相対化することで、世界中にある諸々の社会問題を身近に感じてもらおうという、とても面白い切り口の本だった。

そこで今回のワールドカップ出場各国の人口を、100人の村になぞらえて考えてみたいと思う。

出場 32ヶ国中、最も人口の多いのはアメリカ合衆国で、約3億人。
世界の人口が約 68億人と言われているから、世界がもし100人の村だったら、そのうちアメリカ人は4~5人くらいだという計算になる。

次いで人口が多いのはブラジルで、約2億人弱。
世界がもし100人の村だったら、ブラジル人は3人くらいである。

3位のナイジェリアは人口約1億5千万人で、世界がもし100人の村だったらナイジェリア人は2人くらい。

堂々の4位となった日本の人口は、約1億3千万人。こちらも世界がもし100人の村だったら、そのうち2人くらいが日本人だということになる。

ワールドカップ出場国以外にも目を向けてみよう。
世界の人口ナンバーワンはもちろん中国で、約 13億人強。
世界がもし100人の村だったら、実にそのうちの 20人、5人に1人が中国人なのである。

そしてナンバー2はインドである。
こちらは人口約 12億人。
世界がもし100人の村だったら、17~18人がインド人で、中国とこのインドをあわせると、それだけで何と世界の全人口の 1/3以上を占めていることになる。

しかしこの統計は裏を返せば、サッカーの代表チームの実力とその国の人口とは、ほとんど比例するものではないということになる。
代表チームの実力を高めるためには、国の人口よりも、選手たちを育てる「環境」が大きく物を言うということだろう。

そしてたとえ小さい国であっても、その「環境」を整備することで優れた選手たちを育成し、大国に勝利することができるのが、サッカーの大きな醍醐味の一つなのだ。

オランダとウルグアイが激突したこの試合もまた、ワールドカップ準決勝という大舞台から考えれば、意外なほど小さな「小国」同士の対戦となった。

2つの小国が見せた激闘

この両チームの戦いぶりは、ある意味で対照的である。
高い技術をベースに、ボールポゼッションを軸にして試合をコントロールするタイプのオランダに対して、ウルグアイは粘り強い守備からの鋭いカウンターアタックが持ち味。
サッカースタイルは正反対だと言ってもいいだろう。

ここまで勝ち上がってくるまでの道のりも、両チームは対照的だった。
安定感をベースに、格下相手に危なげない試合をしながらも、準々決勝ではブラジルという「巨人」に逆転勝利を果たしたオランダに対して、ウルグアイはここまでの試合のほとんどが、同格かそれ以下のレベルの相手。
唯一格上と見られたフランスも、今大会では内紛の影響もあって本来の力を見せていなかった。
そんな力の拮抗した相手に対して、いくつかの接戦を演じ、何とかここまで勝ち上がってきたのがウルグアイである。
つまり地力では、オランダの方が一枚上だと考えられていた。

立ち上がりはその両者の力関係が、ストレートに出た展開となった。

まずは前半 18分、オランダのジオバンニ・ファンブロンクホルストの目の覚めるようなミドルシュートが決まってオランダが先制。
予想通りにオランダがリードをする展開となる。

しかしその彼らに反撃の矢を放ったのは、今大会でも何度となくウルグアイの重要なゴールをマークしてきたブロンドのエースストライカー、ディエゴ・フォルランだった。
前半終了間際の 41分、ゴール前中央でボールを受けたフォルランは、鮮やかな切り返しでDFのマークを外すと、左足を一閃。
ここから放たれたスーパーミドルが決まって、ウルグアイが最高の時間帯に同点に追いついたのである。

立ち上がりこそオランダに押しこまれたウルグアイだったものの、ここまで勝ち上がる原動力となった、伝統のディフェンス力は健在。
ゴール前を固め、オランダに決定的チャンスを作らせないまま、前半途中からは徐々に主導権を握り返すようになっていた。

しかし、オランダも後半から勝負をかける。
ボランチのデゼーヴに代えて、ゲームメーカーのラファエル・ファンデルファールトを投入。
これでオランダは、ロッベン、スナイデル、ファンペルシー、ファンデルファールトという稀代の4人のテクニシャン「スーパーカルテット」がピッチ上に並び立つ、超攻撃的布陣となった。

ベルト・ファンマルバイク監督が打って出た大きな掛け。
しかし、結果的にこれが当たった。
中盤でゲームを作れるようになったオランダは、再び試合の主導権を引き戻すことに成功する。

そして 70分、目下チーム得点王の名手、ウェスレイ・スナイデルがミドルシュートを叩き込んでオランダが勝ち越し。
さらに3分後には、センタリングからアリエン・ロッベンが決めて 3-1とウルグアイを突き放した。

残り時間は 15分余り。
時間帯を考えれば、オランダの勝利がほぼ確定した瞬間だった。

しかし今大会のウルグアイの素晴らしさは、ここから発揮される。
強豪オランダにつけられた2点差を、必死の攻撃で詰めにかかるウルグアイ。
そして後半ロスタイム、その執念が実った。

右サイドからのFK。
ウルグアイはこのキックを直接狙わずにパスを流し、マキシミリアーノ・ペレイラがこれを受ける。
そしてペレイラの左足から放たれたミドルシュートは直線的な弾道を描いてオランダゴールに突き刺さり、ウルグアイが土壇場で1点差に詰め寄ったのである。

決して崩されてはいなかったオランダDF陣の、ほんのわずかな隙間をかいくぐってゴールに放たれたシュートには、まさにウルグアイの勝負にかける執着心が乗り移っていたようにも思えた。

この時点で、ロスタイムは残り3分。
もしあと1点が追加され、PK戦になればどうなるかは分からない。
後半ロスタイムに与えたPKをストップし、絶体絶命のピンチからウルグアイが PK戦で勝利した、準々決勝のガーナ戦の記憶がオーバーラップする。
おそらくオランダにとっては、永遠のように感じられた3分間だっただろう。

しかし現実にはやはり終わりがあり、それは永遠に続く夢ではなかった。
ウルグアイの猛攻は3分間では実らず、試合はタイムアップ。

オランダが必死の守りで逃げきりに成功し、実に 32年ぶりのワールドカップ決勝進出を決めたのである。

印象深かった「グッドルーザー」、ウルグアイ

オランダとウルグアイは小国である。

世界がもし100人の村だったら、人口約 1600万人のオランダ人はそこに1人もいないことになる。
10倍の1000人の村だった場合に、やっと2~3人程度入ってくる計算だ。

そして人口約 300万人のウルグアイは、その更に下をいく。
世界がもし 2000人の村だったら、ようやくそこにウルグアイ人が1人ポツンといるだけの、世界から見ればオマケのような存在に過ぎない小国なのだ。

しかしそんなちっぽけな2つの国が、ワールドカップのベスト4という大舞台で戦った。

ウルグアイの人口は、静岡県の人口とほぼ同数である。
日本でもひと昔前までは、静岡出身の選手が代表チームの主力を占めていたことから考えても、小国のウルグアイが強くなること自体は全く想像のつかない事だとも言えない。
それでもしかし、静岡県代表が世界の4強に入ったとしたら、これは快挙だとしか言いようがないだろう。

ウルグアイのような小さな国は、隣国ブラジルのように常に一定の選手層を保ち、ワールドカップで毎回のように好成績を挙げることは難しい。

実際、ウルグアイが最後にワールドカップを制してからは既に 60年が経っている。
今大会ベスト4に入ったのも、実に 40年ぶりである。
世界中にフットボールが普及し、新興国が次から次へと登場している現代では、そのハードルはウルグアイがチャンピオンになった時代に比べて、さらに高いものになっているとも言えるだろう。

そんなウルグアイにとって、この2010年は、過去の栄光を再現する千載一遇のチャンスであった。
稀代の名将、オスカル・タバレスに率いられ、ルイス・スアレスやフェルナンド・ムスレラ、ディエゴ・ルガーノといったワールドクラスの選手を要所要所に揃えた強力布陣。
そしてそこに、絶対エースのフォルランが君臨する。
これだけのメンバーが揃うことは、ウルグアイにとっては何10年かに一度あるかないかの偶然が重なったことによる、皆既日食のような一種の奇跡だと言ってもいい。

そして彼らは、見事にそのチャンスを物にした。

優勝にこそ手が届かなかったけれども、40年ぶりとなるワールドカップのベスト4。
彼らが優勝した1930年や50年当時と現在のワールドカップの規模を比較して考えれば、これは当時の優勝に匹敵する偉業だと言っても良いのではないだろうか。

さらに今大会での彼らの健闘ぶりは、観ていて非常に心を打たれるものだった。
小国だからこその団結力と、勝利への執念。
フランスやイングランドのような大国が忘れてしまったそんな魂が、ウルグアイ代表からは溢れるほど感じられたのである。

小国に流れる「フットボーラーの血」

小国のウルグアイが、世界のサッカー強豪国であり続けられる理由。

それはやはり「ワールドカップ初代チャンピオン」という、彼らだけが持つ「誇り」がもたらす物に、他ならないのではないかと僕は思う。

フォルランがピークを迎えていることを思えば、4年後にウルグアイが同じだけの成績を挙げることは考えにくい。
次にウルグアイがベスト4に入るのは、また何10年かの歳月を要するのかもしれない。
そして次に優勝できる日が来るのは、もしかしたら 100年後、200年後、あるいはもっと先の話になる可能性もあるだろう。

ただそれでも、彼らが初代世界チャンピオンに輝いたという栄光は、未来永劫色褪せることはないのである。

小国でありながら、2度に渡り世界の頂点に立った伝統国ウルグアイ。
その 300万人の国民たちに流れる水色の「フットボーラーの血」は、この先も枯れることなく流れ続けていくのだろう。

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